ゴロゴロゴロ……
10cm……20cm……30cm……
慎重に白虎から、じりじりと距離を取る。
ふぅーーっ……焦るなよ、俺。
まだ気付かれてはいない……はず。
柔らかな白い毛は呼吸と共にふわふわと上下運動をただ繰り返している。
俺は神経を集中し、彼の顔面に乗せたリュックで舵取りするように操作しながら、身体を頭側へとずるずる引き摺る。
……彼の後頭部にハゲが出来たかどうかは神のみぞ知る。
途中で腕を掴んで一気に引っ張っていこうともしたのだが、寝ぼけるこの男が『うにゃうにゃ』言いながら俺の手を払いのけてしまったので、網で魚を捕獲するような形のまま待避することにした。
えぇい、手がかかるぞ、酔っ払い!
リュックのショルダーハーネスを掴む両手に汗が滲み、俺はさらに強く握り締めた。
ぐっ! ぐきっ!
「ぐふんっ!」
「‼︎」
い、いかんいかん!
彼の首が予想外の方向に曲がりかけ、慌てて修正する。
すると今度は、上半身に気を取られ過ぎ、俺より長い彼の右足が転がる空瓶に当たってしまった!
こん!
ゴロゴロゴロゴロ……
「‼︎」
とんっ!
咄嗟に身体を伸ばし、靴裏で瓶のラベル面を踏み、なんとか阻止!
ふっ!
ウルエさんの時と同じ過ちは犯さんのだよ!
あの時はまるでコントのように、つるっと滑って転んでしまったからな……。
それ以上転がっていかないよう、静かに空瓶を立ててから、またリュックに手を伸ばそうとした……その時、大地を揺らす大きな衝撃!
どんっ!
「⁉︎」
ゴロゴロゴロゴロゴロッ!
次の瞬間、竹林の奥から……巨大な丸い玉が転がってきた⁉︎
「ひぃっ!」
考古学者が主人公な某アドベンチャー映画じゃあるまいし、俺が移動してんの秘宝じゃなくてただの酔っ払いなんですけど?
……あれ? お宝のこと『虎の子』とも言うっけ?
そんなんどうだっていいから、とりあえず勘弁してくれよぉぉぉっ!
丸い玉は緩やかな斜面になっていた竹林の傾斜でさらに加速し、物凄いスピードで転がり落ちてくる!
びゅん!
ガンガンガンガンガンガンッ!
………………
「へ?」
巨大な玉は狭い竹林の途中からあっちこっちにぶつかり始め、激しい音を鳴らしながら、竹を揺らす! えぇっ、竹林ピンボール⁉︎
ひゅっ!
ガッシャーーン! パリーーン!
「あ……」
やっと抜け出た丸玉、俺がせっかく並べた空瓶達を見事に薙ぎ倒していったよ、ストライクーー‼︎
……って言っている場合じゃねぇ!
大音量が過ぎるでしょうがーーっ‼︎
寝てる子起きたらどうしてくれんのよ、あんたーー‼︎
ぱちっ!
俺の不安、的中。
白虎と酔っ払いくんの目が同時に開眼した。
そ、そりゃそうだ……こんだけうるさきゃ寝てる方が難しいよ。
……やばいな。
俺の頬を冷や汗が伝う。
本能は『逃げろ』と叫んでいるのに……身体が……動かない。
泳いだ俺の視線が、最悪なことに白虎のスモーキークォーツのような瞳と交差した。
じっ……
『獣と目を合わせてはいけない……それは攻撃の合図……』
テレビか、ラジオか、はたまた学校の先生か…… 誰が言ったかは覚えていない。
ただ、その言葉だけが俺の脳裏にはっきりと響いたのだった。




