アラーム
………………
ばっ!
目に飛び込んできた光景に一瞬フリーズし、思わず漏れ出しそうな悲鳴を慌てて塞いで閉じ込めた。
俺は両手で口を押さえ付けたまま、数歩下がり距離を取る。
そろり……そろり……
足音を立ててはいけない。
薄墨色な竹林の中で俺がつまづきかけたのは、横たわる人間のふくらはぎ部分……ライトグレーなスウェットパンツを履いた足。
だらしなく地面に放り出されていたが……ぶつかったのに、ぴくりとも動かない。
……い、生きてる……よな?
恐る恐る視線を足裏から上半身へと向けていく……五体満足、どこも欠けてはいないようだな……ふぅ。
そして終点、顔は……大学の講堂で何度も見かけたことのある同級生の『彼』!
よ、良かったぁぁぁぁーーっ!
しかも思いの外、超早い発見!
まだ追加エネルギーが流入していない素人な異世界はそこまで広範囲な拡張はみせていないのかも……た、助かった!
「ぐぅ……ぐぅ……むにゃ……」
静かなイビキをかいて眠ってるようだが、随分と顔が赤いな……大丈夫か⁉︎ 熱でもあるのか⁇
腰は引けた状態で、頭だけほんの少し前に乗り出すような形で、俺は『彼』を覗き込むようにそろぉっと確認する。
………………
んん? うわっ、酒くさっ‼︎
こ、こいつ……酔っ払ってんのかーーっ⁉︎
完全に酔い潰れてやがるな。
ちらりと見遣ると、頭の先に転がる酒瓶が数本……え? 一人で飲んだの? あんた飲み過ぎよ!
同学年だが、もう誕生日来てたら20歳だから、そりゃ飲酒オッケーだけどさ……異世界来てまで飲むなよ!
もしくは酔っ払って、ここが夢の中と勘違いしたのか?
しかも……ふわっふわな抱き枕を抱いて幸せそうな顔してやがる。
………………
ひぃぃぃぃぃっ‼︎ 恐ろしいぃぃぃぃぃっ‼︎
さ、さて……どうする⁉︎
『こいつ』は今すぐに叩き起こしたいけど、『あいつ』が目覚めてしまったら……えっと……とりあえず死ぬんじゃない、俺?
今、何をするのが正解なのか分からず……だが、抱き枕にされている『それ』からは目を離さず、必死に頭をフル稼働。
とりあえず……この酔っ払いくんが行方不明になって何日目だ?
今日が火曜日……先週金曜日は学校で見た……と思う、たぶん。
もし、金曜の夜に異世界へ渡ったとしたら、最長で四日は経過していることになる、五日目突入中?
………………
だとしたら、由々しき問題……飲み物、食べ物はともかくとして……おい、トイレはどうした⁉︎
身体は現実の世界の時間を刻むはず……ここで放出してたら、かなりマズイぞ⁉︎
俺まだ酒飲んだことないからわかんねぇけど、飲むとトイレが近くなるって何かで聞いたことある!
……しかもアラームはまだ鳴っていない。
だらだらと冷たい汗がこめかみから頬を流れる。
視線は前を向いたまま、ポケットから取り出したスマホ画面をちらちら見ながらロック解除。
『時計』のアイコンをタップして、アラームを開く。
マナーモードで消音だが、デジタル数字が規則正しく、一つずつ数字を減らしていく。
3……2……1……2……3……4……んん⁇⁇
ふ、増えてってるやん⁉︎ え? え? え?
数字が……行ったり来たり……してるねぇ……。
振り子のように折り返し、終わらないカウントじゃ……本当の時間経過がまるでわからない。
……これは、やばくない?
「うんにゃぅにゃうんたぁ〜〜りゃぁふーー!」
「⁉︎」
がばっ!
その時、変な寝言を発した酔っ払いの顔を咄嗟にリュックで覆う!
か、勘弁してくれよ!
『こいつ』が起きたらどうすんだよ‼︎
俺は引っ掛けたリュックを左右にくいくいっと巧みに操り、少しずつ少しずつ、もふもふな巨体からこの酔っ払いを引き剥がす。
そうっと、そうっと……。
ふわりと……白い毛並みが揺れた。
酔っ払いに抱き枕にされていた巨大もふもふ様。
白虎 or ホワイトタイガー ……どちらの呼び方がお好みですか?




