アパート or マンション?
ブロロロロッ……
慢性的な渋滞ゾーンである千住大橋をようやく越え、目的のマンション近くのコインパーキングに社長の車は静かに停車した。
お高いお車は、走行音から停止音に至るまでお上品なんですね。
ピッ! ガチャッ!
スマートにロックをし、社長は歩き出す。
彼の後ろに付き従いながら、俺はキョロキョロと周囲を見回し、進む。
「あのオンボロ物件、駐車スペースは確保されてないからな……」
「この辺りじゃ難しそうですね……ん? オンボロ?」
社長の言葉に違和感があった。
画像で見たら、そんな古そうには見えなかったんだが……。
チリンチリン……
ベルを鳴らす自転車とすれ違う。
この住宅街の道幅はかなり狭い。
自宅車庫にお止めになる方は駐車スキルが爆上がりしそうだな。
ふっと掲示板に貼ってあるポスターが目に入った。
季節はまだもう少し先なのに、フライングで花火大会をお知らせしてくる。
南を見上げると、犇く家の軒先向こうに聳える中くらいサイズなスカイツリー……治安の良さそうな下町って感じか?
「そういや……アパートとマンションの違いって何ですか?」
「あぁ、法律上の厳密な区切りは無いんだが……うちの会社では二階建てはアパート、三階建て以上をマンションと呼んでいる。あとは木造や軽量鉄骨造りをアパート、鉄筋コンクリートならマンション」
「じゃあ、二階建ての鉄筋コンクリート造りなら?」
「その場合は低層マンションとして扱っている。昔に比べて建築業界の技術力が上がっているから、今じゃ五階建ての木造建築も可能だ……だが、その場合、大抵聞こえの良いマンションを名乗ることが多いな」
ビジネスでイメージは大事だ、金になる。
印象が良ければ、金額をやや高め設定にしてもお客様は喜んでそちらを選ぶ。
コツコツと社長の革靴がアスファルトを鳴らす。
あれ? 足の長さが違うんですけど……?
俺は少し大股歩きで追いかけると、急にピタリと彼は足を止めた。
「三階以上は耐火建築物にする必要があるから、鉄筋コンクリート造りが主流……だが、この物件は邪道だな」
「……三階建てアパート? あ、マンションって掲載されてたな。……別に普通じゃないですか?」
目の前の物件をもう一度見遣る。
タブレット画像よりもだいぶ古ぼけ、ボロく見える目的の三階建ての集合住宅。
写真写り良すぎ! ちょっと詐欺ってる⁉︎
「俺の調べでは、違法建築物だ。古い木造アパートを無理矢理、増改築した魔改造のハリボテ……こんなのぶっ潰しちまいたいんだが……」
忌々しそうに吐き捨てる社長。
「ぶっ潰すったって……そんな簡単に言わないでくださいよぉ……だって、予想なら②出ない物件でしょ? 洗面台回収してから解体をお勧めするってこと?」
すると社長が俺の顔を見て怪訝な顔をする。
「おい、ハル。お前ちゃんとタブレット見たのか? お前のその黒目は何だ? 飾りか? 黒飴か?」
ゴリゴリゴリゴリゴリ……
俺のつぶらな瞳を侮辱しながら、社長はまた背中から取り出したタブレットの丸っこい角で俺のほっぺたをぐりぐりとドリルする! ドリルすなっ!
「もう一度、確認してみろ」
「え? 確認ったって……」
ぶつぶつ言いながら、タブレット画面を操作し、スワイプして……ん?
あれ? おい、ちょっと待て!
「ったく、気付くのが遅ぇな。お前の同級生が行方不明になったこの物件……他に空室があるから、情報データは掲載されている。むしろ彼が住んでいる部屋は載ってはいない……意味、分かるよな?」
三階建ての……アパートと呼ぶべき集合住宅。
一つの階に五部屋あるから単純計算として5x3=15室。
そのうちの13部屋が賃貸募集をかけていたのだった……。




