営業行ってこい!
ごっくん!
カップに残った珈琲を一気飲みしてから、俺は社長に尋ねた。
「で……俺に一体何をさせたいんですか?」
「おっ! 話が早いな、ハル。お前に任せたい契約社員としての初仕事は……」
すいっ!
社長がタブレット画面をスワイプする。
真っ暗な画面はスリープモードから覚醒し、先程の京成関屋駅近くの千住曙町の物件が再度表示される。
下から見上げるアングルのマンション写真。
「この部屋と『交渉』して来てもらいたい」
「『交渉』?」
「そっ、言わば営業だ」
「??」
不動産会社の営業って……販売、賃貸仲介、売買仲介……って感じかな?
希望物件への提案、借り主と貸し主のマッチング、売り込み、あとは……物件の仕入れ?
「うちは賃貸仲介がメインだから、会社としては幅広い優良物件を確保し、借り主のニーズに出来るだけ沿う提案をしていきたいと考えている」
え? あの、すみません。
事故物件の優良って何基準ですか?
行方不明者の人数、少ないほど星五つ?
「社長! 俺、宅建とか不動産関係の資格、一つも持ってないですよ? そもそも俺、理工学部なんで……」
「それなら大丈夫。遍が一通り持ってるよ」
「えっ! マジっすか、凄っ。あ、でも、そうだ俺、この後バイトあるんで!」
【意訳:バイトがあるので『交渉』には行けません。マジ、無理です。】
俺のバイト、平日はまかないの出る洋食屋さん、土日は日雇い派遣バイトだ。
それに加えて、『ワープルーム』で契約社員だと?
トリプルワーク⁉︎
大学生も追加すると、四足の草鞋……俺の足が足りませーん!
「ハルのバイト先はどこだ?」
「え? が、学校近くの洋食屋『キッチンわらべ』ですけど……」
「そうか」
そう言うと、社長は素早くスマホを操作し、どこかへ電話を掛け始める。
……なんか嫌な予感。
プルルルルルル……ガチャ!
「あ、もしもし〜〜! 私、そちらでアルバイトをしております凪杉陽の保護者です〜〜。はい、はい、えぇ、いつもお世話になっております〜〜! え? はい、はい、そうなんです〜〜!」
「えっ⁉︎」
社長が今まで聞いたことない口調で電話している⁉︎ どちら様? 怖っ‼︎
たぶん、電話口の相手は……洋食屋の女将さん⁉︎
「ちょ、ちょっとーーっ⁉︎」
ばっ! ぎゅむっ!
社長を止めようと咄嗟に手を伸ばしたが、彼の長い手で俺の頬はあっさり返り討ちにあい潰される。ひどっ!
「はい、はい! で、お仕事、大変お忙しいと思いますので、代わりの者を向かわせますので〜〜はい! それではよろしくお願い致します〜〜!」
ピッ!
プルルルルルル……ガチャ!
「おう、俺だ。暇だろ? ちょっと今から指定するところに向かえ」
コロッと声も態度も切り替わり、いつもの俺様口調でまた別な人と電話をしている。
もう! 一体なんなのさーー⁉︎
ガチャ!
「と、言うわけで無事にバイトのお休み許可をもらったから、お前は営業な」
「……」
ずーーん……
俺は深く項垂れた。
藁辺の親父さんが作ってくれるまかないメニューが平日の俺の楽しみなのにぃぃっ……。
ぽん!
セバメさんが俺の肩を叩いた。
「セバメさぁーーん……」
「ハルさん! 『交渉』が上手くいったら、遍にご褒美として美味しいものおねだりしちゃえ!」
ぱちんとウインク、めちゃ可愛い!
……でもね、セバメさん。
上手くいかなかったら、俺こっちの世界に戻って来れないってことだからね?
デッドオアアライヴですよ?
「お前はこれを持って行け」
ぽいっ!
今度は社長が、何かを雑に放り投げてきた。
俺は胸元でナイスキャッチ!
掴まえたブツに視線を落とした。
「え……? な、何これ?」




