グレーな物件
ソラさんから頂いた菓子折りは焼き菓子セットだった。
社長とセバメさんの二人から勧められ、遠慮することなく頂く。
可愛いらしい箱を開け、その中から一つ、個包装のフィナンシェを選び、一口頬張る。
はむっ!
「うんまっ! なにこれーーっ?」
美味すぎて、思わず声が漏れてしまった。
バターの香りが口いっぱいにふわぁ〜っと広がる……はぁ、幸せ。
空っぽの胃が喜んでるぜ!
「はい、ハルさん。珈琲どうぞ」
「ありがとうございます!」
かちゃり……
テーブルに置かれたメイド事務員さんからのお気遣い、ありがたく頂戴致します。
焼き菓子と珈琲だなんて……なんて、贅沢なんでしょ?
お貴族様のティータイムですか?
「空腹は最高のスパイスとは誰が言ったんだかな。まぁ、とりあえずハル。食い方がリスみたいになってるぞ?」
「ほっといてください!」
社長に齧歯目扱いされたのが不満で、俺は残りをばくりと口の中に放り込んだ。
やや大きめサイズだったから、引き続きもぐもぐしていたら、よりリス感が増してしまった……うぅ、残念。
「まぁいい、食いながら聞け。俺の所にちょっとばかし、知り合いの大家から相談があったんだよ。なんでも、仲介の不動産屋が夜逃げしたとかなんとか……」
「⁉︎」
ごくん!
四個目の菓子を飲み込んでから、社長の顔を見返す。
不動産屋が夜逃げ? そんなことがあるのか?
「それが、そこそこあるんですよ。お金のトラブルが大半ですけどね。その会社に多額の借金があったりすると、大家さんに渡す分を持ち逃げしちゃったりするケースも……やられた方はたまったもんじゃないですよ」
「へぇ〜〜」
逃げられたのを、追いかけ、徴収するなんてのは……時間的にも労力的にもかなり難しいだろう。
大概が泣き寝入りか……ビジネスにおいて、金と信頼関係ってのは本当に大切だな。
ちらりと社長に視線を戻す。
「で、本題だ。今回、何が問題かっていうと……逃げた業者が、割とグレーな物件を多数取り扱っていたんだよ。そこで、うちに『どうにかしてくれ』って話が数件、舞い込んできた」
「……は? どういうこと? グレー?」
意味が分からない。
何? ホワイトとブラックの中間ってこと?
でも、事故物件なら最初から、ブラック以外の何色でもないでしょ?
社長がささっとタブレットを操作し、画面をくるりと俺に向ける。
「ほら、見てみろ。お前が気になってた物件。今回、夜逃げした不動産会社の管轄だ」
物件情報サイトのページ。
あの千住曙町のマンションが掲載されている。
社長の指が、すっと取り扱い店舗名を指差した。
『グレートグレイスハウジング』
おう!
名前からして、なんかめっちゃグレーだね!
夜逃げしたんじゃ、情報の更新もされてないってわけか。
「え? グレーな物件って……もちろん、会社名が、って意味じゃないですよね?」
「当たり前だろ? ハルの脳味噌はミルクプリンでも詰まっているのか?」
「……」
ミルクプリンは美味しく食べる物であって、頭に詰める物ではございません!
「もし仮に……その部屋でカップルによる刃傷事件が発生し、一人が刺されたとする。救急搬送され、亡くなったのは救急車の中だった。……だが、救急車の中にそいつの魂が留まっちまったら、困るだろ?」
「た、たしかに……」
悲しいが、病院まで間に合わないことは日本全国、どこでも起こり得ることだ。
……ん? 何か、やけに具体的な例を上げるなぁ。
「身体を失った魂エネルギーは馴染みのある場所へと戻り……」
「鏡の裏に……異世界を創る、と?」
俺の解答に、ニヤリと社長が笑う。
「借り主が亡くなった物件は本来なら説明責任が発生するはず……だが、悪徳業者はそんなのお構いなし。『その室内では死んでいない』ってなれば多少は誤魔化せる。異世界が構築されているのに事故物件扱いされない物件……だからグレーなんだよ。全く、いい加減な仕事しやがって……」
社長がちっと舌打ちをした。
………………
うん……説明足らないのは……駄目ですよね?
おいおい、あんたが言うなよーーっ‼︎
俺は心の中で思いっきりツッコミを入れたのだった。
あ、セバメさんには、バレバレ?




