管轄外
五時間前、上り満員電車にぎゅむっと乗り込んだ竹ノ塚駅のホームに、あっという間に舞い戻った。
駅の時計は13時55分、不動産会社の入るビルまで駅徒歩1分だから、約束の帰宅時間、ほぼピッタリ。
比較的空いてる時間帯だが、それでも一定数の利用者が駅前を行き交う。
人を避けながら、すっと小道を曲がった。
ウィーーンッ……
自動ドアが開き、不動産会社『ワープルーム』の真っ白な内装が俺の目に眩しく映り、俺は思わず顔を顰めた。
「おぅ、時間通りだな。どうした? 捨てられる直前の紙屑みたいな顔して……昼飯は水しか飲んでなくて腹が減ったか?」
社長よ!
相変わらず失礼な言葉しかそのお口は発せられないんですかい?
そして、俺の昼ごはんが学食の無料飲料水だけなんて……ねぇ、当てないでよ! どっかから見てたんですか⁉︎
「ハルさん、ざんね〜ん! ほんとついさっきまで、川志田様がいらっしゃってたんですよ」
「川志田……? えっ、ソラさん⁉︎」
「ご丁寧に引っ越しの挨拶だとよ。わざわざ、菓子折り持ってきてくれたってのに……間が悪いな、お前は……」
「……その紙は?」
図星を突いてくる社長の言葉はスルーし、彼の指先でヒラヒラ揺れるメモ紙を尋ねる。
「あぁ、彼女の引っ越し先の住所だ。このまま向かうとよ、仙台だとさ」
宮城県か……ちょっと遠いな。
東北新幹線に乗るなら……ここから上野駅に戻るか、埼玉の大宮駅に進む。
ソラさんはどちらを選んだんだろう?
さっき降り立った駅のホームは一つだけ。
どこかで、すれ違……いや、入れ違いか。
近距離にまで近づいていたとしても互いを認識し、出会えなければ意味がない。
そう思うと、偶然バッタリ誰かと出くわすことは……どれほど運命的な確率なんだろう?
生きてて、縁があれば……また会えるかな?
『肋骨一本で済みました!』って、俺まだ貴女に伝えられていない!
え? それはあんまり、伝えなくていい?
「なんだ、ハル。別れが寂しいのか?」
「なっ⁉︎ ……さ、寂しい? ……そっか……そうみたいだ」
「おぉぅ、随分とまぁ素直じゃねえか……気持ち悪ぃっ」
「……」
無礼者社長をじとっと睨み返す。
まぁ、でも俺自身も……ちょっと驚いている。
極力、人との関わりを持たずに19年、ここまで生きてきた。
だけど、マサさんの異世界に行ってから……俺は知ることになったんだ……この感情を。
ふっと、チャルやウルエさん達が順に頭に浮かび、最後にばあちゃんの顔が出てきた。
あの時ちゃんと、ばあちゃんとの別れを悲しむことが出来なかった。
ごめんな、俺が欠陥人間で……。
知っている相手が居なくなるのは……俺にとって『嫌なこと』なんだな。
「そうだ、社長! ちょっとタブレット貸して下さい」
「なんだ? 気になる引っ越し先でも出来たか? 生憎だが俺の方もハルに用件がある」
「いや、物件を借りたいんじゃなくって……」
タブレットで掲載物件に検索かけていくが……さっき大学で教えてもらった賃貸物件は見当たらなかった。
「『ワープルーム』って、未公開物件とかってあるんです?」
「いや、無い。うちは全部オープンだ。隠さなきゃいけないもんなんて何もないからな」
………………
いや、アダルトなモザイク並に、もっと隠しといた方がいいもんだらけだと思いますけど?
「何かあったか?」
「ハルさんと同じ大学の学生さんが消えた物件は、うちの管轄外ですね」
おおぅっ!
セバメさんがさらりと俺の脳内読んで、ショートカットで話をぶっ込んでらっしゃった。
「あぁ? どこの建物だ、それ?」
社長は一瞬だけ眉を動かした後、俺のタブレットをひょいと取り上げた。
「あぁ、ここ。千住曙町の……あれ? ここって……」
何かに気付いた彼女の指先の動きが止まる。
「ははっ! おい、ハル! 前言撤回だ。お前はナイスタイミング野郎だなっ!」
そう言うと社長は嬉しそうに、ニヤリと邪悪に笑った。
……え?
嫌な予感しかしないんですけど……うーん。
とりあえず……話長くなりそうなら、その箱に入っているお菓子、食べていいですかね?
俺は無言で腹を摩った。




