講堂
大学の小講堂内の机に座り、まだ何も書かれてない白く薄汚れた黒板を頬杖をつきながらぼんやり見つめる。
いつも一番乗りだから、座席は自分の中の指定席、最後列の窓際を確保する。
駅から徒歩5分の好立地な大学だが、敷地面積が馬鹿みたいに広いせいか、授業によっては階段昇降も含めた移動時間を計算しないと大遅刻する。
焦るのは嫌いだ。
北千住駅からの細い道を走りたくもない。
いつも逆算して早目に到着しては、窓の外に生い茂る木の成長を観察したり、後からやってきた生徒がドアをくぐるのをここから眺めるのが授業前のルーティンだ。
今日もまだ、座席はガラ空き。
この講義は相変わらず、理工学部の学生から残念な程に人気がないな。
俺も好きなわけではないが、嫌いでもない。
ただ、講師の言葉を理解するのにひどく頭を使う。
その分、解釈できた時の達成感はひとしおだ。
この学部への入学、特に目指している資格や職業があったわけじゃない。
昔からそうだ。
夢なんてない、見ない。
ただ、ばあちゃんの願いを叶えるためだけに大学へ入ったようなもんだ。
俺を大学進学させることを目標に掲げ、日々働き、そして身体を壊して亡くなった。
最初から特待生枠を獲る予定だったから金の心配をさせないつもりだったのに……その前に逝っちまった。
……なんで世の中は自分の思うようにいかないんだろうな。
ばあちゃんと俺、二人のまともな写真は一枚しかなかった。
写真立てに入れたアレだけ。
唯一の肉親はもうこの世にいない。
……それでも俺は死ぬまで生きていくんだ。
ざわざわざわっ……
いつも四人組でつるんでいる奴らが講義開始の5分前に入ってきた。
時々騒がしいけど、真面目に出席しているせいか、なんとなく顔は覚えている。
名前までは……興味が湧かないからどうでもいい。
……ん?
一人足りない三人だ、珍しい。
「あいつさぁ、LINE送ったのに既読なんねぇんだけど……お前なんか知ってる?」
「え? お前知らないの? あいつ……今、行方不明なんだってよ!」
「は? なんだ、そりゃ! おい、お前なんか聞いてないのか?」
「いや全然……っつうかどういう状況なの?」
「なんかさ、鍵は内側からロックされていたらしいし、靴も貴重品も家ん中にあったんだって。だけど本人だけ忽然と消えててさぁ……スマホは洗面所に落ちていたんだと」
彼らの少しひそめた話し声は、人の少ない小講堂内では俺の耳にまで丸聞こえとなっていた。
ぴくっ!
……………
うん……なんか、聞いてはいけないものを聞いたような気がする……。
特に『洗面所』ってワード……あれか?
無意識に気になる言葉を脳が拾っちゃう働き、カクテルパーティー現象ってやつか?
………………
仮に……仮に、だ。
スマホ画面 or 背面が反射で鏡代わりになっちゃったとして……行方不明の彼が住んでたのが事故物件だったとしたら……まぁ、100%異世界にお出かけしてる……ってことだよね?
………………
め、面倒くせぇ〜〜!
俺が頭を抱えていると、いつの間にか、よれよれの白衣を着た老齢の教授が音もなく教壇へと上がっていた。




