いってきます!
静かに立ち上がった社長がノキさんの前に置いてあるリモコンを掴み、画面に向けて赤いボタンを押した。
パチッ!
テレビを消しながら、銀髪お兄さんに向き直る。
「おい、ノキ! 悠長に占いの時間までニュース番組を見てる暇はないぞ? 食い終わったならお前は出かける時間だ。俺の都合もあるんだ、さっさと動くぞ」
「ふへぇ?」
ノキさんがちょっと間抜けな声を上げた。
すると社長はさっと片手を上げる。
その手にセバメさんが何も言わずにタブレットを渡した。
医療ドラマで執刀医の言葉と共にメスを手渡す器械出し看護師さんのような流れる動作。
流石は空気も心も読める有能事務員さん。
「お前には今日からここの物件に行ってもらおうか」
社長が手慣れた仕草でささっとスワイプし、くるりと画面をノキさんに向ける。
俺も画面がちらりと見えた。
住所は谷在家か……あっちは日暮里・舎人ライナーの沿線だっけ?
うーん、あの電車に俺は乗ったことないな。
「ここから車ならそう遠くない。何かあればいつものように駆けつけてやるから、まぁ死なない程度に頑張れ。お前の荷物は昨日の物件から回収済みだ」
そう言って社長がちらりと目配せする。
気付かなかったが、部屋の片隅にちょっとボロボロの大きめなシルバーのキャリーケースが一つ置いてある。
……ってか……いつものようにって……ノキさんの緊急コールは日常茶飯事か⁉︎
………………
あれ? ちょっと待て。
昨日の話だと、足立区でも最恐クラスの物件だったって言ってたよね?
社長、なぜにそんな風に通常運転なんです⁇
……怖っ! この人、怖ーーっ‼︎
「そ、それにしても……ノキさんの荷物って……これだけ?」
「そうなんだよ、かなり身軽でしょ? 俺さぁ、ルームシェアの物件希望じゃん? で、一緒に暮らしてるとやっぱり色々とプチトラブルってあるんだよ。共同生活ってやっぱ互いの配慮が大事じゃん?」
昨日、社長も『プチトラブル』って言ってたけど……いやいやいや⁉︎
生死に関わるトラブルを『プチ』で括ってはいけないだろう⁉︎
そして、この場合のルームメイトである『相手』に配慮を求めること自体、そもそも間違ってると思うが……。
「でもケンカして相手のこと祓っちゃうと事故物件の契約内容違反で解除されちゃうし、ほっとくと俺が殺されかけるから転居を余儀なくされちゃうんだよね……なっかなか理想的なルームシェア物件に出会えてなくってさぁ〜〜。もし永く住めたら『理想的な事故物件に住んでます!』ってタイトルシリーズ作りたいと画策してるんだけどさ」
………………
もはや、どこからツッコミを入れていいのか分からない……うん、聞かなかったことにしよう。
「ほれ、ノキ行くぞ!」
「はぁ〜い。あぁ、セバメちゃんの珈琲もう一杯飲みたかったなぁ……ハル君、泊めてくれてありがと! お礼にこれあげる!」
ぽいっ! パシッ!
ノキさんが何かを放り投げて来たのを、俺が慌てて両手でキャッチ!
「じゃっ、まったね〜〜!」
「行ってらっしゃーーい!」
「あ、ありがとうございます。行ってらっしゃい……」
ガラガラガラガラッ……
超絶軽いノリでキャリーケースを引きながら、ノキさんは社長と共に出ていった。
「ノ、ノキさんて……ビビりなんだか、度胸あるんだか、よくわかんない人ですね……」
投げ渡された数珠ブレスレットを摘み上げながら、俺は首を傾げた。
「まぁ、あの人のこともなんだかんだ遍は気に入っているんだと思いますよ? あ、珈琲おかわりいかがです?」
「あ! いただきます!」
ポケットにお礼の品を無造作に突っ込みながら、彼女に頭を下げた。
コポコポコポッ……
カップに注がれる茶色い液体を眺めながら、俺はぼんやりと疑問を口にした。
「セバメさんて……何者なんですか?」
「……そうですねぇ……はっきり言うと、このビルの地縛霊ですね」
おおぅ!
……ほ、本当にハッキリ仰ったよ。
それはもう清々しいくらいですね!
「で、でも何で……」
「実体があるかって?」
口に出す前に、もう俺の頭は読まれている。
話が早い!
「そうですねぇ……」
ぐいっ!
言いながら、彼女は白い手袋を片方外した。
そこには真っ白い素肌とフィギュアの可動関節が見えた。
「⁉︎」
「まぁ、人形に乗り移っているって感じですね。だから、鏡は渡れても、このビルの外には出られないんです。もっぱら、買い物はネットショピングになりますね」
………………
なるほど。
お人形のような美少女ではなく、美少女の顔をしたお人形さんなのか。
ま、どちらでもいいか、彼女は彼女だ。
「……ハルさんも……変わってますね」
「え? どこが? 俺はどこにでもいる、ごく平凡な人間ですよ?」
「ま、そういうことにしておきましょうか……あ、ハルさん学校は?」
「あ! ご、ご馳走様でした! 今日は14時くらいに帰ってきて、また16時にバイト行くって社長に伝えといてください!」
「承知致しました! ではいってらっしゃーーい!」
「行ってきます!」
俺はバタバタと慌ただしく、最寄り駅へと向かった。




