ブレックファースト
トントントンッ……
俺とノキさんは簡単に支度を済ませ、揃って階段を下りた。
セバメさんからさっき言われたままに一階の不動産屋に立ち寄る。
彼女は一足先に部屋で待っているだろう、鏡を渡って……うん、よくよく考えたら便利だな。
国民的某ネコ型ロボットのピンクのドアみたい。
無遅刻無欠席が叶いそうだ。
時刻はまだ朝の8:00過ぎ……だが、昨晩閉まっていたシャッターは半分程開いている。
電源の落ちている自動ドアを手動で押し開けて、中に入った。
「よう、お前ら……今朝も相変わらず酷ぇ顔だな。ハロウィンはまだ先だぞ?」
………………
一言目は『おはよう』でいいでしょ?
貴方様は普通の言語を呪いか何かで封印されていらっしゃるのですかい?
「社長! おはようございます!」
「……おはようございます」
寝不足ハイなノキさんとローテンションな俺が挨拶を返した。
「皆、おはよう〜〜!」
すると奥から、可愛い声と共にすうっと美少女事務員さんが現れた。
朝八時だよ、全員集合⁉︎
「おい、お前ら朝メシまだだろ? ほれ」
ガサッ!
そう言って、社長が茶色い紙袋を白いテーブルの上に置いた。
「「?」」
「駅前のパン屋のだ。好きなの食え。珈琲はセバメに淹れてもらえ」
「「パ、パ、パン屋さんのパン⁉︎」」
俺とノキさんの歓喜の声が見事にハモった!
パン屋……それはそれは恐ろしい場所。
空腹で立ち入ってはいけない危険地帯……罠だ!
香ばしい香りが嗅覚を支配し、呼応するように胃がきゅるきゅると音を立てる。
美味しそうなパン達が『俺も私も買ってくれ』と誘惑してくる……そして油断しているとトレイに何個でも乗せて、財布が大ピンチに陥ってしまう!
「……ハルさん、アホですか?」
はうわっ!
セバメさんが心を読めるの忘れてた。
珈琲カップを三つお盆に乗せ運んで来た彼女、すんっ……とした顔でこちらを見ている。
と、とにかくパン屋さんとはそれはそれは素敵で、近寄り難い場所なのだ。
昔、ばあちゃんが生きてた頃、無料で頂けた食パンの耳に何度命を救われたことか……。
それが物価高なこのご時世。
食パンの耳は美味しいラスクに加工され、お手頃価格で販売されていた。
……悲しいことに、サクサクのラスクでは俺の腹は満たされない。
しかし、駅前にパン屋なんてあったんだな。
この辺りは何年か前に踏切を高架に変える工事に伴い、だいぶ再開発が進んだらしい。
でも小道には個人店もまだまだ健在している、新しさと古さが入り混じる街だ。
「ほれ、ハル。ぼさっとしてるとノキに全部取られるぞ?」
「あっ! ちょ、ちょっと待ってよ、ノキさん!」
「ふははっ! 小倉ホイップコッペパンだけは譲らないんだからなーーっ!」
なんやかんやドタバタと、ノキさんと二人で奪い合……分け合うように、俺達はパンを頬張ったのだった。
「ま、腹が減ってはなんとやら、だ」
そう言って、社長は優雅に珈琲を啜った。
◇◇◇◇
「「お、美味かったぁぁぁぁっ……」」
パンの後味の余韻に浸り、うっとりしていると社長が声を掛けてきた。
「ハルに……謝らなきゃなんねぇな……」
「⁉︎」
………………
えっ⁉︎
あ、あの社長が……謝るだと⁉︎
ど、どれに対してーーっ⁉︎
ほんともう、心当たりしかないんですけど⁇
謝罪ランキング一位に輝いたのって、一体……?
「……お前のこと『貧乏人』って言った、あれは誤りだ。お前は『ドケチ』だったんだな」
………………
うぉーーい⁉︎
もっと謝った方がいいものあるでしょーーが!
まだまだ謝罪受け付けてますけどーー?
ていうか、謝ってんの、それ⁉︎
誤りを謝ったんか⁉︎
「あ、あの……社長?」
「堅実なのはいいことだ」
「……」
あぁ、昨日の件に対しての意見か。
俺が保険証持ってないと思ってたんだな。
『保険は入れ』……あれは、ばあちゃんの遺言みたいなもんだ。
俺のばあちゃんは金が無くて、病院に満足にかかれずに死んだ。
国民保険に入っていないと、自己負担金額はかなり高額になる。
医者にかかりたくても貧乏人は命の選択肢が減る。
この世は当たり前だが、不平等なのだ。
「あ、そういや今日の占い、ラッキーアイテムなんだろうなぁ?」
ピッ!
俺の顔が少し翳ったからか、単純に見たかったからかは分かんないが、ノキさんがふいにテレビを点けた。
こんな中途半端な時間にニュース番組の占いはやっていないよ?
画面にはマイク片手にどこかのグラウンドを歩き進むリポーター男性の姿が映し出された。
『マラソン代表選手が学生時代イジメを首謀していたとSNSを中心に噂が広がり、実業団の所属チームも事態を重く見て、代表を……』
レポーターの声に合わせて流れる下のテロップが俺の目に飛び込んで来た。
画面が切り替わり、今度はユニフォーム姿の女性の写真。
……あれ?
これって……昨日、ソラさんのクローゼットの裏にあった……写真の人?
『後輩を階段から突き落とし怪我させて、引退に追い込んで……』
『スポーツ選手の怪我なんて選手生命が……』
『こんな卑劣なこと、スポーツマンシップの風上にも置けな……』
スタジオのコメンテーター達が口々に、公共の電波に乗せて『非難』という名の悪口を垂れ流した。
『あたしはただSNSに一滴の油を投下しただけよ。あとは勝手に炎上するわ』
ソラさんだったら、きっとそう言うだろうな。
……ウルエさんを間接的に死に追い込んだ先輩を社会的に抹殺したのか、ソラさんは……。
ふっと視線をテレビ画面に戻すと、もう次のニュースへと話題が切り替わっていた。




