爽やかではない朝
第三部、開始です。
ちゅんちゅんちゅん……
あぁ、外で雀が鳴いてるなぁ……。
窓の外が明るい。
もう朝か……今日は何曜日だっけ?
「うぉぉぉぉぉぉぉぉん!」
………………
あぁ、隣の部屋で配信お兄さんが泣いているなぁ………。
どうした?
アップした新作動画の再生回数が一桁だったかい?
ちらりと目覚まし時計を見ると、二つの針が協力して7:35を指していた。
夜中までお兄さんから話聞かされてたから、実質の睡眠時間は五時間ちょっとか?
うぅん、まだ眠ぃな……。
「うぉぉぉぉぉぉん!」
泣き声はまだ止まない……メンタル豆腐モードか?
「はぁ……しょうがねぇなぁ……」
頭を掻きながら、のそのそと立ち上がり、隣の部屋に声を掛けた。
うぉっ、肋骨痛ぇな……。
コンコンッ!
「おはようございます、ノキさーん。起きてるんでしょ?」
ガラッ!
「あ、お、おはようハル君……」
物凄い暗黒クマさんを目の下に住まわせたノキさんが、引き戸をガラリと開けて顔を出した。
酷い顔だなぁ。
ん?
起きたんじゃなくて、もしかして寝てないのか?
………………
なるほど。
寝ずに頑張ってやった作業で『よっしゃーーこれはウケるぞぉぉ! 絶対バズる‼︎』って期待した映像に結果が出ないとなりゃ……そいつは心折れるな。
うん、普通に泣くわ。
誰か心優しきお方、チャンネル登録してあげて。
え? 俺は無理だ。
スマホで動画なんて見ちゃったら、一ヶ月分のギガ数が軽く吹っ飛ぶ。
追加料金払いたくない!
……ごめんね、お役に立てそうにないよ。
「ノキさん、どうぞお先に洗面所使ってくださいよ」
「あ、ありがと。そうさせてもらうよ」
睡眠不足でボロボロの身体を引きずり、彼は洗面所の扉向こうに消えた。
俺も部屋に戻り、のろのろと支度を始める。
「さてと、今日の一限は……」
「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その時、空気をつんざくようなノキさんの悲鳴が部屋を揺らす!
バタバタバタッ、バッ!
「ど、どうしたんすかーー⁉︎」
「おはようございます、ハルさん」
「⁉︎」
洗面所に飛び込んだ俺の目に、可愛らしい声で挨拶をしてくれるセバメさんが、鏡面のあちら側から姿を見せていた。
「あ、お、おはようございます」
挨拶を返し、ちらりと視線を下ろすと、鏡台の下で濡れた顔のまま、白目を剥いたノキさんが倒れていた。
あ、昨日も気絶してたけど……こうやってちょいちょい睡眠不足を補ってるんすか?
ノキさんて……『祓える人』なのに超ビビりなのね。
顔洗っている途中でいきなりセバメさんに声掛けられたのかな?
しかし、よくそんなんで都内最恐クラス物件をリクエストしたなぁ、チャレンジャーじゃん。
「挨拶で声掛けただけなのに、本当失礼しちゃいますよ」
可愛い頬を膨らませて、不満を口にするメイド服事務員さん。
昨日のニンニク臭は取れましたか?
「ほっといて!」
顔を少し赤らめたセバメさんが、口を尖らせながら言い放った。
えっ⁉︎
………………
「ま、前々から思ってたんですけど、セバメさんて……心が読めるの?」
「あぁ、読めるっていうか……オーラ的な? 一言一句間違えずにってのは無理ですけど、何考えてるかは相手の頭上にぼんやり浮かぶようなイメージで分かりますよ」
す、凄ぇな……あれ?
俺、今まで失礼なこと思い浮かべてませんでした? 大丈夫?
「今のところ、セーフです」
あ、どうもありがとうございます。
「う、うぅっ……ごほっ、がはっ、がふぅんっ!」
突然、床に倒れていたノキさんが激しくむせこんだ‼︎
あ、顔周りに残ってた水滴が鼻に流れ込んだのかもな、お気の毒。
鼻に水入ると超痛いよね。
「げほげほっ! あぁ……ビ、ビックリした。おはようセバメちゃん。……はっ! そうだ、セバメちゃんが俺の動画に出演してくれたら絶対バズるのにぃぃぃっ!」
「丁重にお断りします」
激しく土下座するお兄さんに、ピシャリと切り捨てる彼女。
面倒くさそうな人の扱い方を心得ていらっしゃる。
あ……ノキさんごめん、面倒くさいって言っちゃった。
「本日、ノキハラさんは朝食が済み次第、社長と次の物件の内覧予定です。ハルさんは……今日の学校、終わりは何時までです? 社長から放課後にお話があるそうです」
有能なメイド事務員さんは秘書のようにキビキビと俺達に鏡の裏から用件を告げた。
……あれ?
いつの間にか『ナギスギさん』から『ハルさん』に呼び名が変わってる……これは、あれか?
同僚になったから……とかなのか?




