修理メンテナンス
コンコンッ、ガチャッ!
「お待たせ……って……どうした、ハル子ちゃん⁉︎ そんな部屋の片隅のデカい埃みたいに打ちひしがれちまって……」
「あ……大家さん……」
社長に詐欺られた絶望感から、四つん這いの格好で落ち込んでいたアフロ頭な俺は、首だけをゆっくりと玄関ドアの方に向けた。
見ると大家さんが、何か食べ物を木製のキッチンワゴンに乗せ、運んできてくれたようだ。
湯気と共にいい匂いが部屋に漂い、俺の胃がきゅるきゅると準備運動を始めた。
「川志田さんには、お粥だ。二週間も行方知れずだったんだ……お腹に優しいもんにしたよ。梅干し、食べれるかい? んで、ハル子ちゃんには、ほれ……」
皿を傾けてこちらに見せてくれる。
「サンドイッチ。ババアだって洋食作れるんだよ。野菜スープもあるぞい」
にやりと自虐的に笑った。
「二人ともありがたく頂いとけ。山吹の婆さんのメシはマジで美味いぞ」
社長の言葉で俺とソラさんは顔を見合わせ、そして大家さんの方に向き直る。
「「いただきます!」」
「はいよ、召し上がれ」
◇◇◇◇
「「ご馳走様でしたーー!」」
「はいよ、お粗末様」
綺麗に空になった器を見て、大家さんは嬉しそうに目を細めた。
目尻の皺がぎゅっと深くなる。
「あ、お皿洗います!」
「いいから、いいから。あんたは休んでなさい。」
「で、でも……」
立ちあがろうと腰を浮かせたソラさんの肩を上から押して、大家さんは再度、彼女をダイニングテーブルの椅子に座らせた。
とさっ!
ソラさんが椅子にお尻を下ろすのとほぼ同時に、奥で灯りの明滅するのが見えた。
1DKの間取り、今いる場所はダイニングキッチン。
バス・トイレ別の物件……光っているのは、さっき異世界から戻ってきた洗面所の方だな。
引き戸を閉め忘れたか?
俺は椅子に座ったまま、そーーっと顔を伸ばすと……なにやら洗面台のランプがチカチカッと点滅を繰り返している⁉︎
………………
は?
ガッターーン!
バランスを崩して、俺は椅子ごと派手に転んだ。
痛てぇ……ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!
「な、何なんだ一体⁉︎ スイッチ、入ってないぞ‼︎」
「ん? あぁ……もう終わったか。思ったより早かったな」
動揺する俺とは対照的に、社長は腕を捻って高級腕時計の文字盤に目を遣りながら、そちらに移動し、洗面所の灯りを点ける。
俺もよろよろと立ち上がり、後に続く。
カッ!
洗面台から突如、閃光が放たれ、そして……
「連絡鏡の修理、終わったよぉ〜〜!」
聞き覚えのある可愛い声がどこかから響いてくる。
「おう、お疲れさん」
鏡に向かって手を上げる社長。
俺も恐る恐る、社長の背中越しにそっと覗き込んだ。
………………
「セ、セバメさん⁉︎」
「あら〜ナギスギさん! 今回もお疲れ様でした!」
洗面台の鏡面越しに薄ピンク色のツナギ服を着た美少女事務員さんと対面し、ご挨拶を交わす。
メイド服以外も似合いますねぇ……。
………………
あぁ……薄々そんな予感はしていたんだよな。
ウルエさんに異世界自由設計を提案したのは、一体誰か……って。
俺の表情を見て、小悪魔っぽく笑うセバメさん。
『正解だよ!』と彼女の瞳が答えてくれる。
「そうそう! お〜い、山吹さぁ〜ん!」
「ん? な、な、なんじゃい?」
いきなり名前を呼ばれて戸惑う大家さん。
社長の後ろでひょっこりする俺の、さらに後ろから、顔半分だけ出して、大家さんは怖々と鏡を見遣る。
「こんにちは。お、お久しぶりです……」
「なっ⁉︎」
鏡の中、セバメさんの隣に立つ彼女……ウルエさんが、はにかみながら小さく手を振っている。
「……」
「あ、あれ? ど、どうしました大家さん?」
「ひ、ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ‼︎」
ばったーーん!
あ……。
大家さんは白眼をむいて、泡を拭き、その場に卒倒してしまった……。
………………
まぁ、それが普通の反応だよな。
過去に亡くなった人間とこうして対面するなんて……人生経験80年は積んでるであろう大家さんだって、そうなかなか無い体験のはず。
でも、あんまり驚かさないであげてよ、ご老体なんだから……マジで心臓止まっちまったら洒落になんねぇよ、事故物件。




