205号室
薄いカーテンから差し込む綺麗なオレンジ色の光が、部屋中を染めている。
……もう、そんな時間か。
あぁ、向こう側とこちら側の時間の流れはほぼ同じだったっけ。
ちらりと手元に視線を落とす。
スマホのロック画面には、白い文字で『17:42』が表示されていた。
一泊二日予定が……タイパ抜群、約四時間での異世界お試しになってしまった。
……これで社長は果たして許してくれるのか?
コンコンッ、ガチャッ、バンッ!
ノック音と同時に鍵が回り、ドアが勢いよく開く!
こちらが返事する間もなかったな……せっかち?
いや、気が急いたか?
「川志田さん‼︎」
大家の山吹さんが息を切らせて、205号室の玄関に現れた。
その背後には、ニヤニヤしたあの人も……。
この部屋に戻ってすぐに電話連絡したけど……思ったより到着早かったな、社長。
「大家さん……ご心配おかけしました」
ソラさんがきちんと大家さんに向き直り、深々と頭を下げた。
「……具合悪いとこはないかい? 腹は減ってないかい?」
けして責めることはせず……柔らかな声で彼女はそっと手を伸ばし、その痩せた皺々の手でソラさんの両腕を優しく掴んだ。
「あっ……はい……大丈夫です……あ、あの……ありがとうございます」
涙を滲ませ、震える声でまたソラさんは頭を下げた。
自分を……本気で心配してくれた人がいた。
その人を目の前にして、彼女は……恐ろしくなったのかも……。
山吹さんはウルエさんの死を今でも引きずっている……そんな人を再び苦しめるのが、自分だったかもしれないって……。
ぐうぅーーっ……
その時、俺の腹の虫が、空気を読まずに鳴いた。
………………
あ。
「ふふっ、随分とまぁ髪型も人相も変わっちまってるが……ハル子ちゃんだったかのぅ……ちょっと待ってろ。なんか簡単な物でも作ってくる」
そう言って、割烹着の紐を結び直しながら大家さんは部屋を後にした。
大家さんの背中を見送った後、真剣な視線を俺に向けてくる社長。
な、何だ⁉︎
「ハル……お前……なんかマリモみたいになったな」
………………
だ・か・ら、第一声は『おかえり』じゃないんですかーーっ⁉︎
その四文字をなぜ言えんのじゃーーっ⁉︎
ちっとは労われやぁぁぁぁぁーーっ‼︎
あぁ、心の叫びで肋骨がぁぁぁっ、ぐはっ! 痛てててて……。
し、しかも……マリモ⁉︎
それは頭に乗せ帰ったアフロウィッグについて? それとも青痣に溢れた俺のボコボコの顔面について? もしくは両方合わせ技か?
ウルエさんの異世界で、バニラ鳥が消えた氷海の端、かき氷山の奥にひっそりと鏡が置かれていた。
割られた連絡用の大鏡を想像していたから『え? これ?』って二度見したわ。
そういえば、マサさんの異世界でも魔王の玉座後ろのは洗面台サイズの鏡だったっけ。
何はともあれ、合わせ鏡でようやく現実世界へと戻ってきたのだった。
「それにしても……ハルに『お金持ってる?』って聞かれて、最近流行りの投資詐欺か⁉︎ と思っちゃったじゃん。危うく渾身の力でアッパーくらわすとこだったわ」
そう言ってソラさんが、にっと笑う。
………………
俺、顎の骨も狙われてたんか……怖っ!
「じゃ、書類の記入、よろしく」
青ざめ震える俺とソラさんの前に、社長が書類の入った封筒とペンを差し出してきた。
……ん?
やっぱり、それ……どこから取り出したの?




