あやしい不動産屋
「180円……無駄遣いしちまったかなぁ? やっぱ……早まった?」
独り言を呟きグレーのパーカーのポケットに両手を突っ込んで、空を見上げる。
右手が、チャリッと小銭の音を鳴らす。
お釣り20円をそのままポケットに突っ込んだからな。
帰り分の電車賃はちゃんと財布に残してあるが……明るい時間帯なら、帰りは六町駅まで気合い入れて歩こうかな?
普段、定期券エリア外の駅まで足を運ぶことはほとんど無い。
金が勿体無いからだ。
……それだけ、状況が切羽詰まっている。
あぁ、次の家を探さねば……。
◇◇◇◇
東武線竹ノ塚駅東口徒歩1分。
小道を曲がってすぐのビル1階に、その不動産会社はあった。
事故物件専門仲介不動産会社『ワープルーム』
白を基調とした店内の不自然なまでの清潔感。
物件の安さに釣られて見にきてしまった……。
SNSで調べてたら、この店の情報が出てきたのだ。
だが……
怪しい……怪しすぎる……‼︎
店の前……ここまで来て、俺は……躊躇する。
月2万以内で都内に住めるのは、ひじょーーに魅力的だ。
でも……事故物件って……誰かがそこで亡くなってるってことだろ?
………………
霊感はまーーったくない。全然ない、俺!
だから……もし、お化けが部屋にいても……気づかないんじゃないか?
……話だけでも聞いてみようかな。
店頭でそわそわウロウロしてると、急に自動ドアがウィーーンと開く。
「うぉっ⁉︎ びっくりした‼︎」
「よぉっ。貧乏そうなガキだな」
目つきの悪いスーツ姿の若い男がニヤニヤしながら声をかけてきた。
「な、何なんですか貴方、失礼な!」
俺の質問には答えず、目の前にすっと名刺が突き出された。
『ワープルーム代表取締役 通屋敷 遍』
………………
社長⁉︎ この、めちゃめちゃ失礼な人が⁇
「うちの店を選ぶ客は①貧乏人か ②メンヘラか ③修行クソ野郎、だけって相場が決まってんだ」
俺は① ってことか。図星。
チラリと名刺越しに、この社長を見上げる。
よく見ると高そうなスーツ、ピカピカの靴、時計もなんだか無駄に輝いてるな……儲かってんのか?
「あらあら、お客様。ようこそ。お茶をどうぞ」
振り向くとメイド服の可憐な美少女がお盆にお茶を乗せている。
………………
何故、不動産屋にメイド⁉︎
「これ、社長の趣味です」
……きっと毎回、お客さんに質問されてるんだろう。
俺が聞く前に答えてくれる、なんて親切!
そして、めちゃくちゃかわいい!
髪の毛さらさら!
お人形さんみたい‼︎
「まあ座れ」
社長に促されるまま、俺はしぶしぶ着席。
このテーブルセットも茶碗も……よく分かんないけど高そう……ブランド物なんじゃないか?
別な意味で、変な緊張感が走る。
「で、希望の駅は?」
お! なんだ。
口は悪いが仕事はするんだな。
社長の膝の上にメイドが乗ってること以外は普通か。
「北千住駅まで15分以内の駅で格安物件探してます」
俺としては、安けりゃ安いほど良い。
多少ボロボロだろうがそこは気にしない。
今住んでるアパートがこの前の突風で半壊し、来月、取り壊しになる予定。
その前に、なんとしても次の家を決めなければ……。
「ねえねえ遍、ここはどう?」
「おっ、良いんじゃねえ?」
タブレットを二人で操作して……お客の目の前でイチャイチャしやがって!
くそっ、羨ましいぞ‼︎
っつうか社長、従業員に手出してんじゃねぇよ!
俺の心の叫びなど聞こえるはずもない社長が、タブレットをくるっと俺に向けてきた。
「常磐線の綾瀬駅徒歩5分、1Rで月1.8万円。ここから車でそう遠くないし、今から内覧行くか?」
「えっ? 内覧?」
展開が早すぎて、ついて行けない‼︎
しかも事故物件の説明無しだ、100%怪しすぎる‼︎
ジロリと睨むような視線を彼に向ける。
「おっ、警戒心。良い心がけだ……気に入った!」
ニヤリと社長が笑い、立ち上がる。
「セバメ! ちょっと出かける。留守番よろしく」
「はーーい」
よく見るとメイド服の胸元に名札が付いている。
『箱庭 セバメ』
「そうそう、これ持ってって下さい。サービスです。はい、どうぞ」
そう言って彼女は、100均で売ってそうな小さな鏡を手渡してくれた。
⁇⁇
ますます意味がわからない。
店の前で待っていると、某高級外車に乗って社長が颯爽と現れた。
運転姿もかっこいいな、くそっ。お金持ちめっ!
「乗れ。行くぞ」
店先に到着してから、ものの15分で俺はこの怪しげな社長に連れ去られたのだった……。