第60話 出港準備
クラン『ミリオンハンターズ』を結成した裕真は、メンバーを三つの役割に分けることにした。
前線に出て魔物と戦う『戦闘班』。
ポーションの製造や魔道具の整備、修理、点検を行う『工房班』。
戦利品の売却、食料や装備品の仕入れ、宿の手配や納税など、様々な雑事を請け負う『主計班』。
といった感じである。
まとめると、以下の通り。
【ミリオンハンターズの名簿】
代表:星野裕真 [勇者]
副代表:イリス [狩人]
◇戦闘班
アマニタ・ムスカリア(アニー) [魔法使い]
ラナンキュラス(ラナン) [戦士]
龍堂茜 [陰陽師・商人]
ルナ (ルーナ姫)[レイダー]
モルフィナ・モルペウス(モモ) [夢使い]
◇工房班
ニーア [錬金術士]
ベアトリス・ティンチェ [錬金術士]
◇主計班
火野篤志 [商人]
アントニオ・ベルモント [商人]
バサーニオ・ベルモント [商人]
シャイロック [商人]
今後、メンバーが増えれば更に細かく分けるかもしれないが、ひとまずはこんなところだ。
さっそく主計班は、結成直後から重要な仕事に取り掛かった。
飛空船の購入と、それを運用するための人員確保である。
その間、残ったメンバーは、もうひとつの重要な仕事に着手する。
それは、《巨門星》のテストである。
裕真たちは、トリスターの街から少し離れた荒れ地へと向かう。
このテストのために購入した土地だ。主要街道から大きく外れており、なおかつ農耕にも酪農にも適さない場所だったため、格安で手に入れることができた。
使用者として名乗りを上げたのは、ラナンだった。
他に異を唱える者もおらず、そのまま決定となる。
「巨門星よっ!」
ラナンがそう叫ぶと、彼女の眼前に橙色の光球が浮かび上がる。
《巨門星》が実体化した姿だ。
やがて光球は四角いパネルへと変化し、その表面には無数の記号が浮かび上がった。
ラナンは、事前にアコルルから聞いていた通り、記号を指でなぞった。
すると、地面がべこんと凹み、大きな穴が口を開ける。
さらにパネルを操作すると、穴の内部に階段が生成された。
気を良くしたラナンは、そのまま操作を続ける。
階段の先には扉と通路が現れ、その奥には、ちょっとした屋敷ほどの広さを持つホールが形成されていく。
あまりの速さに、一同から感嘆の声が上がった。
「本当に早いわね。マリクはこうやってトリスターより広いダンジョンも作ったわけか」
「はい! 私もやってみたいです!」
「あっ、私も!」
アニーとルナが目を輝かせて食いつく。
ラナンは少し困ったように、アコルルへと視線を向けた。
「ええと……巨門星を渡したら、ダンジョンは消えたりしないか?」
「いいえ、一度生成したダンジョンは他者に渡しても残り続けます」
アコルルの言葉通り、マリクがトリスターの地下に造った広大なダンジョンは、今もなお残り続けている。
現在は王国の人間が、まだ危険が残っていないか調査を進めており、安全が確認され次第、ひとまず倉庫として使われる予定だという。
「なるほど。貪狼星と違っていつでも交代可能なわけか。便利ね」
イリスが持つ貪狼星も受け渡しは可能だが、その際、収集した魔物スキルはすべてリセットされてしまう。
そのため、現在は事実上、イリス専用の装備となっていた。
「あー……みんな、今回の目的を忘れてないか?」
裕真の一言に、皆はハッと我に返る。
《巨門星》で生成できるものは多岐にわたる。
ダンジョンそのものと《ダンジョン・コア》。
それを護るガーディアンやトラップ。
これらは以前も説明した通りだが、もうひとつ便利な物を造ることができる。
それは、異なる二点の空間を繋ぐことができる《転移門》だ。
「いわゆる『たびのとびら』ってやつだな」
広大な世界を探索する上で、ワープ装置は欠かせない。正常に機能するなら、飛空船以上に便利な移動手段となる。
現在ではロストテクノロジーと化しているが、魔法帝国時代には、あって当然のインフラだったらしい。
以前の説明でアコルルが触れなかったのも、彼女の感覚では、わざわざ説明する必要すらない代物だったからだ。
ラナンはパネルを開き、《転移門》を示す記号をタッチした。
すると、乳白色の石柱で形成された門が二つ、並んで出現する。
「起動には1,000MPほど必要です」
裕真「お、そんなもんで良いのか」
アコルルの説明をさらりと流したが、全然「そんなもん」では無い。
1,000MPとは、並の魔術師では一生かけても到達できない数値である。
が、この場にいる面々は裕真を含め、すでに感覚が麻痺していたため、誰もツッコミを入れなかった。
裕真が門の一つに手を触れ、MPを注ぎ込む。
すると、門の内側が虹色の光に包まれた。
触れていない方の門も、同じように発光する。
どうやらこの門は二つで一組となっており、どちらか一方にMPを注ぎ込めば起動する仕組みらしい。
次にアニーがマイコニドを召喚する。実験用のモルモットだ。
マイコニドが右側の門へと足を踏み入れる。
虹色の光に包まれ、姿を消したかと思うと次の瞬間、左側の門から姿を現した。
無事、転移成功である。
「おおっ! すごいじゃないか! これで交易すれば、またたく間に大儲けだ!」
元錬金ギルド長のベアトリスが、金の匂いに目を輝かせる。
だが、すぐに茜が水を差した。
「いや、それダメやで。転移門の存在がバレたらえらいことになるやん」
「ええ……そんなの黙っていれば――」
「派手に稼いだら怪しむ奴も大勢出る。それでも隠し通すなんて、無理やと思うで」
むむ……と、ベアトリスは押し黙る。
だが、何か思いついたらしく、再び口を開いた。
「それならいっそ公開したら? それで、転移門そのものを販売すれば――」
「アホ! これどうやって造ったか言うてみい!」
「え? その《巨門星》ってやつだろ?」
「そやっ! それがアカンねん! 《巨門星》は禁呪だらけの厄物や! 世間様に知られたら大変なことになるで!!」
「マジか……」
ようやく事の重大さを理解したベアトリスは、がっくりと肩を落とした。
そんな彼女に、裕真が慰めるように声を掛ける。
「まぁ、そういうわけだから、俺らの移動だけにコッソリ使おう」
◇ ◇ ◇
《転移門》が手に入った今、飛空船はいらないんじゃないか、という意見が仲間内から出た。
だが裕真は、即座に「No」と言った。
《転移門》は、対となる門同士の空間を繋ぐ装置であって、好きな場所へ自在にワープできるわけじゃない。
つまり、少なくとも最初の一回は、自力で目的地まで辿り着かなければいけないのだ。
ならば飛空船は定期便か、レンタルで済ませれば良いんじゃないか、という意見も出たが、これにも裕真は「No」と言った。
自分たちが目指す場所は、定期便の航路から大きく外れた人跡未踏の地も含まれている。
そんな場所へ、借り物の船で向かうわけにはいかない。
理屈としては十分だったのだろう。仲間たちもその説明には納得した。
だが実のところ、裕真には皆に語っていない、一つの思惑があった。
それは単純に、自分の船が欲しかったからである。
ただの高校生であった裕真は、飛行機どころか自動車に乗ることも滅多になかった。
そんな自分が、自分専用の飛空船を手に入れて、好きな場所に飛んでいけるというのだ。ロマンしかない。
そんなこんなで時は流れ、主計班から待ちわびた報告がもたらされた。
ついに購入可能な飛空船が見つかったというのだ。
【 トリスター近郊 空港 】
石畳で舗装された広大な平地に、大小さまざまな飛空船が並んでいた。
小さいものは平屋の一軒家ほど。
大きなものは、城郭と見紛うほどの威容を誇っている。
飛空船の基本的な形状は、海に浮かぶ船とよく似ていた。
流線型の船体に、風を受けるための帆。
ただ大きく異なるのは、推進と姿勢制御のためのプロペラが各部に取り付けられており、陸上に着陸するため船底が平たく、乗務員用の出入口も船体下部に設けられている点だ。
その中で、ひときわ目を引く一隻があった。
船体全体が鈍く輝く鋼鉄の装甲板に覆われ、船首には黄金色のグリフォン像。何本も並ぶマストは太く高く、まるで城郭の尖塔が空へ突き刺さっているように見える。
装飾だけではなく、船体各所に施された補強構造や砲門から、この船が戦闘を前提に設計されていることが、一目で分かった。
その船こそが、主計班が用意した船だと告げられ、裕真はあんぐりと口を開けた。
「これはたまげた……。俺の想像より十倍ぐらい立派じゃないか!!」
「ていうかこれ、最新鋭の高速巡洋艦……。軍艦じゃないの!!」
ルナも目を見開いて声を上げる。
オリオン王家であっても、簡単には用意できないクラスの船だからだ。
「連合騎士団長グリンガム卿のご厚意により、本来なら民間に出回らない最新鋭の船を用意していただけました」
そう言って、アントニオはニヤリと笑う。
グリンガム卿とは、オリオン連合王国最大の軍事組織『連合騎士団』の長である。
すべての信頼を失ったはずの立場で、そんな大物と話をつけてくるあたり、流石としか言いようがない。
だが裕真が感じたのは、称賛よりも先に困惑だった。
「こんな立派な船を買えと!? 俺の所持金で足りるのか?」
「いいえ、全然足りませんよ。少なく見積もっても1,000万マナ(約100億円)はしますから」
裕真の隣で、篤志が何でもないことのように言い放つ。
現在の裕真の所持金が、せいぜい300万マナ程度だと知っているはずなのに。
問い詰めるより早く、答えを出したのはバサーニオだった。
「大丈夫です、船の代金はシャイロックさんが出してくれますから」
えっ、と裕真が視線を向けると、シャイロックは顔を真っ赤にし、ギリギリと歯噛みしていた。
「どういうこと? 資産は没収されたはずじゃ?」
「はははっ、この御老体、資産の一部を隠していたんです!」
アントニオは愉快そうに笑う。
「そんなもの国王陛下にバレたら、今度こそ首が飛ぶでしょ? だからその前に使ってしまおうってわけです」
「うう……鬼! 悪魔! 冥王!! いたいけな老人のささやかな貯えを奪うとは! 人の心とか無いんか!?」
ついに泣き出すシャイロック。
その様子にバサーニオは、呆れたように肩をすくめる。
「あのですね、おそらく国王陛下は貴方に隠し財産があることに気付いてましたよ。処刑せずユーマさんに引き渡したのは、それを吐き出させるためでしょうね」
「はははっ、陛下は私たち以上の悪党ですからねぇ。くわばら、くわばら」
再び笑うアントニオに、裕真は眉をひそめる。
「はぁ? 陛下が悪党って」
オリオン国王の内心など知る由もない裕真にとって、彼はあくまで立派な王でしかなかった。
「ああ、私たちにとって『悪党』は褒め言葉ですので、お気になさらず」
「善人なだけじゃ、王は務まりませんからね」
意味深に笑う兄弟を前に、裕真はなんとも言えない表情になるのだった。
「ところでユーマさん。船名はどうします?」
「船名?」
思いがけない質問に、裕真はキョトンとする。
船の入手ばかりを楽しみにしていて、肝心の名前までは考えていなかった。
「あー、保留で」
「わかりました、では先に船員を手配しましょう。人選に何かご要望は?」
「任せる……あっ!」
ふと、嫌な予感が脳裏をよぎり、裕真は慌てて言葉を継ぐ。
「そうだ! ウチのクランは年頃の女の子が多いから、変な事をしない紳士的な船員を揃えるって出来るか?」
裕真が持つ船乗りのイメージは、海賊映画に出てくる荒くれ者だった。
もちろん、この世界の船員が必ずそうだとは限らないが、念のためである。
「ふむ、“女性に手を出さない船員”ですね。了解しました」
「……念の為に言っておくけど、“特殊な趣味”の人を集めるのはやめてよ?」
「分かってますよ。……ていうかそんな船員、俺の身も危険じゃないですか」
◇ ◇ ◇
飛空船購入から、三日後。
新たに集められた船員たちを前にして、裕真は思わず目を見張った。
豚のような頭部を持つ『オーク族』。
犬のような頭部を持つ『コボルト族』。
直立して歩く猫のような『ケット族』。
このように特徴的な外見をした人類種族が、ずらりと並んでいたのだ。
その光景は、今更ながら異世界に来たという実感を裕真に突きつける。
町中でちらりと見かけることはあったが、こうして間近で向き合うと、やはり迫力が違う。
ちなみに彼らのことを『獣人』や『亜人』などと呼ぶのは禁句だ。
それらは差別発言であり、うっかり口にすれば、オリオン国王でさえ辞任に追い込まれかねないほどデリケートな問題である。
ということを、仲間たちから念を押すように教えられていた。
「いかがですか? いずれも他種族を性的な目で見ない種族です」
「そうきたか〜! さすがファンタジー世界!」
少し胸を張って言うバサーニオに、裕真は感服の眼差しを向けた。
篤志も同じく感心した様子で、静かにつぶやく。
「流石ですね……。今、ただでさえ船乗りは不足気味なのに、特定の種族だけで揃えるなんて」
「いやいや、兄の人脈があってこそですよ。あんな事件があった後でも、助けてくれる方が結構いまして……ありがたい話です」
アントニオの行為は街への裏切りだったが、その一方で家族を人質に取られていたという事情も周知されていた。
そのため、彼に同情的な者も少なくなかった。
飛空船を融通してくれたグリンガム卿も、その一人である。
「それは貴方の人徳があってこそだと思いますよ。失礼を承知で申しますと、貴方の兄は若干近寄りがたい部分があります。ですが貴方は良い意味で庶民的で、親しみが持てる」
「兄弟で足りない部分を補ってる感じ?」
「ははは……俺としては兄みたいになりたいと思ってるんですが」
裕真と篤志が口々に褒めるが、バサーニオは複雑な笑みを浮かべ、照れ隠しのように頬を掻いた。
「これなら安心して後を任せられますね」
「……? 後を?」
唐突な言葉に、裕真は首を傾げた。
篤志は表情を引き締め、正面から裕真を見据える。
「ユーマ、大切なお話があります。少々お時間頂けますかね?」
◇ ◇ ◇
【 空港内 喫茶店 】
昼下がりだというのに、店内は閑散としていた。
飛空船を待つ客もほとんどおらず、静かな空気が漂っている。
遠くでカップが触れ合う、かすかな音だけが耳に残った。
そこで切り出された話に、裕真は思わず声を裏返らせる。
「……ええっ!? パーティを抜けるって!?」
「申し訳ありません。こちらから頼み込んで仲間にして貰ったのに……」
篤志は深々と頭を下げる。
「なんで急に――あっ! ポロンちゃんとアムちゃんを探しに行くのか?」
「ええ、それも理由の一つです。お尋ね者になった二人を匿えば、クランに迷惑かかりますし」
篤志の養女二人は、まだ賞金が掛けられているわけではない。
それでも、公僕から追われる立場なのは間違いなかった。
「そんなの気にしなくていいのに……。二人が追われる身になったのはやむを得ない事情があったからだろ。悪い子じゃないのは良く分かってる」
「いえ……ぶっちゃけあの二人、そんな良い子じゃないです。特にポロン。ああ見えて生粋の『ガンランナー』でして、今ごろ自分のギャング団を結成しててもおかしくありません」
「いやいや、ギャング団って」
裕真は冗談だと思った。身内に対する軽口だろうと。
だが篤志の表情は、終始真剣だった。
そういえば、ポロンが親衛隊に銃を向けた時の迫力は、大人顔負けだった。
「もうひとつ理由があります。実はボク、『炎の勇者』に戻ろうと思ってるのです。『炎の神フレア』様に謝罪して」
「……ええっ!?」
裕真は、再び驚かされた。
「一度リタイアしたのに、戻れるもんなの?」
「……まぁ、十中八九ダメでしょうね」
あまりにもあっさりした返答に、裕真は言葉を失う。
どうやら、かなり無謀な賭けに出るつもりらしい。
「ですが、それでも試してみたいのです。今回の事件で邪神と手下達の恐ろしさを思い知りました……。しかも、あれと同格の奴があと五人もいるのです」
篤志は拳を握り、語気を強めた。
「戦いは他人に任せて、ボクは後方支援を――なんて虫の良い考えでした! ボクも出来る限りのことをしないと!」
その覚悟に、裕真の胸は熱くなる。
「アツシ……それなら、俺も一緒に謝りに行く! 冥王様に選ばれた俺と一緒なら、少しぐらいハードルが下がるかもしれない!!」
それを聞いた篤志は、思わず目を見開いた。
「いえ、ダメです! 気持ちは嬉しいのですが……最悪、フレア様を怒らせ、焼き殺される可能性もあるのです! そんな危険に付き合わせるなんて出来ませんよ」
今度は裕真が、ぎょっとする。
「いやいやいや! そんなに危険なら、むしろ行かせるわけにいかない!!」
篤志は、しまったという表情を浮かべた。裕真の様子からして、無理やりにでも止めかねない。
彼を安心させるよう、声の調子を落として続ける。
「……ああ、すいません。少し大袈裟に言ってしまいました。安心して下さい、フレア様はそこまで非情ではありません。誠心誠意謝罪すれば命まで取られませんよ」
「本当に?」
「本当ですよ。そうじゃなきゃ、リタイアなんて認めてくれるわけないじゃないですか」
なるほど……と、裕真は一旦気持ちを落ち着けた。
「大丈夫、勇者に戻れなかったとしても、必ず生きて帰りますから」
こうして、火野篤史はパーティを離れ、ひとり旅立っていった。
炎の神の聖地、『ファイア・ファウンテン』へと。




