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第57話 衝撃ドキュメント! 邪教団のひみつ


 【 トリスター市内 裕真の屋敷(借家) 】



 ディアナ様との謁見が終わった直後。

 裕真たちは屋敷のロビーに集まり、会議を始めた。

 本音を言えば疲れたので休みたかったのだが、どうしても後回しにできない一件なのだ。


 それは、『夢の世界』でマリクから託された邪神ゾドと邪教団の情報だ。

 一刻も早く、皆と共有する必要がある。

 そう思い、裕真が口を開こうとしたその時だった。


「……あれ? 姫様とモモちゃんと龍堂さん? 何か御用で?」


 視線を巡らせて、ようやく気づく。

 いつものパーティメンバーではない面子――ルーナ姫、モモ、龍堂茜(りゅうどうあかね)の三人が、しれっと会議に加わっているのだ。


「なんでって、私の《フォローリング》が欲しいんでしょ? ついでに私も貰ってよ」


 そう言って、ルーナ姫は右手の人差し指を軽く持ち上げる。

 そこにはめられた黄金色の指輪が、照明を反射してきらりと光った。


「え!? それは仲間になるってことですか!?」


 裕真はちょっと頬を赤らめた。「貰ってよ」なんて第三者が聞いたら、プロポーズと思われかねない発言だ。

 もちろん、そういう意味ではないと分かっているが、姫のような飛び切りの美少女にそんなことを言われたら、気恥ずかしくなってしまう。


「いいんですか!? 私達は邪神討伐を目的にしてるんですよ?」

「だからこそだよ。自分の国を狙われて怒ってないとでも?」


 イリスの問いに、姫は迷いなく言い返す。


「やられたらやり返す。ナメられたら殺す。それが王家のジョーシキ」


 と、物騒な台詞を吐きながら、親指で喉を掻っ切る仕草。

 裕真は思わず「王家こわっ!」とドン引きする。

 冗談かもと思ったが、オリオン一族はハンター修行を義務付けられているような武闘派だ。本当にそういう家訓があってもおかしくない。


「あのー。お気持ちは分かりますけど……俺らはこれからも、あのレベルの敵と戦うんですよ? お姫様にはキツいんじゃないかなぁ」

「は?」


 やれやれといった調子のラナンに、姫は片眉を吊り上げた。

 若干、空気が張り詰める。

 それを感じ取ったのか、モモが一歩前に出た。


「心配いりませんよ。ルナちゃんはAランクハンターですから」

「……えっ! Aランク!?」


 一瞬の沈黙のあと、どよめきが広がる。

 そういえば、彼女はアウトランドに属する『シリウス』という国で修行していた、という話を思い出した。


「俺より上のランクなのか……」

「じゃ……じゃあ ハンターとしての能力は問題ないわけか…….」


 引きつった笑みで頬を赤らめるラナン。

 自分より上位ランクの彼女に、先輩風を吹かしていたのが恥ずかしくなったようだ。


「ランクだけじゃないよ。私達オリオン一族は、ディアナ様から『加護』を受けてるのは知ってるよね? そのおかげで“邪悪な者”を見分けることが出来るよ」


 そういえばトリスターへ向かう途中、アコルルがそんな話をしていた。

 邪教団と敵対する裕真たちにとって、是非とも欲しい能力だが、裕真はふと疑問が浮かんだ。


「“邪悪”というのは、具体的に何を指すんです?」

「たとえば、邪神や悪魔や悪霊といった闇の存在……そして、それらから力を貰ってる人間だね」


 おお……と感心の声が上がる。それこそ欲しかった能力だ。

 たが、ニーアが続けて問いを投げかけた。


「マリクという人が持っていた《巨門星(こもんせい)》は、元々邪神のものではなく、魔法帝国が創ったものですが……。それも分かるんですか?」

「分かるよ。てゆーか《巨門星》って、邪悪な魔法てんこ盛りじゃない?」


 一同、「ああ……」と納得の声を漏らす。

 確かに《巨門星》には、魂収奪、洗脳、人体生成など、本来なら禁呪として規制されるような魔法が平然と組み込まれている。


 が、しかし、それに異を唱える者がいた。

 裕真の胸ポケットから、アコルルの怒声が響く。


「ちょっと! 聞き捨てなりませんね! 帝国が粋を凝らして創った『守護七星を邪悪だなど――」


 裕真はスマホの電源を切った。


「いや、それは助かる! 仲間を増やしたり、人を雇ったりする時に、奴らの潜伏を恐れなくて済むんだな!」


 裕真の顔がパッと輝く。

 もう、デュベルの時のような悲惨な体験はしたくない。


「 そうだよ、私がいればね!」


 胸を張って得意げになるルーナ。

 だが、モモがわずかに眉をひそめる。


「……モモちゃん、大事な部分が抜けてますよ? 相手が“邪悪な力”を持っているか見破るのであって、“邪悪な心”を見破る訳じゃないって。たとえば邪神と関係無い悪党は見分けられないって」

「ちょっ! モモちゃん!!」


 慌てるルーナ姫。しかし裕真は、あっけらかんと笑った。


「いやいや、それでも十分役に立ちます! よろしくお願いします、姫様!」

「あっ、『ルナ』で良いよ、身分隠してるんだから。あと敬語もやめてね?」

「あっ、はい……じゃなくて、分かった、ルナちゃん!」


 こうしてルーナ姫……いや、『ルナ』が正式に仲間になった。

 その様子を見で、モモがおずおずと手を挙げる。 


「あの……私も同行してよろしいでしょうか? 変な能力になってしまいましたけど、きっと役に立ちますので……」

「何言ってるのさ、良いに決まってる! 一緒に〇ラゴン〇ール読んだ仲じゃないか!」

「え!? いつどこで!?」


 思わず食いつく篤志。

 実は篤志も〇ラゴン〇ールの大ファンだったのだ。


「ウチも茜でええわ。これからは対等な仲間なんやから」


 茜の唐突な発言に、裕真は目を瞬かせる。


「え、龍堂さんも? 金融のお仕事は良いんですか?」

「ああ、ウチも姫様と同じ気持ちや……。あんな危険な奴らがのさばってるのに、ノンビリ商売なんてしてられへん! ウチも世界平和の為に戦うで!!」


 茜はきりっと顔を引き締める。

 が、しかし、その様子に一同は胡散臭さを感じた。

 皆は疑わしげな視線を送るが、それでも茜は表情を崩さない。


「……ま~、いいですけど」


 今までの言動からして、少なくとも邪神の手先ではないだろう。

 今後のことを考えると、一人でも多くの仲間が欲しいし、とりあえず受け入れた。


 そしてもちろん、茜は正義感だけではなく、打算ありきの加入だった。


(ふふふ……。こいつらといると儲け話にありつける! シノギの匂いは見逃さへんで!!)


 事実、茜は裕真たちと関わってほんの数日で、200万mana(約2億円)の利益を得ていた。

 これは、今までの仕事が馬鹿らしく思えるような額だ。



「さて、新たな仲間も加わったところで、話を戻すぞ」


 裕真はそう言うと、ソファーの前のテーブルに一冊の本を置く。

 タイトルも装飾もない、無機質な黒い表紙の本。

 それはモモが『夢の世界』から持ち帰った、マリクの記憶だった。

 この中には、裕真たちの敵である邪神ゾド、そしてその配下たちの情報が記されている。


 裕真はさっそく本を開き、最初のページをめくる。


「まず、『邪神ゾド』の現状だ。本体はかつての魔法帝国の首都『ポラリス』に封印されていて、辛うじて自分の思念体?を外に飛ばせる程度だそうだ。まぁ、そこは冥王様に聞いた通りだな」


 皆が頷く。


「次に邪神の目的だけど、今の世界を破壊して、自分の思い通りになる世界を創ることらしい」

「具体的に、何を思い通りにしたいのかしら?」


 イリスが手を挙げて質問する。

 だが、裕真は小さく首を振った。


「詳しくは分からない。マリクはその事に興味無くて、適当に聞き流してたから」

「え~……」


 一斉に、呆れと落胆が混じった声が上がる。

 世界の存亡に関わる話を、興味がないからと聞き流すとは、無関心にもほどがある。

 過去、友人に裏切られたという話だが、それはマリク本人にも原因があったのかもしれない。


 続いて、ニーアがそっと手を挙げた。


「目的はともかく、どうやって壊すつもりなんです? いくら邪神の力でも、世界全て壊すなんて無理でしょう?」

「なんでも『魔法帝国』が残した最終兵器を使うそうだ。その名も『星の棺』ってやつ」


 星の棺……。

 その不穏で、どこか神秘的な響きに、一同は思わず息を呑んだ。


「……いかにもって感じですね。それってどんな兵器なのですか?」


 興味を隠そうともせず、アニーが身を乗り出す。

 自然と視線が裕真に集まった。


「それも分からん。マリクは興味無かったから」


 全員、ソファーからずり落ちた。


「いや! そこはもっと興味持ちなさいよ!!」

「そんなんだから、友人に裏切られるんですよ!!」


 この場にいないマリクに向けて、容赦のない言葉が次々と浴びせられる。

 その様子を横目に、裕真はスマホの電源を入れ、「知っていそうな人物」に尋ねることにした。


「アコちゃんは、『星の棺』について何か知ってる?」

「……いいえ、まったく、全然、何も知りません。私も初耳です、いったい何なのでしょうね?」

「アコちゃんも知らないのかー」


 裕真は小さく溜息をつき、再び本に視線を戻す。そして、次のページをめくった。


「まあ、分からんものは仕方ないから、次行く。マリクは教団内で『最悪の七人(ワーストセブン)』と呼ばれる最高幹部の一人だったらしい」

「ワーストって……。ろくでもない呼び名ですね」


 至極もっともなモモの感想に、裕真は苦笑を浮かべる。


「まぁ、本人たちはちっとも気にしていないそうだ。少なくともマリクは、自分が“最悪”なことをやってる自覚があったようだし」


 アニーが本を覗き込みながら、確認するように言った。


「その七人が、邪神から『守護七星』を与えられたのですか?」

「そうだ。そしてその中にデュベルも含まれていたから、残り五人……ワーストファイブだな」


 そう言いながらページをめくると、そこには凛々しい顔つきの少年の姿が描かれていた。

 裕真と同じ黒髪黒目で、年齢もそれほど変わらないように見える。


「次は、その残り五人についての情報だ。最初の一人は、《破軍星(はぐんせい)》の『カイト』。マリク曰く、“何を考えているのか分からない不気味な男”、だそうだ」


 さらにページがめくられる。

 次に現れたのは、獅子の鬣のような髪と、彫刻のように理想的な筋肉を持つ巨漢だった。


「《武曲星(ぶきょくせい)》の『カイヨウ』。高額の賞金を掛けられてる指名手配犯で、マリク曰く“腕力だけが取り柄の尊大な男”だそうだ」


 それを見て、茜が「あっ!」と声を上げた。

 どうやらクライムハンターの間では有名人らしい。


 次のページには、(あおぐろ)い髪を持ち、整った目鼻立ちの貴公子然とした青年が描かれていた。


「《廉貞星(れんていせい)》の『アルフォート』。マリク曰く、“自惚れた夢想家”。見たところ、どこぞの貴族の出っぽいとか」


 さらにページをめくる。

 現れたのは、緋色の髪をツインテールに結い、緋色と緑色のオッドアイを持つ少女。ゴシックドレスを身に纏い、異様な存在感を放っていた。


「《文曲星(ぶんきょくせい)》の『メグリ』。“お嬢様の皮を被ったケダモノ”。ガンランナーの盗賊団を率いて、各地を荒らしまわってるそうだ」


 ガンランナーという言葉に、篤志の肩がぴくりと震える。

 だが裕真はそれに気付かないまま、次のページをめくった。

 最後の一人は、漆黒の全身鎧に身を包んだ怪人だった。


「《禄存星(ろくぞんせい)》の『フェルダン』。“自分を異常だと思っていない最悪なタイプの異常者”。会議中も兜を被ってるんで、素顔は不明だ」


 一通り幹部の紹介が終わったところで、アニーが手を挙げる。


「あのー。マリクの評価がめっちゃ辛辣ですけど……幹部同士、仲悪いんですか?」

「さあ? マリクが一方的に嫌ってただけかも。 ……あ」


 ふと何かを思い出したように、裕真は再びページをめくった。


「忘れてた。『最悪の七人(ワーストセブン)』以外にも幹部がいるんだった」


 そこには、腰まで届く黒髪と黒い瞳を持つ物憂げな顔の少女が描かれていた。


「この『アイカ』という女性が、邪教団の運営を取り仕切ってるらしい。《破軍星》の妹なんだそうだ」

「へぇ……マリクが知っている幹部は、それで全部ですか?」

「全部だ。他にもいるかもしれないけど、あいつは教団の運営にほとんど関わってなかったので、知らないって」


 ここで茜がゆっくりと手を挙げた。


「あのさぁ……。ハグンセイだのロクゾンセイだの言われて、もなんのこっちゃ分からんのやけど」


 裕真は思わず「あっ」と声を漏らす。

 今日加わった新メンバーには、『守護七星』のことを説明していなかった。

 裕真が答えようとしたその時、懐のスマホからアコルルが声を上げた。


「あっ、はい。『守護七星』の能力については私から説明させていただきます。まず、カイトという人が所持している《破軍星》ですが、これは『魔力を破壊する』能力があります」


 説明を受けた茜は、「うーん?」と首を傾げる。


「それ、ディスペルマジック(解呪魔法)と何か違うん?」

アコルル「ディスペルマジックは『魔法を解除』するものですが、《破軍星》は魔法の源である『魔力そのものを破壊』するのです」


 まだ腑に落ちていない様子の茜に向けて、アコルルはさらに補足を重ねる。


「これの何が凄いかと申しますと、魔法を無効化するだけでなく、魔法のアイテムや、魔力に依存する存在……デーモンや精霊、そして邪神にも大ダメージを与えられるのです」


 説明を聞き終え、茜を含めた皆が納得した様子を見せた。

 それを受けて、裕真は興奮気味に目を輝かせる。


「おお! つまり邪神の弱点ってわけか!?」

「そうです、対邪神用の切り札だったのですが……それが今や邪神の手の内に……」


 言い終えるや否や、アコルルは「およよ……」と泣き出した。


「奪われてすいません!!」


 裕真は反射的に頭を下げる。

 前世の自分――第七代魔法皇帝『デウカリオン』が、邪神の手の者に暗殺された結果、『守護七星』は邪神に奪われてしまった。

 それ自体は裕真の記憶にない出来事だが、こうして改めて説明されると、どうにも申し訳ない気持ちになってしまう。


「……あ、《破軍星》を使えば、邪神にかけられた封印も解けるんじゃないの?」


 その問いに、アコルルは「良いところに気づきました」と言わんばかりに指を立てた。


「先程も申しました通り、《破軍星》は邪神の弱点でもあるのです。無理に封印を解こうとしたら、自分の身体も傷つきかねません」

「……例えるなら“身体を縛るロープを燃やして切る”、みたいな?」

「そう、それです! ……ですがまぁ、他に解除方法が見つからなかったら、やるかもしれませんね。最後の手段として」


 途端に場の空気が凍りついた。

 つまり封印解除は、ダメージを度外視すればいつでも可能ということだ。

 邪神の忍耐力が尽きるまでの猶予しかない、とも言える。


「……まぁ、《破軍星》自体は、精霊でも邪神でも無い俺らには大した脅威じゃないな」

「要はそのカイトって人を、魔法の力以外でタコ殴りにすれば良いんだね?」


 冷えた空気を振り払うように、ラナンとルナが軽口を叩く。


「まぁ、そうですが、それは敵側も承知してるはずですし、侮らないように。次に、カイヨウが持つ《武曲星》。これには『成長限界を突破する能力』があります」


 そう言うと、スマホの画面にゴリラと馬の画像が表示された。


「普通、人間は、どんなに腕を鍛えてもゴリラより力持ちになれませんし、どんなに脚を鍛えても馬より早く走れません。これは人体の構造上、物理的に仕方が無いことです」


 皆が頷くなか、裕真は「なんでゴリラ?」と別の点に意識を引かれた。

 腕力の比較ならトロールやオーガでも良さそうだが、ゴリラのほうがメジャーな生き物なのだろうか?

 そもそもこの世界に来てから、一度もゴリラを見たことがない。


「ですが《武曲星》はその問題を解決します。鍛えれば鍛えるほど、物理的限界を超えて身体能力が上昇するのです!」


 思わず裕真は「おお……っ」と唸った。

 それはまるで、裕真が大好きな〇ラゴン〇ールの世界のようだ。


「ですがまぁ、陛下にとってあまり脅威にならないと思います。限界を超えるにはキ〇ガイじみた修行を積まなければいけませんし、それに耐えられる人間がどれだけいるか……」


 アコルルは指を折りながら考え込む。


「まぁ、十年くらい修業を積んで、せいぜいドラゴン一匹分ぐらいですかね?」

「なーんだ、その程度か」


 裕真は安堵すると同時に、わずかに肩を落とした。


「……感覚、麻痺してません? 人間サイズでドラゴンの力なんて、十分脅威ですよ?」


 ニーアの指摘はもっともだった。

 だが既に遭遇した『最悪の七人(ワーストセブン)』の二人は、ドラゴンなど比較にならない戦力を有していた。

 そう考えると、やはり格落ち感は否めない。


「次は、アルフォードの《廉貞星》。能力は『万能鑑定』。物品や人の“価値”を見破ります」

「……価値?」

「たとえばアイテムを見れば、その効果や、素材、いつの時代に誰に作られたかも見破ります。人間などの生物を見れば、身体的能力や所持している『加護』と『祝福』も見破ります」

「へぇ……。それって凄く便利じゃないか」

「そうです、便利です。ですが、直接的な戦闘には向いていません。まぁ、相手の弱点を見破るぐらいは出来ますが、そこは圧倒的暴力で捻じ伏せればよろしいかと!」


 ぐっと拳を握って力説するアコルルに、裕真「暴力って」と呆れた。

 まあもちろん、戦うのはやぶさかではないが、もっと言い方があるだろうに。


「お次は、メグリが持つ《文曲星》。これは『アイテムを複製する能力』があります。これも戦闘には向かない能力ですね」

「え? そうか? 《ヒドラの杖》とか量産されたら怖いじゃないか」


 裕真の疑問に、アコルルは小さく首を振った。


「複製できるのは“魔力を持たない物質”に限られます。魔道具はもちろん、回復ポーション程度でも複製出来ません。もうご存知でしょうが、この世界のアイテムは大抵魔法の力を付与されています。剣や弓だって魔法で補強されなければ魔物に通用しません」


 確かに、とその場の全員が同意する。

 魔法が無ければ、この世界の文明は大きく後退する。魔物を狩るどころか、日々の生活すら危うい。

 裕真は、地球で電気が止まった街を想像して、なんとなく理解した。


「つまり魔力が無いアイテムは只のガラクタです。ガラクタをいくら量産したとしても、陛下の脅威にはならないでしょう」


 その言葉に、ニーアが思わず「えっ」と声を上げる。


「あの……ガラクタは言い過ぎじゃないですか? 魔力が無くても役立つ素材やアイテムはいくらでもあります」

「そうですか? まあ庶民の皆様には役に立つのでしょうね」


 あはは、と軽く笑うアコルル。

 その含みのある態度に、イリスは微かな違和感を覚えた。


「その……皇帝が創ったものなのに、笑うのはどうなの?」

「私の役目は皇帝陛下に(おもね)ることじゃありませんから。ダメなものはダメと言います」


 言っていること自体は正論だ。

 それでもイリスの胸には、何か引っかかるものが残った。


 再び裕真が手を挙げて問いかける。


「貴金属や宝石を複製して、資金調達とかどうだ? やられたらかなり厄介だと思うけど」

「??? 貴金属や宝石は魔力が宿ってるので無理ですよ?」

「え!? ただの鉱物なのに?」


 その疑問に、篤志が肩をすくめて答えた。


「ほら、地球でも占い師とか霊媒師とかが“この石にはパワーが宿ってる!”とか言うじゃないですか。こっちの世界じゃ、それが本当にあるんですよ」

「そうだったの!?」


 篤志の言う通り、この世界の宝石や貴金属は『魔力』を宿す性質を持っている。

 例えば『銀』。それは退魔の力を帯びており、ただ刀剣に加工するだけで闇の魔物に対する特攻の武器となる。


「さすがファンタジー世界……スピリチュアルだなぁ」


 感心する裕真をよそに、アコルルは説明を先へ進めた。


「さて、最後にフェルダンが持つ《禄存星》ですが……ある意味、これが最も恐ろしい能力になります」


 声の調子が一段低くなり、場の空気が張り詰める。


「禄存星の能力は『精神の共有』。自分の意識、記憶、技能といった精神面の情報を“協力者”に移し、自分も“協力者”が持つ記憶や技能を受け取る、というものです」


 画面に、二人分の人物記号が表示された。

 赤色と青色で明確に区別されている。


「これは使い方次第で“協力者”を、“もう一人の自分”にする事が可能になります」


 そう言うと人物記号が変化し、二つとも赤色に染まった。

 その瞬間、皆の背に悪寒が走る。説明の意味を、誰もが理解してしまったからだ。


「人格を上書きして乗っ取るのか……。洗脳よりエグい」

「自分のコピーを作り放題って……実質不老不死みたいなものじゃん!!」

「そんな奴、どないして倒すんや?」


 動揺する一同に、アコルルは淡々と告げる。


「自分のコピーは作れても、《禄存星》はコピーできません。《禄存星》を持っている個体を捕え、奪い返せば……。ですが、当然相手もそれを警戒しているでしょうし、難しいでしょうね」

「うーん……。厄介な相手だ……。今はそいつと出くわさない事を祈るしかないな」


 その時、イリスがふと首を傾げた。


「そういえば、マリクはそいつらと定期的に会議してたみたいだけど、それはどこ?」


 裕真は黒い本のページをめくり、該当箇所を確認する。


「あー……。なんでも古代魔族の遺跡らしいけど、それがどこにあるか、マリクも知らないらしい」

「知らない?」

「そこへの移動はダンジョン内の転移門(ポータル)を使っていた。ただそれは、この前の戦いで自分の首を撥ねられた時に破壊したそうだ」


 機密保持のためか……。

 皆の表情に、また落胆の色が浮かぶ。


「じゃあ、こちらから攻め込むことは出来ないのか……」

「でも逆に、向こうから攻めてくることもないってことでしょう?」

「いえ、まだ隠されている転移門(ポータル)があるかも――」



 と、ここで、玄関の呼び鈴が鳴り響いた。



「ん? お客様? はーい、どちらさま?」


 真っ先に応じた裕真が玄関へ向かい、扉を開ける。

 そこに立っていたのは、見覚えのない青年だった。

 年齢は十代後半から二十代前半ぐらい。ブラウンの髪に、裕真から見て標準的な西方大陸人の顔立ち。

 彼は裕真と対面すると、途端に落ち着きなく視線を泳がせた。 


「……え!? 本人が直接!? 使用人とか居ないんですか?」

「そんなのこちらの勝手でしょ。……で、どちら様?」

「あっ! すいません 失礼しました! 私はバサーニオ・ベルモントと申します! アントニオ・ベルモントの弟です」


 アントニオ・ベルモント……。

 裕真はその名に聞き覚えがあるような気がした。

 思い出そうと考え込むより早く、背後からルナの声が飛んでくる。


「通商ギルドの代表だよ。ほら、モモちゃんに濡れ衣着せて逮捕させようとした」

「……あ~、その人か!」


 一気に記憶が蘇る。

 モモが自分の夢の中に侵入したと、虚偽の告発をした人物だ。


 ……その弟が、自分に何の用だろう?

 裕真の胸に、嫌な予感が静かに広がっていった。



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