第55話 種族『ガンランナー』
【 裕真の寝室 】
親衛隊のセランさんに、銃口を向けるポロン。
突然の出来事に裕真は何が何だか分からず、ぽかんと口を開ける。
「待ってください! 逮捕といっても形式だけです! 陛下は皆様の働きを忘れていません!! 司法の都合上、一旦は逮捕しますが、その後、皆様の功績を鑑みて直ぐに恩赦を与えるという筋書きなのです!!」
慌てた様子で捲し立てるセランさん。
その説明に、一同はようやく事情を飲み込み始めた。
たとえ街を救うためでも、法治国家である以上、禁呪の使用は黙認できない。だから表向きのパフォーマンスが必要なのだろう。
だが、ポロンは銃を下ろす気配を見せなかった。
「ははっ、恩赦だって? 『ガンランナー』の何を許すっていうんだ? 悪いが信じられないな。そういう台詞は、居留地に囚われた同胞を全員解放してから言ってくれ」
普段の舌足らずな喋り方ではなく、驚くほど滑らかに言葉を紡ぐポロンに、裕真は思わず目を見開く。
緊張が限界まで張りつめる中、篤志がポロンへ駆け寄った。
「待ちなさい、ポロン! 暴れても立場が悪くなるだけです! ここはボクに任せ――」
言い終える前に、ポロンが銃のグリップで篤志を殴りつけた。
篤志はそのまま意識を失って崩れ落ちる。
「ふっ、馬鹿な男だ! 今まで私が『ガンランナー』だと気付かなかったようだな、マヌケめ! 子供のフリをして寄生していたが、正体がバレた以上、貴様は用済みだ!」
どこか芝居掛かった口調だった。
その様子に裕真たちは、“篤志はポロンに騙された被害者である”とアピールしているのだと察した。
セランから銃口が逸れた一瞬を逃さず、親衛隊が盾を構えてポロンを包囲する。
非常に分厚く、覗き窓に透明なガラスが貼られた長方形の盾だ。
「対ガンランナー用の防弾シールドだ! 逃げられんぞ、降参しろ!!」
眉をしかめ、舌打ちするポロン。
未だに状況が呑み込めない裕真だが、これ以上事態が悪化する前に止めようとベッドから身を起こした。
――その瞬間。
『魅了』
アムの目が淡いピンク色の光を放った。
その光を浴びたセランたち親衛隊が、頬を染め、ふらりと力が抜けたように呆ける。
「みなさ~ん、道を空けて欲しいの」
「どうぞどうぞ」「どうぞどうぞ」
言われるままに包囲を解く親衛隊。
「えへへ、『禁呪』を使ったからアムも同罪なの♪ さぁ逃げよう、ポロン!」
アムがやわらかく手を差し伸べる。
ポロンは涙を浮かべ、その手をぎゅっと握り返した。
「……すまん! ありがとう、アム!」
二人はそのまま部屋を飛び出していった。
裕真はその背中を呆然と見送りながら、ようやく立ち上がる。
「状況がまるで分からないが……とりあえず、止めた方が良いか?」
「待って、裕真! 本当にガンランナーなら、このまま逃がした方が良いわ!!」
イリスの制止に、裕真は一瞬迷ったが――
最終的には彼女の判断を信じ、追わないことにした。
◇ ◇ ◇
【 王宮内 待合室 】
そんなこんなで裕真パーティは王宮に連行された。
案内されたのは、かつて国王への謁見前に通された待合室だ。
扉を開けると、そこには先客として龍堂茜の姿があった。どうやら彼女もパーティの一員として連れてこられたらしい。
腕を組み、頬をぷくりと膨らませ、不満げに椅子へ腰掛けている。禁呪使用の共犯者だと見なされたのが不服なようだ。
気を利かせてくれたのか、セランさんたち親衛隊は席を外してくれた。
彼らに聞かせたくない話をするには絶好の機会である。
裕真は篤志と向き合い、ゆっくり問いかけた。
「……アツシ、どういう事か説明してくれ」
「……はい」
篤志は申し訳なさそうに視線を落とした。
「まず、アムですが、実は『魔族』なんです。それで魔族ならではの特徴として、『魅了魔法』を持って生まれました」
「生まれついて『禁呪』を……私と同じパターンですね」
モモが「ほぅ……」と息を漏らす。
同じく『禁呪』を持って生まれた身として、思うところがあるのだろう。
「……でもなんで『魅了魔法』は禁呪なんだ? もっと危険な魔法はいくらでもあるじゃんか。《ヒドラの杖》とか」
裕真は前から疑問だった点をぶつけた。
《ヒドラの杖》とは、広範囲に致死性の猛毒を散布する魔道具で、使い手のMP次第では数千人規模の大量虐殺も可能だ。
だがそれは『禁呪』に指定されておらず、非常に困難ではあるが許可が得られれば使用できる。
その疑問に答えたのは、この場で最も魔法に詳しいアニーだった。
「……その《ヒドラの杖》を持ってる人を、操ることができるのが『魅了魔法』なんですよ?」
「あ…… なるほど……」
短い説明だったが、一気に腑に落ちた。
地球で言うなら、核ミサイルの発射スイッチを握った大統領を操ってしまうようなものだ。
裕真が理解したのを見て、篤志は次の話題に移った。
「そしてポロンは 『ガンランナー』という『種族』なのです」
裕真は「ん?」と首を傾げる。
「……種族? 職業じゃなくて?」
「そう、『種族』です。『ガンランナー』はこの世界で唯一、『銃』を扱うことが出来る人種なのです」
「???」
「ちなみにポロンはああ見えて十七歳です。外見が幼く見えるのもガンランナーの特徴なんです」
「!!?」
立て続けの新情報に、裕真は目を瞬かせる。
その様子に篤志は、順序立てて説明した方が良いと考え、腰のマジックバッグから一冊の本を取り出す。
それはこの世界『カンヴァス』の歴史書だった。
「この世界の歴史に関わる話なので、ちょっと長くなりますよ。今からおよそ2,800年ほど前、古代ドワーフ族は『銃』を発明しました」
篤志がページを開くと、職人っぽいドワーフが銃身を組み立てている絵が現れた。
描かれた銃は、裕真が知る地球のものとは違い、工具と管楽器を組み合わせたかのような形状だった。
地球で言うと、スチームパンクやレトロフューチャーといった赴きのデザインだ。
「その性能は地球の銃と変わらない――いえ、魔法の力も加わる分、地球のより高性能かもしれません」
「地球のより!?」
「ええ。例えば敵を自動追尾したり、幽霊も撃てたりします」
「へぇ……それはすごい。そんな物が縄文時代の頃から造られていたのか……」
裕真の胸が少しだけ高鳴った。銃は男の子のロマンである。
まぁ、違法らしいし、無理をしてまで手に入れようとは思わないが。
「もっとも、魔法無しでも『銃』は強力な兵器です。単純な物理ダメージだけでも下手な魔法より強いですし、魔法のように本人の資質に左右されず、非力な女子供でも一定の火力が出せます」
「でしょうねぇ」
地球の歴史でも銃器の発達によって、騎士や武士といった特権階級が地位を失った。
大した訓練を受けていない一般市民でも、彼らと同等の戦果を出せるようになったからだ。
「古代ドワーフはその『銃』の製造、販売を独占することで、全世界を支配しました。逆らう者はハチの巣ですよ」
「なるほど……ん?」
裕真はふと矛盾に気付いた。
「銃は『ガンランナー』にしか使えないんじゃなかったのか?」
「ええ、“現在では”そうです。ですが その時代の『銃』は地球のと同じく誰にでも扱える兵器でした」
そう言いながら篤志はページをめくる。
今度は直立したドラゴンの姿が描かれていた。
背景の山や街と比較すると、とてつもない巨体なのが分かる
「悲劇の始まりは、ドワーフたちがドラゴンの王『テュポーン』に喧嘩を売った事でした。テュポーンがナワバリにしている土地のレアメタルが目的だったと聞いています」
『テュポーン』
通称、“竜王”
現在も残る『神喰らいの魔物』の一体で、ハンターギルドが定めた討伐レベルは、なんと“3,000”。
名実共に、この世界で最強の魔物である。
「喧嘩を売られたテュポーンは、数万のドラゴンを率いて、世界中の“人類”の都市を次々に焼き払いました」
裕真は「人類」という言葉に少し違和感を覚えた。
襲われたのはドワーフ族ではないのか? と。
……が、しかし、この世界における「人類」とは、ニンゲン、ドワーフ、エルフ、オーク、コボルト、魔族など、知性があり社会生活を営む人型種族全体の事を指すということを思い出す。
けっこう前に聞いた話なので、危うく忘れかけていた。
「『銃』が通用したのは 鱗が柔らかい若輩のドラゴンだけで、テュポーンを始めとする古参のドラゴンにはまるで歯が立ちませんでした。人類は追い詰められ、ついに降伏を申し入れました」
次のページには、テュポーンの前に山盛りのマグロを献上して土下座している人々の絵が描かれていた。
悲惨な場面のはずなのだが、シュールな絵面に吹きそうになる。
「テュポーンは降伏を受け入れるかわりに、全人類に『銃の使用を禁じる契約』を結ばせたのです。その『契約』は単なる書類上の約束では済みません。一種の呪いとして強制力を持っているため、絶対に逆らえず、その上それが子々孫々まで続くのです」
「それが『銃』を使えない理由かぁ」
全人類に呪いをかけるとは、とんでもない力である。
もしかしたら邪神ゾドより強いのでは? と考えてしまう。
「こうして人類は銃を放棄し 剣と魔法の時代に戻ったわけですが……一部のドワーフ達はまだ諦めていませんでした。ドワーフにとって『銃』とは只の武器では無く、先祖代々受け継がれてきた技術の結晶で、彼らの誇りなのです。それをこのまま闇に葬るなどできなかった」
裕真は悪い予感がした。篤志の声が一段落ちたからだ。
「テュポーンの『契約』に抗うため、ありとあらゆる解呪法を試しましたが、効果は有りませんでした。銃の技術は頭の中にあっても、実際に作ろうとすると手が痺れて動かなくなるのです。そこでドワーフ達は考えました。“契約に逆らえないなら、まだ契約に縛られていない新人類を創り、彼らに銃の技術を伝承しよう”……と」
またページがめくられる。
今度は液体で満たされたカプセルの中に、胎児が浮かんでいるイラストだ。
「そして遺伝子操作の末、産み出されたのが『ガンランナー』です」
裕真は「はーっ」と息をつき、ソファーに深く座り込んだ。
「遺伝子操作技術まであったのか……。まるでSFだな。この世界、ファンタジーだと思ってたのに」
「ファンタジーってSFと親和性が高いんですよ。初代FFでも宇宙ステーションが……話が逸れましたね。この世界で『ガンランナー』だけが銃を使える理由は分かったでしょ?」
そう言って篤志はお茶を一口飲んだ。
長い説明に喉が渇いたのだろう。
「それは分かったけど、『銃』が規制される理由は?」
「いまだに銃を使えるガンランナーを見て、他の種族はこう思ったんです。“こいつらテュポーンとの契約を破っている!”、“テュポーンを怒らせ、またドラゴンと戦争になってしまう!!”……と」
そうなるのか……と裕真は小さく唸った。
確かに、降伏の証として取り上げた『銃』を平然と使っている姿を見たら、ナメられていると感じるかもしれない。
「それでガンランナーとドワーフ以外の種族が結託し、この二種族を排除に動いたのです」
「今度は人類同士で戦争か〜……」
「ドワーフは降伏し、『銃』の技術を完全に放棄する事で許されました。ですが、ガンランナーは降伏を許されず、徹底的に弾圧されました……」
またページをめくると、絞首刑に処されている小さな人影……おそらくガンランナーの姿が描かれていた。
「え……なんで? ドワーフは許したのに……」
問いかけると、篤志は悲しげな目で答えた。
「それはガンランナーという存在自体が『銃』と同じである、と考えられたからですよ。ガンランナーは存在するだけでテュポーンを怒らせる。またドラゴンと戦争になる……と」
「そうなの!?」
「いいえっ!! それは迷信です!!」
そう叫ぶと同時に、篤志は勢いよく立ち上がった。
「ボクはポロンの父……ガンランナーと冒険していましたけど、彼のせいでドラゴンに襲われた、なんてことは一度もありませんでした!!」
篤志の脳裏に、ポロンの父……ソランの姿が浮かぶ。
娘と同じ鮮やかな若草色の髪。子持ちの三十代にも関わらず、十代前半のような若々しい容姿。
ガンランナーにはエルフとドワーフの遺伝子が組み込まれているため総じて幼く見えるが、ソランはとりわけその傾向が強かった。
“なぁ、アツシ……邪神ってやつを倒したら、俺らガンランナーも認められるようになるのかなぁ”
何気なく漏らしたあの一言が、いまだ胸に刺さっている。
自分は、道半ばで心を折ってしまった。その悔しさが込み上げ、篤志は思わず目元を指で押さえた。
不安そうに彼を見守る一同。
篤志は「大丈夫です」と息を整え、話を続けた。
「……ですが、人々の偏見は根強く、ガンランナーへの迫害は現在でも続いているのです」
「じゃあポロンちゃん、捕まったら殺されちゃうのか!?」
処刑のイラストが頭をよぎり、裕真は息を呑む。
「いえ、今はそこまで酷くありません。ただ、専用の“居留地”に送られ、一生強制労働をさせられるそうです」
「命は助かるのか……でも十分酷い。だからイリスは逃がした方がいいって言ったわけか」
イリス「そういうこと。居留地って、あまり良い噂を聞かないしね」
そう言って肩をすくめるイリス。他の仲間たちも静かに頷く。
だが、今まで黙っていた茜が眉を寄せながら口を開いた。
「でもなぁ……差別が続く理由、ドラゴンだけやないんやで? 捕まっとらんガンランナーの大半は、犯罪で食っとるんや。ギャング団作って、強盗や誘拐や密貿易とかして」
裕真は「え」と目を丸くする。
虐げられる弱者かと思えば、想像以上にたくましい(?)生き方をしている者もいるらしい。
「それは違います。ほとんどのガンランナーは、人里離れた土地で自給自足の生活をしています!」
きっぱりと言い切る声には、仲間の名誉を守ろうとする強さがあった。
ガンランナーと冒険していた篤志が、茜より彼らの事情を知る立場なのは間違いない。
「それに、罪を犯す者にも事情があります。彼らは真面目に田畑を耕しても、ガンランナーと分かった時点で捕縛され、財産を没収されます。そうなってしまえば、もう犯罪に手を染めなければ生きていけないんです!」
熱を帯びる篤志の声に、茜は手をひらひらさせながら答えた。
「あ、うん。うちも奴らが全部悪いとは思っとらんよ? ただ……被害者の顔を見てしまうと、どうしてもなぁ」
クライムハンターである茜は、実際に犯罪を犯すガンランナーと、その被害者を直に見てきている。
その経験が、理屈だけでは払拭できない偏見を彼女に植え付けていた。
「迫害されてるせいで犯罪に手を染め、犯罪するから迫害される……。絵に描いたような悪循環だな」
腕を組み、重く呟く裕真に、アコルルが柔らかい声で語りかけた。
「今、陛下がお悩みになる必要はありませんよ。人種差別は問題ですが、それで世界がすぐ滅ぶわけではありません。邪神を討伐した後、ゆっくり考えればよろしいのです」
そう言われても、裕真の表情は曇ったままだ。
「でも、ポロンちゃんとアムちゃんのことは気になる。せめてあの子たちだけでも保護したい」
「……すみません。うちの娘が迷惑をかけて……」
ついにぽろぽろと涙をこぼす篤志。
「いやいや! アツシも娘さんたちも悪くは――」
言いかけたところで、控室の扉が静かに開いた。
姿を見せたのは、前回と同じ女官服のセランだった。
「皆様。大変お待たせいたしました。陛下がお呼びです。どうぞこちらへ」
「アッハイ」
「アッハイ」
なぜまた女装しているのか……。
気にはなるが、誰もあえて触れようとはせず、言われるままに席を立った。




