第54話 一難去って……
裕真とモモが『夢の世界』に入ってから、数時間後――
平面になっていた街の地表が、地鳴りとともに波打つ。沈み込んでいた建物がゴゴゴと音を立てながら押し上がり、本来の高さを取り戻していく。
続いて、空を覆っていた天井がきらめく粒子へと変わり、雪のように街へ降り注いだ。
光の粒子は地面にふわりと積もり、無数の人型を形成していく。
しばらくして輝きが収まると、そこには犠牲になったはずの市民たちの姿が現れた。
マリクが約束通り、犠牲者の“修復”を行ったのだ。
失われた街並みと人影が蘇っていく。
その奇跡のような光景は、トリスター王城に避難していた人々の目にも届いた。
城内に歓声が湧き起こる。
「国王陛下万歳!」「オリオン王国万歳!!」
市民たちには何が起こったのか分からない。
ただなんとなく、国王がなんとかしてくれたのだと思ったのだろう。
その歓声を王宮のテラスから、国王は複雑な面持ちで見下ろしていた。
「やれやれ……まさか本当に君の言った通りになるとは。信じられん……」
言いかけて、王は外から死角になっている場所へと視線を向け、軽く手を上げて訂正する。
「ああ、君の能力を疑っていたわけではない。ただ、あまりに非現実的すぎてな」
「それはそうでしょう。正直言って、俺も自分の予知を疑いました」
時の勇者『時野忍』は、マイラの事件でも同じことを言ったな……と、ひとり苦笑する。
闇の勇者、『星野裕真』。
彼が絡むと、いつもこちらの想像を上回る事態が発生する。
「シノブくん。本当に感謝している。君のおかげで、被害を最小限に抑えられた」
王は胸に手を添え、貴族式の深い礼を示した。
シノブが裏でどれほど動いていたか、王は知っている。
裕真との面会の調整、モモの逃走の手助け、Sランクハンターの手配……表に出ない数々の働きが、今回の事件解決に繋がった。
だがシノブは静かに首を振る。
「いいえ、俺は大したことはしてませんよ。ほとんどはユーマさんのおかげです」
それは謙遜ではなく、本心だった。
巨門星のマリクを倒すだけなら、他にいくつも手段があった。
しかし、犠牲になった全市民を救い、壊れた街も元通りにするという最良の結果を引き寄せるには、裕真の存在が必要不可欠だった。
(ありがとう、ユーマさん……)
シノブは胸中でそっとつぶやく。
マイラの時とは違い、誰一人として犠牲者を出さず事件を解決できた。
この事実は市民だけでなく、シノブの心も救ったのだ。
今はまだ、直接感謝を伝えられないのがもどかしい。
もっとも、シノブの力では『夢の世界』で何が起きたのかまでは見通せない。
まさか裕真が『◯ラゴン◯ール』を読ませてマリクを改心させた、などという展開は、さすがの彼でも予見できなかった。
◇ ◇ ◇
「陛下……陛下!」
聞き覚えのある声に、裕真の意識はゆっくりと浮上する。
瞼を開けると、そこはトリスターで借りた屋敷の自室。柔らかなベッドの感触が背中にあった。
顔をわずかに傾けると、枕元のスマホからアコルルが心配そうに語りかけてくる姿が映っていた。
「お……アコちゃん、おはよう」
『夢の世界』から戻ったのだと気づき、掠れ気味の声で挨拶を返す。
「良かった……お目覚めになられて……。一週間も眠っていたのですよ?」
「……え!? そんなに!?」
裕真の睡眠最長記録はせいぜい十時間程度だった。
だというのに、今回は七日間も眠っていたという。人はそんなにも長く眠れるのだな、と妙なところで感心してしまった。
完全に目が覚めたので、ベッドから身を起こそうとしたが、目眩がしてよろける。手足にも上手く力が入らない。
「あ、陛下。まだご安静に。一週間も寝たきりでしたもの。身体が萎えちゃってるんですよ」
「マジか……。じゃあ◯ou◯ube開いて」
「はい」
眠気はすっかり抜けていたが、身体は言うことを聞かない。ならばせめてインターネッツを見て暇をつぶそうとした。
アコルルは裕真が登録しているお気に入りのチャンネルを開く。
画面内では、頭から枝豆を生やした妖精がオススメの安宿を紹介し始め――
「あっ! ユーマ! やっと起きたのね!」
「心配しましたよ……。キノコが効きすぎたのかと」
「も~、一週間も何してたんだよ!!」
扉が開き、イリス、アニー、ラナンがぞろぞろと押し寄せてきた。
「はは……いや~、説得に手間取っちゃって」
動画を閉じながら、引きつった笑みを返す。
説得の決め手になったとはいえ、心配していた皆に「今まで〇ラゴン〇ール全42巻を読んでいました」とは言いづらかった。
「やあ! ようやくお目覚めだね! 君のおかげで皆が元の姿に戻れたよ! ありがとう、感謝するよ♪」
軽やかな声と共に、また誰かが入室してきた。
振り向いた裕真は、思わず硬直する。
それは飛び切りの美少女だった。ダイヤモンドのように輝く瞳と、サファイアのように透き通ったロングヘア。地球の人種ではありえない容貌だが、なにより驚いたのはその顔が見覚えあるものだったからだ。
裕真が街の地下で戦った、女神像を模したミスリルゴーレムとまったく同じ顔なのだ。
「あ……もしかして――」
「ユーマ夫さん、紹介します! こちらがルナちゃ……ルーナ姫さま本来のお姿です!!」
ルーナと共に入室していたモモが、誇らしげに胸を張る。
「ああ、やっぱり……。無事戻れて何よりです。……つーかモモちゃん、もう動けるのか」
「私は慣れてますから」
えへんと得意げなモモに、裕真は「へぇ」と軽く感心した。
眠ってた期間は彼女も大差ないはず。身体が萎えずに済むコツでもあるのだろうか?
「戻ったのは住人だけじゃないわ。壊れた建物も元通りよ! 凄いわね、巨門星って♪」
イリスの言葉に裕真はハッとした。
マリクとは被害者を修復する約束はしたが、建物については触れていなかったのに気づいたのだ。
(……マリクのやつ、サービスしてくれたのか)
彼の気遣いに、胸の奥がじんと温かくなった。
「でも屋内の家具とか小物とかは修復されなくてね……。みんな部屋の片づけで大忙しだよ」
と言って肩を落とすルーナ姫に、裕真は「あらら」と苦笑する。
「さすがにそこまでは手が回らなかったのか……」
窓の外に視線を移すと、家の前で壊れた家具を運び出す人々の姿があった。
ラナンが同じく外を見ながら言う。
「でもまあ、国が助成金を出してくれたから、皆そこまで困ってないぜ」
「助成金って、市民百万人全員に? とんでもない金額にならない?」
「大丈夫らしい。ダンジョンに残ってた財宝から出したんだってよ。国王も腰抜かすほどの額だったそうだぜ」
ラナンはハハハと気楽に笑うが、とんでもない話だ。
西方大陸一の権力者さえビビらせるような財宝……。マリクはどうやって集めたのだろう?
「ああ、そうそう。父上からの注意事項。今回の事件、“邪教徒が見せた幻覚だった”ということで片付けるから、よろしく」
淡々とした姫の言葉に、裕真は耳を疑った。
「ええ……。それはさすがに無理ないですか?」
あれだけの規模の事件を「幻覚」で片付けられるものだろうか?
その話を百万人の市民全員に信じ込ませるのは、到底無理に思えた。
「“トリスター全域をダンジョン化”して、更に“死んだ人まで蘇らせた”なんてほうが現実味がないよ。幻覚のほうがまだ信じられるって皆は思うはず」
「……ふーむ。そうかな……そうかも……」
裕真は俯き、顎に手を添えて唸る。
神や魔法が実在するこの世界でも、あの事件は現実離れした異常事態だということか。
「でも、なんでそんな嘘を?」
姫に代わってアニーが答える。
「裕真さん、『死者蘇生』が禁呪だってこと覚えてます?」
「……あ。でも使用したのはマリクだし、住人には――」
「蘇った対象も処罰の対象になるんです」
「マジで!?」
思わず声が裏返る裕真に、姫が捕捉を入れる。
「まぁ、さすがに数十万の市民にまで異端審問官も手は出せない……つーか出させない。でも、後々大きなしこりが残るのは確実だね」
腕を組み、眉を釣り上げる姫。
そういえば、ゴーレムになっていた姫自身も、危うい立場になることに気付く。
「なるほど……。隠したほうが良いわけか」
ようやく腑に落ちたところで、スマホのアコルルが言葉を添えた。
「そうですね。それに『守護七星』を所持している陛下にも追及が及ぶかも」
「ああ……はい、そうだろうなぁ」
『守護七星』には「禁呪? なにそれ?」と言わんばかりに危険な魔法が平然と盛り込まれている。
当時の魔法皇帝の権力があってこそ許された代物で、今の時代の世間様に知られたら大騒ぎになるのは確実だ。
また隠し事が増えたな……などと溜息をついたところで、また扉が開き、今度はニーアと篤志親子が入ってきた。
ニーア「ユーマさま、お加減はいかがですか?」
穏やかな声とともに、ニーアが小ぶりのお盆を差し出してくる。上には青く透き通るポーションが乗っていた。
あとで聞いたところ、裕真が眠っているあいだ、ニーアがずっと看病してくれていたらしい。
「ああ、うん。大丈夫」
軽く返事をして、差し出された瓶を口に運ぶ。
ほんのり甘くて爽やかな風味が喉を通り抜ける。以前に飲んだ時よりもずっと飲みやすく、まるで地球のスポーツドリンクのようだ。
ニーアが裕真の好みに合わせ、特別に調合したのだという。
「お粥作ってきたのー」
「お菓子の方がいいか?」
アムとポロンの相変わらず元気な姿を見て、ほっとする。
ほんの数日会わなかっただけなのに、ずいぶん久しぶりに感じた。
「俺は大丈夫。……そういや、みんなも一度殺されたりした?」
子どもたちの顔を見回しながら尋ねる。
トリスター百万人のほとんどが、今回の事件で死を経験した。
この小さな子たちまで、あんな恐ろしい目に遭っていたのかと思うと、胸が締めつけられる。
「ごめん、助けに行く余裕が無くて……」
「あ~、いやいや、大丈夫ですよ。ボクたちはなんやかんやで生き残りましたから」
手をひらひら振りながら笑ってみせる篤志。
その気楽さに、裕真は目を丸くした。
「えっ!? アツシたちだけで生き延びたの?」
ダンジョン化した街の光景を思い出す。
数歩進むと魔物とトラップに遭遇するような地獄で、チート能力でもなければ生き残れそうもない惨状だった。
その中を、屋敷に残っていた非戦闘員たちだけで乗り切れたのは驚きだ。
「ま……まぁ、伊達に長年冒険してないというか……」
「へぇ……」
そういえば篤志は、裕真より七年早く召喚され、冒険を積み重ねていたのだった。
チート無しでもそこまでやれるとは、と素直に感心した。
その時――
廊下の向こうから、ドカドカと重い足音が響いた。
ただならぬ気配に身構えると、姿を見せたのは意外な人物だった。
「失礼します!!」
「うおっ!? セランさん!?」
それは褐色肌の美青年、見知った顔のセランさんだった。
だが今回は親衛隊の鎧姿で、同じ装備の隊員を数名引き連れている。
その物々しさに、一同はざわめく。
「え? なに? いったいなんの用で?」
「申し訳ありません、ユーマ殿……。あなた方は街を救った英雄です。あなた方が居なければ、こうも速やかに事件は解決しなかったでしょう」
本気で恐縮している様子で頭を垂れるセラン。
だが、その声には続きがあった。
「ですので、こんな事を言うのは非常に心苦しいのですが……。あなた方一行を『禁呪使用』および、『銃器の所持・使用』の罪で逮捕いたします」
「……は? 銃?」
意味が分からずポカンとする。
『禁呪使用』はおそらく、モモの魔法で『夢の世界』に入った件だろう。
だが『銃の所持・使用』とは? まったく心当たりが無い。
というか、この世界に銃があることすら知らなかった。
機械系の魔物がSFじみた武装を持つことはあったが、人間が扱う銃など一度も見ていない。
そんな疑問を抱いた瞬間だった。
いつの間にか、ポロンがセランの背後に立っていた。
そして彼の後頭部へ、大きな『銃』を突き付けている。
「動くな親衛隊! あんたなら、こいつの威力が分かるだろ!」
「なっ!?」
ポロンの右手に握られたそれは、太いボルトを持つリボルバー式の拳銃だった。
映画で見た44口径マグナム、コルトパイソンに似ている。
鈍器としても使えそうなぐらい重厚なそれは、八歳の女児が片手で持てるような物に見えない。
「ちょ……ちょっと待って!」
冷や汗を滲ませるセランに、ポロンは射抜くような目で言い放つ。
「悪いが、捕まるわけにはいかないんだ。『ガンランナー』は銃を捨てない」




