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第5話 ハンターとハンターギルドとキノコ

 イリスは裕真に『おおとり亭』という宿を紹介した後、自宅へ帰っていった。


 高校生の裕真には一人で宿に泊まった経験など無く、色々と不安だったが、宿の女将(おかみ)雲雀(ひばり)』さんがとても親切に対応してくれたおかげで、不便を感じることはなかった。


 雲雀さんは二十代前半ほどの小柄な女性で、長い黒髪を後頭部で高く結んでいる。

 顔つきはアツシさんと同じく日本人のように見えるが、実際には『統星(すまる)』という国の出身で、れっきとしたカンヴァスの住人である。


 『統星(すまる)』とは世界の極東にある島国で、日本人に似た人種の方々が、日本に近い文化を築いているらしい。


 なるほど、するとアツシさんも統星(すまる)の出身だったのだろうか?

 それにしても、ある意味RPGのお約束である「和風の国」が、カンヴァスにもあるとは。

 ちなみにどれぐらいお約束かというと、国産RPGはもちろん、RPGの元祖であるアメリカのD&Dにも「海洋国家サイグラ」なる舞台が存在するぐらいだ。


 もっとも、和風の国出身の女将が営む宿といっても特に和風の趣はなく、ところどころに統星の調度品が飾られている程度だった。借りた部屋も畳や布団ではなく、ごく普通の洋室だ。

 雲雀さん曰く、本当は畳敷きにしたかったが、この国で畳を手に入れるには輸入するしかなく、かなりの高額になるので断念したとのことだった。


 部屋に荷物を置いた裕真は、この宿にシャワーがあると聞いてさっそく利用する。

 基本は冷水で、温水にするには壁のスロットに1マナ硬貨を入れる仕組みらしい。硬貨を動力源として内部の湯沸かし器がお湯を作るのだという。

 この街は温暖な気候だったが、夜に冷水を浴びたくなるほど暑くない。なので迷わず硬貨を使い温水にした。

 汗と疲れを洗い落としサッパリした裕真は、フカフカのベッドに身を沈め、そのまま眠りついた。

 

 

 ――翌朝。


 裕真は空腹で目覚めた。

 そういえば昨日は何も食べていなかった。あまりにも色々ありすぎて、食事どころではなかったのだ。

 というわけで、異世界で初めての食事を摂ることにする。


 この宿は一階が酒場、二階が客室という造りで、酒場は宿泊客以外も利用可能――というか、そちらの稼ぎの方が大きいそうだ。

 適当な席に座り、メニューから“日替わり朝食セット”なるものを注文する。


 運ばれてきたのは、ミートボールらしき物、パンとレバーペーストらしき物、それとレタスらしき物とトマトらしき物のサラダに、キノコらしき物のポタージュ。

 どれも良い香りで、とても美味しそうだ。材料が何か分からない点を除けば。

 まぁ、他の客も普通に食べているのだから毒ではあるまい。そう自分に言い聞かせ、裕真は口をつけた。

 ……うまい、どれも絶品だ。異世界の料理が口に合うか心配だったが、杞憂に終わった。

 裕真はすっかり上機嫌で、女将さんに声をかける。


「いや~、女将(おかみ)さん! この料理、すごく美味しいですね! 材料は何を使ってるんです?」

「はい、スープはマイコニド、サラダはベビートレントとキラートマト、レバーペーストはアルミラージ、ミートボールはオオネズミと魔狼(ワーグ)の合い挽き肉になります」

「あ、はい……」


 なんか魔物っぽい名前が並んだ。

 魔物を食べることができるRPGは珍しくもないが、自分が実際に食べるとなると若干引く。なにしろ普段何を食べてるか分からない……いや、分かったら余計怖い生き物たちだ。

 ……まぁこの世界の人は普通に食べているのだから、健康面での問題はないはず。多分。


 食後、裕真はトレ茶という紅茶に似た香りのお茶を飲んだ。

 ちなみにこのトレ茶は、ベビートレントという植物系魔物の葉を使ったものらしい。


「おはよう!ユーマさん! 昨日はよく眠れた?」

 

 イリスが酒場に現れた。裕真を見つけると、ハニーブロンドのおさげを揺らしながら挨拶する。

 

「おはよう、イリスさん。ぐっすり眠れたよ。ちょっと変な夢見たけど」

 

 変な夢とは、昨日遭遇した盗賊二人にアツシさんが襲われていた時の光景だった。あのシーンは強烈過ぎて、未だに脳裏から離れない。


「私のことはイリスでいいわ。これからはパーティを組むんだし、他人行儀よ」

「それなら俺のことも裕真でいいよ。ところで今日行く『ハンターギルド』ってどんなとこ?」

「その名の通りハンターの活動をサポートしてくれる組織よ。狩った獲物の買取や、討伐依頼の斡旋、狩場や『賞金首』などの情報提供……ハンター同士の交流の場でもあるわ」


 なるほど。ゲームでいうところの“冒険者ギルド”みたいなものか。

 ゲーム好きな裕真の脳裏に、同様の組織が登場する作品が次々に浮かぶ。“モンスターを一狩りしに行くゲーム”、“犬と戦車のRPG”、“マッパーの女の子が主人公のファンタジー小説”などなど。


「そうそう、登録ハンターの身元を保証してくれる組織でもあるわね。ギルドのある街なら自由に出入りできるし、家を借りたり、銀行に口座を作ったりもできるわ」

「へぇ、至れり尽くせりじゃないか」


 この世界に銀行まであると知って驚いたが、今はギルドの話が優先なので、置いておく。


「……でもそんなに便利なら審査も厳しいんじゃないの? 狩りの経験が無い俺でも合格できるかな?」

「大丈夫よ、ハンターになる()()なら誰でもできるから。種族、性別、出身、身分、経験の有無に関わらず、誰にでも門戸を開くのがギルドの理念なのよ」

「へぇ……」


 裕真は感心した。つまり自分みたいな身元不明の者でも受け入れてくれて、職と身分を保証してくるという訳か。

 そこまでしてくれる慈善団体は、多分地球にも無いはず。


「……というのは建前で、ぶっちゃけハンターはよく死ぬから、人材の選り好みをしてられないのよ」

「よく死ぬって……」


 若干引き気味になる裕真を見て、イリスはアハハと笑う。

 あまりに屈託のないその笑顔に、今のは冗談なのかと裕真は思った。



 ◇ ◇ ◇



 ティータイムを切り上げ、2人は『ハンターギルド』へ向かった。

 昨日は日が落ちてよく見えなかった街並みが、今は朝日に照らされてハッキリと見える。


 街の景観はざっくり言うと中世ヨーロッパ風。木材とレンガで組み立てられた三角屋根の建物が立ち並び、石畳の道を(地球人からすれば)古風な服を着た人達が歩いている。

 それは有名な“指輪を捨てに行く映画”で見た光景と似ていた。


 ただ、あの映画と違うのは街の中が妙に小奇麗なところだ。

 物の本によると、リアル中世では道端にゴミやフンが平気で捨てられて大変汚かったらしいし、映画でもリアリティを出すためにわざと汚していた。

 だというのにこの街は、住人総出で大掃除でもしたのかというぐらい清潔で、道にはフンどころか塵ひとつ落ちてない。

 綺麗すぎて逆に不気味ですらあった。


 だが、その理由はすぐに分かった。

 馬車を牽く馬がフンを落とすと、そこへ青い半透明の球体が転がり込み、丸ごと包み込んだ。

 球体はしばらく立ち止まった後、再び転がり去る。

 すると、そこにあったはずの馬フンが跡形も無く消えていた。


 そう、青い球体の正体は、裕真が昨日トイレでお世話になった『スライム』だった。

 スライム達はこうして街中を巡回し、汚れを処理して廻っているらしいのだ。えらい。


 ……えらいとは思うが、彼らを見ていると昨晩の醜態を思い出してしまう。

 故に裕真はスライムからそっと目を逸らし、それ以外の要素に注目した。


 街の中には多種多様な人種がいる。

 尖った長い耳を持つ美しい人(エルフ族)、背が低いが屈強な体躯で髭モジャな人(ドワーフ族)、ブタのような頭の小柄な人(オーク族)、背中に白い翼と頭上に光輪を浮かべている人(天使族)、黒い羽根とヤギのような角が生えた人(魔族)……


 ()の中は後にイリスから聞いた種族名だ。ちなみにイリスのように地球人に近い人種は『ニンゲン族』と呼ばれているらしい。

全ての()種の中()ぐらいの能力を持っているから、ニンゲンというわけだ。 


 エルフ、ドワーフ、オーク、天使、魔族、ニンゲン、そしてこの場には居ないが巨人族を加えた七種族がカンヴァスの主要な人種で、他にも犬のようなコボルト族や猫のようなケット族なども存在するらしい。


 また、肌が青かったり鱗が生えてたり、コスプレのようにケモミミと尻尾だけが生えていたり、蛍光ピンクの髪を持つ人なども見かけた。

 それは何族かと尋ねると、イリスは「『精霊』との契約者ね」と答えた。


「『精霊』と契約すると魔法の力が得られる代わりに、外見がちょっと変わっちゃうのよ」


 本当は必ずしも変わるわけではないのだが、長い話になるので簡単な説明で済ませた。

 詳しくはまた別の機会に。


「すごいなぁ……こんな映画みたいな光景が生で見れるなんて……ん?」


 予想以上にファンタジーな光景に感動する裕真だったが、ふと街に漂う異臭に気付く。


 街でもひときわ立派な建物の前に、高さ1.5mほどの台が置かれており、その上には人の生首が三つ並べられている。

 いわゆる晒し首というやつで、これが異臭の原因だった。


 初めて人の死体を見た裕真は「うわぁ……」と呻いた。首はいずれも拷問でも受けたような苦悶の表情を浮かべており、腐臭と相まって猛烈に不快だった。胃の中身が逆流しそうになったが、なんとか堪える。

 裕真はファンタジーは好きだが、陰惨でエログロなダークファンタジーはその限りでない。

 こういう物とは関わり合いたくない、くわばらくわばら……と足早に立ち去ろうとしたが……


「あ、どこ行くの! ここがハンターギルドよ!!」

「……は? ……え!? ええっ!?」



 ◇ ◇ ◇



「いらっしゃい♪ ハンターギルドへようこそ☆」


 戸惑いながら門をくぐる裕真を、チャイナ服のような衣装の女性が明るく出迎えた。

 彼女は『ランラン』、ハンターギルドの受付嬢である。


 肩のあたりで切りそろえた鮮やかな赤髪に、ルビー色の瞳。年はイリスと同じぐらいに見えるが、童顔なだけかもしれない。そして歌手のような美声の持ち主で、鈴を転がすような声とはこういうのを言うのか、と感じさせる。

 ただ、表の晒し首を見た後では、その美声にも一抹の不穏さを感じた。

 死体が壁一枚隔てたすぐ向こうに並んでいるのに、その朗らかさは何なのかと。

 色鮮やかな赤髪も、今の裕真には鮮血で染まっているかのように見えた。


「あ、イリスちゃん、おかえり~☆ ヒル・トロールの討伐は終わった?」


 警戒する裕真を余所に、ランランさんはにこやかに話しかけてきた。

 昨日イリスがあの場にいたのは、森に徘徊するヒル・トロール――裕真がチュートリアルで吹き飛ばした魔物の討伐依頼を受けていたかららしい。

 つまりイリスは、単独であのバケモノを狩れる実力があるわけか……。


「討伐の必要はなくなったわ。ここにいる魔導士さんが倒してくれたから」

「……この子が、トロールを?」


 ルビーのように輝く瞳が、裕真を値踏みするように見つめる。

 くりくりと愛らしい子犬のような目なのだが、今の裕真には大型の肉食獣に睨まれているかのように思えた。


「へぇ、なかなかの腕前なのね。普通の男の子のように見えるけど」


 鋭い……。

 確かに自分は、チート能力を貰っただけの普通の男の子である。

 裕真はどう返答したものか迷った。下手な事を言うと色々バレそうだ。

 そんな彼の戸惑いを察して、イリスがさりげなく助け舟を出した。


「この人、森の中でお爺さんと一緒に、ずっと魔法の修行をしていたそうよ。街に来るのも初めてなくらい」

「そ……そうっす! いや~、街の中は珍しい物でいっぱいですね!」

「ふ~ん?」


 後に知った話だが、魔術師には変わり者が多く、奇抜なファッションや奇怪な言動は珍しくない。

 孫を十数年間一度も外に出さず、ひたすら修行をさせるという、現代日本なら児童虐待と騒がれそうな事例も、普通に有り得る話らしい。

 だから冥王は裕真の経歴を「魔術師の孫」にしたというわけだ。


「それで彼が私とパーティを組んでくれるって言うから、ハンター登録をお願いしたいの」

「あらあら、やっと見つかったのね♪ 分かったわ、さっそく入会申請書にサインを――」

「あ…あの……その前に聞きたい事が……。外に並んでる生首は何ですか?」

「ああ、アレはね。犯罪行為をしてギルドの名を貶めたハンター……いえ、ハンターの首よ」


 引き出しから書類を取り出しながら、ランランさんは事も無げに答えた。


「……つまり、粛清?」

「そうよ。ハンターって基本的に武装していて、そこそこ戦闘術に長けているじゃない? そういうのって一般市民の皆様からすると、怖い存在なのよね」


 確かに武器を持った人間は怖い。

 例えば土産物屋の木刀程度でも、街中で振り回している人がいたら近づきたくない。


「ただでさえソレなのに、実際に犯罪する者が出たら、ハンター全体が危険視されてしまうわ。だから罪を犯したハンターは、ギルドで捕まえて世間一般より厳しめの罰を与えてるわけ♪ そう、ちょっと産まれてきたのを後悔するやつを☆」


 それが表の晒し首というわけか……。

 理屈は分かったが、納得は出来なかった。むしろそういう事をしてる方が危険視されるんじゃなかろうか? 少なくとも腐臭を漂わせているのは迷惑だろうし。

 ……もっとも、それを指摘する勇気など、今の裕真には無いのだが。


「ちなみに罪状は、右から順に強盗殺人、暴行と恐喝、下着泥棒よ」

「……下着泥棒で死刑って重すぎません?」

「盗んだ下着は領主様のものなの」

「領主の?」

 

 またも後に知った話だが、ここマイラの街の領主『エーリコ・ディ・マイラ=プロキオン』公爵は、大変な美少女なのだそうな。


「まあ、この街の人はハンターに理解あるし、多少の犯罪で偏見を持ったりしないわ。でもそれはそれとして、見せしめは必要よね?」

「ははぁ、なるほど、よく分かりました。それじゃ俺はこれで失礼しま――」

「ちょっと待って! どこ行くの!! ハンターになるんじゃなかったの!?」


 そそくさと立ち去ろうとする裕真の首根っこを、イリスががっちり掴んだ。女の子とは思えない握力である。


(いやいやいや……怖いって! 俺にハンターは無理!)


 ランランさんに聞かれないよう、小声で囁く。


(大丈夫だって! 悪いことしなければ良いだけだから!!)

(何が“悪い事”に引っかかるのか分からないから怖いんだよ!)


 裕真はこの世界の常識を知らない。だからこそ、知らぬ間に地雷を踏み、死刑を言い渡される可能性だってある……。


 怯えた子犬のような目をする裕真を見て、イリスは溜息をつき、一旦外へ連れ出した。


「……ユーマ、落ち着いて聞いてちょうだい。じゃあこれからの生活はどうするの? 一から十まで冥王様の支援に頼るつもり? 財布を握られるのは命を握られてるのと同じ。生活費を盾に、また冥王様に理不尽な命令をされるかもしれないよ?」


 イリスの言葉に、裕真ははっとした。

 冥王がイリスの抹殺を命じたのは「試練」で、本気ではないと言っていたが、ぶっちゃけ信用できない。また非人道的な命令を下す可能性はある。


 ただ、また裕真の命を人質に取ることはしないだろう。

 冥王の様子からして、自分の代役は簡単に用意できないのだと察せられた。神々の『協定』とやらでそう決められてるのかもしれない。

 そうなると、次に使うのは「お金」だ。

 お金が尽き、宿にも泊まれず食事もできず、ひもじい思いをしても挫けない自信はない。イリスの時だって割とギリギリの精神状態だったのだ。

 そんな事態を避けるには、自前の収入源を確保し、冥王への依存を減らすしかない。


「……うん、分かった。確かに何から何まで冥王様に世話してもらうのは良くないよな」

「でしょ? ハンターギルドは怖いとこもあるけど、ルールさえ守れば安全だから! もちろんそのルールも、ちゃんと教えるわ!!」


 こうして裕真は渋々ギルドに戻り、入会申請書に『ホシノ・ユーマ』とサインした。

 この国では『名→姓』の順が一般的だが、民族によっては日本と同じ『姓→名』の場合もあるため、どちらで書いても問題ないらしい。


 その時ふと、自分が書類に見た事の無い文字を書きこんでいるのに気付いた。……しかもその内容を理解できている!?

 そういえば朝も『おおとり亭』のメニューを普通に読めた。この世界の言語など知らないはずなのに読めるし、書けるのだ。

 なんなのだろう、これは!?


 ……いや、冷静に考えれば冥王様の仕業だろう。他にこんな芸当が出来る存在は知らない。ありがたい配慮ではあるが、ビックリするので事前に伝えて欲しかった。


「はい、書類はOKでーす。次はこの本に触れてね」


 何やら古めかしい装飾の分厚い本が差し出された。


「……触れるだけ? 読むんじゃなくて?」

「触れるだけです」

「……分かりました」


 訝しみつつも手を伸ばす。さすがに噛みついてきたりはしないだろう――そう思った瞬間。


「幻覚魔法の痕跡無し、変身魔法の痕跡無し、精神魔法の痕跡無し、契約魔法の痕跡無し、呪詛の痕跡無し、寄生の痕跡無し、憑依の痕跡無し」


「ひっ!? 本が喋った!?」


 裕真は反射的に飛び退き、尻餅をついてしまった。その様子を見たランランさんは、笑いを堪えつつ説明する。


「それは《魔法大全の写本》よ。触れた者に掛けられた魔法を見破るの。貴方が魔法で変装してたり、呪いを掛けられてたりしてないか調べたわけ」


 ……なるほど、悪党や魔物が擬態して、ギルドに入り込むのを防ぐためか。


「完璧……とまでは言えないけど、この本を欺ける魔術師なんて滅多にいないわ」


 “滅多に”という言い方が逆に不安を煽る。

 しかも自分のチート魔力も引っ掛からなかった。どう考えても抜けは多そうだ。


「はい、おつかれさまでした。これであなたもハンターの一員よ。これがハンター認定書と、階級章です」.

「……え!? こんな簡単でいいんですか? 試験とかは? サインして本触っただけですよ?」

「いいのいいの、あなたが怪しい者じゃないって分かっただけで十分よ♪ ハンターのお仕事なんて魔物ぶっ殺して、死体持ち帰るだけだし、小難しい試験なんて必要ある?」


 呆気にとられる裕真。狩りの基本やルール、マナー、ノウハウ……色々教えることがあるんじゃないのか? こんなテキトーだから死者が続出するんじゃ……。

 ――とは思ったが、もちろん口には出せなかった。大変な組織に入ってしまった気がする。


「……あ、そうそう! 登録後一ヶ月以内に依頼(クエスト)を一つクリアする義務があるの。それが実質的な入会試験になるわね☆」

「……できなかったら斬首?」

「いや、そこまで厳しくないから! フツーに除名するだけよ」

「それは良かった……ところで、この階級章ってやつは何です?」


 それには見慣れない文字が刻まれていた。だが裕真の脳内ではアルファベットの『F』に変換されている。


「それはハンターの『ランク』を表すものよ。ランクは全部で七段階、『F』は一番下のランクで、入会したてのユーマさんはそこからのスタートね」


 その後ランランさんは、ハンターランクの序列や討伐対象の目安、社会的地位、収入などをざっくりと説明してくれた。



F [入門者] 討伐指標/オオネズミ  

  素人同然 狩りだけで食べていけない


E [若手] 討伐指標/ゴブリン

  一人前 辛うじて食べていける


D [中堅] 討伐指標/トロール

  腕利き 余裕ある収入


C [精鋭] 討伐指標/グリフォン

  街の名士 裕福


B [熟練] 討伐指標/サイクロプス

  街の英雄 富豪


A [達人] 討伐指標/グレーターデーモン

  国の英雄 貴族級の富


S [超人] 討伐指標/ドラゴン

  世界的英雄 国主級の富



 以上が各ランクの概要である。



「Sランクが国主級の収入……! 城とか買えるんですか!?」

「そうよ。なんならこの街まるごと買えるくらい稼げるわ」

「おお……」


 俄然やる気が沸いてきた。

 邪神を討伐したら100億円の報酬が約束されているが、それはまだ遠い未来の話だし、地球のお金でカンヴァスの物は買えない。

 こちらの世界で自分の城を持つという点に、果てしないロマンを感じた。


「ふふ、やる気になってくれたようで良かったわ。一緒にSランクを目指しましょう♪」


 やる気に満ちた裕真を見て、イリスも上機嫌に――



「ははは、よう、Sランクさん! 久しぶり!」


 ふと声をかけられ、イリスの表情がピクリと強張った。

 声の主は二十代前半ほどの若い男二人組。軽装の皮鎧を身に着けているあたり、やはり同じハンターなのだろう。


「それでSランクのイリスさん、今日はドラゴンを何匹仕留めましたか?」

「馬鹿だなぁ、『神喰らい(ゴッドイーター)』ぐらい仕留めてるよ。なんせSランクだしな!」 


 がははっと笑う二人。意味までは分からなくとも、からかっているのは裕真にも察せられた。


「こらっ! あなた達!」


 ランランさんが鋭く叱りつけると、二人は肩を揺らして笑いながら退散していった。


「まったく、あの子たちったら……ごめんねイリス、私は立派な夢だと思うわ」

「……いえ、いいんです、気にしてません。いつもの事ですから」


 そう言うものの、イリスの顔には翳りが残っていた。



 ◇ ◇ ◇



 『おおとり亭』に戻った裕真たちは、ちょっと早いが昼食を取ることにした。

 イリスは料理だけでなくドゴラビールも注文し、ジョッキを傾け始める。

 ちなみにドゴラビールとは、マンドラゴラの絞りかすから醸造した独特の風味を持つビールである。


「イリスってSランクなの?」

「そんな訳ないでしょ……まだDランクよ」


 そう言って、ジョッキをぐいっとあおる。喉を鳴らして飲み干す姿は実に豪快だった。

 ぷはっと息を吐くと、ぽつぽつと語り出す。


「ハンターギルドに入って間もない頃、こう言っちゃったの。『私、Sランクを目指しています! 同じくSランクを目指す仲間を募集中です!』って」


 その結果イリスは、仲間を集めるどころか「Sランクさん」と小馬鹿にされるようになったのだという。


「Sランク目指すのって、そんなにおかしい事なの?」

「……一国の王になる方が簡単だって言ったら分かる?」


 なるほど、例えるならスポーツで世界チャンピオンになるとか、アメリカ大統領になると豪語するようなものか。

 裕真の身近にそんなこと言う人がいたら……まぁ、馬鹿にしないまでも、無理じゃね?と思ってしまうだろう。


 さらに、敬遠される理由はもう一つある。

 ハンターは命の危険がある職業だが、無理をせず狩れる魔物だけを選べば安全に稼げる。

 一般的なハンターは、そうして堅実に稼いでいるのだ。

 だがSランクを目指すには、どうしても無理をする……命がけの狩りに挑む必要が出てくる。

 つまりイリスの仲間になるということは、命の危険がある無茶な狩りに突き合わされる……ということだ。


「まぁ、自分でも馬鹿な夢見てるのは分かってるんだけどね……」


 イリスはうつむき、寂しげに微笑んだ。その姿に裕真の胸が痛み、思わず口を突いて出た。


「いいや! 大きな夢を持つのは良い事だ! 過去の偉人達も夢があったから偉大な業績を残せたんだ! 最初から諦めてたら何もできない!!」


 ……言った直後、裕真は顔を赤らめた。

 世間の厳しさも知らない自分が、何を偉そうに……。

 ビールの匂いに酔ってしまったのだろうか?


「……ま、少なくとも他人に笑われる筋合いは無いよ」


 恥ずかしさを紛らわすように、声を落として付け加える。自分も一杯やって、酔いのせいにしたくなった。

 しかしイリスの方が、すでに裕真以上に酔いが回っていた。


「……そ、そうよね! 貴方と一緒ならSランクも夢じゃないよね!!」 

「……え? 俺も? ……いやまぁ、なれたら良いな~とは思ったけど」

「なに言ってるの! 邪神討伐って要は世界を救うって事でしょ!! 達成したら間違いなくSランクよ♪」

「そ、そうかな?」

 

 そういえば裕真は、肝心の邪神についてまだ何も知らされていない事に気付いた。

 多分その話は一週間後……いや六日後に冥王様が教えてくれるのだろうが。


「ふふふ……冥王様はあなたみたいな素人でも、邪神を倒せる手段を用意してると見たわ。私はソレに便乗してSランクの座を手に入れる!」

「え~……そういう算段?」


 裕真は呆れた。自分をハンターに誘ったのは、そういう事かと。


「馬鹿だなぁ……そんな方法でSランクになっても、実力が伴わなきゃ苦しいだけじゃないか」

「いいのよ、私が欲しいのはSランクの名声だけだから。いわば目的達成の為の手段に過ぎないわ」


 Sランクが手段? 本当の目的……イリスの夢はその先にあると?

 裕真は少し興味をそそられ、「イリスの目的って――」と尋ねようとしたところ……


「よう、イリス。昼間っから酒か? 良い御身分だな」


 背後から、鼓膜を擽るさやさやした声が響いた。

 振り返った裕真の目に飛び込んできたのは、思わず息を呑むほどの美少女だった。


 透き通るプラチナブロンド、きめ細かな白い肌と、あどけなさを残した可憐な顔立ち。地球のアイドルでも滅多にお目にかかれない可愛さだ。

 だが何より目を引いたのは、背中に広がる純白の翼と、頭上に輝く光輪(ヘイローと言うらしい)。

 どうやら彼女は『天使族』らしい。街中でも何人か見かけたが、こうして間近にすると、神々しさで気圧される。 


「あ~? イイじゃないたまには……つーか、あんたに言われたくないわよ、この不良天使」


 しかしイリスは全く動じず言い返す。言葉こそ辛辣だが口調は柔らかい。どうやら二人は軽口を叩き合う仲らしい。


「私は不良ではない、自分に正直なだけだ」


 そう言って空いた席にどかりと腰を下ろし、ドゴラビールとおつまみのセットを注文する。彼女も真昼間から飲む気らしい。

 裕真の中にある「天使」のイメージからかけ離れた俗っぽさに、再び驚かされた。


「あ……そういや『アニー』が帰ってきてたぞ。なんか屋台で飲んだくれてた」

「え!? アニーが!? 修行が終わったのかな?」


 その名を聞いた途端、イリスのしかめっ面がぱっと晴れ、輝くような笑顔になる。


「……誰?」

「私の小さい頃からの友達で、一緒にSランクハンターになろうって誓い合った仲なの! ……あ、アニーってのは略称で、フルネームは『アマニタ・ムスカリア』ね。魔術の修行で遠くの街に行ってたんだけど……そうか、帰って来てたんだ♪」


 魔術師ということか。それにしてもイリスの嬉しそうな様子から、二人の絆の深さが窺えた。


「行きましょうユーマ、紹介するから! 良い子だから きっと仲良くなれるわ♪」



 ◇ ◇ ◇



 マイラの大通りには労働者向けの安い屋台が軒を連ねていた。

 この中からイリスの友人を探すのは骨が折れると思ったが、案外すぐに見つかった。


 彼女はとても個性的なファッションをしていたからだ。


 赤地に白い斑点模様という、まるでベニテングダケのような帽子。それに白いマントも合わさって、後ろから見ると人間サイズのキノコのよう。

 魔術師は奇抜な恰好をした者が多いと聞かされたが、その実例をさっそく目の当たりにしたわけだ。

 髪はほぼ白に近い銀髪で、顔色は冥王様ほどではないが青白く、目の下にはクマができている。


 そんな不健康そうな彼女――『アマニタ・ムスカリア』が飲んだくれている姿は、傍から見ても心配になる。

 親友のイリスからしたら尚更だろう。


「ちょっと、アニー……メチャクチャ深酒してるじゃない……。どうしたのよ、いったい?」

「あ~ イリス~ おひさしぶり~」


 酒瓶を握ったまま、とろんとした目で応えるアニー。


「ちょっと聞いてくださいよ~ マイラに帰ってきて早々、財布をスられてしまったのです……。故郷に帰ってきたばかりの私に酷い仕打ち……こんなの飲まずにいられますか!?」

「まぁ、気持ちは分かるけど、まず飲む前に衛兵隊へ通報しないと。たとえ今は犯人が見つからなくても、そういう情報の積み重ねが犯人逮捕に――」


「ああ、それはもう良いんです、犯人は今頃、“苗床”になってますから」


 アニーは意味不明なことを言いつつ、ふひひと不気味な笑みを浮かべる。裕真は思わず一歩後ずさった。


「実は財布に呪いをかけてました! 私の許可無く触れた者は、全身の穴という穴からキノコが生える呪いを♪ 今頃キノコの滋養になりながら、自らの所業を悔いてることでしょう♪ ふひひひっ」


 全身からキノコが生える呪いって。

 荒唐無稽な話である。裕真は彼女が冗談を言っているのだと思った。

 

 が、直後に思い知ることになる。


 ぎゃああああっ! ああっ!! いぎゃぁぁぁぁ!!!


 男性のものらしい汚い悲鳴と、何かが倒れる音がきこえた。

 少し離れた通りからだ。


「なんだ!? 急に人が倒れたぞ!?」

「ひぃっ! 全身の穴という穴からキノコが!!!」

「全身キノコまみれや!!」


 通行人の叫びに、裕真は凍りついた。まさか本当に……。


「いったい誰の仕業だ!?」

「魔物か!? 魔物にやられたのか!?」

「きっとデーモンの呪いよ!!  街にデーモンが侵入したんだわ!!」

「衛兵を…いいえ、騎士団を呼んで!!」


 どんどん騒ぎが大きくなっていく……。


「……さ、帰りましょ」

「せやな!」


 裕真たちは努めて平静を装い、素知らぬふりで屋台を離れた。


「ふひひ……こんな近くにいたとは! 苗床になるのを間近で見られるなんて、ついてますね♪ スられた件を差し引いても、辛うじてプラスでしょうか?」


 広がる騒ぎを背に、鬼気迫る笑顔で語る彼女は、まさに魔女だった。


「ねぇ、ちょっと……良い子? 良い子?」

「……うん、訂正する、ぶっちゃけあの子はヤベー奴だったわ……割と昔から」


 こめかみを押さえながら頭を振るイリス。裕真も軽く頭痛を覚えた。


「でもね……そういう奴じゃないと、Sランクを目指そうなんて思わないのよ!!」

「ええ……」




【RESULT】 今回の成果、獲得物


 ハンターギルドへ入会

    現在のランク『F』

 

 バーティを結成

    『魔物ハンター イリス』

    『キノコの魔女 アマニタ・ムスカリア』


 イリスの好感度↑↑↑



ハンターランクがアルファベットなのは裕真の脳内でそう変換されているからで、実際はこの世界固有の文字が使われています。翻訳魔法ってすごい。

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