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第47話 巨門星


 屋敷のリビング。

 突如訪れたマーニー……いや、第三王女『マーニ』に、一同は騒然とした。

 場の空気が固まる中、アムとポロンの姉妹が新たな客人のためにお茶とお菓子を用意する。

 テーブルの上に並べられたのは、トロールマシュマロ。弾力のある歯ごたえと、どこか野性味のある甘さが特徴の逸品だ。


 最初に口を開いたのはイリスだった。


「……あの、以前お会いしましたよね?」

「ええ、アマニタさんのお仲間っすよね? まさか貴方がたが『勇者』だったとは驚きっす!!」


 後に聞いた話によると、語尾の「っす」は庶民に馴染むための演技だったが、今ではすっかり自然な口癖になっているそうだ。


「いや〜、こちらも驚きました……」


 裕真がしみじみと呟く中、アニーはさらに強い衝撃を受けていた。

 まさか魔法学校のクラスメイトが王族だったとは夢にも思わなかったのだ。

 一瞬、呆然として言葉を失っていたが、ようやく声を振り絞る。


「マーニーさんがお姫様って!? 重度のオタクで、カードゲームの新パック発売日にはお店の迷惑も顧みず徹夜で並ぶマーニーさんが!?」

「え……マーニ様がそんなことを……」

「わ〜っっっ!! その話はヤメっす!!」


 アニーの容赦ない暴露に、セランとマーニが青ざめる。

 なお裕真は、この世界でもトレーディングカードゲームが流行していることを知り、また別の意味で驚いていた。


「こほん……。えーと、父上からの連絡を受け、大方の事情は理解しました。ですので、私の《フォローリング》をお貸しするっす。どうかお役立てください」


 マーニは指にはめていたリングを外し、静かにテーブルの上へ置く。


「その為にわざわざ来てくれたんですか? いや〜、申し訳ない。言って下されば、こちらから出向きましたのに」


 裕真は恐縮しながら指輪を受け取った。

 その様子を見つめていたマーニは、少し気まずそうに視線を逸らし、ためらいがちに口を開く。


「あ~……。実はこちらもお願いしたい事がありまして……。指輪の代わりと言っては何ですけど、いいですかね?」

「お? なんですか? 俺に出来る事なら良いのですが……」


 マーニは表情を曇らせ、ゆっくりと語り始めた。


「実は私のパーティメンバーが『例のダンジョン』に行ってしまいまして……。彼女たちを連れ戻してくれませんかね?」

「!? よりにもよって、あそこに!? そりゃ大変だ!!」


  一同がざわめく。

 ほんの半日前、あのダンジョンの危険性を説明されたばかりだから、なおさらだ。

 アニーが不安そうに口を開いた。


「マーニーさ……姫様は説得できなかったんですか?」

「マーニーで良いっす。一応したんですけど、信じてもらえなくて……。つーか、あまり詳しく説得すると、私の身分がバレそうになるので」

「あ~はい、『何でそんな話知ってるの?』ってなりますよね」


 アニーは腑に落ちたように頷いた。

 もし自分がマーニの立場なら、国王から聞いた情報を伏せたまま説得などできる気がしない。


「分かりました! すぐに連れ戻します!!」


 勢いよく立ち上がる裕真。

 そんな彼にラナンが「おいおい」という顔で制する。


「いや、どうやって説得するんだよ。ご友人の姫様でも無理だったのに」


 その疑問に、マーニ姫が即答した。


「あ、そこは力尽くで大丈夫っす。ぶん殴ってふん縛ってくれれば」

「ええ……」


 皆の顔が引きつる中、マーニは平然と補足する。


「うちら、流血沙汰には慣れてまして。手足もげたり内臓はみ出したりは日常茶飯事っすから」

「ええ……」

「ああ……」


 裕真がさらに困惑する一方、他のメンバーは少しだけ納得した。

 ハンター歴が浅く、かつチート能力を持つ裕真には分からないことだが、一般ハンターはそんなものだ。


「ええと……はい、分かりました」


 裕真は静かに了承した。

 よくよく考えれば、相手を傷つけずに捕獲する手段など、いくらでもあることを思い出したからだ。


「それじゃ、そのご友人の特徴を――」

「お待ちください!」


 スマホから響いた声に、場が凍る。

 マーニ、モモ、茜、セランの四人が目を丸くした。


「あのダンジョンを造ったのが《巨門星(こもんせい)》の力だとしたら、中に入るのは危険です! 本当に危険です!」


 アコルルの声には、いつになく切迫した響きがあった。

 本来、部外者の前で姿を現すつもりはなかったが、このままでは裕真が飛び出してしまいそうなので、やむを得ず口を開いたのだ。


「陛下のチート魔力をもってしても危ういです! どうかお考え直しを!」

「そんなにヤバいの? そういえばまだ《巨門星》について詳しく聞いてなかったな……。アコちゃん、解説してくれるか?」

「それはもちろん。……え~と、その前にお人払いを……」


 アコルルがちらりと部外者の四人を見る。


「いや、構わないから皆さんにも説明してくれ。この事件を解決するにあたって、皆の協力が必要なんだ」

「……了解しました」


 不承不承といった様子で頷くアコルル。

 まずは初対面の四人に、裕真は第七代魔法皇帝の生まれ変わりで、『守護七星』という魔法の正当継承者であることを打ち明けた。

 信じたかどうかは、ひとまず置いておく。


「さて、それでは本題の《巨門星》についてご説明いたします」


 こほん、と咳払いして、メガネをかける。

 別に目が悪いわけではない。雰囲気作りのための小道具だ。


「これは『ダンジョン』作成の為に生み出された術でして、その為に必要な三つの機能を備えています。一つ目の機能は『自動建築』。工具や建材を使わずとも、頭の中で思い描くだけでダンジョンを造れるようになります」

「マジかよ……すげえ!」


 思わず感嘆の声を漏らすラナン。

 このパーティの中で最もダンジョンに詳しい彼女は、その建造がいかに困難かを知っている。

 興奮を抑えきれず、ラナンは両手をテーブルに突き、身を乗り出した。


「造る速さは?」

「そうですね、装飾やトラップを仕掛けないなら、この屋敷十個分の規模が一日で完成します」

「そんなに早いのか……」

「使用者に建築の知識があれば、更に効率は上がります」


 ラナンは「ほぅ……」と息を漏らし、ソファーに深く沈みこんだ。

 その顔は、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いている。


「あ、もちろん作成には魔力が必要です。さきほどの規模なら十万MPぐらいですね」

「へぇ、それで館十個分とはコスパが良いな。……あ、でも当時の皇帝って俺みたいに百万MP持ってる訳じゃないよな? どうやってMPを確保したんだ?」


 裕真の疑問に応じるように、アコルルの背後の画面が切り替わる。

 そこには、どこかで見覚えのある球体型の装置が映し出されていた。


「まず『ダンジョンコア』を作成します。これは周囲の土地から魔力を吸収し、ダンジョンの動力源にしたり、魔石を作ったりする装置です」

「あ~、ラビィくんのダンジョンにあったやつだな。なるほど」


 裕真がポンッと手を打つ。

 その瞬間、セランとマーニが同時に声を上げた。


「ええっ!? 嘘でしょ!? 『ダンジョンコア』が作れるなんて!! ある意味『神器』より貴重なロストテクノロジーなのに!?」

「ま……魔法帝国の最重要機密! 帝国崩壊と共に失われた技術が再現可能だなんて!! 世界の軍事バランスが崩れるっすね!!!」


 興奮する二人とは対照的に、裕真はぽかんとした表情を浮かべた。


「そんなに凄いの?」

「そらそうや! コアがあれば魔石を作り放題!! 空気からお金を生み出すようなもんやぞ!!」


 茜も興奮気味に頬を紅潮させ、裕真に説明する。

 ふとアコルルを見ると、「やっぱり話さない方が良かった」という顔でため息をついていた。


「良い事ばかりではないですよ? 魔力は魔物の大好物ですから、ダンジョンは常に魔物の脅威に晒されます」


 その一言に、部屋の空気がぴたりと静まった。

 そう、この世界では魔物こそが最大の脅威なのだ。

 先日訪れた『ゴブリンタウン』のように、まだ人が住めるのにもかかわらず、魔物のせいで放棄せざるを得なかった遺跡が無数に存在する。


「あと、欲に目が眩んだ人間にも……」


 そう言って、アコルルがじとりと茜を見つめた。

 その視線に、茜の肩がびくりと震える。つい数刻前、裕真から200万マナをぼったくった件を、しっかり見られていたのだ。


「そういう輩を撃退する為に、トラップを設置する必要があります」


 画面が切り替わり、落とし穴、吊り天井、オートボウガン、回転ノコギリなど、メジャーなトラップの一覧が映し出される。


「もちろん、強力なトラップほど大量の魔力が必要です」

「防衛にコストを割かなきゃいけない訳ね」


 イリスは「やっぱりね」と言いたげな顔をした。

 そんなに楽して稼げるなら、帝国は滅んでいなかっただろう。


「では、魔物が弱い土地に造るのが良いんですか?」


 今まで静かにしていたニーアが口を開いた。

 やはり彼も魔術師。魔法帝国の遺産に興味津々なようだ。


「いえ、そういう土地は魔力も薄いので、大した収益になりません。たとえばこの辺りに造っても、維持費で赤字になるでしょう」

「どこでも良い訳じゃないんですね。魔力が豊富で、強すぎる魔物が出ない土地って……けっこう限られるような……」


 ニーアは細い顎に手を添え、真剣な顔で考え込む。自分が建造者だったら、どこに建てるかを想像しているようだ。

 一方、裕真の胸には別の疑問が浮かんでいた。


「……あれ? すると邪教徒は赤字になる土地にダンジョンを造ったってわけか? なぜそんなことを?」

「おそらくですが、目的は魔力ではなく、この街……トリスターに集まる人々の魂かと」

「えっ!? 魂!? ダンジョンコアって魂も吸っちゃうのか?」

「いえ、魂を捕えるのは《巨門星》の力です。《巨門星》第二の機能は『魂の捕獲』。ダンジョン内で死亡した者の魂を捕えます」


 説明に合わせ、画面にはデフォルメされた白い魂が檻に閉じ込められる映像が映し出された。


「この機能を利用して邪神への供物を集めるのが目的……と考えると、合点がいきます」

「なるほど……。確かデュベルは獲物の魂を捧げる為に心臓を刳り貫いてましたね……。その手間が省けるという訳ですか」


 篤志がメガネを押し上げながら呟く。その言葉にモモの顔から血の気が引いた。


「それじゃ、スヤちゃんはもう……」

「あ、いや! まだそうと決まった訳じゃないですよ。あくまで推測ですから」


 すかさずフォローする篤志だったが、場の空気は重く沈む。

 誰もが最悪の事態を想像してしまったのだ。

 そんな沈黙を破るように、裕真が再び口を開いた。


「でも、それを造った当時の皇帝は邪教徒って訳じゃないんだろ? 何のつもりで魂を?」

「それは第三の機能に関係します。それは《守護者(ガーディアン)作成》。捕えた魂に仮初めのボディを与え、ダンジョンを護るガーディアンにするのです」


 画面には、魂がゴーレムの姿へと変わる映像が映し出された。


「ガーディアンにされた者は、建造者に絶対服従する操り人形となります」

「それじゃ……あのダンジョンの魔物達って、元は人間だったのか!?」

「全部がそうとは限りませんが、かなりの比率で人間が混じってるでしょうね」

「えげつない……」


 裕真は思わず顔をしかめた。

 ダンジョン内で殺された人が、自分を殺した者の為に働かされるなど、尊厳破壊もいいところだ。


「ガーディアンにされた人は、元に戻せないのですか?」


 モモが震える声で尋ねた。


「手段はあります。ガーディアン作成のプロセスを逆に辿ればいいのです。ガーディアンに封じられた魂を、元の肉体に戻す。肉体が残っていない場合は《巨門星》の力で新たに“製造”して」

「……人体まで造れるのか!?」

「簡単ではありませんが、可能です」


 アコルルの発言に、イリスは思わず腰を浮かせた。

 

「それって、『禁呪』じゃない!?」


 人体の生成は七大禁呪のひとつ、『生命創造』に触れる可能性がある。


「それがなにか?」


 あっけらかんと返すアコルルに、イリスは眉を寄せる。


「なにかって……。魔法帝国の時代でも『生命創造』は禁呪だったはずよ?」

「皇帝陛下は、あらゆる法の上に存在するお方ですので」


 アコルルは軽やかな笑みを浮かべる。自分の発言に微塵も後ろめたさはないようだった。

 そういえば、魔法帝国は絶対王政だった。禁呪を使用しても誰にも咎められないほどの権力を、魔法皇帝は持っていたのだ。


 だが今は時代が違う。裕真が自分を魔法皇帝の生まれ変わりだと主張しても、禁呪の使用が許されるわけではない。


「う〜ん……。人命救助のためと言ったら、王国側は見逃してくれますかね?」


 裕真、ちらりとセランの方を見る。


「それは……僕の口からは何とも」


 セランは困ったように視線を逸らす。

 親衛隊の一員に過ぎない自分が、どうこう言える問題ではない。この件は国王陛下と直接相談するしかないだろう。


「さて、《巨門星》の説明は以上になります。如何に危険か分かりました? 変幻自在のダンジョンに、無数のトラップとガーディアン……。迂闊に踏み込めば、陛下でもお命が危ういかと」


 アコルルは眼鏡をすっと外した。まるで授業終了の合図のようだった。


「うぬぬ……確かに厄介だ。攻略するのに良いアイデアはないか?」

「はい、実は《巨門星》には致命的な弱点があります」


 画面にダンジョンを表す凸の記号と、それを取り囲む円が表示された。


「トラップもガーディアンも、ダンジョンの範囲内でしかコントロールできません。つまり、外にいる敵に対しては何もできないのです」

「……なるほど! 向こうから攻め込むとか、逃げる敵を追撃とかはできないのか!」

「そうです。それを踏まえた上で献策いたします」


 アコルルの目がキラリと光る。裕真は嫌な予感がした。


「ダンジョンの範囲外から遠距離攻撃で、ダンジョンを丸ごと破壊してしまいましょう。それが一番安全で確実な方法です」


「え゛っ!?」


 皆が思わず驚きの声を漏らす。リビングの空気が凍りついた。


「ちょっと待った! それじゃ囚われた人達は!?」

「残念ですが、見捨てるしかないかと……。先程も申した通り、中に入るのは自殺行為ですし」


 裕真の突っ込みに、アコルルは申し訳なさそうに眉をひそめた。


「そんな! 約束と違うっす!!」


 マーニが悲痛な声を上がる。するとセランが立ち上がって声を発した。


「待ってください! 手段はあります!!」


 全員の視線が一斉に彼へと向けられた。


「……いえ、あるかも知れません」


 皆の注目を浴び、セランは少し怯んだ。自信なさげに声のトーンを落として話を続ける。


「え〜と、アコルルさん。ひとつ質問しても良いですか? 《巨門星》で水や食料を造ることは出来ますか?」


 その問いに、アコルルは小首を傾げて答える。


「水はともかく、食料はちょっと難しいですね。味も栄養価も問題ない食品を造るには、かなりの技術を要します」

「そんなに難しいのか?」


 裕真はテーブルの菓子をちらりと見た。

 食品よりガーディアンとやらの方が難しそうだが……。


「効率の問題ですね。食料よりも魔石を製造して、その利益で外部から購入したほうが手っ取り早いです。『ダイダロス』陛下もそうしていました」


 『ダイダロス』とは、第二代魔法皇帝で、《巨門星》の作成者である。


「ふむ、買った方が早いんぱら……あっ!」


 ここで裕真は、セランの質問の意図に気づいた。


「それってつまり、邪教徒が買い物しに街に来るかもしれないってことですか!? その時を狙って捕まえる作戦を!?」

「はい。もっとも犯人が人間だと仮定した話ですが。実は親衛隊でもその方向で調査を進めていたのです」


 全員が納得の表情を浮かべた。


「この前言ってた『準備』って、その事だったのね」


 感心したように頷くイリス。一方、アニーが不安げに口を開いた。


「でも食料は魔法で長期保存できますよ? 既に数か月分は買い貯めしてるかも……」

「仮にそうだとしても、ずっと籠りっきりじゃ気が滅入るでしょ。アコちゃん、《巨門星》で造ったダンジョンって外に出たくないほど居心地良い?」

「それは建造者の腕次第ですが、基本、あまり良くないですね。地下だと日が当たりませんし、湿気が溜まりますし……。なにより、いつ侵入者が来るか分からない環境ではリラックスできないかと」

「じゃあ外に出てくる可能性は十分にある訳ね。今こうしている間にも喫茶店でお茶を飲んでるかも」

「そう考えると腹が立つ!」


 まだ見ぬ敵に対して憤る裕真。その気持ちは皆同じだった。

 モモが眉を吊り上げ、勢いよく手を上げる。


「はいはいっ! 私、犯人の顔を見てます! 似顔絵描きますので、紙とペンを!!」


 篤志が即座にバッグから紙とペンを取り出す。

 モモは夢中で描き始め――


 30分後。


「出来ました!!」


 そこには短く刈り込まれた銀髪に、鋭い眼光を持つ男の顔が描かれていた。モモが夢で見たものと寸分違わぬ顔だ。

 裕真は彼女の画力に感嘆の声を上げる。


「うわっ! こわい顔!! いかにも邪悪って感じだ!!」

「でも、よく見ると美形っすね!」


 マーニが呑気なことを言う一方で、篤志が冷静に口を開く。


「しかし、この顔は夢の中で見たやつでしょ? 現実とは違う、とかありません?」

「……う。そういう可能性もありますが……」


 しゅんと肩を落とすモモ。

 しかし、意外な方向から助け舟が出た。


「あ、ウチ、このあんちゃん見た事あるで! 街の公園で絵を描いてた!!」


 その一言に、全員の顔が一斉に上がる。


「公園で!? マジか!?」

「ああ、間違いない。職業柄、人の顔を覚えるのが得意なんや。それに見かけたのは一度だけやない。もしかしたら明日も公園におるかも……」

「早速、行ってみよう!」

「いやいや、ユーマ。今何時だと思ってるの?」


 イリスに言われ、裕真が窓の外を見ると、すでに夜の帳が下りていた。

 さすがにこの時間に絵を描いている者はいない。


「く……。明日まで待たないと駄目か……」

「まぁ、その前にやれることやりましょ。《マスターリング》と《フォローリング》借りたじゃない。これの使い方を練習しましょう」

「おっ、そうだった! うっかりしてた! 《フォローリング》は二つあるけど、誰が装備する?」

「私は《貪狼星》があるから良いわ」

「はいはいっ! じゃあ俺が!!」

「はいはい!! 私にも!!」


 ラナンとアニーが勢いよく手を挙げる。

 ほかに候補もなく、そのまま決定した。


「ふふふ……これで俺もユーマ並の大活躍が!!」


 指に嵌めたリングを眺め、にんまりと微笑むラナン。


「いや、それまだMPを転送してないから」

「は? じゃあ早くやってくれよ」

「あー、うん。それなんだけど……」


 裕真は懐から紙束を取り出す。


「一応、冥王様から使い方を聞いたけど、チンプンカンプンで……」


 《マスターリング》からMPを転送するには、ある程度魔術に関する知識が必要らしい。

 紙束には冥王からの説明が細かく書かれているが、それを見てもなお、裕真の手に余る。

 音楽初心者なのに「今すぐグランドピアノ弾け」と言われたようなものだ。


 その後、裕真は四苦八苦した末、なんとか二人のリングに1,000MPだけチャージできた。

 とりあえずこれなら、デュベル級の強敵が現れない限りなんとかなるだろう。



 ◇ ◇ ◇



【 翌日の朝 トリスター中央公園 】



 朝靄の漂う公園は、数名の市民がぽつりぽつりと行き交う程度で、まだ静けさが残っていた。

 噴水の縁では鳩が羽を休め、街路樹の葉の上には露が光っている。

 そんな穏やかな風景の中、裕真たちはゆっくりと足を進めていた。


 公園に来たのは、裕真、イリス、アニー、ラナン、茜、モモ、そして親衛隊代表として来たセランの七人。

 他のメンバーは屋敷で待機している。

 マーニも着いて来たがっていたが、危険です、やめて下さい、とセランが懇願して止めた。


「ほら、あそこで絵を描いてるあんちゃんや。なんつーか独特の雰囲気があるから覚えてたんや」


 茜が指さす先には、折り畳み椅子に腰掛け、イーゼルに固定されたキャンパスに向かい、黙々と筆を走らせている男がいた。

 その顔はモモの似顔絵と寸分違わぬもので、茜の言う通り、独特の近寄りがたい空気を発していた。


「ぐぬぬ……こんな大騒動起こしながら、自分は素知らぬ顔で優雅にお絵描きか! いい根性してるな!!」


 裕真のこめかみに青筋が浮かぶ。

 その怒りには、昨晩リングへの魔力転送が上手くいかなかった苛立ちも少なからず混じっていた。


「ダンジョンの外なら《巨門星》は無力です! 捕える絶好の機会ですね!!」

「よっしゃ! 行ってくる!!」


 アコルルの言葉に背を押され、裕真は魔法の棍棒《わからせ棒》を構える。

 これはどれほど強く叩いても対象を死なせない、拷も……人道的魔道具である。


「ちょっとあんた!! 聞きたい事がある!!」


 びっと棍棒を突きつけて呼びかける。

 傍目には強盗が凶器を突きつけているように見えるが、幸い今はほとんど人目がない。


 男は筆を止めた。

 しかし振り向きもせず、淡々と呟く。


落とし穴(ピット)


 その瞬間、裕真の姿がかき消えた。


「ユーマ!?」「ユーマはん!?」


 突然の事態に驚愕する一同。

 だが、すぐに何が起きたのか理解した。

 つい先ほどまで裕真が立っていた地面には、四角い穴がぽっかりと開いている。裕真はそこに落ちたのだ。


 そして、なぜ急にそんな穴が開いたのか……。

 皆は更に恐ろしい事実に気づき、戦慄する。


「見つけるのが遅かったな……。私の『作品』は既に完成している!」


 男は立ち上がり、静かに振り向いた。その目は血走り、狂気を帯びている。

 そして、恍惚とした声で叫んだ。


「今やこの街全てが、私の『ダンジョン』だ!!」





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