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第46話 モルフィナ・モルペウス


 夕暮れの大通り。

 ダンジョンへ向かおうとするハンター達の前に、ピンク髪の少女が立ちふさがった。


「あのダンジョンは邪教徒の罠です! 入ったらダメ! 危険ですぅ!」


 真剣な表情で叫ぶが、舌っ足らずの甘い声のせいで緊迫感はいまひとつだ。

 ハンターたちはぽかんと彼女を見つめ、やがて年長の男が苦笑しながら口を開いた。


「はっはっはっ、お嬢ちゃん、馬鹿言っちゃいけねぇよ! 邪教徒がダンジョンを作って、更にお宝まで持ち込んだってのか?」

「そーです!!」


 少女の叫びに、ハンターたちは顔を見合わせ、どっと笑い声を上げた。


「あうう……信じられないのも無理ないですけど、本当にそーなんですってばー! そーいう能力をもっている人が本当にいるんですぅ!!」


 肩をすくめ、半ば泣きそうになりながらも懸命に訴える少女。

 だがハンターたちは呆れるか鼻で笑うだけだ。

 それも無理はない。魔法が存在するこの世界であっても、トリスター市より広いダンジョンを人工的に作り、さらに大量の財宝を配置するなど、常識ではありえない話だ。


 だが裕真には、ひとつ心当たりがあった。その非常識を実現する手段を。


「アコちゃん!! 確か『守護七星』の中に“ダンジョンを作成する能力”があったよね!?」


「はい、ございます」


 スマホの中からアコルルが、周囲に聞かれないよう小声で囁く。


「二つ目の星、『巨門星(こもんせい)』ですね」


 その名を聞いた瞬間、イリスがはっと息を呑む。


「……なるほど! 『守護七星』の力なら作れてもおかしくない! 行方不明者が多発してるのにも説明がつくわ」

「……え!? 行方不明?」

「何の話です?」


 ラナンとアニーが目を丸くする。

 その反応を見て、裕真はまだ二人に事情を説明していなかったことに気づいたが、今は後回しだ。

 目の前の少女の話を聞く方が先決だ。


「ちょっと君!! その話を詳しく聞かせて欲しい!!」


 声をかけると、少女はぱっと振り向いた。ピンク色の髪が夕陽を受けて輝く。


「えっ……! 信じてくれるんですかぁ!?」


 少女は驚きと安堵が入り混じった表情で裕真を見つめた。

 大きくてくりくりした瞳に、幼さを残した愛らしい顔つき。

 だが、それ以上に目を引いたのは彼女の衣装だった。


 上半身は丈の短いビスチェで、豊かな胸の上半分とおへそがあらわになっている。下は太ももを大きく露出したショートパンツに、前開きのオープンスカートを重ねていた。

 全体的に露出度が高く、鮮やかなピンク髪と小さく巻いた角が相まって、『陰獣の森』で遭遇したサキュバスを思い出させる。

 しかし周囲の人々も仲間たちも、特に気にした様子はない。どうやらこの世界では珍しい格好でもないらしい。

 

 裕真はその熱のこもった視線と、どう見ても目のやり場に困る衣装に戸惑いながら、なんとか口を開こうとした。


 そのとき――


「シキガミ隊、発進!!」


 どこかから号令が響くと同時に、無数のウミドリが少女に飛びかかった。


「きゃあああ!?」


 ウミドリは彼女に触れると閃光を放って爆発し、消えていく。爆発の煙が晴れると、ノックアウトされた少女がその場に転がっていた。


「いきなり何を!?」


 周囲がざわつく中、裕真は声のした方向へ視線を向けた。人垣の隙間から見えたのは、見覚えのある顔だった。


「……あっ!? あんたは何時ぞやの借金取り!?」

「よう、ひさしぶりやな」


 茶髪のツインテール、狩衣(かりぎぬ)にプリーツスカートという和洋折衷の衣装。

 マイラの街で借金を返せなくなったニーアを売り飛ばそうとした、あの借金取りの少女だった。


「驚かせてすまんな。実はウチ、ギルドから正式に認可された『クライムハンター』でな。これは正当な捕り物っちゅーわけや」


 そう言って彼女は、ハンターギルドの認定書を取り出して見せた。

 そこには『龍堂茜(りゅうどうあかね)』という名が記されている。

 それが彼女の名前らしい。


「く……クライムハンター!? あんた金貸しじゃなかったのか!?」


 たしか、通常のハンターが魔物を狩るのに対し、クライムハンターは“人間”を狩ることを専門としている人たちだったはず。

 その人間とは、賞金が掛けられた犯罪者、逃亡した奴隷や債務者、そしてギルドの規則に叛いたハンターなどである。


「本業は金貸しや。ただハンター資格を持ってると、高飛びした奴捕まえるのに便利でな。こうして街中で攻撃魔法使ってもお咎め無しや」


 茜は倒れている少女をちらりと見る。彼女が使ったのは非致死の攻撃魔法らしく、爆発の派手さに反して少女に外傷はない。


「え!? 君、借金してたの?」


 倒れた少女に呼びかけると、突っ伏した姿勢のままから「チガイマス〜」とか細い声が返ってきた。


「借金よりタチ悪いで。その娘『モルフィナ・モルペウス』は、賞金100万マナ(約1億円)の指名手配犯やからな」


 その額に裕真は言葉を失った。

 今まで狩った賞金首の中でも、それを超える額は数えるほどしかなく、そのどれもが小都市を壊滅させかねない怪物だった。


「100万って! 何したらそんな賞金つくのさ!?」

「だから違いますって〜! 濡れ衣! 濡れ衣なんですぅ!!」


 モルフィナと呼ばれた少女は、先ほどよりハッキリした声で答えた。

 だが身体はまだ動かないようで、倒れた姿勢のままだ。


「はいはい、申し開きは裁判所でやってくれな。ウチはあんたをひっとらえて賞金を貰うだけや」


 そう言うと茜は少女をひょいと抱えあげた。

 見た目以上の腕力……いや、魔法の力だろうか。


「待ってくれ! その娘の話を聞きたいんだ!!」


 裕真は茜の前に回り込んで食い下がる。


「詳しくは言えないんだけど、俺たちはある事件を追っていて、その子の話がヒントになるかもしれないんだ!!」

「何の事件か知らんが、ウチには関係あらへん。面倒事に巻き込まんどいで」


 制止を振り切ろうとする茜に、裕真は最後の切り札を出した。


「捜査に付き合ってくれたら、その分の報酬を出す!!」

「はぁ? 報酬やて? その娘の賞金100万マナより美味しい仕事やろうな?」


 なんとか興味を引けたようだ。


「賞金と同額の100万マナを出す!」

「200万や」

「OK、200万で!!」


 茜は少し後悔したように顔をしかめる。吹っかけたつもりがあっさり飲まれた形だ。もっと吹っかければよかった、と思いつつも、今さら撤回するわけにもいかない。


「OK、協力するわ。ただ、その娘を逃がすわけやない。あくまで預けるだけってのを忘れんといて。万一逃がしたら、その娘の賞金分100万追加。その条件でええか?」

「ええよ!!」




 ◇ ◇ ◇




 【 裕真パーティの屋敷(借家) 】



 どっぷり日が暮れた頃、裕真たちが滞在する屋敷に物騒な客がやって来た。

 全身をフルプレートで固めたトリスター衛兵隊である。

 その隊長が屋敷の扉をノックする。


「なにか御用ですか?」


 顔を出したのは裕真本人だった。

 まさか屋敷の主が直接出てくるとは思わず、隊長は一瞬たじろぐ。普通そういうのは使用人の仕事だからだ。

 それでも気を取り直し、彼は声を張った。


「御免!! ホシノ。ユーマ殿! 少々お話を伺いたいのですが、よろしいかな! 貴方が重犯罪者を匿っているという通報を受けたのですが!」

「匿っているわけじゃありませんよ。俺は事件捜査の為に彼女の協力が必要なので、お借りしているだけです。用が済んだら引き渡しますのでご安心を」

「勝手な事をされては困りますな! 貴方に何の権限があるというのか!」


 兜に覆われて表情は見えないが、怒気が声に滲む。

 しかし裕真は動じることなく、淡々と返した。


「俺がつい先ほど、王宮に呼ばれてたのは御存知か? 賞金首100体狩りの件で、国 王 陛 下 か ら 直 々 に お褒めの言葉を賜りました」

「へ……陛下から!?」


 隊長の声がわずかに震える。


「それとこちらをご覧ください」


 ダメ押しとばかりに、懐から一通の書状を取り出す。


「これは プ ロ キ オ ン 公 国 の 公 爵 閣 下 か ら 直々に戴いた感謝状です」


 堂々と書状を掲げる裕真。

 それはただの紙切れではなく、一つの国を救った証である。

 その威光を前に、隊長のみならず衛兵隊全員が後ずさる。


「国王陛下と公爵閣下の名に懸けて、犯罪者を逃がすような不誠実な真似はしないと誓います」

「わ……分かりました。この件は一旦持ち帰らせていただきます」


 公僕たる衛兵隊は、権威と権力に弱い。自分たちの権限では裕真をこれ以上追求できないと悟る。

 隊長は一礼し、すごすごと引き揚げていった。


 裕真は扉を閉め、ふぅっと息を吐く。

 権威のひけらかしが、ここまで効くとは思わなかった。


 リビングに戻ると、イリス、アニー、ラナン、篤志、ニーア、そして茜とモルフィナがソファに腰を下ろしていた。

 モルフィナは拘束されていない。

 信用を示すためでもあり、仮に暴れても裕真ならすぐに制圧できるからだ。


「おまたせなのー」

「お茶とお菓子をお持ちしたぞ」


 アムとポロンがお茶とお菓子が盛られたトレイを運んでくる。

 お菓子はギガスビスケット。味に深みがあり、噛み応えがあると人気だ。


「な? 上手くいったやろ?」


 ビスケットを摘みながら、茜が得意げに笑う。

 権威を盾に出るよう助言したのは彼女だった。


「うん、助かった。犯罪者を匿って衛兵がどう思うかまで考えてなかった」

「ですから、濡れ衣ですって〜!」


 モルフィナが涙目で反論するが、相変わらずのキャンディボイスのせいで、どうにも緊迫感がない。

 イリスが湯気の立つカップを手に取り、一口お茶を飲んでから問いかけた。


「じゃあ、その濡れ衣を着せられた経緯について説明してくれる? え〜と、モルフィナ・モルペウスさん」

「あ、『モモ』って呼んで下さい。えーと、モルフィナってのは古代の神様が由来でして、私には恐れ多いというか……」

「ああ、うん、よろしくね、モモちゃん」

「はい……あのぉ……これから話すこと、秘密にしてくれます?」

「それは内容次第だな。本当に犯罪者なら庇う気ねーし」


 ラナンは腕を組み、ソファに深くもたれかかった。


「うう……仕方ありません……実は私、生まれついて『夢の世界に入る能力』を持ってまして」



 ここで少し、『魔族』について解説しよう。


 天界が魔物の大群に蹂躙された『涙の晩餐会』の後、生き残った神々は地上世界への不介入を決定した。

 その直後、待ち構えていたかのように、大魔王率いる魔界軍が地上侵攻を開始する。

 これを迎え撃ったのが、地上に残された天使族だった。

 後に『天魔戦争時代』と呼ばれる、長い戦いの始まりである。


 三百年にも及ぶ戦いの末、ついに魔界軍は敗れ撤退したのだが、その一部の下級悪魔達が地上に留まり、この世界の一種族となった。

 それが現在の『魔族』である。


 魔族は生まれながらに高い魔力を持ち、更に誰に教わった訳でもないのに魔法を使えたりする。

 それは祖先の血筋に由来するもので、『継承魔法』と呼ばれている。


 問題なのは、その『継承魔法』の中に人間社会で使用禁止、もしくは許可が必要な魔法も含まれることだ。

 社会的に危険とされ封印された魔法を、生まれた時から使えるのである。

 それゆえ魔族は多くの国で警戒の対象となっているのだ。



「え……それ『禁呪』じゃん! ガチでヤバいやつじゃねーか!!」


 ラナンが思わず身を乗り出した。

 他の皆も顔を見合わせ、空気が一気に張りつめる。

 そんな中で、裕真だけが首を傾げていた。


「……なんでさ? 夢に入るなんて可愛い能力じゃないか。いかにもファンタジーって感じで」


 呑気なことを言う裕真に対し、アニーが真剣な表情で口を開く。


「ユーマ、人は夢の世界では心が無防備になります。その世界に入れるってことは、他人の心を好き勝手に弄れるってことですよ? 個人の秘密を盗み見たり、都合の良い夢を見せて洗脳したり、悪夢を見せて衰弱させたり――」

「!! そういう使い方もあるのか!」


 裕真がようやく納得したように息を漏らす。


「まぁここトリスターは寛容な方やから、生まれつき持っている、というだけでは処罰の対象にならん。だけど、実際に使ったのなら――」


 茜は目を細め、ジロリとモモを睨んだ。


「使ってません! ……あ、使いましたけど、悪い人にだけで――」

「あ〜、順を追って説明して。『夢に入る能力』で、どうして邪教徒の仕業だって分かったんだ?」

「きっかけはルナちゃんが行方不明になった事でした。あ、ルナちゃんとは私のハンター仲間でして、一緒に例のダンジョンを探索してたのです」


 ルナ……。ルーナ姫と似た名前だが、まさか同一人物?

 いや、そんな偶然、都合よくあるわけない。

 それより今は話を聞こう。


 モモは背筋を伸ばし、神妙な面持ちで語り始めた。



  ◆ ◆ ◆

 


 それは今から約二週間前のことだった。


 モモとルナは『例のダンジョン』の探索に赴いた。

 そこは評判通り、お宝がざくざくと見つかる場所だった。

 

「わ〜、本当にお宝がいっぱい! ボーナスステージです〜♪」

「………」


 歓喜するモモの隣で、ルナは険しい表情をして立っていた。

 ダイヤモンドのように強く輝く瞳と、サファイアのように透き通った長い髪。全身鎧を軽々と着こなし、腰に布製のベース(軍用スカート)を巻いたその姿は、まるで鉄のドレスを身にまとっているかのようだ。


「モモちゃん。やっぱりこのダンジョン、様子がおかしい。まるで成金から下手な接待を受けている気分だよ」


 ルナの剣幕にモモはきょとんとする。


「え〜、そんなの受けたこと無いから分かりませんよぉ。それにみんな大丈夫だって言ってますし――」


 などと言いながら周囲を見渡すと、また宝箱が見つかった。


「あ、ここにもお宝が!」


 嬉々として回収に向かう。

 中には、大きなルビーがあしらわれたネックレスが輝いていた。

 それを手に取り、ルナに見せようと振り返る。


 だが、そこにルナの姿はなかった。


「……あれ? ルナちゃん?」



 その後、ダンジョン内をいくら探しても彼女は見つからなかった。


 そこでモモは『夢の世界』からルナを探すことにした。

 何日も何日も眠り続け、もう一生分眠ったというぐらい寝て……


 そして、ようやく見つけたのだ。

 一人の男性の夢の中に、囚われたルナの姿を。


 そこは石畳の広間で、魔物の姿を描いた絵画や彫刻がずらりと並ぶ不気味な空間だった。

 中央には巨大な鳥籠が吊るされ、その中にルナが閉じ込められている。

 その傍らで、一人の男がキャンバスに向かって筆を走らせていた。


 モモの視線に気付いたのか、男が振り向く。

 短く刈り込んだ銀髪、鋭い眼光。顔立ちは整っていたが、眉間には深い皺が刻まれていた。


「貴様!? 『私の夢』ではないな! なぜここにいる!?」


 モモは仰天し、腰を抜かしそうになった。

 他人の夢に入ることは何度も経験していたが、夢の主が“夢の中であること”を自覚し、さらに侵入を感知するなど初めての出来事だ。


「……その角、魔族……夢魔の類か! 我が崇高なる心を侵犯するとは無礼極まる! 生かして返さんぞ!! その魂、粉々に砕いて混沌の宇宙にバラ撒いてくれるわ!!」


 鬼のような形相で睨みつけられ、モモは今度こそ腰を抜かす。

 

 その時、男の足元に黒い球体が転がってきた。

 球体にはヒモが付いており、バチバチと火花を散らしている。


 そう、それは爆弾だった。


「うおぉっ!」


 次の瞬間、男の足元が弾け、爆炎と共に吹き飛ばされた。

 

 爆弾は現実でルナが使っていたものだった。なぜ夢の中に持ち込めたのか……いや、夢だからこそ、なのかもしれない。


「モモちゃん逃げて! こいつは邪神から力を貰ってる邪教徒!

ダンジョンはこいつの罠! これを皆に伝えて!!」

「ル……ルナちゃんも一緒に――」


 モモが叫んだ瞬間、男が立ち上がる。

 周囲の絵画や彫刻がぐにゃりと歪み、魔物の群れへと変貌してモモに迫る。

 ルナは次々と爆弾を投げ、魔物の進撃を食い止めようとした。


「早く!!!」


 どれだけ爆破しても、魔物は湧き出すように現れる。

 悔しいが、言う通りに退くしかない。

 モモは夢の世界から脱出した。



 ◇


 目を覚ますと、家の前に衛兵が詰めかけていた。


「モルフィナ・モルペウス! 貴様を禁呪使用の罪で逮捕する!!」

「ええっ! そんなことしてません!!


 内心では「なんでバレたの?」と驚きを隠せない。


「とぼけるな! 街の名士達から被害届が出ている!!」

「名士?」


 いったい誰のことだろう? まさか、あの銀髪の絵描きが?


 だが、衛兵の口から出た名は彼女の想像を超えていた。


 金融ギルド代表 『シャイロック』 

 通商ギルド代表 『アントニオ・ベルモント』

 錬金術ギルド代表 『ベアトリス・ティンチェ』 


 この街の経済を牛耳る大商人で、国民議会の中枢メンバー。通称『三巨頭』と呼ばれる超大物たち。

 名前だけは知っていたが実際に会った事などないし、まして夢に侵入したことなど一度もない。


「いやいやいや! 知りませんって! 私じゃないですっ!」

「ええい! 申し開きは裁判所でやれ!!とにかく逮捕する!!」

「いや〜っ! 不当逮捕だ〜っ!!」


 衛兵たちが詰め寄る。

 その時、突然、無数の羊がモモと衛兵たちの間を突っ切った。


「な……! なんだこの羊の群れは!?」

「すいませーん。うちの羊が逃げ出しちゃって」


 黒髪黒目で、生白い肌をした長身の男がのんびりと現れた。

 どうやら羊の飼い主らしい。

 なぜこんな街中で羊が――という疑問が浮かぶより早く、モモの身体が動いた。

 

「今だ逃げろ〜!!」

「あっ! 待て!!」



 ◆ ◆ ◆



 モモの話を聞き終え、裕真は深く息をついた。


「つまり……邪教徒に夢を覗いたことがばれ、濡れ衣を着せられ、賞金首にされたと」

「はい、そうなんですぅ……」


 ティーカップを握るモモの手が震えていた。薄紅の唇を噛みしめ、俯く横顔には、悲しみと悔しさが入り混じっている。

 そのとき、茜がふと眉を寄せた。


「……ん? 邪教徒の夢だけピンポイントで覗いた訳やないわな? 大勢の人の夢を覗かな見つからんよな? 立派に犯罪行為しとるやないけ!」

「うっ……それは非常事態でしたので……。それに覗いたのは入口だけで、深層心理まで潜ってませんし……」


 その気になれば深層心理まで覗けるのか……。

 いや、今はそこじゃない。裕真は軽く手を振った。


「いやいや、今重要なのはソコじゃないでしょ。国民議会のお偉いさんが邪教徒に味方してるってことだろ?」

「いや話が荒唐無稽すぎるわ!! いくらなんでも信じられへん!!!」


 茜の反応はもっともだった。

 日本で例えると内閣の閣僚がテロリストに手を貸している、と言っているようなものだ。

 だが、篤志が眼鏡を押し上げ、静かに言葉を継ぐ。


「ですがそれなら話は繋がります。なんで国民議会がダンジョン封鎖に反対していたのか……。いくらダンジョンが儲かると言っても、トリスターの大商人から見たら微々たる稼ぎです。王家の警告を無視してまで続ける理由が分かりませんでした」

「え? ここの大商人って、そんなに儲けてんの?」

「そりゃ国家予算並には」


 ふむ……と裕真は顎に手をやった。

 なるほど、国王は「今のトリスターは金の力で支配されている」と言っていたが、あれは誇張でも何でもなかったらしい。


「そんなに儲けてるのに、邪教徒の肩持って何の得があるんだよ?」


 ラナンの疑問に、篤志は眉を寄せたまま答える。


「与える物が無いのなら、奪えばよいのです。《守護七星》の力なら、脅す手段などいくらでもあるでしょう」


 その言葉に、一同の背筋がぞくりと粟立った。

 マイラの街で戦ったデュベルは、一人で都市を壊滅させる力を持っていた。

 事件の黒幕も《守護星》持ちなら、奴と同等か、あるいはそれ以上の力を持つ可能性がある。


「全部その娘の嘘、というのが一番しっくりくるんやが」


 茜がジト目でモモを見やる。まあ、普通ならそう思うだろう。


「いや、彼女の話はこちらの情報と一致する点が多い! 俺は信じる!」

「ユーマさん!!」


 モモが頬を染め、目を潤ませた。その表情には安堵と感謝がにじむ。



 ――その時、呼び鈴の音が響いた。



「ん? またお客さん? ……まさか、また衛兵?」


 玄関を開けると、そこに立っていたのは、肩までの銀髪と褐色の肌を持つ青年だった。

 細身で整った顔立ち。どこか中性的な雰囲気がある。


「こんばんは、ユーマ様。謁見でお疲れのところを申し訳ありません」

「……どちらさま?」


 青年の顔には見覚えがない。


「セランです。王宮で皆様を案内した者です」


 あ、と裕真は思い出した。

 確か王宮で会った時、彼は女官服を着ていた。なので、てっきり女性だと思っていた。


「あっ……男の方だったんですか?」

「申し訳ありません、騙すような真似をして……。ですがあれも親衛隊の務めでして、ご容赦を」


 裕真は何かにピンときたように、ぽんっと手を打った。


「あ〜……はいはい! 隠密活動をやりやすくするため、宮廷では女装して正体を隠してる、とかですね!」

「いえ、陛下のご趣味です。陛下が僕にドレスが良く似合うと仰せでして――」

「へぇ、なるほど。ところで本日は何の御用で?」


 裕真はこの件に深入りしない方がいいと察し、即座に話題を切り替えた。


「まず、こちらの御方をご紹介させていただきます」


 そう言うと、彼の背から一人の少女が姿を現した、

 青髪に白いベレー帽、手には繊細な装飾が施された白い杖を携えている。

 その人物には見覚えがあった。

 トリスターに到着した初日に出会った、アニーの学友だ。


「え……。マーニーさん……でしたよね?」


「どうもっ、改めて自己紹介するっす。オリオン王国第三王女、『マーニ』っす!」



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