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第38話 喫茶店ムーンラビット



【 ハンターギルド トリスター支部 】



「あ、そうそう、ユーマさん。ギルドの総本部から言伝を預かっています」


 赤毛の受付嬢、ユイさんがカウンターの引き出しを開け、一通の封筒を取り出した。


「え? 総本部が俺に?」


 思わず聞き返す。裕真は総本部に行ったことなどないし、知り合いもいない。そんなところから自分に何の用があるのか?

 裕真の疑問を余所に、ユイさんが封筒を開き、書類を読み上げた。


「えーと……『マイラの街を救った功績を称え、Bランクに昇格する』とのことです!!」


 続けて、彼女は別の書類と階級章を取り出す。

 書類はBランクハンターの認定証、階級章は以前マイラのギルドで貰った物と違い、「B」という文字が刻まれている。


「おめでとうございます! Bランクハンターに昇格です♪」

「おおっ! やったわね、ユーマ!!」


 イリスは胸の前で手を組み、我が事のように喜ぶ。

 だが、裕真の反応はどこか冷めていた。


「ハンターランクかぁ……そういやそんな設定もあったなー」

「ちょっ!?」


 イリスは思わず絶句した。


「忘れないでよ! Sランクハンターになるって約束したでしょ!!」


 その言葉に、裕真はハッとする。

 そう、イリスは「ハンターの学校」を作るという夢を持っており、その実現にはSランクハンターの肩書が必要だった。

 だからこそ裕真は、その夢のために昇格を目指すと約束していたのだが……。


「あ……いや、その……色々ありすぎて記憶からスッポ抜けてたというか……」


 しどろもどろになりながら弁解する。

 イリスには悪いが、本当に色々ありすぎた。

 約束を軽んじていたわけではないが、それを上回る強烈な体験の数々に埋もれてしまっていたのだ。


「えーと、功績から考えるとAランクでも良いのですが、Aランク以上の認定には総本部での審査が必要、とのことです」


 ユイが手紙の続きを読み上げる。

 Aランク以上のハンターは社会的影響力も大きいため、総本部がその人物の実力や人格を直接見定めるのだという。

 その割にはデュベルの本性を見抜けなかったようだが……いや、それは自分たちも同じだし、偉そうなことは言えない。


「ふむ。それで総本部は何処にあるんです?」

「……? 『セレス』ですけど御存知ないので?」


 小首をかしげ、不思議そうな顔を浮かべるユイさん。

 その反応に、裕真は「しまった」と内心で頭を抱えた。


「あ~! すみません! この人、ず~っと修行ばかりしてたんで!!」

「そうそう! めっちゃ世間知らずなんです!!」


 イリスとアニーが慌ててフォローする。

 裕真はそんな二人を見て、そういやそういう設定もあったなぁ、と苦笑した。




【 トリスター 表通り 】


「陛下…….。先程の発言は、日本人が同じ日本人に『東京はどこにあるの?』と聞くようなものです。以後、お気をつけ下さい」


 ギルドを出てすぐ、スマホ内のアコルルが苦言を呈する。


「ああ、うん、気を付ける。もっとこの世界の事勉強しとかなきゃな」


 頭をかきながら、素直に頷く。


「『セレス』ってのは『至天の塔』の根元に造られた街で、別名『冒険都市』って呼ばれてるんだ」


 ラナンが両手を頭の後ろで組み、何気ない調子で言う。

 彼女自身はセレスに行ったことはないが、それでも名前や立地くらいは常識として知っていた。

 それを知らないのは、この世界の常識で考えて、非常に不自然なことになる。


「……え? 至天の塔って世界七大遺産の?」

「そうだが?」

「そんな所に人が住む街があるの!? 七大遺産って、超危険なはずじゃ――」


 ああ、はいはい、という顔でラナンがさらりと返す。


「塔の下層部は攻略完了してて、魔物が出ないんだよ。……とは言っても、時々上層から超強力な魔物が降りてくる事があって、絶対に安全とは言えねーが」


 裕真は目を丸くした。


「そんな場所に街を作ったのか……」


 クレイジー……、と小声で呟く。

 ギルドの総本部があるくらいだし、腕利きのハンターが大勢いるのだろう。だが、それを差し引いても正気の沙汰とは思えなかった。


 そんな話をしながら、裕真たちは喫茶店『ムーンラビット』の扉を開けた。

 そこは、あらかじめ篤志たちと決めていた待ち合わせ場所である。



 ◇ ◇ ◇



 【喫茶店 ムーンラビット】


 この世界の月にはウサギが住んでおり、月の大精霊ディアナのためにパンを焼いている――そんな伝承が残されている。


 ここの店名はそれに因んだものらしく、店内にはウサギやディアナをモチーフにした淡い色調の絵画や陶器の小物が、さりげなく飾られていた。

 静かな音楽が流れ、ほのかに香ばしいパンとコーヒーの香りが漂っている。


 裕真たちが扉を開けると、「いらっしゃいませ~」という柔らかな声が響き、店員に席へと案内された。

 店員は、小学高学年か中学生くらいの少女だった。透きとおるような水色の長髪が背中で揺れている。そして、頭の上には何故かウサギがちょこんと乗っていた。

 飲食店に動物って衛生的にどうなの?と眉をひそめる裕真だが、他の面子はまるで気にしていない様子だ。

 どうやらカンヴァスでは、取り立てて騒ぐようなことではないらしい。


「ウサギ、触ってもいい?」


 イリスが目を輝かせながら問いかける。


「コーヒー一杯で三分です」


「じゃあ、ブラックで」

「あ、私も」

「オレもー」


  女性陣が次々に注文し、楽しげにウサギの柔らかな毛を撫でている。目尻が自然と下がり、皆どこか幸せそうだった。


「ふーん、じゃあ俺も――」 

「あ、すみません。おさわりは女性の方だけのサービスです」

「あ、そう? ふーん」


 裕真は素っ気なく返したものの、実はめちゃくちゃ触りたかった。

 だが、男の自分がウサギへの執着を見せるのはさすがに恥ずかしい。仕方なく平然を装うのであった。


 その時、カランコロンとドアベルが鳴り、扉が開く。

 入ってきたのは篤志だった。


「やぁ、先に来てましたか。お待たせして申し訳ない」

「いや、こちらも来たばかり。家は借りられた?」

「ええ、まぁ、なんとか……。ただ、例のダンジョンのせいで家賃が高騰してまして」


 篤志は懐から屋敷の賃貸契約書を取り出し、裕真へ渡す。

 ニーア、アム、ポロンの三人は、一足先に借りた屋敷へ行き、清掃を始めているそうだ。


「あらら、ダンジョンの影響がこんなとこにも……」


 契約書を覗き込む裕真。そこには、少し前なら思わず目を剥くような金額が記されていたが――


「まぁ、この程度小銭だし問題無いけど」


 軽く言って、書類を篤志へ返す。

 そのやり取りを、店員が驚きの表情で見つめていたが、裕真は気づかなかった。


「あ、そうそう。賞金首が100体ほど溜まってるそうなので、それを全部倒して名声稼ぎをするつもりだけど、どう思う?」


 何気なくとんでもない事を言う裕真に、店員はまた驚く。


「へぇ、それはまた思い切った策を考えましたね。まぁ王様の気を引くにはそれぐらい必要かも」


 篤志は平然とコーヒーを口に運ぶ。

 その様子に、ラナンが首をかしげる。


「あまり驚かないんだな。とんでもねー計画だと思うけど」

「邪神を倒す為の力を貰ってるのですから、それぐらい出来て当然ですよ。ボクも勇者だった頃には――」


 と言いかけて、ふと口を閉ざす。


「……いや、それより、そろそろ屋敷に向かいましょう。ボクらも掃除を手伝わないと」

「あ、そうだね」


 裕真は、篤志の“勇者時代”がまだ痛い記憶であることを察する。

 その後、コーヒーを飲み干した一行は、ムーンラビットを後にした。



◇ ◇ ◇



【 篤志が借りた屋敷 】


 トリスターの高級住宅街の一角。

 並木道を抜けた先にそびえるのは、黒い鉄柵に囲まれた重厚な屋敷だった。灰色の石造りの外壁は陽に鈍く光り、正面の玄関には古風な木彫りの装飾が施されている。庭には手入れの行き届いた薔薇の生垣と、小さな噴水が品よく設えられていた。

 どこか貴族の館を思わせるような、格式と歴史を感じさせる建物だ。


「こんな立派な屋敷を借りたの? もっと慎ましいとこでいいのに……。そりゃ家賃高いはずだよ」

「慎ましいとこは、もう借りられてしまってるので」


 長期滞在を見越して借家を探す者は、裕真たちだけではなかったのだ。


「でも周辺の治安は良いですよ? 何かあっても秒で衛兵が駆け付けてくれますし、高いなりの価値はあります」


 篤志が少し誇らしげに言うのとは対照的に、仲間たちはやけにそわそわしていた。


アニー「こ……こんな高級住宅街で、私たち浮いてません!?」

ラナン「職質とかされたら、どーするよ!?」


 アニーとラナン、動揺のあまり逆に不審者っぽくなる。


「その時は、姫様から貰った勲章と感謝状を見せつけてやればいいのよ。卑屈になる必要は無いわ、今の私達には後ろ盾がいるのよ」


 と、涼しい顔で言い切るイリスだが、内心は二人と同じように緊張していた。


 その後、全員で手早く掃除にかかり、終わらせた頃には、空はすっかり夜の帳に包まれ、一日が静かに終わりを迎えていた。



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