第36話 王都トリスター
裕真が異世界の食文化にノックアウトされた翌日――
一行は、まるで何事もなかったかのようにルイテンの村を後にした。
それから丸一日ほど旅を進めたところで、『ミッドランド』に入る。ここは比較的魔物の少ない安全地帯であり、飛空船が運航できる貴重な空域でもあった。
というわけで、最寄りの街にある空港へと向かい、飛空船を利用する。
飛空船の原理は至ってシンプルだ。船体に付与された《浮遊》の魔法によって宙に浮かび、帆やプロペラで推進力を得て前進する。
たったそれだけの仕組みだが、シンプルな理屈に反して運用には高度な魔術知識が求められ、さらに莫大な魔力を消費するため、運賃はどうしても高額になる。そのため、庶民が日常的に使えるような乗り物ではなく、急ぎの要件でもない限り、旅人の足は今でも徒歩や馬車が一般的だった。
【飛空船・客室 】
馬車を同乗させるための追加料金もそれなりにかかったが、今の裕真にとっては、たいした負担ではなかった。
一行は最も広い個室を借り、夕食を囲みながらくつろいでいた。
豪奢なテーブルの上には温かい料理が並び、芳しい香りが漂う。窓の外には雲海が広がり、夕陽に染まった空が茜色に揺れていた。
そんな穏やかな空気の中、湯気の立つカップを口に運びながら、篤志が口を開く。
「さて、もうすぐトリスターに到着しますが、今のうちにやる事を決めときましょう」
裕真がパンを口に運びつつ、ちらと篤志を見る。
「そうだな。まずは宿探し?」
「はい。……と言っても、宿屋は使いません。今回は空き家を一軒、まるごと借りて滞在するつもりです」
「え? なんで?」
「ボク達もけっこう大所帯になりましたからね。長期滞在するなら、家を借りた方が何かと便利です」
裕真は指を折って数えた。
「ああ、 もう8人……アコルルちゃんも入れたら9人パーティになるもんな」
その会話を聞いていたアニーが、首を傾げて篤志に尋ねる。
「でも、そんな簡単に借りられるもんなのですか?」
それは、アニーにとって想像の範囲外のことだった。宿を借りるなら宿屋に行けばいい。だが、家一軒を丸々借りるとなると、そもそも何屋に行けばいいのかも分からない。
「任せて下さい、トリスターの商工会にコネがありますから! 着いたその日のうちに用意して見せますよ!」
自信満々に胸を張る篤志。こういう時こそ、商人としての腕の見せどころだ。
「掃除洗濯お料理はアム達に任せて♪」
アムがガッツポーズを取りながら、張り切った声で宣言する。続けて、ポロンが両腕を組み、得意げに言った。
「父子家庭だからな! 家事は一通りこなせるぞ!!」
その言葉に篤志の笑顔が固まる。
自分を見限り、旅に出た妻のことが脳裏によぎったからだ。
「あ…… 向こうのハンターギルドにも顔を出さなきゃね。『賞金首』の情報も欲しいし」
ワイングラスを手にしながら、イリスがふと思い出したように呟く。
それを聞いて、裕真は小首をかしげた。
「……? トリスターにも賞金首がいるのか? ミッドランドって、魔物が少なくて安全なんじゃ?」
「ああ、うん。少ないと言っても、人里近くに出ないってだけで、特定の場所――例えばダンジョンの中にはワンサカいるのよ」
イリスの説明に続き、アニーがカップをテーブルに置きながら口を開く。
「古代のダンジョンは、魔力が溜まりやすい土地に建てられているんです。魔力は魔物にも人間にも恩恵がありますから」
裕真「なるほど」
ざっくりとは理解できた。
古代人は、土地の魔力を活用するためにダンジョンを築いた。だが文明が滅び、管理者がいなくなったことで、魔物の住処と化した――そんな流れだろう。
「でも、ダンジョンの中にいる奴に、なんで賞金が掛かってるんだ?」
「魔物の中にも好奇心旺盛な奴がいるのよ。それでそいつが時々外に抜け出して、人を襲ったりして賞金首になるわけ」
「ああ、串刺し草原のラビィくんみたいに……。人間が山やジャングルに入って動物を狩るようなもんか」
裕真は目を細め、どこか懐かしそうな表情を浮かべる。
あのとき草原に現れた一体が、氷山の一角に過ぎなかったと知ったときの衝撃は今も忘れがたい。
「つまりミッドランドの賞金首を見つけるには、ダンジョンに潜る必要がある!! 俺みたいなトレジャーハンターの出番ってわけだ!」
「ああ、もちろん頼りにしてる」
ダンジョンの話題に、嬉々として目を輝かせるラナン。
胸を張るその姿に、裕真は小さく微笑みを返した。
「あと、『七大遺産』の情報収集も必要ね。それと――」
指を折りながら考え込むイリスに、裕真が言葉を添える。
「攻略に必要な神器、《マスターリング》の入手、だな」
《マスターリング》。装備者のMPを仲間に分配できる特殊な指輪。現在はオリオン王家が所蔵している。
「そこが一番の難問だよな~。オリオン王国の国宝、貸してくれるかな~」
ラナンは椅子に深くもたれ、頭の後ろで手を組んで伸びをした。
「公爵様の感謝状がありますから、謁見自体は可能ですが……どう話を切り出せば良いか……」
眉間に皺を寄せながら、篤志は呟く。
その様子に、裕真はきょとんとした顔で問いかけた。
「素直に『邪神と戦う為に必要です』って言えば良いだけじゃないか? 『冥王コール』で冥王様から直接説明してもらって」
「勇者としての身分を証明するだけなら、それで十分ですが……『神器』を貸してくれるかは別問題ですよ」
篤志は肩をすくめ、小さくため息をついた。
「基本的に『七柱の神』は地上の出来事に不干渉。人間に命令を強制するようなことは、原則としてできません」
「イヤです貸しません…と言われたら、それまでってわけね」
イリスが苦笑気味に補足する。
「ええ……いや、世界を救うためだぞ?」
「そうだけど、客観的に見て現実感が無い話だし」
正直、イリスたち自身も「邪神が世界を滅ぼす」という話に、あまり実感が持てていない。
マイラでの事件を通して、邪神が倒すべき存在であることは理解しているが。
「それに加えて、ぶっちゃけ冥王様って人気がないしなー」
率直なラナンの言葉に、裕真は「ああ……」と納得の声を漏らす。
人間を見下すような態度、命を軽んじるような言動、三角木馬……。冥王が嫌われる理由は枚挙にいとまがない。
そんな神に選ばれた勇者が国宝を貸してくれと頼んでも、首を縦に振るかどうか怪しい。
その空気を読んだかのように、ニーアがにこやかに口を開いた。
「冥王様に人気が無いのなら、ユーマ様が人気者になれば良いんですよ♪」
「……俺が?」
「マイラでやったのと同じ事をすれば良いんです。国を荒らす『賞金首』を倒して、困っている人たちを助ける! それを続ければ、きっと国王陛下も認めてくれます!」
「なるほど! それなら分かりやすい!」
いきなり頼みに行くよりも、まず功績を積んで信頼を得る作戦。
人助けにもなるし、資金調達にもつながる。一石三鳥だ。
「では国王陛下に謁見する前に、トリスターの『賞金首』を一掃しよう!」
裕真の宣言に、仲間たちは「おーっ!」と賛同の声を上げる。今後の方針が決まった瞬間だった。
だが、次の瞬間、裕真の顔にふと不安の色が浮かぶ。
「あの、ちょっと怖いこと想像してしまったんだけど……。国王陛下が邪教徒という心配は無い?」
一瞬、場の空気が凍りついた。
「え…… それは心配しすぎじゃ……」
イリスが反応するも、言葉の途中で口ごもる。
「いや、絶対に無いとは言いきれないけど……」
その歯切れの悪さに、全員の胸に不安がよぎる。ほんの一月前、誰もが信じて疑わなかった人物が、実は邪教徒だったなんて事件があったばかりだ。
そのとき、裕真のスマホが小さく振動した。画面には虹色の髪をなびかせた神秘的な少女、アコルルの姿が映し出される。
「陛下、それならご心配いりません。オリオンの血族は月の大精霊『ディアナ』に護られてますから」
「……月……大精霊?」
「はい、王家の者に邪悪なものが近づけば、直ちに察知し、排除するでしょう」
「なるほど……、エリコ姫と同じようにか」
マイラ街の領主、プロキオン公爵家は、犬の大精霊『マイラ』と契約していたのを思い出す。
「そうです。有力な王侯貴族は、そうした大精霊と契約することで国を守ってるのです。ちなみに――」
画面が切り替わり、地図が表示された。北の新帝国の首都『カペラ』と、西のアトラス連邦の首都『アルデバラン』が淡く光っていた。
「新帝国では星の大精霊『ステラ』、アトラス連邦は太陽の大精霊『ソル』と契約しています。これらの大精霊は、何もしない神々に代わって、民衆から信仰されているのです」
「なるほど、精霊信仰ってやつか。日本の神道に近い感じ?」
「おおよそそんな感じです。ですので、『ディアナ』だのと気安く呼び捨てにすると顰蹙を買いますので、気を付けてください」
「え……。いや、思いっきり呼び捨てにしてたやん」
「私が信じているのは『魔法帝国』だけですので」
悪びれもせず、きっぱりと言い切るアコルルに、裕真はちょっと引いた。
だがまあ、それも彼女なりの信条なのだろうと割り切り、話題を戻す。
「……ディアナ様には邪教徒の判別が出来るってこと?」
「ええ、そうです。オリオンの血族が信用され、連合の王に据えられた一因ですね」
「それはすごい! 俺たちもディアナ様と契約出来ないか!? あ、俺は無理だけど、誰かが」
周囲を見回す裕真。だが、仲間たちは静かに、しかししっかりと首を横に振った。
「 それは無理ですよ。ディアナ様はオリオン王家の者としか契約しませんから」
「結婚するか、養子にでもならないとね」
アニーとイリスが、やんわりと否定する。
「ふーむ……。じゃあいっそ、王家の誰かを仲間にするとか」
「王子様お姫様が危険な冒険に付き合ってくれねーだろ。小説じゃあるまいし」
「まあ、そうだよな。小説じゃあるまいし」
ラナンのもっともな指摘に、裕真も思わず苦笑いした。
王子様お姫様が冒険の旅に出る、という話はフィクションでは定番なのだが、そんな都合の良いことが現実にあるわけもない。
◇ ◇ ◇
【王都トリスター】
トリスターに到着し、街の正門を潜った裕真は、その場で思わず足を止めた。
まず目に飛び込んできたのは、街の中心を貫く巨大な大通りだった。
その幅は、ゆうに七十メートルはありそうだ。四頭立ての馬車が何列も並んで通れるほどの広さで、象牙色の石畳が遥か先の王城へとまっすぐ伸びている。両脇には街路樹が整然と並び、魔導式の街灯が淡く光を放っている。行ったことはないが、パリのシャンゼリゼ通りみたいだと感じた。
道沿いに建ち並ぶのは、三階から五階建ての石造りの建物。白やベージュを基調とした外壁には、アーチ状の窓や鉄細工のバルコニーが並び、所々には蔦が絡んでいた。歴史を感じさせる優雅な街並みが、果てしなく続いている。
遠くには、王城の白い尖塔が雲を突くようにそびえている。その姿は、まさしく王国の威信と繁栄を象徴していた。
マイラの街も、それなりに整っていたが、こうして比べてしまえば……なるほど、田舎と呼ばれるのも無理はない。
しかし、そんな美しい町並みに、妙な違和感が混ざっていた。
通りの一角が、異様に騒がしい。
そこには無数に鋲を打った厳めしい鎧を身につけ、赤や青など派手な髪を逆立てた一団がたむろしている。それは、地球でいえばパンクというか……世紀末を連想させるファッションだった。
そんな彼らが、広場の石畳に無造作に腰を下ろし、酒瓶を手に笑い騒いでいる。
それを見かねた通りがかりの中年女性が、眉をひそめて声をかけた。
「ちょっと! ここは酒場じゃないのよ!」
だが、返ってきたのは能天気な笑い声だった。
「ははは、固えこと言うなって! ほら、あんたらも飲めよ! 幸せのお裾分けだー!」
男は懐からガサッと何かを取り出すと、豪快に空中にばら撒いた。
それは赤く輝くマナ硬貨だった。日の光を受けキラキラと宙を舞い、パラパラと音を立てながら石畳の上へと降り注ぐ。
次の瞬間、通行人たちが歓声を上げて飛び込んできた。しゃがみ込み、手を伸ばし、我先にと硬貨を拾い集める。
「ははは、こ〜んなもん、俺の財布に入りきらなねぇからなあ? 募金しちゃうぜぇ〜!!」
その光景に、裕真は口を半開きにしたまま呆然と立ち尽くした。
「なんかヒャッハーな人たちがいっぱいなんだけど……トリスターって、こういう街なの?」
「トリスターってこんな街だったんだ……」
ニーアの声もどこか虚ろだった。トリスター初訪問の面子に、失望の色が広がる。
焦ったように、アニーが声を張り上げた。
「いやいやいや! 違いますよ!! これは何かの間違いです!! 私が修行してた時はもっとこう、オシャレで、ハイソで、花の都で――」
「……あれ? アマニタさん? アマニタ・ムスカリアさんじゃないっすか!」
弁明中のアニーに向かって、白いベレー帽を被った青髪の少女が話しかけてきた。
手には装飾が施された白い杖を携えている。魔法使いなのだろうか?
「……あっ! マーニーさん!? 奇遇ですね、お久しぶりです」
「もう帰ってきたんすか? 早いっすね」
普段は人見知りなアニーが、珍しく打ち解けた様子を見せている。どうやら旧知の仲のようだ。
「知り合い?」
「紹介します。私が通っていた魔法学園の同級生、マーニーさんです」
マーニーはスカートの裾をつまみ、ぺこりと頭を下げた。
「どうも、マーニーっす。今はこの街でトレジャーハンターをやってます。皆さんはアマニタさんのお仲間っすか?」
彼女がアニーを愛称で呼ばないあたり、そこまで親密な関係というわけでもなさそうだ。
「はじめまして、俺たちは――」
かくかくしかじかと簡潔に自己紹介を済ませた。
「いや〜、それにしても安心したっす。アマニタさんにも仲間が出来て……。私よりもコミュ障だったのに」
「余計なお世話ですよ。そういう貴方こそ仲間は出来たんですか?」
「まぁ なんとか」
ふたりは顔を見合わせ、楽しげに笑い合う。
かつてはどちらも引っ込み思案で、「二人組を作ってくださーい」と言われるたびに余っていたような存在だった。けれど今では、そんな過去も笑って話せるようになっていた。
「それにしても良い時に帰って来ましたね! ほんの一月前、この街のすぐ近くで未探索のダンジョンが発見されたところっす!!」
「えっ!? マジですか!?」
驚いた様子で目を見開くアニー。この辺りのダンジョンは数百年前にすべて調査済みのはずだった。
「おかげで街は、連日お祭り騒ぎっす!!」
「あ……じゃあ街にヒャッハーな人達が増えたのって――」
そっと視線を、トゲトゲの鎧に身を包んだパンクな一団へと向ける。
「ああ、あれは『バッドランド』のハンターたちっすね」
『バッドランド』──それは、魔物の多い『アウトランド』の中でも特に危険とされる地域のことだ。強大な魔物が跋扈する未開地だが、そのぶん眠る財宝も多く、命知らずなハンターたちがこぞって挑んでいる。
ちなみに、あの過剰なまでに派手な格好は単なる趣味ではなく、魔物を威嚇するための実用的な装備でもあるらしい。
「そう、今や国中のハンターが……いえ、この国だけじゃな、アトラス連邦や新帝国や統星からも、世界中から集まって来てるっす!!」
「なるほど、それでか~」
裕真は納得した。これはまるで、アメリカのゴールドラッシュだ。街の雰囲気が妙に浮ついて見えるのも、見慣れない荒くれ者が増えたのも、そのせいだったらしい。
改めてマイラの街のハンターたちが、いかに穏やかで品のある人々だったかを思い出す。
「ハンターだけじゃなく、ダンジョン特需に目を付けた商人や労働者も集まってるっすよ」
マーニーの視線の先では、屋台がいくつも並び、食料や装備、酒類など、ハンター向けの商品がずらりと売られていた。
「いや、ちょっと待って……ハンターだけで何千人もいそうなのに、まだ探索され尽くしてないの? どれだけ大規模なダンジョンなのよ?」
イリスの疑問に、マーニーは腕を組み顎に手をやりながら答える。
「なんでも、学者さんが言うには、古代エルフ王朝の宝物庫だって話っす。古代エルフ王朝がドワーフに滅ぼされたのはご存知ですよね」
「当然」
「もちろん」
「お……おう」
裕真は知らなかったが、話の腰を折るのが気まずくて、とりあえず相槌を打った。
――後に聞いた話だが、今から約五千七百年前、世界は古代エルフ王朝『シルヴァラント』によって支配されていたという。
支配は実に三千年にも及び、最終的にはドワーフによって滅ぼされた。
「で、その滅亡寸前に、エルフたちは財宝をドワーフに奪われないよう、密かに隠した。それが今回発見されたダンジョンだってわけっす。三千年かけて溜め込まれた財宝が眠ってるんすよ!」
「へぇ…… いや凄いな……。なるほど、だからあの数でも、まだ掘り尽くせないってわけか!!」
ダンジョン好きのラナンが、目を輝かせて前のめりになる。
「でねでね! 規模が大きいダンジョンって普通、魔物も強いもんじゃないっすか! でも、あのダンジョンに生息する魔物はせいぜいレベル10程度! 探索し放題、お宝取り放題っす!」
「え……そんなに弱いんですか?」
「王朝が滅ぶ間際、急ごしらえで作ったらしくて。強い守護者を用意できなかったらしいっす」
なるほど、と裕真は思う。七大遺産のようなダンジョンと違って、これはローリスクで稼げる、実においしい案件だ。世界中からハンターが集まるのも無理はない。
とはいえ、裕真にとって気になるのは、ただ一点──。
「お宝というと、『神器』は見つかったりしました?」
「いえ、さすがにそれはまだっすけど、特上級や至宝級はゴロゴロ出てるす! 伝説級を引き当てて、一夜にして富豪になった人もいるっすよ!!」
嬉々として語るマーニーの顔は、まるで宝石のように輝いていた。
「この調子なら『神器』が眠っていてもおかしくないっす! 見つけたら一生遊んで暮らせますよ!! アマニタさんたちも探索するなら、急いだほうが良いっすよ!」
そう言ってマーニーは「じゃ、これで」と軽く手を振り、足早に去っていった。
「ふーむ…… どうします、ユーマ?」
マーニーの背を見送りながら、アニーが裕真に尋ねる。
「せっかくだし寄っていこうぜ! 運良く『神器』を見つければ、今後の冒険も楽に――」
ラナンの提案に、裕真はしばらく黙って考え込み、ぽつりと答えた。
「……いや、あるかどうか分からない物より、所在がハッキリしてる物を優先しよう。俺、ガチャ運無い方だし」
そう呟く裕真の脳裏には、ソシャゲで爆死し続けた過去の苦い記憶がよぎっていた。
ラナン「お……おう…… (ガチャ?)」
その後、一行は二手に分かれて行動することになった。
裕真、イリス、アニー、ラナンの四人は、トリスターのハンターギルドへ。
一方、篤志一家とニーアは、この街の商工会に挨拶へ向かった。
◇ ◇ ◇
【 トリスター ハンターギルド 】
トリスターのハンターギルドは、白を基調とした美しい外装が印象的だった。丸みを帯びた屋根と、高く伸びる円柱のバランスが絶妙で、この街の洗練された景観にしっくりと馴染んでいる。
だが、ただ洒落ているだけではない。分厚い扉や鉄製の柵、監視塔にもなりそうな展望窓が実用性を物語っていた。外敵を迎え撃つ要塞のような威厳を保ちつつ、街の顔としての品格も忘れない。
まさに、トリスターという大都市にふさわしいギルドだった。
「おっ!? こっちのギルドには晒し首が無い♪」
入口の前に立った裕真が、嬉しそうに声を上げた。かつて訪れたマイラのギルドとは明らかに雰囲気が違う。
「あはは、当たり前じゃないですか」
アニーがさも我が事のように得意げに笑った。
「トリスターでは路上で晒し首なんて無粋なことしません。マイラみたいな田舎とは違いますよ」
「悪かったわね、田舎で」
イリスが半眼で返すが、その頬は緩んでいる。友人同士の軽口だった。
「はははっ、それは良かった! 正直アレは気持ち悪くて仕方なかったんだよね」
笑いながら裕真は扉を押し開け――ぴたりと足を止めた。
ギルドのロビーは広く、床も壁も清潔に保たれていた。その一角。ガラス張りのショーケースの中に、いくつもの首が、まるで美術品のように整然と並べられていたのだ。
「近隣の住人に迷惑をかけないよう、室内で首を晒してるんです。こーゆー気遣いが実に粋ですよね」
「あ~……、うん、そうだね」
得意げな笑顔を浮かべるアニーを前に、裕真は反論する気力をなくした。
「あれ? お客さんですか~? いらっしゃ~い……。何の御用でしょうか~。素材の買取なら加工所ですよ~」
受付カウンターの奥から、赤髪にそばかすの少女が気怠そうな声をかけてきた。制服姿からして、ギルドの受付嬢だろう。頬杖をつきながら、どこかやる気のない態度を隠そうともしない。
明らかに様子がおかしい。なにかあったのだろうか?
裕真は戸惑いながらも声をかけた。
「あの……トリスター近辺の『賞金首』の情報が欲しいのですが」
その瞬間、受付嬢の目が見開かれ、勢いよく身を乗り出してきた。
「賞 金 首!! もしかして、討伐依頼を受けてくださるんですか!?」
「え……? もちろんそのつもりですが、なにか問題でも?」
受付嬢は、目に涙を浮かべながら両手を合わせた。
「よ……よかった~。みんな例のダンジョンに夢中で、ぜんぜん討伐してくれないんです……。おかげで討伐依頼が貯まりに貯まって……」
「あ~ はいはい、狩る人がいなくなれば、魔物も増えますよね」
妙な空気の理由がわかって裕真は安堵した。そして感涙する受付嬢に向かって、胸を張って宣言する。
「ですが安心して下さい! このあたりの賞金首、俺が一掃しますから!」
(あっ バカ!!)
横でイリスが、顔を引きつらせた。
「本当ですかっ!? やったぁっ♪」
受付嬢が歓喜の声を上げながら、分厚い紙束をカウンターにどさりと置いた。
裕真、それを見て悪い予感に固まる。
「『賞金首』1 0 0 体 の手配書です! じゃんじゃん倒して下さいね!!」
「1 0 0 体!? そんなに貯まってたの!?」
予想外の数字を突きつけられ、先ほどまでの威勢はどこへやら、裕真の目が泳ぐ。
「そりゃ世界有数の大都市ですもの。依頼の件数もケタ違いですよ」
「まぁ、流石に全部は無理だな」
アニーとラナンが乾いた笑いを洩らした。
さすがに裕真のチート能力があっても、百体は現実的じゃない……と、ふたりは思っていた。
だがそのとき、裕真の目に再び輝きが戻る。
「……いや、それだ! 賞金首100体、全部倒そう!!」
「「「はぁっ!?」」」
三人の声が揃って跳ね上がる。
「それだけの数を倒せば、嫌でも有名人になれる! 国王陛下の覚えも良くなるってもんだ!!」
すっかり乗り気になった裕真に、三人の表情が引きつった。
「まぁ完走出来たらそうでしょうが……」
「いやいや、無茶だろ。それなら、例のダンジョンを攻略する方が――」
「……いえ、一理あるわ!」
イリスが突然声を上げ、ぐっと一歩前に出る。
「皆の目が例のダンジョンに向けられている今、それぐらいやらないと目立てない! 皆と同じ事をしてたらダメよ!!」
ラナン「はぁ!?」
アニー「ちょっ!!」
慌てて止めようとするアニーとラナンを、イリスは振り切る。
イリス「やりましょう、100体殺し!!!」
裕真「おう!! ギルドの悩みも解消出来て、一石二鳥だ!!」
「マジですか……」
「マジかよ……」
二人は呆れたように溜息をつき、小さく首を振る。
まさか、常識人枠だと思っていたイリスが、ここまで乗ってくるとは思いもしなかった。
そしてその横では、受付嬢のユイさんが、頼もしき助っ人たちに目を潤ませるのだった。




