第35話 郷土料理
トリスターへの旅の途中で立ち寄った『ルイテンの村』。
そこの村長、コチョワさんが困り顔で語りだした。
「実はこの村で、少々困った事件が起きまして……。よろしければハンターの皆様に解決していただけないかと」
丁寧な物腰ではあるものの、声にはどこか切迫した響きがあった。
一同の間に微妙な空気が流れる。皆、トリスター行きを楽しみにしている。なので道中の面倒事は避けたい、というのが本音だった。
篤志が、そんな思いを代弁するように口を開く。
「あー……、申し訳ないのですが、ボク達は旅の途中でして、依頼を受けるつもりは――」
「まあまあ、話だけでも聞いてみよう」
裕真がさらりと篤志の言葉を遮った。
先を急ぎたいという気持ちは裕真にもある。だがそれ以上に困っている人を見過ごせない性分だった。
「ありがとうございます。実はこの村の近くに、『ゴブリン』が巣を作ったようでしてな……。以前より奴らを見かけるようになったのです」
『ゴブリン』という単語に、裕真はぴくりと反応した。
ゲームなどでおなじみの魔物だが、マイラの街近辺には生息しておらず、これまでは話に聞くだけだった。
人に近い姿の魔物と戦うのは気が引けるため、遭遇せずに済んで密かに安堵していたのだが……このルイテンの村で、ついに対峙することになるのか。
村長はさらに顔を曇らせて、話を続ける。
「それで、村の若い者が巣の様子を見に行ったのですが……、一晩明けても帰って来ないのです」
「なんと! まさかゴブリンに捕まった!?」
裕真が思わず声を上げる。ゴブリンは人間に対し残虐だというのも、ファンタジーの定番だ。早く見つけなければ、手遅れになるかもしれない。
「分かりました、探してきます!」
「おお! ありがとうございます!」
即答する裕真に、村長は深く頭を下げ、安堵の笑みを浮かべる。
だがそのすぐ後ろで、イリスが引きつった笑顔を浮かべていた。
「ちょ……ちょっと、ユーマくん。ちょ~と、こっちに来て~」
笑顔を張り付けたまま、イリスは裕真の袖を引っ張り、馬車の影へとずるずる連れていく。
なんだなんだと戸惑いつつも、裕真は素直に従った。
村長の視線から外れたところで、イリスは顔をしかめ、ぎゅっと眉を吊り上げる。
「なに安請け合いしてるのよ!」
「なにって……人の命が掛かっているのに見過ごせないだろ!!」
裕真はまっすぐな目で言い返す。
その瞳を見て、イリスはひとつ大きく息を吐いた。
「別に受けること自体は良いわ。でもね、先に報酬の交渉をしてからじゃないと!!」
え、なんで? という顔をする裕真。
「いやでも、お金なら十分持ってるし」
村を見渡せば、貧しいというほどではないが、裕福という感じもしない。こちらはお金に困っていないのに、わざわざ報酬を要求するのはどうにも気が引ける。
だが、イリスは即座に否定する。
「馬鹿! それじゃ他のハンターが困るの! 私たちが無料で引き受けたって知られたら、他の人が報酬を値切られちゃうでしょ!」
その言葉に、裕真はハッと目を見開いた。
「だからね、どれだけお金を持っていても、仕事には相応の対価を取るの!」
「な…… なるほど! 安売りすると、同業者に迷惑が……」
それは確かに、地球でも似たような話を聞いた覚えがある。安く請け負う人がいると、他の人の報酬まで下がってしまう。授業でも習った内容が、頭をよぎる。
「あ~… 申し訳ありません。報酬はちゃんとお支払いしますので、ご安心下さい」
――突然、村長の声が飛んできた。
二人は同時にビクッと肩を震わせる。
いつの間にか近くまで来ていたらしく、村長が馬車の陰からひょっこりと顔をのぞかせていた。
「……あっ! こちらこそすいません!! 当て擦るようなこと言っちゃって……」
イリスは慌てて頭を下げる。ぺこり、と深く。
そして裕真も、やや気恥ずかしそうに頭を掻きながら、村長に向き直ったのだった。
◇ ◇ ◇
【 ルイテンの村 近郊の森 】
「こっちよ! こっちからゴブリンの匂いがするわ!」
日が傾き、森の中には薄暗さが広がり始めていた。だがイリスは、そんな薄闇の中を迷うことなく進んでいく。
それは《貪狼星》で手に入れた魔狼のスキル、《嗅覚強化》の力によるものだった。
今のイリスには、空気の中に漂うゴブリンの匂いが進むべき道を指し示す道標のように感じられている。
勢いで引き受けた依頼だったが、思ったより簡単に解決できそうだ。そんな楽観がパーティの中に流れていた。
「アツシ、ゴブリンって言ったらファンタジーの定番だけど、この世界ではどんな扱いなんだ?」
「まぁ、だいたいイメージ通りですよ。人間より一回り小さい人型モンスターで、手先が器用で人間と同じ武器を使い、罠も仕掛けます」
草をかき分けながらも、篤志はすらすらと説明を続けた。
「洞穴などに住み、原始的な生活を送っているため、『知能が低い』と見なされがちですが、とんでもない! 下手なハンターよりもサバイバルに長けてますし、魔法を使う個体もいます」
「ふーむ……。人間と同じぐらいの知能がある、と見た方が良いか?」
納得したようにうなずく裕真。そんな彼に、篤志は思い出したように声を落とす。
「……あと、この世界のゴブリンは異種族に性的な興味を抱いたりしないのでご安心ください」
「……? そんなの当然じゃないか?」
「ですよねー」
地球の一部ファンタジー作品では、ゴブリンが人間に種付けして繁殖するという、グロテスクな設定が与えられていることがある。未成年の裕真がそうした作品に触れていないことに、篤志はひそかに安堵した。
「知性がある人型の生物を殺すのは気が引けるな……。交渉とかでなんとかならないかな?」
「……ボクも最初はそう思ってました。ですが――まあ、実際に見てもらった方が早いでしょう」
【 ゴブリンの巣 入り口 】
その光景を前に、裕真は声も出せずに立ち尽くしていた。
巣穴の入り口には、“保存食”にされた人間の青年の姿があったのだ。
腹部から内臓を取り除かれ、囲炉裏で焼かれる鮎のように木の棒で串刺しにされ、地面に突き刺さっている。
「ああ、酷い……。やっぱり手遅れだったのね。これだからゴブリン退治は気が進まないのよ……」
イリスが顔をしかめる。仲間たちも同様だった。
裕真より死体を見慣れているはずの者たちでさえ、その残酷な光景には明らかな嫌悪の色を浮かべていた。
「……分かりましたか? 人に近い形をしてても、魔物は魔物。価値観も倫理観も人間とは相容れないのです」
その言葉に、裕真は黙ったまま肩を震わせた。
命だけではなく、人間の尊厳までも無残に踏みにじられた姿を目の当たりにし、彼の胸には恐怖よりも深い、澄んだ憤りが湧き上がっていた。
「……よく分かった。ゴブリンは生かしちゃいけない邪悪な存在だ!」
そう言って、彼は袋から《ファイアボールの杖》を引き抜く。
「容赦無く殲滅する!!」
杖の先端から放たれた巨大な火球が、洞窟の入り口に吸い込まれる。
次の瞬間、轟音と共に爆炎が吹き上がり、ゴブリンの巣穴は一瞬で蒸発した。
後に残ったのは、ぽっかりと口を開けた、黒煙を上げる巨大なクレーターだけだった。
◇ ◇ ◇
【 ルイテン村 村長の家】
「――というわけで、手遅れでした……」
裕真の声が、静まり返った部屋に落ちた。
村長は俯いたまま、わずかに眉を寄せてつぶやく。
「そうですか……。やはりダメでしたか……」
落ち着いた口調だった。感情を抑えているというより、初めから覚悟を決めていたように思える。
「お気になさらず。迂闊な真似をした彼自身の責任です。我々も覚悟はしてました」
声色に怒りや悔しさはなく、ただ淡々としていた。
その静けさがかえって胸に刺さる。
「お役に立てず、申し訳ありません……」
思わず謝罪の言葉が口をついた。
本来なら謝る立場ではないとわかっていても、黙っていられなかった。
その様子を見て、村長は小さく唸り、やがて穏やかな表情で口を開く。
「……ううむ、あなたは責任を背負い込む性格らしいですな。それは美徳ですが、過ぎれば毒になりますぞ? もう少し、気楽に構えられてはいかがですかな」
苦笑を浮かべると、村長はぺこりと頭を下げた。
「……失礼しました。年を取るとどうしても説教臭くなりまして」
裕真は慌てて手を振る。
「いえ、全然! ためになります! ありがとうございます」
心からの言葉だった。
同じ村人を失った村長の方が、よほど深く傷ついているだろうに。
そんな中でも、自分を気遣い、励ましてくれる。その姿勢に胸を打たれる。
(なんて、いい人なんだ……)
そう思ったそのとき、村長がぽんっと手を打った。
「そうだ、皆様にお礼とお詫びを兼ねて一席設けさせていただけませんかな? この村の名物料理を御馳走しますぞ」
空気がふと軽くなった気がして、裕真の表情にも笑みが浮かぶ。
「へぇ、名物ですか? 俺、美味しい物には目がないんです! どんな料理ですか?」
期待に目を輝かせて尋ねると、村長は満面の笑みで答えた。
「ゴブリン料理です」
「……はい?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「 ゴ ブ リ ン 料 理 で す 」
「はい???」
今度こそ空耳ではない。
だが、思考が追いつかない。
そんな困惑の中、ラナンが朗らかに声を上げた
「わぁー、ゴブリン料理かー。ひさしぶりだな、俺、けっこう好きなんだよ♪」
さらに、アニーとニーアが当然のように頷く。
「街じゃ滅多に食べられないんですよねぇ」
「ええ。肉の下処理が大変なので、採算が取れないと聞きます」
あまりにも自然なやりとりに、裕真はひとり取り残されたような気分になった。
「え……。そんなジビエみたいな感覚で食べられてるんだ……」
衝撃だった。
周囲の反応を見るに、どうやらゴブリン料理は、地球における鹿や猪と同じくらいの位置づけで、ゲテモノではないらしい。
地方の郷土料理といったところだろうか。
またしてもカルチャーギャップに襲われる裕真。
最近になってようやく、こちらの世界に馴染んできたと思っていたのに、これである。
◇ ◇ ◇
厨房からは、包丁がまな板を叩く音や、和やかな談笑が聞こえてくる。
村のご婦人方が集まり、裕真たちを饗すために腕を振るってくれているのだ。
メインの食材は、もちろんゴブリンである。
もっとも、これは裕真が先ほど倒した個体ではなく、以前から村で保存されていたものらしい。
大広間の大テーブル。その一角で、裕真は戦々恐々と待ち構えていた。
「……ま、まぁこの世界では普通に食べられてるようだし。健康面での心配は無いよね?」
なんとか平静を保とうと、自分に言い聞かせるように呟く。
そんな様子を、隣にいた篤志が呆れた顔で見ていた。
「別に無理して付き合わなくて良いんですよ?」
この異様なもてなしにも、篤志はとくに驚いた様子を見せない。
裕真より七年間も長くこの世界にいるため、ゴブリン料理にも慣れてしまったのだろうか。
「いやいやいや! せっかく村の人たちがもてなしてくれるってのに、断れないって!」
青年が亡くなり、一番悲しんでいるはずなのは村の人々だ。
にもかかわらず、弔いよりも先に裕真たちの歓迎を優先してくれるというのだから、その気持ちには応えたい。
「……当たってますねぇ、村長のプロファイル。『責任を背負い込む』って」
篤志は肩をすくめ、それ以上は言わなかった。
一方で、裕真の頭の中は料理のことでいっぱいだ。
せめて原型が残らないくらい加工してくれれば……ハンバーグとか、メンチカツとか……。
などと淡い期待を抱いていた、まさにその時。
村長「さぁ出来ましたぞ。お召し上がり下され」
村長が地獄の扉……もとい、厨房の扉を開いた。
【サラダ】
『ゴブリン目玉のカクテルサラダ』
プリプリの目玉を、新鮮な野菜と和えました。
【オードブル】
『ゴブリン指の唐揚げ』
特殊な製法で、骨までサクサク。
【スープ】
『ゴブリンのタンシチュー』
旨味たっぷりのゴブリンの舌を、トロトロになるまで煮込みました。
【メインディッシュ】
『ゴブリンの丸焼き』
皮に水飴を塗り、パリッと香ばしく焼き上げました。
【ドリンク】
『ゴブリンの睾丸酒』
アルコール度数の高い酒に、睾丸をじっくり漬け込みました。ちょっと臭いけど、精力が付きます。
裕真の期待は、あっさりと打ち砕かれた。
心の中で絶叫する。
(なんでみんな素材の形を生かしてるんだよ!! せめて尾頭付きはやめてくれよ!!)
視線を感じてふと見ると、丸焼きのゴブリンがこちらを恨めしそうに見つめている気がした。
「ん~、この指、サクサクして美味しい♪」
「目玉のプニッとした触感がたまりません♪」
(ひぃっ! やっぱり皆は平気で食えるの!?)
見とうなかった……。
美少女がゴブリンに舌鼓打つ姿なぞ、見とうなかった……。
「どうしました、ユーマさん。食が進んでないようですが、どこかお加減でも?」
心配そうに尋ねてくる村長。
お加減……そうだ! その手があった!
「ああ、うん、旅の疲れがどっと出たみたいで、食欲が……。あ~、そういえば昨日からちょっと風邪気味だったかな~」
ゲホッゲホッと咳をする。
嘘を付くのは嫌いなのだが、これは誰も傷つけずに断るための方便である。仕方ない。
「やや、そうでしたか……。気付かなくて申し訳ありません。でしたらデザートだけでもいかがでしょう?」
「おお、甘いものですか! それぐらいなら入りそうです」
その言葉に、裕真はほっと胸をなでおろす。
肉を使ったデザートなんて聞いたことがない。これならいけるはず。
が、しかし、それは甘かった。
裕真の眼前に銀の大皿が運ばれ、その上にはゴブリンの頭部が鎮座していた。
村長「ではお開けしますね」
そう言うと、村長はゴブリンの頭頂部をつまみ、ゆっくりと持ち上げた。
額のあたりからパカリと割れ、中から『デザート』が現れる。
【デザート】
『 ゴブリンの脳みそプリン』
裏ごしした脳みそに、砂糖と卵とミルクを加え、丁寧に蒸し上げました。
「火加減が難しい料理でして、火が通りすぎると固くなり、足りないと生のまま……。ですが本日は完璧な蒸し上がりです! スライムのようにプルプルでしょ?」
絶句する裕真を尻目に、村長が誇らしげに解説する。
「 ささ、特製のザクロソースをたっぷりかけて、お召し上がりください♪」
まるで血のように真っ赤なソースが、プリンに注がれる。
その光景は……もう、なんていうか……あれで……。
――ついに裕真は卒倒した。
「ユーマ!?」「ユーマさま!?」
薄れゆく意識の中、仲間たちの呼ぶ声が微かに響く。
そして裕真は一つの悟りを開いた。
人とゴブリンの間にあるのは、『善悪』ではない。
シンプルな自然界のルール、『弱肉強食』なのだと。
【 次回、トリスターに到着 ]




