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第34話 暇つぶし


 トリスターへの道のりは、通常の馬車なら三十日を要する。だが、裕真たちの特注馬車なら、半分の十五日で到着するという。

 さらに今回は、ニーアが馬車に施されていた《軽量化》の付与魔術(エンチャント)を強化してくれたおかげで、馬車は羽が生えたかのように軽くなり、まるで風を切るような速さで駆け抜けていった。あまりの速度に、すれ違った旅人が呆気にとられ、振り返るほどだ。

 旅程はさらに短縮され、おそらく十日ほどで到着する見込みである。

 御者は交代制で、篤志、イリヤ、篤志の娘アム、そしてニーアが務めた。

 また、馬車にはあらかじめ竜香が塗られており、知能の低い魔物は近づいてこない。もっとも、これほどの速度が出るなら、たとえ襲われても簡単に振り切れるだろう。


 そのため魔物の襲撃もなく旅はきわめて平穏だったが、そのぶん車内では退屈な時間を過ごすことになった。

 特に星野裕真……現代日本の感覚を持つ若者にとって、十日間も馬車の中でじっとしているのは、なかなかに苦痛だった。

正直、アコルルがスマホを地球と繋いでくれなければ、退屈で死んでたかもしれない。

 なお、そのスマホは冥王によって改造されており、魔力(MP)による充電が可能になっている。また、壊れても自己修復する。

 これはもう、『神器』と言っても差し支えない代物になっているのだが、裕真はそこまで気づいていない。


 裕真はそのスマホでWeb小説や漫画、アニメの配信などを見て時間を潰していた。今現在視聴しているのは◯ンダムの新作である。


「おお……ラスボスが巨大化したガ◯ダムとは。そうきたかー」


 あまりの衝撃展開に思わず声が漏れる。


「……は? ◯ンダムが? どういうことです?」


 御者を務めている火野篤志が、目を見開いて振り返った。

 七三分けに眼鏡という、真面目そうな風貌の男。裕真と同じく地球出身の日本人で、元『炎の勇者』だ。


「ええと……〇ュウジが――」

「――あっ! いいです! お気になさらず!」


 慌てて手を振り、裕真の言葉を遮った。

 篤志はカンヴァスで妻子を得たため、こちらに永住するつもりでいる。なので地球の動画などには触れないようにしていた。未練になるからだ。

 ……にも関わらず、つい口が滑ってしまった。裕真の発言があまりに気になりすぎたのだ。


 他のメンバーはというと、静かに読書をして時間を潰していた。

 カンヴァスにおける識字率は非常に高く、ほぼ99%に達するという。読書は身近で一般的な娯楽なのだ。

 現代の地球でさえ識字率が90%を切る国は少なくないというのに、なぜここまで高いのかと言うと、『魔法』の為である。

 魔法を扱うには、最低限の読み書きが求められる。そして人類が魔物に対抗するには、魔法の力が不可欠だ。ゆえに、どんなに貧しい国でも読み書きの教育だけは優先され、習得が義務付けられる。

 ……だが、それでも諸事情により教育を受けられない者は出る。そう、たとえば、幼き日のデュベルのように。


 動画を見終え、ふと周囲を見渡した裕真。

 なんとなく、皆がどんな本を読んでいるのか気になった。


「みんなは、どんな本を読んでるんだ?」


 なにげなくそう問いかけると、最初に応じたのはハニーブロンドの髪をゆるく三つ編みにした長身の少女、魔物ハンターのイリスだった。


「『ユリシーズ回顧録』。ハンターギルドの創設者、ユリシーズさんの半生を綴った自伝風の小説よ」


 ほう、と裕真は感心する。

 イリスは将来、「ハンターの学校」を作るのが夢だと語っていた。それだけに、ギルド創設者の生涯を学ぼうとする姿勢は、実に彼女らしい。


「『茨姫と太陽の騎士』。古代エルフ王朝最後の女王と、その騎士を題材にした物語です」


 続いて声を上げたのは、ベニテングダケのような帽子を被った灰色髪の魔法使い、アマニタ・ムスカリア。通称アニーである。

 普段はキノコの話しかしない彼女が、そういう物語を読むのは意外だった。


「キノコの本じゃないんだ」

「キノコの本は読み尽くしましたので」


 さらりと返されたが、「手持ちの本は」という意味らしい。

 新たな街トリスターで、まだ見ぬキノコ本との出会いを密かに楽しみにしているようだ。


「『栄光無き巨匠達』。滅びゆくドワーフ文明を守ろうとした技術者達の、熱き物語だ……」


 トレジャハンターのラナンキュラス、通称ラナンが少し潤んだ瞳で答えた。

 ワイルドに乱れた青いショートヘアに、袖をまくったジャケットと短パンというボーイッシュな格好。見た目は十二、三歳ほどだが、彼女は実際には三十を超えるドワーフ族である。

 その目に浮かぶ涙は、同族として登場人物に共感したからか、それとも純粋に物語が感動的なのか、あるいはその両方か。


「『黄昏のプリンセス』。吸血鬼にされたお姫様の物語です。魔法帝国時代、実際にあった事件が元になってるんですって」


 次に答えたのは錬金術師のニーア。

 背中いっぱいに広がる深紫色の髪と、同色の瞳を持つ美貌のハーフエルフ。まるで少女のような外見だが、実は少年である。

 吸血鬼にされた姫……もろにフィクションっぽい内容だが、実話を元にしているというのだから驚きだ。 


「『グルメアイランド食べ歩きガイド』。オーク文明が滅びる前の、グルメアイランドが観光地だった頃について書かれた本なの」


 そう話したのは、篤志の養女アム。くせ毛混じりの金髪に、十三歳とは思えぬプロポーションを持つ少女である。

 グルメアイランド――七大遺産のなかで一番気になっていた場所だ。

 裕真はグルメというほどではないが、美味い物は大好きだ。どんな美食があるのか非常に楽しみ――

 ……いや、Sランクダンジョンに指定されている以上、地獄のように危険な島であるのは確実だ。浮かれちゃダメ、と自分に言い聞かせる。


「『アトラス七番勝負・大怪獣大決戦』。大巨人アトラスと七大怪獣の死闘が描かれた本だ。カッコイイ挿絵がいっぱいだゾ」


 同じく篤志の養女であるポロンが、目を輝かせて語る。若草のように鮮やかな緑髪が印象的な、八歳の女の子だ。

 ただ、その落ち着いた物腰は年齢不相応で、ラナンと同様、見た目と実年齢が違うのでは……と一瞬疑ってしまう。

 とはいえ、そうであれば篤志が説明しているはずだし、たぶん考えすぎだろう。

 本のタイトルにある七大怪獣は、すべて『ゴットイーター』なのだそうだ。神の血肉を喰らい、神に等しい力を得た怪物たち。

 古の英雄アトラスは、その七体をたった一人で討ち果たしたという。

 なるほど、三大国家の一つにその名が使われるわけである。


「へぇ……みんな面白そうだ」


裕真は素直に感心した。

 どの本も興味をそそられる。そういえば、自分はこの世界の本をまだ一冊も読んでいない。

 トリスターに到着したら、本屋に寄ってみようか。読書という旅に出るのも悪くない。


「アツシはどんな本を読むの?」


 御者席に座る篤志へ、気さくに声をかけた。

 彼は裕真より十歳以上も年上だが、本人の強い希望により、普段からタメ口で接している。

 最初は戸惑ったものの、今ではもうすっかり慣れてしまった。


「……え?」


 少し驚いたような声が返る。振り返らず、前を見たまま返答する。


「いや、取り立てて語るような本じゃないですよ? 暇つぶし用に買った適当なやつで――」

アム「パパがいつも読んでるの、これなの♪」

篤志「あっ! ちょっ!?」


 篤志が止めるよりも早く、アムは馬車の隅に置かれたバッグから一冊の本を引っ張り出す。


 『対魔騎士・アストリオ 無限触手編』


 なんか艶めかしい美少年が、無数の触手に絡め取られている姿が描かれている。

 見るからにアレな内容の本である。


「………………」

「違うんです! 純粋に読み物として面白いんですよ! 王都でも大人気ですから、ほんと!!」


 運転中にもかかわらず、皆の方へ振り返りながら必死に釈明する篤志。


「アツシ()()、前見ないと危ないですよ」

「敬語!?」


 精神的にも物理的にも、ちょっと距離を取る裕真だった。



 なお後日、トリスターの書店にてこの本が平積みで売られているのを見つけた。

 本当にベストセラーだったようだ。……いいのか、トリスター。




 ◇ ◇ ◇




【 マイラ ~ トリスターの中間点 ルイテンの村 】


 夕暮れが近づくころ、一行は街道沿いにある小さな集落へとたどり着いた。

 「ようこそ、ルイテンの村へ」と書かれた看板が、旅人を歓迎している。


「今日はこの村で一泊していきま〜す。あと1日ぐらい進んだら、いよいよ『ミッドランド』です」


 篤志が嬉しそうに振り返って告げる。

 ミッドランド……裕真は記憶をたぐり、その単語を思い出す。

 たしか、円形をした三大陸の中央に位置する地域だったはずだ。


「『ミッドランド』では飛空船に乗れますから、トリスターまでは直ぐですよ」

裕真「飛空船!?」


 思わず裕真は前のめりになり、馬車の座席から篤志の背中を覗き込むように身を乗り出す。


「そんな便利な物あったの!? マイラでは全然見かけなかったけど?」

「それには理由があるのです。まず地図をご覧ください」


 篤志は懐から折りたたまれた地図を取り出し、広げて見せた。

 それは以前見た世界地図とは異なり、三大陸の中心部が円で囲まれていた。


挿絵(By みてみん)


「円で囲んだ中心部分が『ミッドランド』。その外側が今ボク達がいる『アウトランド』です。ミッドランドはアウトランドと比べて、大気中の『魔力』が薄いんですよ」


 『魔力』――それは魔法の源であると同時に、魔物にとっても欠かせないエネルギー源だ。

 ゆえに魔力の濃い場所には、強力な魔物が多く出没する。


「『魔力』が薄い地域では魔物の数も減ります。ですから飛空船が安全に飛べるんですよ」


 そう説明されて、裕真はようやく腑に落ちた。


「つまり、アウトランドじゃ魔物のせいで飛べないってこと?」

「そうです。どんな英雄でも船ごと墜とされたらアウトですからね。空と海は魔物の領分というわけです」

「確かにそうだ……。RPGのように、都合良く甲板の上で戦ってくれるわけないよな」


 裕真は昔遊んだゲームをふと思い出した。

 船や飛空船で移動中に敵とエンカウントすると、なぜか甲板の上で戦闘が始まるのだが、あれに対して「なんで乗り物の方を攻撃しないんだ?」と、当時から疑問に思っていた。船ごと沈めれば一網打尽なのに、と。

 まあゲーム的な都合なのは分かっていたが、やはり現実のモンスターには、そのへんをしっかり突いてくるらしい。


「ですので飛空船は、基本的にミッドランドでしか運用出来ないのです」

「なるほどな〜。空の道が使えるのもミッドランドが栄えてる理由?」


 納得しながらも、ふと疑問が浮かぶ。


「……あれ? 魔物なら『竜香』でどうにかならない?」


 『竜香』とはドラゴンの糞を原料とした香料である。並の魔物ならその匂いに怯え、近寄ってこない。

 だが、篤志は苦笑いを浮かべる。


「空飛ぶ魔物にはドラゴンも含まれてるんですよ? というか、そのドラゴンを怒らせます」


 つまり、効果がないどころか、逆効果ということだ。


「まぁ自分たちのウンコの匂いがする物体が浮かんでたら、撃墜したくなるわね」


 イリスの一言に、裕真は吹き出した。

 そんなやりとりをしていると、村の通りで一人の老人が話しかけてきた。

 頭頂部が禿げあがり、側面に綿のような白髪を残した老人だ。


「もし、旅の御方。ひとつお尋ねしたいのですが……。あなた方はハンターですかな?」

「……え? はい、そうですが、何か?」


 そう答えると、老人はホッとしたように表情を緩めた。


「おお、やはりそうでしたか! ……あ、自己紹介が遅れて失礼しました。私、この村の村長を務めている、コチョワと申します」

「どうも、ハンターの裕真です」

村長「実はこの村で、少々困った事件が起きまして……」


 村長の言葉に、裕真は静かに息をついた。


 どうやら、トリスターに辿り着く前に、もうひと騒動ありそうだ。



新章の始まりということで、改めて裕真パーティの紹介です。

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