第29話 決着
【 マイラの街、領主の城 】
巨大化したデュベル、そしてそれをさらに上回る巨躯のラビィくん。
その二体の怪物が激突するという、常軌を逸した光景に、国中が息を呑んだ。
マイラの街を見下ろす領主の城。その最上階、執務室の窓からも、暴れる怪獣たちの姿がはっきりと確認できる。
桜色の髪に同色の犬耳を備えた、年若き美貌の少女。齢十五にしてプロキオン公国を統べる国主、『エーリコ・ディ・マイラ=プロキオン』公爵――通称エリコ姫は、窓辺に立ち尽くし、燃えるような空を背景にぶつかり合う二つの巨影を黙然と見つめた。
「シノブさま……あの怪物はいったい?」
彼女が問いかけた先、執務室のソファにはもう一人の人物が腰掛けていた。先ほどまでデュベルの屋敷にいたはずの男――長身痩躯の黒髪の青年、シノブである。
「あれはユーマさん…『闇の勇者』がダンジョンから持ち帰った千体の呪物から復活した、ラビィくんの集合体だ」
城へ戻ったばかりの彼は、額の汗をそのままに、冷水のグラスを片手に短く息をついた。
「ユーマさんの《どうぐぶくろ》の中で眠っていたが、それがデュベルに奪われた。そしてやつの邪気を浴びて活性化したってわけだろ」
淡々と語る声に、エリコは小さく首を傾げる。
「なるほど……。しかし何故、デュベルを襲っているのです? 恨みがあるのは、自分たちを倒したユーマさんの方では?」
「ラビィくんの正体は悪しき大人に騙され、研究材料にされた子供達の怨念だ。なのであいつは“子供を騙す大人”が大嫌いなんだろ」
その問いが来ると分かっていたかのように、シノブは即座に答えた。
そして冷水をひと息で飲み干すと、グラスを静かに机へ戻し、ふたたび視線を窓の外へと移す。
「だからユーマさんではなく、デュベルを襲ったと……」
エリコは、思わず感嘆の声をもらした。
「流石です、シノブ様! ここまで読み切っておられたなんて……。わたくし、想像すらできませんでしたわ」
「それは俺も同じだろ……。俺も本当にこんなことが起きるなんて信じられなかった。自分の“能力”を疑っただろ」
シノブ――本名『時野忍』
星野裕真と同じく地球から召喚された『勇者』の一人である。
彼を召喚したのは『時の神ヌル』。
与えられた能力は『百万通りの未来』――あらゆる未来を見通す、強力無比な未来予知の力だった。
その力を駆使し、彼はこれまで何度も裕真の危機を救ってきた。
致命傷を負ったイリスにポーションを渡したのも、ダンジョンで追い詰められた裕真が《スペクトラル・グラス》を見つけられるように仕向けたのも、デュベルの巨大化に先んじて住民の避難を完了させていたのも、すべてはシノブのチートがあってこそ成し得たことだった。
「……ユーマさんは、勝てますよね?」
エリコの声には、わずかな不安が滲んでいた。
幾度となく彼の未来予知に救われてきたという事実があっても、目の前の異様な光景は、理性では抑えきれぬ不安を彼女の胸に呼び起こす。
「もちろん。オレの予知は絶対だ」
即答するシノブの声は確かだった。だが、その表情はどこか上の空で、遠くを見つめているようでもあった。
エリコには分かっていた。シノブの中ではすでに、“次の戦い”への準備が始まっているのだ。
いま、目の前で繰り広げられている大怪獣バトルなど、彼にとってはまだほんの前哨戦にすぎないのだと。
◇ ◇ ◇
街中では皆の困惑を他所に、デュベルとラビィくんの死闘が続いていた。
デュベルの口から放たれる雷光を、右へ左へと紙一重で雷光をかわし、ラビィくんは一気に懐へ飛び込む。
瞬間、繰り出された拳の連打がデュベルの顔面を正確に打ち据えた。凄まじい速さと精度に、デュベルはたまらず翼を広げ、空へ逃れようとする。
だが、ラビィくんはそれを許さない。
まさにウサギのような脚力を発揮し、デュベルより高く跳躍。
宙空から放つドロップキックが、無防備な背中を撃ち抜く。
バキィッと鈍い音とともに、デュベルの翼がへし折られた。
土煙を巻き上げながら、地面に叩きつけられるデュベル。その巨体が動きを止めた瞬間、ラビィくんは迷わず近くの時計台へと駆け寄る。
そしてゴシャリと凄まじい音をたてて、片手で時計台の上部をもぎ取ると、鋭く尖った屋根の先端をデュベルの胸元に突き立てた。
突き刺さったまま地面に磔となるデュベル。まさに「釘付け」という言葉が相応しい光景だった。
あまりにも現実離れした光景に、誰もが呆然と立ち尽くす。裕真たちも、口を半開きにしてラビィくんの戦いぶりを見つめていた。
その中で、最初に我を取り戻したのはイリスだった。
「よ…よく分からないけど、チャンスよ! ラビィくんが足止めしてるうちに!!」
「お……おう!! 行ってくる!!」
裕真ははっと我に返り、城へと駆け出そうとした。
――が、それをデュベルが見逃すはずがなかった。
「まて! 逃さないよ!」
呻くような声とともに、デュベルの周囲に魔法陣が複数、次々と浮かび上がる。
その中から現れたのは、角と羽を備えた異形の人型たちだった。顔は山羊、鼠、爬虫類など様々。羽も鷹、蝙蝠、羽虫と千差万別で、見る者に本能的な恐怖を抱かせる異形の軍勢。
「レッサーデーモン!? あいつが召喚したのですか!?」
アニーが即座に、その正体を口にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
悪魔属 【レッサーデーモン】
討伐レベル:25
魔界に生息する下級悪魔。外見は個体によって様々だが、共通して魔法攻撃を得意とし、自身も高い魔法耐性を持つ。
また標準で飛行能力を備えており、駆け出しのハンターでは到底太刀打ちできない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それが、ざっと数百体。
――後に判明したことだが、この時デュベルが使っていたのは『アークデーモン』のスキル、《コール・サーヴァント》だったという。その名の通り、魔界から下級悪魔を大量に召喚する能力だった。
悪魔たちは素早く展開し、裕真たちを包囲する。今の裕真には攻撃に使える魔道具がなく、敵陣をすり抜けて駆け抜けるのが最善だったが――
仲間を見捨てていくわけにはいかなかった。
彼女たちは《ガードバングル》を裕真に託していたため、防御手段がない。このまま置いていけば、きっと犠牲になる。
(《ゴリラアーム》が壊れてなければ……! あれがあれば、みんなをまとめて抱えて逃げられたのに――!)
焦燥が胸を焼く。
しかし次の瞬間。
光の矢が空から降り注いだ。
数多の悪魔たちが、悲鳴を上げて消滅していく。
「……リリエルさん!?」
矢を放っていたのは、空に舞うリリエルだった。
そして、残った悪魔たちを巨大な猫――戦闘形態のミケーネ先生が蹴散らしていく。
二人は変身したデュベルとの力の差を悟り、一度は撤退していたのだ。しかし、せめて少しでも助けになればと、近くで様子をうかがっていたという。
「ここは私たちに任せて、早く行くにゃ!」
「ありがとうございます!」
「おう、お礼は後でいいからな! 後で!」
矢を射ながら、ずいずいと“お布施”を要求してくるリリエル。
(こういうのって……いくらぐらい包めばいいんだろう……。あとでイリスに相談しよう)
そんな場違いな心配を抱きつつ、裕真は再び城へと駆け出した。
◇ ◇ ◇
【 マイラの街 国主の城 】
城の正門前に立った裕真は、一度深く息を吸い込み、ためらいがちに声を張り上げた。
「公爵様!この国の神器を貸してください!!」
「はい、いいですよ」
「え!?」
声の主は既に城門の前に立っていた。数人の護衛を従え、気品ある微笑を湛えているのは、この国の国主、エリコ姫だった。
その腕に抱えられているのは、眩い光を放つ一本の大剣だった。
まさか、あれが……聖剣?
裕真は思わず後ずさりしながら、しどろもどろに問いかけた。
「……え? えええっ? いや、本当に良いんですか!? 頼んでおいてアレですけど、初対面の俺に……」
「直接会うのは初めてですが、貴方の事はよく存じております」
エリコは穏やかな笑みを浮かべたまま、落ち着いた声で応じた。その笑顔は柔らかいが、どこか底知れぬ雰囲気をまとっていた。
「失礼ですが、貴方について色々と調べさせて頂きました。どういう人物で、どんな能力を持っているのか」
「なんですと!? なんで!? いつの間に!?」
思わず声が裏返る裕真。驚きのあまり、目を丸くしてエリコ姫を見返す。
「何処からともなく現れ、この国を悩ませていた『賞金首』を次々に討伐した超新人ハンター……興味を持つな、という方が無理な話です」
……なるほど。
この国にも、CIAとか忍者みたいな諜報組織があるということか。
いや、一国の主ともなれば、それくらいの備えは当然なのだろう。
「ははは……。さすがは公爵様」
「ですので、今の状況も把握してます。あの怪物を倒すのに必要なんですよね? さぁ、どうぞ」
エリコは、何のためらいもなく《ブリュンヒルデ》を裕真へと差し出した。
その刃からは、神聖な気配が立ち上っている。手を伸ばしかけた裕真の指先が、かすかに震えた。
「ありがとうございます!話が早くて助かります!!」
「いいえ、礼を言うのはこちらの方……」
ふと、エリコは背後の街に視線を向けた。炎と黒煙が立ち上る光景を見つめながら、物憂げに呟く。
「『プロキオン』を代表して貴方にお願いします。どうか我が国を邪神からお守りください」
その声には、静かだが確かな覚悟が込められていた。
◇ ◇ ◇
デュベル vs ラビィくんの死闘に、ついに決着の時が訪れた。
デュベルが雷撃の連打を止め、【ファイアドレイク】の《灼熱ブレス》へと攻撃を切り替えたのだ。
素早さに長けたラビィくんでも、広範囲に広がる炎の奔流を避けきれない。さらに悪いことに、悪霊属にとって、炎は致命的な弱点だ。
灼熱の炎に包まれ、ラビィくんの姿がかき消える……。
「ラビィく~んっ!!!」
誰かが絶叫する。
奇しくも街を守り、燃え尽きたその雄姿に、皆が涙した。
「はははっ、悪霊如きがボクに勝てると思ったのか! ゾド様に選ばれた このボクに!!」
勝利を確信したデュベルが、高らかに笑う。先ほどまでの焦りも消え、すっかり余裕を取り戻していた。
「ところで、ユーマくんはどこに行った?」
首を左右に振りながら、周囲を見回す。裕真の姿が見えない。
探知系のスキルも取っておくべきだったか……と、少しだけ後悔する。
「出てこい! 出てこないと市民を皆殺しに――」
「俺はここだ!!」
声とともに、裕真が姿を現す。
まだ無事な家屋の屋根の上。新たな剣を手に、まっすぐにデュベルを見据えていた。
「決着を付けるぞ! デュベル!」
「新しい武器を手に入れたようだが、無駄だ!! ゾド様の力の前には、人間など無力!!」
デュベルが断言する。しかし、裕真は勢いよく首を振った。
「否! 違う!! 人間は弱くても無力じゃない!! 皆が力を合わせれば、邪神だって倒せる!!」
剣を握る手に、確かな力が宿る。
今までの魔道具とはまるで違う。凄みというか、神々しさというか――言葉にできない力を感じる。
「今、それを証明してやる! 皆の協力で手に入れた、この剣で!!」
屋根を蹴り、裕真が跳躍する。
「いくぞ! MP100万使用!! 《ブリュンヒルデ》!!!」
剣がまばゆい光を放つ。
やがて光は巨大な刃と化し、全長50メートルを超えるデュベルの身体を、斜めに切り裂いた。
これまでいかなる攻撃も通じなかった肉体が、まるで紙のように、あっさりと両断される。
「ば…… 馬鹿な!!」
両断されたこと自体には、それほど驚きはなかった。
過去にも討伐レベル100を超える魔物が、同じようにデュベルの肉体を切り裂いたことがあったからだ。
だが、今回のそれは何かが違う。
「防御できない! 再生が追い付かない!! なんなんだ、この攻撃は!?」
“再生”が始まらない。切断面が動かず、細胞が繋がろうとしないのだ。
焦りの色が、異形の顔にもはっきりと浮かぶ。
聖剣の能力は、“聖なる光”による浄化攻撃。
この剣は普通の人間や生物には害を与えず、邪なる存在だけを的確に破壊するのだ。
……ちなみに“邪なる存在”の定義は、神々の独断と偏見によって決められているらしいが、ゾドの加護を受けたデュベルは、間違いなくその対象だったようだ。
効かなかったらどうしようかと少し心配していたが、今はただ安堵するばかりだ。
「そんな…… ゾド様から授かった力が……!」
両断されたデュベルの身体が、砂のようにサラサラと崩れていく。
「も……申し訳ありません…… ゾド様……」
声も、身体も、風にさらわれるように消えていった。
◇ ◇ ◇
廃墟と化した街の中心で、裕真は瓦礫の山に腰を下ろしていた。
何も考えられず、ただその場に座り込む。
肉体的には目立った傷もない。だが、精神の疲弊は激しかった。張り詰めていたものが切れ、立ち上がる気力すら湧いてこない。
「なんとか勝てたけど、被害甚大だ……」
呟いた声は誰に届くでもなく、ただ崩れた建物の残骸に吸い込まれていく。
「薄氷の勝利……というか幸運に助けられてばかりだったし……こんなんじゃ先が思いやられるな……」
そう、幸運だった。
本来であれば、デュベルに毒を盛られた時点で命運は尽きていた。心臓を刳り貫かれて終わっていたはずなのだ。
だが、デュベルは裕真を完全な状態で邪神に捧げようとしていたおかげで、命拾いした。
その後のイリスたちの救援。
あっさりと聖剣を託されたこと。
そして、謎めいたラビィくんの登場……。
自分の意思や力ではなく、他者の判断や偶然によって命がつながれていた。
そのことが、裕真にはたまらなく歯がゆかった。
(幸運は、長くは続かないものだ……)
シノブの言葉が頭をよぎる。
もっと強く、もっと賢くならねば。そうでなければ、次こそ本当に命を落とす。
裕真は、静かに自分に誓いを立てた。
その時――
「ユーマっ!」
駆けてくる足音。イリスとラナンだった。
「デュベルがまだ生きてるぞ!!」
「……えっ!? マジ!!」
粉々になって消えたはずなのに、なぜ?
疑問と警戒が入り混じる中、裕真は二人の後を追って駆け出した。
そして瓦礫の隙間の先、そこに信じがたい光景があった。
「う…… うう……」
声を漏らしていたのは、かろうじて形を保ったデュベルの頭部と胸部の一部。
それが、崩れかけた石像のように灰となりながらも、微かに呻いていた。
その断面は、まさしくあの巨体が崩れたときと同じく、灰のように脆く崩れていく。
「!? この状態で、まだ生きてる!?」
信じられず、裕真はそばにいたアニーに問いかけた。
「はい、魔物の防御力と再生力が辛うじて頭部だけを残したのかと……ですが、もう長くないでしょう」
アニーの言葉通り、デュベルの身体は崩壊し続けていた。
「申し訳ありません ゾド様……」
かすかに、しかし確かに聞こえるその声。
苦悶でも恐怖でもなく、ただひたすら謝罪の言葉を唱えていた。
「貴方様に救われ、大いなる力を授けて頂いたのに……受けた恩義……半分もお返し出来ませんでした……」
デュベルの瞳から、涙がこぼれる。
「まことに… まことに申し訳ございません……」
その姿に、裕真の胸が苦しくなった。
それは死を前にした懇願でも、命乞いの哀願でもない。
心の底からの、誠心誠意の謝罪だった。
デュベルは本気で、邪神ゾドを敬い、信じていた。
彼にとって人生の支え、信じる価値のある存在は――
邪神ゾド、ただひとつだけだったのだ。
「……違うだろ!!」
裕真は耐えきれず、声を荒げた。
「謝る相手が違うだろ!! あんたが謝らなきゃいけないのは、マークさんやエドさんたち……今まで、あんたが殺してきた人たちだろ!」
渾身の絶叫だった。
だが、その言葉はもうデュベルの耳に届かない。
「もうしわけありません……ゾドさま……」
最後にそう呟くと、微かに保っていた形が崩れ、塵となって風に舞った。
灰の残滓すら、すぐに見えなくなっていった。
◇ ◇ ◇
【 メールに着信アリ 】
おめでとうございます、陛下。
守護七星のひとつ、《貪狼星》を奪還しました。
―― アコルル ――




