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第25話 デュベルさん

 デュベルさんから「お茶にしないか」と誘われた裕真だったが、案内されたのは街の大通りから外れた住宅街の、さらに少し奥まった場所にある建物だった。

 周囲は静かで、緑が多く、通りを行き交う人の気配も少ない。少し年季の入った鉄の門をくぐると、広々とした庭が広がっていた。滑り台、砂場、ブランコなど色とりどりの遊具で子どもたちが楽しげに遊びまわっている。その笑い声が風に乗って、どこか懐かしい響きを持って耳に届いた。


「……あれ? 喫茶店じゃないんです?」


 裕真は目の前の光景に首をかしげる。正面の建物はきちんと手入れされていて立派だったが、どう見ても飲食店ではない。

 思わず漏れた疑問の声に、デュベルさんがふと立ち止まり、振り返った。その口元には、いつものような柔らかい笑みが浮かんでいる。


「ここはオハラ養護院。事故や病気や魔物やらで親を亡くし、行き場の無くなった子供たちを保護している施設だ」


 穏やかな声で説明してくれたが、余計に疑問が深まった。

 これはまた自分が知らないだけで、この世界の「お茶にする」という言葉には別の意味があったりするのだろうか?


 などと戸惑っていると、不意に明るい声が響いた。


「あっ! デュベルさん!」


 子どもたちの輪の中から、ひとりの女性が駆け寄ってきた。セミロングの黒髪を後ろで束ね、エプロン姿で笑顔を浮かべている。だがその頭部の両側には小さくもくるんとした山羊のような角が生えていた。

 その特徴を見て、裕真は脳裏にある記憶を引っ張り出す。


(あれは……魔族の人か。イリスに教えてもらったやつ)


 人懐こい笑顔と角の組み合わせに、妙なギャップを感じつつも、悪い印象はまったくなかった。


「やあ、お久しぶりです、ヴィータさん」


 デュベルさんが親しげに声をかける。どうやら初対面ではないらしい。


「先日は本当にありがとうございました! たくさんの寄付をしていただいて……おかげで障害を負った子供たちの治療ができました!」


 感極まった様子で、ヴィータさんは胸の前で手を握りしめ、瞳を潤ませながら言葉を続けた。

 この世界の医療は、ある意味地球よりも進んでいる。たとえば齧り取られた身体の部位ですら、数秒で再生する薬が存在する。

 しかし……それは金さえあればの話だ。貧しい者には、奇跡のような治療は夢物語に等しい。


「お気になさらずに。ボクも幼い頃、優しい方の善意で救われた口でして……。こういうのは他人事じゃないんですよ」


 デュベルさんはそう言って、軽く肩をすくめるだけだった。見返りを求めるでもない自然体の言葉に、裕真はじんと胸が熱くなるのを感じた。


(……すごい人だな)


 自分のことで手一杯な自分とは違い、この人には他人を気遣う余裕と優しさがある。

 裕真は自分でも驚くほど自然に、尊敬という感情を抱いていた。


 ふと、デュベルさんは養護院の建物へと視線を向け、静かに語る。


「ユーマくん、ここは一人のハンターが作ったんだ。トーリ・オハラという人が、稼ぎのほとんどを投げ打ってね」


「……えっ?」


 裕真はその名に聞き覚えがあった。


(あれ? その人、イリヤとショウコの師匠じゃない!?)


 記憶の中で、二人の少女が語っていた言葉がよみがえる。

 悪徳ハンターから彼女たちを救い、厳しくも深い愛情で導いてくれた恩師。

 その人物の名を、こんな場所で耳にするとは。


「最初はその人の個人資産だけで運営されていたが、徐々に街の人たちも寄付するようになった。今では国の方からも援助が入るようになったらしい」


 穏やかな声で話しながら、デュベルさんは園庭を駆け回る子どもたちを優しく見つめていた。春の陽光が芝生に降り注ぎ、その姿を照らしている。遊具に笑い声が響き渡り、木々の間を心地よい風が吹き抜けていく。


「トーリさんの善意が、この街にしっかり根付いたのさ」


 その表情は誇らしげというより、どこか感慨深げだった。

 隣で聞いていたヴィータさんも涙目でうなずく。


「もちろん最初から上手くいったわけじゃない。子どもの世話ってのは、君も知ってるだろうけど――とにかく、いろいろと大変だ。トラブルは日常茶飯事。家計は火の車で、何度も閉院の危機に陥ったらしいよ」


 裕真は黙って、その話に耳を傾けていた。


「そんなトーリさんを笑う人は大勢いた。無謀だの、計画性が無いだの、世間知らずのお嬢様の道楽だの……」


 デュベルさんは溜息をつき、首を横に振る。


「でも彼女は挫けなかった。何度失敗しても立ち上がって、院の運営を軌道に乗せたんだよ」


(……失敗を恐れるな、ってことか?)


 裕真はふと、自分の胸の内を見つめなおす。


(でも、俺は……人命という、取り返しのつかないものを――)


 その思考を遮るように、子どもたちの元気な声が響いた。


「あーっ! デュベルさんだ!」


 駆け寄ってきたのは、まだ幼い男の子だった。その声をきっかけに、他の子どもたちも次々に駆け寄り、デュベルさんの周りに集まり始める。


「みんな、紹介しよう。こちらは腕利きハンターのユーマくん。あの『ナッツイーター』を倒したハンターだよ」

「ど、ども……」


 裕真は思わず小さく頭を下げた。まさかそんな風に紹介されるとは思っていなかったので、戸惑いが顔に出る。


「ええっ!? 本当!? あの『ナッツイーター』をこの人が……」


 どよめく子どもたち。その中から、一人の女の子がそっと前に出てきた。


「あの……ありがとうございます……。私のお父さんはナッツイーターに殺されて……」

 

 女の子は泣きながら続けた。


「仇を取ってくれて、本当にありがとうございます!」


「え……ありがとうって……。俺はただ、賞金目当てで――」


 思わず視線を落とし、言い訳のように呟く裕真だったが、それを遮るようにデュベルさんが微笑んで言った。


「それだけじゃない。ラビィくん、クレイジーホーン、ヘルハウンドチーフ……この街を脅かす魔物を何体も退治してるんだ!」


 すると、子どもたちの間から感謝の声が一斉にあがった。


「お兄ちゃんありがとう! わたしのパパとママも魔物に殺されたの!!」 「おれの親もです! ありがとうございます!!」


 他の子どもたちも口々に感謝の言葉をかけてくる。


「ありがとう!」 「ありがとうございます!」


 子どもたちの小さな手が裕真の服の裾を握り、きらきらした瞳で彼を見つめている。


「ちょ……ちょっと待って……俺は賞金目当てで倒しただけで、誰かの仇とか考えてなくて――」


 その声はどこか震えていた。

 ちょっと前なら素直に感謝を受け取っていたかもしれない。だが、今の裕真にはその言葉が重くのしかかっていた。

 エドさんたちを犠牲にしてしまったという罪悪感が、胸を締めつける。


 ……所詮、自分はチート能力で調子に乗っていただけの、バカな高校生にすぎない。

 皆が感謝する魔物退治だって、同じ能力があれば誰にもできる……いや、自分よりもっと上手くやれただろうに、と。


 そんな心中を察したわけではないのだろうが、戸惑う裕真にデュベルさんが優しく諭すように言った。


「いいんだよ、素直に受け取って。この子たちは君が完全無欠のヒーローだから褒めてるんじゃない。純粋に、君の“働き”に対して感謝してるのさ」


 その言葉は、迷いに沈みかけていた裕真の心に、優しく、確かな灯をともした。


「君は失敗して、誰かを傷つけてしまったのかもしれない……でもその何百、何千倍もの人が、君のおかげで救われたんだ。もっと自分の行動に、自信を持っていいんだよ」


 ……デュベルさん。

 その優しい声に裕真は気付く。彼がなぜ自分をここに連れてきたのかを。


(こんな俺を……わざわざ、励ますために……。なんて、優しい人なんだ……!)


 こみあげる思いに言葉が出なかった。

 胸が熱くなる。無力感に押しつぶされかけていた心が、ほんの少しだけ、光を取り戻した。


(そうだ! こんな所で挫けてる場合じゃないんだ!)


 拳を握り、裕真は心の中で強く決意する。


(ここの子どもたちを……この世界の人たちを守るために、俺は――邪神を倒さなきゃいけないんだ!!)


 ふと、視線をデュベルさんに向ける。


(この人にも……邪神討伐のこと、話しておこうか?)


 少し考えたが、疑う余地などない。こんな人が、まさか邪教徒であるわけがない。


「あの……デュベルさん。内密にご相談したいことがあります」

デュベルさん「ん? 皆に聞かれたらまずい話かい?」

「はい」


 その答えに、デュベルさんは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに頷いてくれた。


「そうか……じゃあ、ボクの家に行こう。ここからそう遠くない場所にあるんだ」


 太陽が少し傾きはじめ、長くなった影が彼らの足元に伸びていた。




  ◇ ◇ ◇




 富裕層が住む高級住宅街の一角にあるデュベルさんの家は、他の豪華な屋敷に比べるとこじんまりとしていたが、随所にセンスの良さが光り、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 裕真の記憶が正しければ、彼はもともとの街の住人ではなく、つい最近『ミッドランド』から移ってきたばかりのはず。賞金で買ったのかと思って聞いてみたところ、そうではなく借家なのだという。


「へえ……宿じゃなくて屋敷を借りて滞在してるんです?」


 玄関をくぐりながら裕真が尋ねると、デュベルさんはさらりと答えた。


「ああ、人が多いところだと何かと騒がれるからね」

「有名人は大変ですね」

「何を他人事みたいに……今や君も立派な有名人だよ?」


 そう言って笑うデュベルさんの表情は、相変わらず穏やかで――

 

 ………。



 微かな異音が耳に届いた。


「……? 今、何か変な音が聞こえませんでした?」


 リビングに足を踏み入れたところで裕真が眉をひそめて言った。


「そうかい? ボクには何も。飲み物はアイスティーでいいかな?」

「あっ、はい。ありがとうございます」


 デュベルさんは軽やかに厨房へと向かい、数分後、アイスティーとお茶請けの菓子を持って戻ってきた。

 リビングのテーブルにつき、グラスを手にして喉を潤す。静かな空間に、氷が溶ける音だけがかすかに響く。やがて裕真は、ゆっくりと語り出した。

 冥王から託された、邪神討伐の任務について。

 出会いの経緯や、与えられたチート魔力、そして今までの戦い全てを。


「なんと……冥王から邪神討伐を依頼されたと……。へぇ……君が」


 アイスティーを口に含みながら、デュベルさんがぽつりとつぶやいた。


「やっぱり信じられません?」

「いや、むしろ合点がいった。こう言っては悪いが……君は厳しい魔術修行を終えたようには見えなかったからね」


 デュベルさんの指摘に裕真は苦笑する。


「ははは、ですよね〜。やっぱり分かる人には分かるもんですね」

「いやいや、でも君は立派だよ。いくら魔力を貰ったといっても、ただの一般人だった君がここまでやれるなんて……怖い思いもいっぱいしただろうに」

「ええ……まぁ……」


 言葉を濁しつつも、脳裏には過去の戦いが浮かぶ。巨大な獣人に殴り飛ばされたこと、巨大なリスが股間に噛みつかれたこと、ウサギの着ぐるみに呪い殺されそうになったこと……。

 どれも、できれば思い出したくない記憶ばかりだ。


「うん、分かった。ボクも協力しよう! 異世界人の君がこの世界のために頑張ってるのに、黙って見てるなんてできない。一緒に世界を救おうじゃないか!!」

「本当ですか!! ありがとうございます!!」


 嬉しさがこみ上げ、裕真の顔がぱっと明るくなる。


「いや〜、話してよかった! 安心したら喉が――」


 グラスを持ち上げてみれば、もう空だった。



「……あっ、もうお茶が」

「ああ、おかわりを持ってこよう」

「あっ! すみません! べつに催促したわけじゃ――」

「ははっ、いいって。これくらいお安い御用さ」


 そう言うとデュベルさんは再び厨房へと向かう。

 その背中を見送りながら、裕真はふと、再び異音に気づいた。


 ……………ァ


(……やっぱり、何か聞こえる)


 裕真は集中し、耳を澄ませた。


 ……ァ ァ ァ


 ほんの微かな音……。よく聞くと、それは人の声のように聞こえる。


(この声……どこかで、聞き覚えが――)



『俺の親父もハンターでさ……。あいつに挑んで返り討ちにあったんだ。柄にもなく大物狙いなんかして……。でも、あんたが討ってくれたおかげで、親父も安らかに眠れる……』



「……ポールさんの声!?」


 記憶がつながった!

 それは行方不明になったクライムハンター、ポール少年の声だ!

 ほんの数分間の短い会話だったが、裕真にとって忘れがたい声だった。


  次の瞬間、裕真はたまらず椅子を蹴って立ち上がる。


「どこだ!?」


 声のした方へと、リビングを飛び出して廊下を駆ける。


「こっちから聞こえる!」


 地下室に続く階段――そこに導かれるように足を向ける。心臓の鼓動が耳に響き、手のひらに冷たい汗がにじむ。


 階段を下り、重い扉を押し開けたその先には――


 ァッ アッ アッ 


「……!!? ポールさん!!」


 そこにいたのは、間違いなく行方不明になっていたポール少年だった。

 だが、その姿は……


「おぇっ……!! 脳が……脳が!!」


 頭蓋骨が缶詰のように剥かれ、脳が露出していた。

 しかもその脳には、赤や紫などの毒々しい菌糸が絡みつき、ぬらぬらと蠢いている。


 裕真の身体が震えた。

 現実感が薄れ、視界が歪む。

 何がどうなっているのか、思考が追い付かない。


デュベル「それは『キング・マイコニド』の能力だよ。そうやって菌糸を脳に寄生させ、獲物を自在に操るんだ」


背後から声がして、振り返る。

 そこには、いつもの温和な顔をしたデュベルさんが立っていた。


「ユーマくん、彼を誉めてやってくれ。なかなか口を割らないものだから、ここまでしなきゃいけなかった……。いやはや、たいした根性だったよ」


 その口調は、先程まで裕真を励ましていたものとまったく同じだった。

 あまりにも変わらなさすぎて、冗談なんじゃないかと思いかける。


 ……思いたかった。

 だが、眼前の無惨なポールの姿が、非情な現実を突きつける。


  “悪魔は天使の姿をして近づいてくる”


 どこかで聞いた言葉が、記憶の底から這い上がってきた。



本編には関係ありませんが、ヴィータさんはリリエルと親友という設定です。

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