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第24話 迫る邪悪

 突如として街を襲った、同時多発の放火事件。


 燃やされたのは、裕真が宿泊している宿屋『おおとり亭』、錬金術店『コロネフォルス』、『七柱神殿』、ハンターギルドの『魔物加工所』、そして自由市場(いちば)で篤志一家が営んでいた露店だった。


 いずれも、この街で裕真たちと深く関わりがある施設ばかりである。

 この一連の火災が、エドワードさん達の件と無関係とは考えにくい。

 明らかに裕真たちを狙った、嫌がらせのような犯行だ。


 事件の直後、最も迅速に動いたのはハンターギルドだった。


 まずギルドは、裕真たちを宿舎に招いた。

 本来はギルド職員が寝泊まりする施設だが、非常時にはハンターやその関係者を保護する役目も担っている。

 宿舎の壁は要塞のように分厚く、常に屈強な職員たちが厳重な警備を敷いていた。

 これほどまでの警戒態勢が必要とされるのは、ギルドが持つ影響力の大きさゆえに、他組織から敵視されたり、利権を狙われたりすることが珍しくないためだ。

 そうした対立がエスカレートし、武力抗争に発展した事例も、過去に幾度となくあったのだ。


 ロビーには、すでに他の被害者たちも集められていた。

 宿屋『おおとり亭』の女将、雲雀(ひばり)さん。

 錬金術店『コロネフォルス』の店主、ニーアさん。

 篤志の娘、アムちゃんとポロンちゃん。

 『七柱神殿』からはリリエルと、神官スタッフ数名。

 そして、つい先ほどまで精霊術の授業をしていたミケーネ先生の姿もあった。

 

 この人たちは次に狙われる可能性があるとして、ギルドの保護下に置かれることになった。

 迅速な対応にイリスは心から感謝し、深々と頭を下げる。


「すみません、ランランさん……ご迷惑おかけして」

「いいのいいの。トラブルに巻き込まれたハンターを守るのもギルドの仕事だし、ここは屈強な職員がしっかり警護してるから、安心して♪」


 ランランはこんなの大したことないと言うように、笑いながら首を横に振った。

 だが、裕真は沈痛な面持ちのままだった。


「皆さん、申し訳ありませんでした!」


 両手を床につき、額が触れるほど深く頭を下げて謝罪する。


「俺が軽率な行動を取ったせいで、皆さんを巻き込んでしまいました! 本当に……申し訳ありません!!」


 その姿を見て、雲雀さんは困ったように微笑みつつ、穏やかな声で口を開いた。


「やめてください、ユーマさん……事情はおおよそ伺いました。貴方が悪くないことぐらい分かっていますよ」


 彼女の言葉に、周囲の人々もゆっくりと頷いた。

 雲雀さんの言うとおり、誰も裕真が悪いとは思ってない。


「いいえ! もっとやりようがあったはずなんです! 犯人を捕まえようとすれば、当然相手だって抵抗します! でも俺はそれを考慮せず、警戒を怠ってしまった……」


 悔しさと自責の念が、裕真の胸を締め付ける。

 捜査をエドさんたちに任せっきりにせず、自分も同行していれば、犯人を返り討ちにできたかもしれない……。

 そんな思いが頭から離れなかった。


「それはユーマだけの責任じゃないわ……私たちも敵を甘く見てた。ただのキ〇ガイだと侮って……ここまでする奴だとは思ってなかったもの」


 イリスの声にも後悔が滲んでいた。

 “敵を侮るのは、恐れ慄くより危険よ”

 そう師匠から教わっていたというのに、その言葉の重みを、自分は理解していなかったのだ……。


「ええ、ほんの一晩でエドさんたちを壊滅させ、複数の店に放火したやり口を見るに、敵は単独犯じゃなく複数……大規模な組織だったようですね」


 アニーは静かに言葉を重ねた。口調は落ち着いていたが、その中には抑えきれない怒りが潜んでいる。

 マークさんが殺されたときは、あまりに唐突すぎて、怒りより混乱のほうが勝っていた。

 けれど今は違う。目の前で積み上げられていく暴虐に、確かな闘志が燃えはじめていた。


「……そういや、エドさんのチームって4人だろ? でも殺されたのは3人……、あと1人は?」


 ラナンがふと思い出したように口を開く。


「ポールさんですね。敵に捕まったのか、もしくは遺体が残らないほど無惨に殺されたのか……」


 いつもより低く、苦しげな声で呟く篤志。

 エドさんたちに依頼するよう勧めたのは自分なだけに、ある意味裕真より後悔は大きい。


「生きていると良いけど……」


 イリスの声が微かに震える。

 せめて一人だけでも助かってほしいとは思う。しかし敵の残虐さを考えれば、その可能性は望み薄だろう。


 そして、裕真はただ黙っていた。

 目を伏せ、唇を固く結び、深く曇った表情を浮かべるばかりだった。


「悩んでても仕方ねぇ! こっちも反撃だ!!」


 張り詰めた空気を振り払うように、ラナンが声を張り上げた。

 拳をテーブルにドンッと叩きつけ、周囲の視線を一気に集める。 


「残りの金を使って、もっと人を雇うんだ! 今度は腕利きの傭兵も一緒に!! 人海戦術で追い詰めるんだ!!」


 人海戦術――その言葉に沈んでいた裕真が、ギョッとして顔を上げた。


「ハンターギルドも協力するわ。私達の街でここまでされたんじゃ流石に黙ってられない!」


 ランランも勢いよく言葉を重ねる。その声には明確な怒りと、町を守ろうとする強い意志が宿っていた。


「もちろん衛兵隊……いえ、プロキオンの正規騎士団にも動いてもらうわ!! これだけの事件になれば国だって――」

「ま……待ってください!」


裕真は立ち上がり、ランランの話を遮った。


「相手は手段を選ばない奴です! 関わる人間が増えたら犠牲者も増える!!」


 おどおどしながらも、必死に訴える裕真。

 これ以上、犠牲を増やしたくない……そんな想いだけで声を振り絞った。


 しかし、ラナンは納得しない。


「だから何だよ! こちらが黙っていれば見過ごしてくれると思ってるのか!? もう戦争は始まってるんだぞ! 犠牲が出るのも仕方無いだろ!!」


 ギロリと裕真を睨みつけるラナン。その目には闘いへの決意がはっきりと宿っていた。

 ふと周囲を見れば、仲間たちも、ギルドの面々も同じ目をしていた。

 もう戦争は避けられない。

 エドさんたちのように、巻き添えで犠牲になる人が大勢出る……

 その現実に裕真は眩暈を覚えた。



「もうイヤだ!!」


 頭を抱え、絶叫する。


「こんな血生臭い生活、ウンザリだ!! もう人が死ぬのを見たくない!!」


 叫び終えると同時に、裕真は身を翻して玄関へと駆け出した。


「あっ......! ちょっと待って! どこ行くのよ!!」


 止めようとしたイリスの声も虚しく、裕真の姿はヒュッという音と共に一瞬で消えた。

 人間の動体視力では追いきれない速さだった。移動力を上げる《カモシカの靴》と反応速度を上げる《ハヤブサの腕輪》の合わせ技である。


「え……早ッ! ちょっ! どこ行ったの!?」


 後を追おうにも、行き先すらわからない。

 イリスはその場で立ち尽くし、周囲の面々も唖然とした。


「どうしたんだよ、あいつ……急に怖気づきやがってさ」


 まだ事態をうまく飲み込めずにいるラナンが、困惑したように呟く。


「ラビィくんの群れに突っ込んで行ったりして、度胸のある人だと思ったんですけど……」


 裕真の豹変ぶりに、アニーも困惑を隠せない。

 場の空気がすっかり沈むなか、控えめに篤志が手を上げた。


「……あの、多分ですが、今まで溜め込んでたストレスが爆発したのかと。……ボクにも経験があります」


  沈黙の中に、彼の声が静かに落ちる。イリスが彼に目を向けた。


「ストレス?」

「ボク達が住んでた国……日本では、滅多に死人を見ませんでしたから。ましてや晒し首なんて一生お目にかかれない代物です」

「マジかよ……。そんな国があるのか……」


 ラナンは信じられないというように目を丸くする。

 その反応に篤志は苦笑する。自分はもう慣れてしまったが、日本から来て間もない裕真がこの場にいたら、逆にその反応に驚いていただろう。


「マジです、それくらい平和だったんです。それがここに来て一生分の死人を見たわけですから……皆さんだって初めて死体を見た時は怖かったでしょ?」

「まぁ、それは……」「ああ……」


 ラナンたちは口をつぐみ、渋い表情を浮かべる。

 まだ駆け出しの頃、魔物に食い荒らされた同業者の無残な姿を思い出していた。


「……なるほど。今までずっと、我慢して、溜め込んでたのですね」


 アニーがぽつりと呟き、イリスが小さく首を横に振る。


「でも、こんな時に爆発しなくても……。いつ邪教徒に襲われるか分からないのに……」


 唇を噛み、不安げに辺りを見渡すイリス。


「ユーマくんはギルドの職員に探させるわ。貴方達はここで待っていて。外に出たら危険だから!」


 そう言い残すとランランは素早く指示を出し、手の空いた職員たちが次々と動き始める。


 事は一刻を争う。

 もし連続放火の狙いが裕真の動揺を誘うことなのだとしたら、彼はまんまと術中に嵌ってしまったのだから。




 ◇ ◇ ◇



 【ハンターギルド宿舎 篤志一家の部屋】



 篤志一家はギルドに宛がわれた部屋に移り、休むことにした。

 裕真のことは気がかりだが、今の自分には邪教徒と渡り合えるだけの力はない。ここはギルドの皆さんに任せるしかないのだ。


 部屋は親子三人でも窮屈さを感じない広さで、最低限ながらも一通りの家具が揃っている。そして清掃が行き届いていて、空気も清々しい。

 ただ、一つ不満があるとすれば、窓に頑丈な鉄格子が嵌められていることだった。

 防衛用とは理解していても、監獄を連想させる見た目に、ほんの少し居心地の悪さを覚える。


 もっとも子供たちはそんなことを気にする様子もなく、フカフカのベッドにダイブしてはしゃいでいたが。


「……なぁ、とうちゃん。『邪神ゾド』って悪い神様なんだよな? なんでそんなのを信じる人がいるんだ?」


 次女のポロンが足をばたつかせながら、ふと疑問を口にする。


「そりゃ力をくれるからですよ。例えば神殿で《祝福》を受けるのも、『精霊』と契約するのもお金がかかります。でもゾドは無料(タダ)で力をくれるのです」


 篤志は椅子に腰掛けながら、ゆっくりと答えた。


「へ〜? それじゃ、いい神様じゃないのか?」


 目を丸くするポロンに、篤志は小さく首を横に振る。


「とんでもない! お金を取らないというだけで、それ以上の代償を要求するんです。そう、今回の件で言えば『誰かの心臓えぐって持ってこい』みたいな命令をするわけです」

「えっ……こわい! そんなのお金の方がマシじゃないか!? 邪教徒ってバカなのか!?」


 あまりに率直な感想に、篤志は苦笑しながらポロンの頭をそっと撫でた。


「ポロン……追い詰められた人間は、そんな理屈も分からなくなってしまうのです。そして残念なことに、そういう人は思ったより多い」

「あ〜よく聞くの。追い詰められた人はリスクよりリターンばかり見るって」


 長女のアムがベッドに寝転んだまま、どこか達観した様子で呟いた。


「そのとおり、そういう時が一番詐欺に引っかかりやすいんです……。あなた達も気を付けて下さいよ? 自分なら大丈夫!なんて思っちゃダメですよ?」


 二人の娘の顔を見渡しながら、篤志は静かに、けれど真剣な口調で言った。

 篤志は“そういう”状態になった人間を実際に何人も見ている。

 そして、それがごく一部の愚か者だけでなく、普通の、真面目に生きている人間でもそうなることを知っているのだ。


「それとゾドは『邪神』と呼ばれてますけど、神様じゃありませんからね。そこを間違えると神殿関係の人たちに怒られるので注意して」

ポロン「?? 神様じゃないなら、なんなんだ?」


 小首をかしげるポロンに、篤志は静かに答える。


「魔物です。でも神様みたいな力を持っているから『邪神』と呼ばれているわけです。――『涙の晩餐会』については知ってますね?」

ポロン「うん、神様がたくさん食べられたやつだな」


 ポロンは即答した。子供向けの絵本にも描かれているカンヴァスの歴史的大事件であり、この世界の住人なら知っていて当然の出来事である。


「そうです、ゾドもそれに加わり、神々を喰らって神と同等の力を手に入れたわけです」

「神様って栄養豊富なんだな」


 さらりと放たれたポロンの感想に、思わず吹き出す篤志とアム。


 少し間をおいて、落ち着いたアムが不思議そうに眉を寄せる。


「あれ? 父さん、神様食べたのはゾドだけじゃないんだよね? 他にも邪神になった魔物がいるの?」

「邪神とは呼ばれてませんが……いますよ、神の力を得た魔物達が。彼らは『ゴッドイーター』と呼ばれ、神々がいなくなった世界で新たな王となったのです」


 ここまで話したところで、篤志は喉の渇きを覚えた。サイドテーブルに置かれたポットからお茶をカップに注ぎ、一口すする。

 ほっとひと息つくと、再び口を開いた。


「しかし、七千年という長い時の中で、幾多の英雄達によって討伐されたり封印されたり、あるいははゴッドイーター同士で争ったりして、現在ではたった七体を残すのみとなりました」

「それじゃ、そんなに強くないの?」

「とんでもない! 現在生き残っている七体は上澄み中の上澄み! 七千年もの間、誰にも狩ることができなかった最強の魔物たちです!」


 そう言って篤志は、自分のマジックバッグから一冊の本を取り出した。


 タイトルは『神を喰らいし者達』。


 ゴッドイーターたちの記録が綴られた書物である。

 口で説明するより、見せた方が早いだろうと判断し、ページを開く。


 終焉の魔狼『フェンリル』。

 海の獣『レビヤタン』。

 空の獣『ジズ』。

 大竜神『バハムート』。

 キング・オブ・ドラゴン『テュポーン』。


 ……そして、かつて篤志が惨敗を喫した、死の化身『タナトス』。



「これにゾドを加えた七体が、今なお活動を続けている『ゴッドイーター』です。あまりに強大な力を持つがゆえに、信仰の対象とされることさえあります」

「魔物なのに……」

「何かご利益があるのか?」

「いいえ。ゾド以外は人に力を授けたりはしません。まぁ、中立ですね、今のところは」

「……今のところは」


 ごくりと唾を飲み込む娘たち。

 邪神に匹敵する脅威が、まだ六体もこの世界に存在している。

 その事実に、子供ながらも戦慄せざるを得なかった。


「つーか、生き残った神様は、仲間を食べたマモノを放っとくのか?」

「神々は『基本的に地上には不干渉』ですからね。世界を滅ぼそうとかしない限り、ノータッチです」


 そう口にしながらも、(神様同士も仲良しってわけじゃないし……)と心の中で付け加える。

 篤志はこれまでに『炎の神フレア』と何度か言葉を交わしたが、その会話の端々から、他の神をあまり快く思っていないことを感じ取っていた。

 とはいえ、そんな話をしても娘たちを不安にさせるだけなので、口には出さない。


「ただ、邪神ゾドは七柱の神の手で一度倒されています。しかし、今から千年前――『魔法帝国』の時代に復活しました」

「……え? 生き返ったの?」

「ええ、ゴッドイーターは不死身に等しく、焼いて灰にしてもそこから復活するそうです。完全に倒すには、その魂を冥界に送らないと言われています」 

「つまり、冥界に送りそこねたから復活したわけか?」

「おそらくそうでしょうね……。ともかく、その時代は七柱の神が去った後ですから、人類だけでどうにかしなければいけません」


 篤志が手元の本をペラペラとめくる。

 そこには大都市を蹂躙する巨大な獣――邪神ゾドの挿絵が描かれていた。

 全身が血を浴びたように真っ赤で、狼とも獅子ともつかない異形の獣……肉食獣の恐ろしさを誇張し、実体化させたかのような造形だ。

 躍動感あふれる筆致で描かれたそのイラストは、まるで荒れ狂う鮮血の嵐。

 その禍々しさに、見ているだけで胸がざわつく。


「魔法帝国は今より遥かに優れた文明でした。しかし、その力を持ってしてもゾドを打ち倒すことはできなかった。そこで当時の皇帝は最後の手段に出ました。帝国全土の魔力を『帝都ポラリス』に集め、巨大な封印装置を築いたのです」


 再びページがめくられると、今度は無数の塔のような構造物に囲まれ、そこから伸びる鎖で雁字搦めにされたゾドの姿があった。


「封印は辛うじて成功しましたが、帝国も国力の大半を失い、その後滅亡してしまいました」

「そんなに大変なんだ……」

「まぁ、帝国はアチコチで恨みを買ってましたから、弱ったところで他勢力の報復を食らったというのもあります」

「あらら」

「人生で一番苦しいときに、それまで積み重ねた因果が返ってくる……てやつだな」

「お、よく勉強してますね」


 ポロンが口にしたのは、古の大賢者ロジェステラの格言だった。

 篤志は口元をほころばせて感心する。


「そのとおり、ですから誰かに優しくするのは、その人のためだけでなく、自分のためにも――おっと、話が逸れましたね」


 軽く咳払いをして、本をパタンと閉じる。


「そして、その封印も千年の時を経て弱まってしまいました。ゾドはその綻びから邪悪な思念を飛ばし、下僕を集め、封印を完全に解こうとしています。完全復活は時間の問題でしょうね」

「こ……こわい……」

「魔法帝国でも封印するのがやっとだったのに、今の時代じゃ……」

「まぁ、安心して。神様もそれが分かってるから『勇者』を派遣してくれたのです。受刑中なのに無理をしてね」


 怖がる娘たちを安心させるように、篤志は穏やかな声で言った。


「でもその『勇者』が負けたら、こんどこそ人類はおわりじゃないか?」

「……そうさせないために、ボク達も頑張りましょう」


 そう言いつつも、篤志の胸には罪悪感が重くのしかかっていた。

 自分は、『勇者』の力を捨てたのだ。邪神を倒し、世界を救うための力を。


 ……でも、あの時は、本当に精神的に限界だった。

 それに今さら、『勇者』の力を返してください、などと言っても通るはずがない。

 

 などと密かに思い悩んでいたところ、突然、扉が激しくノックされた。


「篤志さん、ちょっといい? 大変なことが分かったの!!」


 扉の向こうから響いてきたのはイリスの声。

 その調子には、ただならぬ緊張が込められていた。

 篤志は椅子から立ち上がり、すぐさま扉を開く。


「大変なことって? ユーマさんは見つかりました?」

「いえ、そっちはまだなんだけど……情報屋さんの遺体から奇妙な物が見つかったの! それは――」


 身振り手振りを交え、興奮気味に話すイリス。

 その内容に篤志の表情が強張る。


「……なんですって! それじゃ犯人は、まさか――」




 ◇ ◇ ◇ 




 【 街の片隅の公園 】


 宿舎を飛び出した裕真は、以前シノブとの会合に使った公園に逃げ込んでいた。

 立地が悪いためか、いつ来ても人気がない。その孤独さが今はありがたかった。

 昼下がりの空には雲が垂れこめ、季節外れの冷たい風が吹きつけていた。

 風に吹かれて、ブランコの鎖が軋む。

 そんな中で、裕真はベンチにうずくまったまま、じっと動かずにいた。


「こらっ! ユーマくん!! こんな所で何やってるのさ!」


 突然、朗らかな声が公園に響いた。反射的に顔を上げると、逞しい体格の男が立っている。

 彫りの深い整った顔立ちの、まるでハリウッドのアクションスターのような男――Aランクハンター、デュベルさんだった。


「デュベルさん!?」

「……ギルドから話は聞いたよ。邪教徒を見つけようとして、犠牲者を出してしまったんだよね?」


 どうやらギルドに頼まれて、わざわざ捜しに来てくれたらしい。

 心配をかけてしまったことに、胸が痛む。


「ショックなのは分かるが、だからといって一人でいちゃ危ないだろう? それこそ相手の思う壺だよ?」



 デュベルの声は穏やかだった。責めるような口調ではなく、むしろ心配しているのが伝わってくる。

 正論だ。頭では分かっている。だが、心がその言葉を拒んでしまう。


「……理屈では分かってるんです。でも、気持ちが前に進まないんです。『心が折れる』ってこういうのを言うんですね……」


 ぽつり、ぽつりと、言葉が口からこぼれ落ちる。


「思えば今までが上手くいきすぎたんです……。魔物退治もダンジョン探索も……だから調子に乗って、軽率なことを……」


 裕真の頭の中で後悔がぐるぐると渦を巻く。

 あの時、ああしていればよかった、こうしておけばよかった、なぜそのことに気付かなかったのか……など。

 だが、どれだけ考えても答えは出ず、ただ頭が痛むばかりだ。


「ああ……。もう何もかも忘れて、布団に包まりたい気分です……」


 うめくように言って、裕真は頭を抱えた。

 その様子を見たデュベルは「ふーむ」と腕を組み、しばし考え込む。

 やがて、何かを思いついたように手を叩き、にっこりと笑った。


「それじゃあ、ボクと一緒にお茶しないか? 布団に包まるよりは有意義だろ?」

「え……。でも俺と一緒だと……」



 自分は今、邪教徒に狙われている。一緒に行動すれば、デュベルさんも襲われてしまうかもしれない。

 しかし、デュベルはまるで気にしていないように――いや、むしろ楽しげに、笑って言った。

 

「あっはっはっ! ボクが邪教徒に負けるとでも? 心配いらないよ。百人でも千人でも返り討ちさ!」


 その言葉は軽口のようでいて、確かな実力と実績に裏打ちされた重みがあった。

吹きすさぶ風はまだ冷たい。けれど、その自信に満ちた笑顔を見ていると、胸の奥にじんわりと温かさが広がっていくのを感じた。







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