第23話 精霊術を学ぼう!
「……さて、次は何をしよう?」
シノブへの支払いを済ませた後、ふと気が抜けたような感覚に包まれた。
そういえば次の予定を特に決めていない。
トリスターに出発するまで、まだ一ヶ月近くもあるというのに、何をすればいいのか思いつかないのだ。
そんな様子を見たアニーが、にこりと微笑んで声をかけてきた。
「ユーマさん、これから私達、『精霊』を強化しに行くんですけど、お暇なら一緒に行きますか?」
「精霊か……」
以前、アニーから聞いた話を思い出す。
『精霊』とは万物に宿る霊的な存在で、地球風に言うなら付喪神とか八百万の神とかいったようなものらしい。
そしてそれと契約することで、魔法などの不思議な力を行使できるようになるのだとか。
「地球人の俺にもできるかな? 精霊との契約」
「は? できるかなって……。もしかして地球には精霊っていねーの?」
ふと漏れた呟きに、ラナンが驚いたように顔を上げた。
「いない。少なくとも俺が知っている範囲では。そういう伝説とかお伽話はあるけど」
「マジかよ……精霊無しでどうやって魔物と戦うんだよ?」
ラナンはぽかんと口を開けた。そこにイリスが言葉を添える。
「そもそも魔物がいないんだって」
「マジかよっ!!」
信じられないものを見る目でラナンに凝視され、裕真は思わず肩をすくめた。
「ふむ……。チート魔力を持つユーマさんが精霊と契約できれば、凄いことになりそうですね。もしかしたら神器も必要なくなるかも」
腕を組んで顎に手を添えながらアニーが呟く。その目は好奇心でキラキラと輝いていた。
だが裕真は片眉をわずかに吊り上げ、渋い顔をする。
「ええ? どうだろう? もしそうなら冥王様が真っ先に進めてるはずだし」
思い返せば冥王は、自分に使命を果たさせるため装備やら神器の情報やら色々用意していたのに、精霊契約については一切触れていなかった。
それはつまり、邪神討伐に必要ないと判断したからではないだろうか?
仮に契約できても、神器ほどの力は得られない気がする。
「まあ、そうと決め付けず何でも試してみるもんですよ」
「ふむ、そうだな……。ところで――」
裕真は少しだけ姿勢を正し、ひとつ咳払いをしてから口を開く。
「アニーちゃん、俺の事はユーマって呼び捨てでいいよ」
アニー「え? どうしたんです、急に」
唐突な申し出に、アニーはぱちくりと瞬きし、小首を傾げる。
「ほら、歳上の篤志さ……篤志のことも呼び捨てにしてるだろ? なのに俺だけ『さん』付けじゃおかしい……つーか申し訳ないじゃん」
あぁ、と納得したように頷くアニー。
正直、十歳以上年上の篤志を呼び捨てにするのに皆が違和感を抱いているのだが、当の篤志本人が頑なに譲らないのだ。
「……仕方無いですね。そのかわり、私の事も『ちゃん』付けは無しで! 『アニー』とお呼び下さい!!」
アニーは人差し指をびしっと突き立て、少しだけ顔を赤らめながらも勢いよく言った。
「え? ダメ?」
「ダメです!」
裕真としては親しみを込めたつもりだったが……。ダメと言われれば仕方ない。
「えーと……。あ...アニー!」
「ゆ……、ユーマ!」
ぎこちなく名前を呼び合う二人。
なんだろう、妙に照れくさい。イリスとラナンの時は自然な流れで呼び捨てにできたのだが、今回はなんだか変な空気になってしまった。
イリスとラナンは、そんな2人を遠巻きに見つめながら、「なんだかなー」という顔をした。
◇ ◇ ◇
【 精霊術師の家 ハウス・オブ・キャット 】
閑静な住宅街の一角に、異質な雰囲気を放つ奇妙な屋敷が建っていた。
建物自体はありふれたレンガ造りなのだが、問題なのは屋根の上である。
そこには信じられないほど巨大な猫の像が鎮座しているのだ。
その黄金色の瞳は、まるで通りを行く者を睨みつけているかのよう。
裕真は思わず足を止め、絶句した。あまりにもアバンギャルドで、現実感が揺らぐようなデザインだ。
「ここが私達の精霊術の師匠、ミケーネ先生の家よ」
イリスは慣れた様子で振り返るが、裕真は目を白黒させて立ち尽くす。
「……個性的な家っすね」
ようやく搾りだした言葉に、イリスはくすりと笑った。予想通りの反応である。
「ミケーネ先生は、ちょっと変わった見た目をしてるけど、驚いちゃダメだそ?」
ラナンが悪戯っぽくニヤリと笑う。
どうやらこの屋敷以上に驚くものが待っているらしい。
裕真はこれ以上醜態をさらさないよう、気持ちを引き締めた。
一行は門をくぐり、イリスが屋敷の古めかしい扉をノックする。
すると、少し間をおいて中から「どうぞー」という柔らかな声が返ってきた。
扉を開けると、広々とした玄関ホールが目の前に広がっていた。だが、そこに人影はない。
代わりに、きちんと二本足で直立した一匹の三毛猫がこちらを見上げていた。
「いらっしゃいにゃ~」
綺麗な毛並みにピンク色のエプロンをまとった猫は、小さな肉球のついた前足を、人間のようにひょいと上げて挨拶した。
猫が喋った!? 魔物か?
裕真は目を瞬かせ、またしても言葉を失った。
「お久しぶりです、先生。本日は私たちの精霊の強化と、精霊初心者向けの授業をお願いしたいのですが――」
「了解にゃん」
(え!? この三毛猫が先生!?)
驚きに硬直する裕真を余所に、イリスは猫に向かって当たり前のようにお辞儀する。
「精霊初心者って、そっちの男の子かにゃ? ふふふ、この姿にかなり驚いてるみたいにゃけど」
モフモフした口元をほころばせ、三毛猫はニコリと笑った。
どうやらこの猫が本当に『ミケーネ先生』で間違いないようだ。
「あ いえ、そんなことは……」
驚いちゃダメと言われたのを思い出し、慌てて取り繕うが、声が裏返り、表情も引きつってしまう。
「良いにゃ、普通はそういう反応にゃ。なんでも質問していいにゃ。その方が話がスムーズに進むし」
ゆっくりと尻尾を振りながら、質問を促す先生。
「……それでは遠慮なく。その……先生は魔物なんですか?」
「人間にゃん、今はまだ……。この姿になったのは精霊の影響にゃ」
精霊のせいで猫に!? 一瞬聞き間違いかと耳を疑う。
「私は『猫の精霊』と契約してるんだけど、その力を使い過ぎた結果、精霊に侵食されたにゃ」
「し……侵食!?」
「侵食というのは、肉体が精霊と一体化していく現象にゃ。ちなみに今の侵食率は90%ってところにゃ」
「怖っ!」
サラリと恐ろしいことを言われ、裕真の背筋がぞわりと粟立つ。
皆はそんな危険なものを学ぼうとしているのか?
「誤解しないで欲しいけど、誰もがこうなるわけじゃないにゃん。私の場合、強敵との戦いで限界以上の力を使ったせいにゃ。普通に使う分には、こんなに侵食されないにゃ」
露骨にドン引きする裕真を安心させるように、先生は穏やかな口調で語った。
「でもそこを過剰に恐れて、精霊契約に偏見持つ人、結構いるのよね……」
「便利なんですけどね〜。まあ私たちハンターはだいたい契約してますが」
小さくため息をつくイリスとアニー。
精霊の侵食は確かに恐ろしいが、ハンターにとっては魔物に喰われるリスクの方がはるかに高い。
なので、精霊と契約して少しでも自分の戦力を高めた方が安全なのだ。
ハンターだけでなく、騎士や兵士など命をかける職業の人たちも、積極的に契約している。
「じゃあ俺が契約しても危険は無いんですか? 身体が動物に変わったりとか」
「あ〜...いや、まったく影響がない訳じゃないにゃ。精霊の強さによっては体の一部が少〜し変化したりするにゃ」
困り顔で前足……いや腕を胸元に添える先生。丸い目がわずかに曇り、伏せ目がちになる。
「例えば、この国のお姫様は『犬の大精霊マイラ』さまと契約した影響で、犬耳と尻尾が生えてるにゃ」
裕真はまだ知らなかったが、このプロキオン公国の国主、エリコ姫は桜色の犬耳と尻尾を持つことで有名である。先生いわく、その侵食率は50%ぐらいらしい。
「大精霊マイラ……って、この街と同じ名前?」
「というか、マイラさまが街の名の由来にゃ。プロキオン公爵家はマイラさまを代々祀っているのにゃ」
すると、歴代の国主も犬耳と尻尾を生やしていたわけか……。
なんともユニーク……いや、ここではそれが当たり前だし、そう思うのも失礼だろう。
「ユーマさ…ユーマ。私も精霊の影響で時々キノコが生えます」
その声に視線を向けると、アニーが帽子を外しており、灰色髪の間からピョコンと飛び出すキノコが見えた。それは飾りではなく、本当に頭から生えているのだ。
「それ大丈夫なの!? どっちが命か分からなくなったりしない!?」
「ふふふ、それ、よく聞かれます。全然大丈夫ですよ」
そう言うと、頭のキノコがスッと髪の中に引っ込んだ。
彼女の侵食率は30%ぐらいで、そのくらいなら外見的変化も自分で抑えられるらしい。
仲間のことは大体分かったつもりだったが……、まだまだ知らないことばかりだった。
◇ ◇ ◇
ついつい玄関ホールで長話をしてしまったが、本格的に授業をするため、一行は講義室へと向かった。
講義室と呼ばれるその部屋は、もともとその用途で造られたものではなく、随所に民家の名残が感じられた。
天井には太い木の梁が剥き出しになり、壁には色あせた本と教材らしきものが並ぶ棚が据えられている。床には使いこまれたカーペットが敷かれ、隅のサイドテーブルにはヤカンと湯呑みが無造作に置かれていた。
そんな温もりがある空間の中で、正面の立派な黒板と、生徒用の椅子と机だけが、妙に浮いて見える。
「それじゃ、初心者向けの精霊講座を始めるにゃ」
ミケーネ先生は黒板前の教卓にピョコンと飛び乗り、背筋を伸ばして宣言した。
「まず精霊というものは、大まかにわけて四系統に分類されるのにゃ。それは『自然系』、『生物系』、『器物系』、『概念系』の四つにゃ」
そう言うと、ミケーネ先生はふわりと宙に浮かんだ。
飛べるんだ……と裕真は内心たじろぐが、ここまで見てきたものを考えれば、それほど驚くことでもないので、ぎりぎり表情に出さずに済んだ。
軽やかに宙を舞う先生は、小さな肉球でチョークを器用に掴むと、黒板に絵を描きだす。
「第一に『自然系』。火や水や風や土など、自然現象や自然の物体が含まれるにゃ」
カカカッとチョークが走り、火、水、風、土を現わす記号が黒板に浮かび上がる。
「次に『生物系』。犬や猫や鳥といった動物、樹木や草花など植物がこの系統にゃ」
続いて、デフォルメされた猫とお花の絵を描く。どこか愛嬌のある絵に思わず和んだ。
「三つ目の『器物系』は人が作った武具や道具の霊にゃ。家や城などの建物もこの分類にゃ」
今度は剣と家の絵を描いた。
家や城の精霊なんてのもいるのかと感心しながら、その絵を眺めた。
「最後の『概念系』は、『存在しているけど、実体が無いもの』が精霊になったものにゃ」
裕真「存在してるけど……実体がない?」
どういうことだと裕真は首を傾げる。
「例えば、『死』とか『生命』とか『時間』とかにゃ。それらは確かに存在しているけど、物理的な実体はないにゃ」
先生は黒板にドクロとハートと時計の絵を描いた。『死』『生命』『時間』を表したものだろう。
「なるほどー」
「それと、人の心に関する精霊、『愛』とか『勇気』とか『怒り』とか『悲しみ』とかの精霊もこの分類にゃ」
先生は再び黒板にチョークを伸ばしかけたが、そこで動きを止めた。
『心』を表す絵としてハートを描こうとしたが、それはもう『生命』で使ってしまったことに気付いたからだ。仕方なく文字で表す。
「それらの精霊達と契約して力を借りるのが精霊術にゃけど、精霊によって契約する難度が違うにゃ。気難しい精霊だと、契約どころか即座に殺されることもあるから注意にゃん」
先生の尻尾がピンと立ち、警戒を促すように揺れる。その動作は、彼女の言葉の深刻さをよりいっそう際立たせる。
「こわ……。具体的にどんな精霊が危険なんです?」
「まず、一番危険なのは『概念系』、その次が『自然系《ピュシス》』にゃ。逆に一番安全なのが『器物系』にゃ。彼らは元々、人間によって造られたものだから、人と契約するのに抵抗が無いのにゃ」
裕真は「ほほう」と小さくうなずいた。なるほど、人間は親みたいなものだろうな。
「ただ、その分、精霊としての力は弱めにゃん。もちろん使いこなせば便利だけど、精霊術を本業にするならパワー不足は否めないにゃ」
「なるほど」
裕真は精霊術を本業にするつもりはないので、特に気にすることなく次の質問に移った。
「生物系の精霊はどうです?」
「それはベースとなる生物によってマチマチにゃ。例えば人間から目の敵にされている『狼の精霊』なんかは敵対心バリバリにゃ。逆に猫とか犬とかハムスターのように可愛がられている生き物は、非常に友好的で使役しやすいにゃ」
そう言うと先生は爪をカチッと鳴らす。すると周囲に半透明の猫たち……『猫の精霊』がふわりと現れた。
「私も見ての通り『猫の精霊』と契約してるにゃ。猫は初心者にも契約しやすくて特にオススメにゃん♪」
そういえば初めてこの街に来た時、猫耳を生やしている人をけっこう見かけた。あれはそういうことだったのか、と納得する。
「犬の精霊はどうですか?」
「……犬もオススメにゃん」
ミケ先生は目を逸らし、吐き捨てるように言った。
実はミケ先生、犬が嫌いなのだが、国主であるエリコ姫が犬派なので、そうと公言できないのだ。
なんとなく気まずい空気を察した裕真は、話題を変えることにした。
「……あ、ちなみに侵食率が100%になると、どうなりますか?」
「身体が精霊に乗っ取られて、精霊界に旅立つにゃ。そして二度と戻れないから、実質死ぬようなものにゃ」
またしてもサラリとろくでもない話が飛び出た。裕真は青ざめながら呟く。
「先生、ヤバいじゃないですか……」
「何度も言うけど、無茶しなければ大丈夫にゃ。それに最悪、精霊との契約を解除すれば良いにゃん」
裕真「なんだ……」
その楽観的な姿勢に少し安心した裕真だったが、隣からイリスが厳しい声で補足した。
「ただし、もう二度と精霊術は使えなくなるわ。他の精霊とも契約できなくなる」
「マジで? 死ぬか廃業かの二択ってわけか……」
ちょっとミケーネ先生の今後が心配になった。
「まあ、私は十分貯金しているから、万が一のことがあっても大丈夫にゃ。ていうか何度も言うけど、無茶な使い方をしなければ精霊術は安全にゃ」
先生はその言葉を強調するようにニッコリと微笑み、自信ありげに腕を組んだ。
裕真はまだ不安が残るものの、専門家がそういうなら納得するしかない。
「と、まぁ、契約のリスクについていろいろ話したけど、実はもっと安全に契約する方法があるにゃ」
「お、それは?」
安全に契約……。その言葉に裕真は自然と耳を澄ました。
「それは『適合精霊』と契約することにゃ。人にはそれぞれ、精霊との相性があって、その中でも特に相性が良いのを『適合精霊』と呼ぶにゃ。『適合精霊』と契約すると、普通より強い力を発揮できるし、侵食のリスクも少なくなるにゃ」
侵食のリスクが減るというのはかなりありがたい話だ。自分はいずれ地球に帰るつもりなのに、猫耳などの妙な土産を持ち帰りたくない。
「先ほど『概念系』は危険っていったけど、それが適合精霊なら、何のリスクもなく契約できるにゃ。激レアな『時の精霊』とでも契約できれば、それだけで一生食うのに困らないのにゃ」
「おお……」
思わず感嘆の声を漏らす裕真。宝くじみたいで面白い話だ。俄然興味が湧いてきた。
「それで、その『適合精霊』って、どうやって確認するんです?」
「これを使うにゃ」
先生はエプロンのポケット(マジックバックの亜種らしい)からスマホより一回り大きい青い板を取り出した。
材質は石か金属のようで、一見して何をするものなのか分からない。もし前置きが無ければ、宮殿の壁板でも剥がしてきたのかと思っただろう。
「これは古代エルフ王朝で開発された『ステータスパネル』にゃ。触れた人の適合精霊の他に、現在契約している精霊と、受けている『祝福』が表示されるにゃ」
「おお……」
まるでファンタジー作品でよくある「ステータスオープン!」みたいじゃないか、と裕真は内心で興奮した。
「さて、イリスちゃん。試しに実演して欲しいんだけど、いいかにゃ?」
「あっ、はい。良いですよ」
パネルを受け取ったイリスは、それの中央に人差し指をそっと添える。
するとパネルに文字が浮かび上がった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
【イリス・アーチャー】
《適合精霊》
剣の精霊 弓の精霊
《契約精霊》
剣の精霊 Lv03 侵食率 1%
弓の精霊 Lv05 侵食率 1%
《祝福》
風 Lv05
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「へぇ、こうなるのか」
裕真はパネルに映し出されたステータス画面をじっと見つめた。
『精霊』と『祝福』の項目の横にレベルが表示されているが、それが具体的にどれほどの強さなのかピンとこない。
おそらくその疑問が表情に出ていたのだろう。すぐさま先生が補足を入れてくれた。
「精霊のレベルは1に付き人間1人分の強さだと考えると分かりやすいにゃ。レベル10の精霊は人間10人分のパワーにゃん」
ただし、実際には個々の精霊によって違うので、そんな単純な計算ではないのだが、初心者にもわかりやすいよう、そう説明する。詳しいことは今後学べばいいのだし。
「精霊は分かりましたけど……その下の『祝福』って項目は何ですか?」
『祝福』という言葉自体は何度も耳にしたが、実際にどういったものかは知らない。良い機会だし、ここで聞いてみることにした。
「神様から授かった『祝福』の強さを表している……というのは建前で、実際は『祝福』という魔法で身体を強化した度合いを表してるにゃ」
「……え? 魔法?」
予想外の答えに、裕真は思わず聞き返してしまった。『祝福』という名称から、神様から神秘的な力を授かるのだと想像していたが、まさか魔法の一種だとは。
「かつて神々は、人体を強化する魔法を開発したにゃ。それが『祝福』で、光、闇、炎、地、風、海の七種類あるにゃ」
またミケ先生が宙に浮かびながら、ふわりと尻尾を揺らし、黒板に素早く表を描き出した。
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光 = 知力 視力 魔法耐性
闇 = 魔力(MP) 霊感 闇耐性
炎 = 筋力 嗅覚 炎耐性
地 = 耐久力 味覚 物理耐性
風 = 素早さ 聴力 雷耐性
海 = 器用さ 触覚 氷耐性
時 = 運 第六感 状態異常耐性
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黒板には、『祝福』によって強化される能力が明確にまとめられていた。裕真は目を細めながら、それをじっくり見る。
「祝福ごとに強化される能力が違うってことですよね……光の祝福なら、知力が上がる?」
「そうにゃ」
「七種類……ということは『七柱の神』が開発したんですか?」
「そう伝えられているにゃ。その魔法を神官にかけてもらうのにゃ。効果は永続で、死ぬまで解けないにゃ」
『祝福』の力が単なる一時的な魔法でなく、恒久的なものであることに裕真は驚いた。だが、それ以上に気になったのは――
「なるほど、神様が直接『祝福』をするわけじゃないと」
裕真は腑に落ちたように頷く。
神々は基本的に地上には不干渉のはず。なのに個人を祝福するのはいいのか、という疑問を抱いていたが、それが解けた。
実際には神官が介在し、魔法としての『祝福』が与えられているという仕組みならば納得がいく。
「ところで、危険は無いんですか? 侵食みたいなデメリットは?」
「今はほとんど無いにゃ」
先生はフサフサの尻尾を揺らしながら、聞き捨てならないことを言った。
「……今は?」
「昔は施術の失敗で魔物化する人が大勢出たって話にゃ」
「マジですか……」
裕真は軽い眩暈を覚え、眉間を押さえた。この世界は危険が多すぎる。
「オーガ、吸血鬼、ライカンスロープとかが元々人間だったって言われていますね」
アニーが眠たそうな目で説明を加える。彼女にとって初心者向け講義など退屈だろうに、突き合わせてしまって申し訳ない。
「なので現在では、神殿の天使たちが厳重に管理し、未熟な術者に使わせないようにしてるのにゃ」
『祝福』は回復魔法(生命魔法)の一種であり、天使族はその道のスペシャリストである。
ここ数千年、神殿で行う『祝福』で、人が魔物化したという報告はない。
……隠蔽しているのでなければ。
「ちなみに他人のステータスを勝手に見るのはスゴクシツレイな行為にゃ。キリステゴーメンされても文句は言えないにゃん」
「えっ!?」
裕真は思わず隣のイリスに視線を向けた。
イリスはくすりと笑い、肩をすくめた。
「ダイジョウブよ、キリステないって」
そういうマナーがあるのは知っているし、見られるのを嫌がる人が多いのも理解している。だが、イリス自身は自分のステータスを見られても特に困ることはないのだ。
「さて、次はいよいよユーマくんの適正を確認しようかにゃ。使い方はさっき見た通りにゃ」
「あっはい、では――」
裕真はこくりと頷くと、イリスからそっとパネルを受け取り、その中央に指を触れた。
自分はいったい、どんな精霊と相性が良いのだろう? 激レアな精霊だといいなぁ、と胸を高鳴らせながら――
その時だった。
パネルが急激に変色し、まるで血が滲むようにジワジワと赤黒く染まっていく。表面がボコボコと沸騰したかのように泡立ち、そこから無数の目のようなものが浮かびあがった。
オオオ…オオォ……ォオォ……
亡者の呻きのような不気味な声が部屋中に響き渡る。
「ひぇっ!! なんだコレ!?」
次の瞬間、パネルは裕真の手の中で轟音とともに爆散した!!
持っていたのが裕真でなければ大怪我をしていたところだ。
唖然とする一同。裕真は尻もちをつき、震える声で先生に問いかけた。
「……先生! なんなんですかコレ!? いったい何が起きたんです!?」
「わ……わかんないにゃ! こんな禍々しいの、初めて見るにゃ!!」
先生の顔からは余裕が完全に消え去っていた。
そして、ふと何かに気づいたかのように、裕真の顔をまじまじと凝視する。
「……は! そういえば最近、邪教徒による殺人事件があったそうにゃけど、ま……まさか君が!?」
じりじりと後ずさる先生。
その仕草にイヤな予感を覚える裕真。
「大変だにゃ! 衛兵に通報だにゃ!!」
言うが早いか、先生は全速力で駆け出し、窓の外へ飛び出そうとする。
「わ〜っ! 待って!!!」
邪神討伐に来た自分が邪教徒の疑いをかけるなんて、冗談じゃない!
裕真は慌てながらも、《ハヤブサの腕輪》を発動。逃げる先生の背中がスローモーションに見えるなか、流れるような動作で《シャドウボルトの杖》を取り出し、発動。先生を気絶させた。
この間、わずか3秒ほど。
賞金首相手の修羅場をくぐり抜けてきた経験が生かされた瞬間だった。
ぐてーっと脱力し、床に倒れるミケーネ先生。その姿はまるで、毛の生えたヘビのようだ。熟練の精霊術師である彼女は、常人より遥かに高い魔法耐性を持つのだが、裕真のチート魔力に抗える程ではなかった。
「あーあ。やっちまったなー」
「あーあ。これでユーマもお尋ね者ですねぇ」
「あーあ。あなたの冒険もここで終わりねー」
「そういうのいいから……。どうすれば良い?」
三人娘は悲観的な言葉を口にしながらも、目は笑っている。つまり、この状況はそこまで深刻ではないということだ。ちゃんと打開策があるのだろう。
「んなの、正直に打ち明ければいいんだよ。オレの時のように」
「……信じてもらえるかな?」
今の自分は邪神の手下だと疑われている。この状況でまともに話を聞いてもらえるだろうか?
「信用できる人に説明してもらえば良いのよ。ちょっと呼んでくる」
◇ ◇ ◇
イリスが呼んできた人物。それは神殿でお世話になった天使のリリエルだった。
彼女(仮)は「おやつ代十年分のお布施」を条件に説得を引き受けてくれた。
長年この街に住んでいる彼女は、先生を含む住人全員から厚い信頼を寄せられており、なおかつ天使ということから邪神の手下になることは絶対にないという、この上なく説得に最適な人材だった。
屋敷に着いたリリエルは、さっそく先生を回復魔法で目覚めさせ、カクカクシカジカと事情を説明した。
「にゃんですと……まさかその子が伝説の『勇者』だったとは……」
「そういうこと。なのでこの件は他言無用でな。いいね?」
「にゃっはい」
リリエルは人差し指を唇に当てて注意を促した。
先生は戸惑いながらも頷いたが、まだ完全には信じられていない様子……というより、あまりに非現実的な話に理解が追いつかないようだ。
「事情は分かったにゃ……。つまり怪奇現象が起きたのは、冥王様から貰ったチートのせいにゃ?」
「はい、多分そうです」
他に原因は考えられないし、そう結論づけるのが自然だろう。
冥王様が精霊契約を進めなかった理由がよく分かった。というか、そういう弊害があるなら事前に知らせてほしかった。危うく通報され、笑えない事態になったところだ。
「そっか〜。となると君に精霊術は無理だにゃ。冥王様の邪…神気に怯えて、精霊が近づかないにゃ」
「そうですよね……残念です」
裕真は心底がっかりした様子で肩を落とした。
魔道具不要で魔法を使える精霊術。習得できれば戦力の大幅アップになると期待していたのだが……。
「まぁ、いいじゃないですか。ユーマさんにはチート魔力があるのですから」
「そうそう、なんでもかんでも手を出しても、中途半端で終わるだけだし」
「……ああ、うん、そうだよな」
そうだ、自分は魔道具を使った魔法も十分に使いこなしているとは言い難い。ここは浮気をせず魔道具の扱いを極めるべきなのだろう。
と、皆の慰めを前向きに受け止める。
「それじゃ、私は帰るぞー。約束のお布施を忘れるなよ」
「あっはい、お疲れ様っす」
真っ白な翼を翻し、リリエルは退室した。
「さて……。気を取り直して、次は皆の精霊を強化するかにゃ」
先生は軽く伸びをしながら、柔らかな口調で言った。その声はいつもの調子に戻っていたが、イリスは少し心配そうに先生を見つめる。
「大丈夫ですか? 休まなくて」
「大丈夫にゃ。むしろ一眠りして気分爽快――」
その時、外から「うわぁぁっ!」という悲鳴が聞こえてきた。
それは聞き覚えのある声……リリエルの悲鳴だ!
何事かと皆に緊張が走ったその刹那、リリエルが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「大変だ! 外に出てくれ!!」
ただならぬ様子に誰も言葉を挟む暇もなく、全員が駆け出す。
そして外に出た瞬間、目に飛び込んできた光景に皆が絶句した。
それは人間の頭部……
生首だった。
三つの首が、塀の柵に突き刺さっている。
そして何より衝撃的だったのは……それらの顔に見覚えがあったことだ。
ひとつは目つきが鋭い中年男性。
ひとつはボブカットの若い女性。
ひとつはロングヘアの青年……。
先日、自分たちが邪教徒の捜索を頼んだクライムハンター――
エドワード、パウラ、アレクの首だった……。
裕真は顔面蒼白になり、その場に立ち尽くす。
今、何が起きているのか理解できない……いや、理解したくなかった。
「……ちっ! なんてことを! !」
裕真と対照的に、ラナンの顔は怒りで赤く染まる。
「まさか……邪教徒に返り討ちにされたのですか!?」
「他に考えられないわね。私達に見せつけるよう、わざわざ首を並べて……」
アニーとイリスは怒りに震えながらも、すでに邪教徒への対策を考え始めていた。
そのため、ショックで呆然とする裕真を気遣う余裕はなかった。
「俺が……俺が依頼したばかりに……」
かすれた声で呟く。しかし、その声は誰の耳にも届かない。
――そして、惨劇はまだ終わらない。
「火事だーっ!!」
「あちこちで火の手が上がってるぞっ!!」
複数の、切羽詰まった声が四方から響き渡る。
イリスたちは反射的に声のする方を向いた。
そこには、街のいたるところから立ち上る黒煙。
遠目からでも見える激しい炎が、青空の下で激しく揺らめいている。
そう、それは邪教徒から裕真への警告……
否、『開戦』の狼煙だった。




