第18話 初ダンジョンは死の香り 中編
《ホーリーアンク》が壊れたことに動揺しつつも、《ライトニングの杖》を前方の群れに向ける。まばゆい電光がほとばしり、ラビィくんたちを一瞬で消し飛ばした。
バチバチと弾ける残光が消え、ダンジョンに静寂が戻る。裕真は荒い息をつきながら、震える手の平に残る砕けたアンクを見つめ、呆然と立ち尽くした。
「まずい……ホーリーアンクが壊れた」
裕真は唇を噛む。100万MPがあろうとも、耐性防具がなければ呪詛を防げない。
「私もよ……。撤退しましょう。 次の攻撃喰らったら死ぬし!」
イリスは顔をしかめ、自らの手元を見る。そこには彼女のアンクの残骸が握られていた。
「お……おう!」「そうですね!」
ラナンとアニーのアンクも同様に破損していた。
恐怖と焦燥をにじませながら、二人も撤退に同意する。
皆の意見はまとまったが……。
ひた、ひた、ひた……
自分たちが通ってきた通路の奧から、例の湿った足音が近づいてくる。
アニーは振り向き、息を飲むように叫んだ。
「ヤバイ! 帰り道を塞がれました!!」
ひたひたひたひた……
足音が速まる。まるでこちらの存在に気付き、駆け寄っているかのようだった。
裕真たちは青ざめた。アンクがない今、自分たちは丸裸も同然。次の呪詛攻撃を食らったら命は無い。
「石の精霊よ!」
そう唱えると、ラナンの手に自身の体より大きなハンマーが出現した。
彼女が契約している『石の精霊』が具現化したものらしい。
「奴らの道を阻め!! 《ストーンウォール》!」
精霊のハンマーを勢いよく床に叩きつける。
するとズゥン!という轟音と共に石の壁が迫り上がり、通路を完全に塞いだ。
「今だ! 逃げるぞ!!」
「奥にか!? わかった!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
施設内の通路は幾重にも分岐し、複雑に曲がりくねっていた。これは侵入者を阻むためか、単なる増改築の結果なのかは分からない。
だが今は、それが幸いした。ラビィくんの追跡を振り切り、倉庫のような一室へと逃げ込むことができたのだ。
その部屋は学校の教室ぐらいの広さがあり、机や椅子、金属製の箱などが乱雑に積み上げられていた。物陰が多く、身を隠すにはうってつけの場所だった。
「なんとか巻けたみたいですね…… 。一息つけます」
アニーは手持ちのバッグから水筒を取り出し、乾いた喉を潤す。
「とは言え、ここも安全とは……」
言葉を切り、辺りを警戒するイリス。ひとまず追っ手の気配はないが、安心できる状況ではない。
「アンクがこんなにあっさり壊れるなんて……。くそっ! もっと買っておけばよかった!」
震える声で呟く裕真。後悔先に立たず。
「多分、神殿の在庫を買い占めても足りなかったわ……。足音の数からして、百体以上いたし」
「マジで!?」
「てゆーか、在庫だってせいぜい10個ぐらいよ。工場で作ってるわけじゃないし」
「マジか……」
魔道具は基本的に魔術師がひとつひとつ手作りするものなので、同じアイテムを大量に入手するのは難しい。
「てゆーか、普通は1個あれば十分なのです……。あのレベルの悪霊が百体も出るなんて、滅多にあることではないのですから……」
「マジっすか……」
アニーの言うとおり、普通の悪霊が放つ呪詛なら、アンクの耐久力を1点か2点削る程度であり、ダンジョン探索を1回終えるまで十分持つはずだった。
「ねぇ、ラナン。ダンジョンってこんな危険なものだったの!?」
わずかに震えた声でイリスが問いかける。
それに対し、ラナンは激しく首を振って否定した。
「いいや! ここは明らかに異常だ! 普通の……て言うか、この辺りのダンジョンに生息する魔物なんて、スケルトンやガーゴイル……あと石か鉄のゴーレムぐらいで!」
屍鬼属 【スケルトン】 討伐Lv04
造魔属 【ガーゴイル】 討伐Lv07
造魔属 【ストーンゴーレム】 討伐Lv15
造魔属 【アイアンゴーレム】 討伐Lv25
いずれもラビィくん単体(討伐lv35)に敵わない程度の魔物である。
「賞金首級の奴があんな大量に生息してるなんて、普通じゃありえない!!」
ラナンは苛立たしげに頭を掻きむしった。自分の経験が通用しない事態に、焦りと怒りが募る。
一方、裕真も焦燥を押し殺しながら、必死に頭を巡らせ、打開策を模索していた。
「つまり、普通じゃない事態が発生していると……」
その言葉を聞いた瞬間、イリスはハッとし、口を開いた。
「まさか……『神器』の影響?」
「え……? でもそれは只の日用品だって、冥王様が――」
ここにある(と思われる)神器は、「アイテムを無限に収納できる袋」でしかないはず。それがラビィくんの大量発生に関係しているとは思えない。
「そんな事より、今はどうにかして脱出しないと! 街に戻って装備を揃え直すのです!!」
すっかり怯えた様子のアニーが、話を遮るように叫ぶ。
「でも帰り道は奴らがいっぱいだぜ? イチかバチかダッシュで駆け抜けるか?」
「まず確実に呪い殺されるでしょうね」
ラナンとイリスが暗い面持ちで問題点を指摘する。帰りたいのは皆同じだが、確実な方法が思いつかない。
だが、アニーには策があるようだった。
「私に心当たりがあります! ラビィくんが1体、地上に抜け出てたでしょ? それってつまり、私達が見つけた場所以外にも出入口があるってことですよ!!」
「おお! なるほど!!」
それは盲点だったと裕真は感心し、ポンッと手を打った。
だがイリスは冷静に、眉をひそめて問いかける。
「でもどうやって探すの? 施設にはラビィくんがウロウロしてるのに」
「う……」
痛いところを突かれ、アニーは言葉を詰まらせた。
裕真は施設の見取り図を見返す。それには、裕真たちが掘り返した入り口以外に外へ通じる通路は記されていない。
もしラビィくんがここから出たのだとすれば、施設の職員でさえ気づかなかった抜け道が存在することになる。それをラビィくんの追跡を避けながら見つけるのは非常に困難だろう。
結局、その方法もダメか……と落胆するが、ひとつの疑問点に気がついた。
「そういえば、なんで外に出たのは1体だけなんだ? あんなに沢山いるのに」
「多分だけど、この場所の『魔力』が濃いからじゃない? 魔物は『魔力』さえあれば飲み食いしなくても生きていけるし、沢山集めればより強い力を得られる」
「だからって、同じ場所でじっとしてるものなん?」
裕真は腕を組み、首を傾げた。こんな暗い迷宮でじっとしているなんて、自分だったら退屈で仕方ないだろう。
その疑問に対し、アニーは唇を震わせながらも静かに言葉を紡いだ。
「魔物は時間の感覚も人間と異なりますからね。外に出た個体は、おそらく奴らの中でも変わり者なのでしょう」
あの悪霊にも個体によって個性があるのか……。
いや、当然と言えば当然だが、まるでコピペしたかのように同じ姿をしていたから、てっきり――
「……そうか! わかった!」
突然、ラナンが声を上げた。ラビィくんに気づかれないよう抑えたつもりだったが、裕真は不意を突かれてビクッと肩を揺らす。
「『ダンジョン・コア』だ! 多分この施設には『ダンジョン・コア』がある!」
「ダンジョン・コア……って何?」
「簡単に言うと、ダンジョンを管理する装置だ。魔法帝国の遺跡に時々ある」
ラナンは腕を振り上げながら早口で説明を続ける。その表情はまるで研究者のようだ。
「周囲の土地から魔力を吸い上げ、施設の設備……照明や空調やトラップを動かしたり、守護者に魔力を供給したりするんだ」
「なるほど……。発電機とメインフレームを一体化したような装置か」
未知の技術に対し、裕真は地球の技術になぞらえて理解を試みた。
「でも、それがラビィくんの大量発生とどう関係するんです?」
怪訝な顔で問いかけるアニーに対し、ラナンは腕を組み険しい表情で答える。
「コアは本来、ダンジョンを魔物から防衛するためのものなんだが……稀に魔物がコアを乗っ取り、自分たちの戦力にすることがある」
その言葉に、一同の目が大きく見開かれた。
「魔物がダンジョンのトラップを使ったり、吸い上げた魔力を利用するってこと!?」
「そのとおり! それがどれだけ恐ろしいことか分かるか? コアを乗っ取られたダンジョンでAランクパーティが壊滅した……なんて話もある!」
イリスは言葉を失った。
Aランク……それは、この国で英雄的活躍をしたデュベルさんと同じランク。
それほどの実力者が複数いても壊滅するなんて……。
場の空気が張り詰めた。一同はごくりと唾を飲み込み、息を詰める。
「ですが、コアがあったとしても、撤収するとき持ち帰るのでは?」
アニーは顎に指を当て、考え込むように呟いた。
今現在、ダンジョンコアの製法は失われている。魔法皇帝がその技術を厳重に秘匿していたため、帝国崩壊と共に失伝してしまったのだ。
今より優れた魔法技術が存在していた時代でさえ、特に貴重な技術の塊であるコアを、放棄する施設に残しておくだろうか?
「俺もそう思ってた! でも他にあの大群の説明がつかねぇ!! 全ての魔物には一つだけ共通する特徴がある! “強い魔物ほど大量の魔力を必要とする”! ここらの魔力じゃ、せいぜい一角兎ぐらいしか育たないはずだ!」
拳を握り締め、熱く語るラナン。
彼女の言葉にアニーは腕を組み、唸りながら考え込む。
「う〜ん、なるほど……可能性はありますね」
特に反証は思いつかない。仮に他の原因があるとしても、それは皆の想像を超えた異常事態であり、今は考えるだけ無駄だろう。
ここはひとまず、ラナンの仮説を信じることにした。
「もしかして、そのコアを止めたら、ラビィくんが消えたりする?」
「いや、一度生まれた魔物はそう簡単に消えねぇが……弱体化はする……と思う」
少し不安そうに尋ねるイリスに対し、ラナンは肩をすくめ、自信なさげに答える。
このような事態に遭遇するのは初めてなので、確信が持てないのだ。
しかし、裕真は少し黙り込んだ後、真剣な表情でうなずく。
「弱体化か……やってみる価値はあるな」
不確かな情報だが、このまま倉庫に籠もっていてもジリ貧だ。その可能性に賭けてみることにした。
裕真は膝をつき、床に施設の見取り図を広げた。
「あるとするなら、どの辺だと思う」
「最も守りが堅い迷宮の最奥…… 多分、このあたりだ!」
ラナンの指先が示す場所に、裕真の目が驚きに揺れた。
偶然なのか、そこは冥王から教えられた神器の在り処だったのだ。
「そこか……ここから距離も近いし、なんとか辿り着けるかも」
「いやいや! 危険ですよ!! 連中に出くわしたら即死なのは変わらないんですよ?」
青ざめた顔で両手を振り、裕真を制止しようとするアニー。
そんな彼女を安心させるように、裕真は胸を張り、自信ありげな笑顔を浮かべた。
「大丈夫! 策はある! 反応速度と動体視力が上がる《ハヤブサの腕輪》を使う!」
そう言いながら腕を差し出し、隼の彫刻が施された腕輪を見せる。
事前にテストしたところ、周囲がスローモーションに見えるほどで、銃弾すら避けられそうだった。
それこそが裕真の勝算、自信の源である。
「これで奴らを華麗に躱しながら、隠し部屋に突入! ダンジョン・コアを止める!」
得意げに語る裕真。
しかし、イリスはこめかみに指を当て、呆れたように首を振る。
「……呪詛攻撃はどうやって躱すの? 反応速度が上がっても、見えない攻撃は躱せないでしょ?」
裕真「う……それは……」
そうだ、それが最大の問題だった……。
言葉に詰まり、希望に満ちた顔が一瞬で曇る。
また計画が白紙に戻ってしまった……。
「……誰!?」
イリスが突然、鋭く後方を振り返る。
怪訝な顔をする一同。
「どうしました、イリス?」
「今、人の足音が聞こえて」
「ラビィくんじゃなくて?」
イリスは首を横に振る。
「いいえ、ラビィくんの足音は湿った雑巾を引きずるような音だけど、さっき聞こえたのは人間の履くブーツの音だったわ」
一瞬、静寂が満ちる。
ここに人間が侵入したのだろうか?
「気のせいじゃねーか? こんなところにオレら以外の人間が来れるとは思えねーし」
このダンジョンに第三者が入る可能性はある。裕真が掘り返した入口はそのままだし、アニーの仮定が正しければ、他にも出入口が存在するかもしれない。
しかし、もし本当に誰かが侵入したとして、ラビィくんの群れをかいくぐり、ここまで無事にたどり着けるだろうか?
さらに言うなら、仮にここまで来たとして、自分たちを見かけてながらも何も言わずに立ち去るのは、あまりに不自然だ。
とはいえ、足音がしたという場所を無視するわけにはいかない。
裕真は慎重に、音のした方へと足を向けた――。
「……なんだ? 眼鏡が落ちてる?」
そこには、まるで地球のミラーシェードのように、虹色に輝くレンズを持つ眼鏡が落ちていた。
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《スペクトラルグラス》
品質:特上 耐久力:2,500
効果: 通常は肉眼で見えない霊的なエネルギー、『魔力』や『呪い』などが見える。
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