第16話 トレジャーハンター
【 おおとり亭 裕真の部屋 】
人目の多い酒場で冥王様と通話するわけにもいかず、一行は裕真が借りている客室に移動した。ついでにまだ残っている料理も運び込む。
3人でもやや手狭だった部屋は、新しく加わった篤志とテーブルいっぱいの料理が並んだことで、さらに手狭に感じられるようになった。
この宿にはもっと広い部屋があるから、そちらに移りましょうとイリスが提案し、裕真もすぐに賛成した。
もっとも、それは冥王との通話を終えてからの話である。
「一週間ぶりだが、変わりないか? 今回は耳寄りな情報が――」
「ちょっと冥王様! その前に聞きたい事があります!!」
裕真はスマホに映る青白い顔に、ぐいっと詰め寄った。
「ついさっき『炎の神様』に召喚されたって人に会ったんですけど!! 他にも地球人がいるなんて聞いてませんでした!!」
「……!!! もう出会ったのか!?」
「やっぱり知ってたんですね!」
「い、今のは言葉の綾だ!! ほ~、フレアの奴そんな事を~、いや~知らんかった、全然知らんかったわ~」
白々しい……。この場にいる全員がそう感じた。
嘘をついてる確証があるわけではないが。
「本当ですか!?」
「知らん知らん! 他の神が何を企んでるかなど知りようもない!! そんな事より、重要な話がある!! 所有者のいない『神器』の所在が判明したぞ!!」
「……えっ!? 神器が!?」
『神器』という単語に、裕真の意識が引き寄せられた。
ここ数日の戦闘で、必要な魔道具がまだまだ不足していると痛感していたところである。そんな折に100万MPを全力使用できる神器の情報は非常に魅力的だった。先ほどまでの疑念が、頭から飛んでしまうぐらいに。
「その街の周辺に『串刺し草原』と呼ばれる土地があるだろ? 今から1500年ほど前、そこには『遊園地』が存在した」
「は? 遊園地?」
串刺し草原といえば、ラビィくん討伐の際に訪れた場所だ。しかし、そこは一面草の海原が広がるばかりで、遊園地らしき痕跡などまったく見当たらなかった。
「現在、地上の建造物は残ってないが、その地下にある『魔法の研究施設』はまだ健在だ。そこに神器が隠されている」
「地下に……研究施設?」
「ちょ...ちょっと待って! 私、歴史とか結構勉強してますけど、あそこに遊園地があったなんて話、聞いたこと無い!!」
「それに地下が研究施設だなんて、どんな遊園地ですか!」
イリスとアニーは思わず口を挟む。それはこの街で生まれ育った彼女たちにとっても、寝耳に水な話だった。
「知らんのも当然だ。『魔法帝国』の手で歴史から抹消されたからな」
「抹消って……なんで!?」
「遊園地とは世を偽る仮の姿、その実体は来場した子供を拉致して実験材料にする『魔法帝国』の研究施設だったのだ」
「え? 『魔法帝国』って……国家ぐるみで子供を?」
「左様」
「ええ…… 信じられない……」
冥王が語る衝撃の事実に、裕真以外のメンバーはただ茫然とするばかりだった。嘘だと否定したいところだが、相手は仮にも神であり、何の根拠もない出鱈目を述べているとも思えない。
一方、裕真は『魔法帝国』そのものを知らないため、皆がなぜそこまで驚いているのかいまいちピンとこない。
なので後に調べたのだが、魔法帝国とは正式名称を『アルカディア魔法帝国』と言い、今から二千年前に誕生し、その後千年もの間、世界全土を支配していた超巨大国家だという事が分かった。
その名の通り、魔法文明の発展を国是としており、数え切れないほどの魔法と魔道具を開発してきた。
その影響は現在も色濃く残っており、現在使用されている魔道具の八割がこの魔法帝国で製造されたもので、裕真が所持している魔道具の多くも、その遺産にあたる。
現代においても魔道具の製造技術は失われていないものの、新しく製造されたものより千年以上前の遺跡から発掘された品の方が高性能だというのだから、大したものである。
以上が裕真が調べた魔法帝国の概要であるが、当然この世界の住人であるイリスたちの方が詳しく、思い入れも深い。
彼女らを含む一般的なカンヴァス人の認識では、人類が最も繁栄し、栄光の時代を築いた偉大な国家であり、そのような暗い側面があるとは夢にも思っていなかった。
「でも、どうして誘拐なんです? 国が主導しているなら、他にも効率的な方法がありそう…ですが……」
そう口にして、篤志は少し後悔した。自分が思い浮かべる“効率的な方法”が、あまりにもおぞましいものだったからだ。
「例えば牧場のように人間を飼育するとかか? そんなのコストが掛かりすぎる。既に育った子供を攫った方が安く済む……と、当時の関係者は証言している」
淡々と何気なく語る冥王だが、聞いている方はその内容のあまりの非道さに、心が軋むのを感じた。
「ゲスすぎる……」
裕真は拳を握り締め、身震いした。
犯罪を取り締まるのは警察、ひいては国家の役割だが、その国家自身が犯罪を犯すとしたら、一体だれがそれを取り締まるのだろうか……。
「その事実が民衆に露見しそうになったので、施設を地中に封印し、歴史からも抹消したのだ。まだ信じられないなら、犯人達を見せてやろうか? 只今大絶賛拷問中だ」
「い……いえ、結構です……」
1500年も続いてるのか……いや、仏教の地獄では千年どころか無限に続く刑罰もあるらしいし、こっちの冥界もそういうノリなのだろうか?
……いやいや、今重要なのはそこじゃない。話を戻さねば。
「それで、そこにある『神器』はどんな物なんです?」
「残念ながら戦闘用ではない、ただの日用品だな。だが、貴様等には十分に役立つはずだ」
日用品? 今一番欲しいのは戦闘に役立つ武器か防具なのだが……。
「その名も《どうぐぶくろ》。貴様等が持つ《マジックバッグ》の上位互換だな」
「えぇ…… 名前カッコわるい」
「日用品に何を期待している」
そう言われればそうなのだが、初めて入手する神器が100円ショップの雑貨のような名称なのに少しがっかりしてしまう。
「基本はマジッグバッグと同じだが、人間が作った物とは比べ物にならないほど高性能だ。どれだけ収納しても壊れないし、中身の物が劣化する事もない」
気が抜けて肩を落としていた裕真だったが、その説明を聞くなり生気が戻り、顔を輝かせた。
「どれだけって……もしかしてMPが続く限り無限に収納できるんすか!?」
「左様。理論上はこの世界全てを丸ごと収納することも可能だ。……まぁそんなMP、神々でも持っていないがな」
「おお……」
裕真は思わず感嘆の声を漏らした。
具体的に100万MPでどれほど入るかはわからないが、今まで使用した魔法の規模からして、家一件を丸ごと収納するぐらいは出来そうだ。
裕真は先日の三連戦で人生初めての野営をすることになったのだが、テントと寝袋ではぐっすり眠ることができなかった。それがいつでも屋根の下、柔らかいベッドで眠ることができるなら、翌日の疲労もなく最高のパフォーマンスを保てるようになる。
今後も冒険を続けるなら、ある意味武器防具以上に役立つアイテムになるだろう。
「生モノを持ち帰るとき、 保存魔法をかけなくて済むんですね♪」
一方、アニーは保存機能があることを喜んだ。倒した魔物に《保存》の魔法をかけるのは彼女の仕事だったからだ。
「まぁ神々から見たら、ごくありふれたつまらない代物だが、貴様ら人類からすれば涙が出るほど素晴らしい一品であろう?」
(そうだけど、言い方!)
ナチュラルに人類を見下す態度にイラッとする。相手は本当に神であり、人類よりはるかに優れた能力を持っているのだから仕方ないとも言えるが、それはそれとしてイラッとするのも仕方ない。
気を取り直して質問を続ける。
「それでその施設には、どんな魔物が出るんです?」
「そこまでは分からん。こちらは過去の記録から見つけただけだからな。だが施設の性質上、悪霊が出る可能性はあるな。万全の備えで挑むがよい」
その後、施設の正確な位置を教えてもらい、今週の通信は終了した。
……終わってから他の『勇者』の件を忘れていたのに気付いた。神器の情報に気を取られ過ぎたのだ。
「ごめん……他の『勇者』について聞けなかった。あの様子だと何か知ってそうだけど……」
「ははは、気にしなくて良いですよ。あれ以上聞いても無駄でしょうし」
篤志は肩をすくめ、苦笑した。炎の神も回答をはぐらかしていたし、冥王が素直に答えてくれるとは思っていなかったのだ。
「まぁ、だいたい予想は出来るわ。たぶん神様同士で競争してるのよ。誰が召喚した勇者が邪神を倒すのか。そうじゃなきゃ勇者全員で協力させるはずよ」
イリスは腕を組み、顔をしかめながら言った。情報が少ない中での推測だが、それでも彼女の眼差しには確信が感じられた。
「……でもなんで、そんな事を?」
「邪神を倒すと神様にも見返りがある……もしくは単なる遊び、とか」
裕真の問いに彼女は一瞬だけ目を細め、少し遠くを見つめるようにして答える。
「皆さん、憶測に憶測を重ねるのは良くないですよ。今はまだ情報が少なすぎます。そもそも現在、ユーマさん以外の勇者がいるかも分かりませんし」
篤志の言葉にイリスはうーんと唸った。確かに不明な点が多すぎて、現段階で推測しても意味がないだろうが……。
「……まぁそうね。今は『神器』を手に入れることに集中しましょう」
「じゃあ『ダンジョン』探索になるわけですね! そうなると専門家が必要です。『トレジャーハンター』を仲間にしないと」
と、アニーは少し声を弾ませて言った。今から楽しみで仕方ない様子だ。それも無理はない、一般人が『神器』を見る機会など、一生に一度あるかないかのものだからだ。
「トレジャーハンター?」
一方、またしても飛び出した未知の単語に首をかしげる裕真。その様子に気づいたアニーは、いつものように解説してくれた。
古代、この世界には銀行のように、安心して財産を預けられる施設など存在しなかった。大切な財産は自分の手で守らなければならない。
そのため、古代の権力者達は地下迷宮を造り、侵入者を撃退する罠や守護者を配置して財産を守ったのだ。
そこから転じて、お宝が眠る危険な場所全般が『ダンジョン』と呼ばれるようになった。
ドラゴンの巣穴、妖術師の塔、ゴブリンの砦、古の都市遺跡、希少な鉱石が採れる洞窟、財宝を抱えた沈没船、高価なキノコが生える森……
地下であれ地上であれ、人工物であれ天然物であれ、それら全てがダンジョンとして認識されるようになったのだ。
「そういった『ダンジョン』を攻略し、お宝の入手を専門にしてるのが『トレジャーハンター』なのですよ」
「鍵開けや罠解除、マッピングといった探索に必要な技術を持ってるわね」
「ほほぅ RPGのシーフみたいなもんか」
「ちなみに、トレジャーハンターもハンターの一種としてハンターギルドに所属しています。専用のギルドは存在しません」
とアニーは補足した。大抵のダンジョンは魔物の住処になっており、探索するうえで魔物との戦闘は避け難い。なので戦闘に長けたハンターと組んで仕事をするのが一般的なのだ。
「ただひとつ問題が……トレジャーハンターに信頼できる知り合いがいないんですよね……」
先ほどまでのウキウキした様子から一変、表情を曇らせ頬杖をつくアニー。
「未探索のダンジョンがある!って言えば、100人でも集まるんだろうけど、『神器』を持ち逃げされたら困るし」
イリスも軽く眉をひそめ、リスクについて指摘した。
「あ~……そういう危険もあるのか……」
ゲームのキャラではなく生身の人間である以上、裏切りのリスクがあるのは当然だった。まだゲーム感覚が抜けきらない自分を心の中で戒める。
「それならボクにお任せ下さい! 早速お役に立てますね!!」
篤志が小さく手をあげ、自信満々に名乗り出た。
「トレジャーハンターに知り合いがいるの?」
「いいえ、ですが人を見る目には自信があります! 必ずや皆さまの御眼鏡に適う人材を見つけてきますよ!!」
そう言うと、胸を張り意気揚々と出発していった。
「大丈夫かな? 結構遅い時間だけど……」
街はすでに日が暮れ、子供や朝が早い仕事の人は眠りに着く時間である。
「まあ、この街は治安が良いし、よほど変な所に入りこまなければ大丈夫よ」
「アツシさんは商人ですし、それぐらいは心得ているでしょ」
「まあ、それもそうか」
【 一時間後…… 】
篤志さんが外出している間、裕真たちはご馳走の残りを平らげ、食後のティータイムを楽しんでいた。
今後の計画について話したり、他愛もない雑談をしながら、彼の帰りを待ち侘びていると――
「ただいま戻りました~」
部屋の扉がガチャリと開き、篤志が戻ってきた。
「あ、お帰りなさい。思ってたより早かった――」
篤志さんの姿を見た瞬間、一同は思わずお茶を吹き出してしまった。
その服はなぜかビリビリに破け、千切れた布が辛うじて身体に張り付いているだけで、細マッチョな身体がほとんど露わになっていたのだ。
追いはぎにでも遭遇したのだろうか?
「ちょっとどうしたの! アツシさ……アツシ!」
「なんで裸!?」
「トレジャーハンターの集まる酒場を回っていたら、チンピラに絡まれてしまいましてね……危うくホ〇レ〇プされるところでした……」
追いはぎの方がマシだった。
初日に出会った盗賊といい、この世界ではそういう趣味が一般的なのだろうか? それともこの人はそういう輩を引き寄せるフェロモンでも発しているのか……。
「ですが苦労の甲斐あって、頼もしいトレジャーハンターに出会えました! こちらの『ラナンキュラス』さんです!」
篤志がそう言うと、扉の陰から小さな人影が姿を現した。
「ど… どうも」
ラナンキュラスと呼ばれた少女が、気まずそうに挨拶する。
外見の年齢は小学校高学年から中学に上がったばかりというところ。ワイルドに乱れたショートカットの青髪、袖を捲り上げたジャケットに短パンという少年のような格好で、胸の膨らみも全く無いが、腰と太ももの丸みから少女であることが分かった。
「ええと……出会って間もないみたいだけど……信用出来る人なの?」
戸惑った様子で尋ねるイリス。
「ええ、もちろん! ボクがホ〇レ〇プされそうになったのを助けてくれたのですから!」
「ま…まぁ、目の前でホ〇レ〇プされようとしてたら流石に助けるだろ、普通」
なんでこの少女が微妙な表情をしているのか分かった。目の前で成人男性がホ〇レ〇プされそうになる光景なんて、この年頃の子には刺激が強すぎる。そりゃこんな顔になるというものだ。
それはともかく、もうひとつ気になる点があった。
「あの、アツシさ…アツシ、さすがにちょっと若すぎない? 彼女、どう見ても子供……よくて中学生ぐらいだろ?」
裕真の言葉に少女の顔が強張り、眉を吊り上げた。
「おい、人間! 見た目で判断するな! 俺は『ドワーフ族』だぞ!!」
「え…!? ドワーフって、あの!? 指輪のギ〇リとか、〇ードスのギ〇とかの!?」
『ドワーフ族』とは、この世界に生きる人類の一種である。
ニンゲン族より背丈は低いものの、頑強な肉体と長い寿命を持つ。鍛冶仕事を好む者が多く、良質な鉱石を求めて鉱山の近くに住むのが一般的だが、彼女のようにニンゲン族の街で暮らす者も少なからず存在する。
「俺は32歳だ! お前らのケツが青い頃からハンターやってるんだよ!!」
「32歳! 俺の倍以上!? は~……大先輩だったんですね……」
彼女の実年齢を知り、少し感動した。漫画など創作物でよくある「見た目は子供、実は大人」というのを実際に見ることができたからだ。
「これは失礼しました。俺、あまり他種族に詳しくなくて……。ドワーフの女性がこんなに可愛いとは知りませんでした」
可愛い。それはお世辞ではなく、本心から自然に出た言葉である。
エメラルドグリーンの大きな瞳、小さくて形が良い鼻、柔らかなカーブを描く丸い顔、ほんのり桜色のほっぺ。彼女の顔には愛らしい要素がたっぷり詰まっていた。それは裕真が知っていたドワーフのイメージ(ガチムチで髭もじゃのおっさん)とまるで違うものだった。
しかし、よくよく考えてみると、年上の人に「可愛い」と言うのは逆に失礼に聞こえるのではないかと心配になった。怒らせてしまうかもしれないと思ったが――
「か……かわいいって……。まぁ、分かれば良いんだよ! 分かれば!」
満更でもなさそうで安心した。
頬を赤らめ照れくさそうにするその仕草は、見た目通りの12〜13歳ぐらいの少女のようだ。
その様子を見たアニーが、ふと疑問を口にする。
「あの……ドワーフの32歳って、人間でいうと13才ぐらいでは?」
「13?」
後に聞いた話だが、ドワーフの寿命は人間の2.5倍らしい。
つまり、32÷2.5=12.8。おおよそ13歳ぐらいという計算になる。
それを指摘されると、ラナンキュラスの紅潮した頬が更に赤くなった。
「い…… いいんだよ! 俺は人間の街で育ったんだから、歳も人間基準で!!」
「アッハイ」
慌てた素振りで手を振り回しながら釈明する姿を見て、やっぱり13歳ぐらいの女の子なのだなと確信した。
一生懸命に大人ぶろうとする様子は微笑ましく、頬が緩みそうになるが、なんとかそれを堪える。今ここで笑ったら、間違いなく彼女の機嫌を損ねるだろうし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【 おおとり亭 一階酒場 】
五人だと流石に狭いので、一階の酒場に移る。
大人数用のテーブルに着いた裕真は、これから向かう予定のダンジョンについて説明した。
そこでは非人道的な研究が行われていたこと、そして『神器』が存在することも明かした。
イリスから「正直に話しすぎじゃない?」とたしなめられたが、これから命懸けのダンジョンに挑む仲間に嘘はつきたくない。
もっとも、冥王の話だけはさすがに伏せた。それについて話すと邪神討伐の件にまで巻き込んでしまうので。
「なるほど、『魔法帝国』ならやりかねないな」
「……お? 信じるの?」
思わぬ反応に裕真は驚いた。イリス達のように「信じられない」と否定されると思っていたのだ。
「ああ、オレらの間じゃ有名な話だからな」
彼女が言う「オレら」とはトレジャーハンターのコミュニティを指す。
彼らはダンジョン探索の際、そこに残された設備や遺物から、魔法帝国の闇を垣間見る機会が多かった。
「ただその話をすると、帝国信者がシュバッてきてウザ絡みしてくるんだよな。『魔法帝国はそんなことしない!』『ホラ吹きだ!』『陰謀論者め!』って。だから普段はその話をしないわけ」
「そうなんだ……」
魔法帝国が滅んで千年以上経過した今でも、帝国を信奉する者は少なくない。
その中には高名な学者や貴族といった上流階級の者も多い。そういった連中に目を付けられたら絶対に面倒なことになる。なので、その件に深入りしないのがトレジャーハンターにとって暗黙のルールになっている。
彼らの目的は財宝であり、歴史の闇を暴くことではないのだから。
「で、その研究施設だが、かなり危険なダンジョンだと思った方が良い」
「危険? 1,500年前に放棄されたのに?」
「甘いな。魔法使いってのは秘密主義の偏執狂で、自分の研究を他人に知られるのを死ぬほど嫌う。たとえ放棄する施設でも、痕跡から研究を悟られないよう、侵入者を殺す罠を仕掛けておくもんだ」
魔術師に対する偏見が滲む発言にアニーはムッとした。
……しかしよくよく考えれば、そう思われて仕方ない節があるのも自覚しているので、この場ではあえて反論しないことにした。
「まぁ罠や鍵開けは俺が何とかするとして……内部の魔物への対策は出来ているのか? アイアンゴーレムぐらいは確実にいるぞ?」
アイアンゴーレム。その言葉にハンターの少女2人が息を呑んだ。
その名の通り鉄でできた巨人は、魔法にも物理攻撃にも高い耐性を持ち、その圧倒的な腕力で数多くのハンターを粉砕してきた。イリスとアニーもその強敵に対して有効な攻撃手段を持っておらず、遭遇したら逃げるしかない。
一方、裕真は密かに目を輝かせていた。
日本では数多くのファンタジー作品に触れており、その中でもゴーレムは特にお気に入りのモンスターなのだ。
かつて某ゲームで、背景の一部だと思っていた彫像が突然動き出した時の興奮は今でも忘れられない。
そんなモンスターと実際に戦えるなんて夢みたいだ……と思いつつも、その感情を表に出すことは避けた。不謹慎だと思われたくないので。
「それなら問題ない。自慢じゃないけど、『賞金首』レベルの魔物じゃなきゃ負ける気がしない」
内心の昂りを抑えながら、冷静にそう告げる。
その発言を受け、イリスが微笑みながら付け加えた。
「あの『ナッツイーター』を倒したのは、このユーマなのよ」
もし疑いがあればギルドで貰った討伐証明書(賞金受取りの領収書のようなもの)を見せるつもりだったが――
「へぇ…… 噂には聞いてたけど、あんただったのか! じゃあ、戦力面では問題ないな!」
そうするまでもなく納得してくれた。
裕真の名声はトレジャーハンターの間でも広まりつつあるらしい。
「おう! 魔物の相手は任せてくれ!」
裕真は得意げに笑ってみせた。それは実際に4体もの賞金首を仕留めた経験からくる、確固たる自信の笑みであった。
……しかし、このとき裕真は、以前の通信で指摘された冥王の警告をすっかり忘れていた。
“神器を手に入れるには、死ぬほど苦労するぞ”