第15話 もう1人の『勇者』
それは星野裕真が召喚されるより7年前のお話――
大学に進学したばかりの青年『火野篤志』は、自宅にて昼食を作ろうとしたところ、何故かコンロが大爆発し、炎に包まれる。
次に気が付いた時には、異世界――この世界『カンヴァス』に飛ばされていたのだ。
そして『炎の神フレア』と出会い、裕真と同じくチート能力と邪神討伐の使命を授かった……のだそうな。
「――と、いうわけです」
「マジですか……」
上記の出来事を掻い摘んで説明する火野篤志、それを聞いて唖然とする裕真たち。ご馳走を食べる手も止まる。
「じゃあ、アツシさんも100万MPを貰ったんですか?」
「100万MP? いえ、ボクが貰ったのは『100万倍の筋力』でしたね」
『100万倍の筋力』
炎の神が火野篤志に授けたチート能力。その名のとおり筋力が常人の100万倍になる。それは単純に腕力だけでなく、肉体強度、機動力、運動神経、動体視力など『筋肉』に関わる身体能力全般が強化される事も意味している。
「ドラゴンも大邪鬼もワンパンで撃破! 向かうところ敵無しで、自分がスーパーマンになった気分でした」
懐かしげに語る篤志さんだが、その表情が次第に物悲しいものになっていった。
それを見て裕真は、この先の話が楽しいものではないと察し、気を引き締める。
「それで調子に乗ってしまいましてね....... “戦ってはいけない相手”に喧嘩を売ってしまったのです」
「……戦ってはいけない相手?」
苦い笑みを浮かべながら篤志は話し続けた。
それは今より6年前、カンヴァスに召喚されて1年ほど経過した時。この頃の篤志は完全に増長し、慢心していた。
自分こそ最強であると自惚れ、偉大な自分に相応しい富と名声を求めた。そしてハンターギルドで最も高い賞金を掛けられた魔物に挑んだのだ。
その魔物とは――
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死神属 【タナトス】
討伐レベル1,000
賞金 10億マナ
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この世界で最高難易度を誇るダンジョン『至天の塔』4444階に出没。
その姿を見たら死ぬ、その声を聞いたら死ぬ、その手に触れたら死ぬ、その目に睨まれたら死ぬ、その息を吹きかけられたら死ぬ、その影を踏んだら死ぬ、その真の名を知ったら死ぬ。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ……
命ある者が逃れられない「死」という運命の具現化。生きとし生ける者すべての天敵。
それが『タナトス』である。
なおタナトスという名はギルドが便宜上付けたもので、本当の名は別にあるらしい……が、誰も知らない。知った者は死んでしまうので。
篤志はこの死神を倒すため、金に糸目をつけずありったけの対呪殺装備を集めたのだが……
タナトスの息吹を一瞬浴びただけで、全て壊れてしまった。
その話を聞いた裕真は、背中に氷柱を差し込まれたかのような寒気に襲われた。
呪殺攻撃をしてくる敵は耐性防具さえあれば安心……と聞いてたが、それらを一瞬で消し飛ばせる化け物がいるというのだ。
それが討伐レベル1,000の実力……
レベル40のナッツイーターでさえ、楽勝だったとは言えないのに……。
「結果は惨敗……手も足も出ませんでした……。仲間たちも無駄死にさせて……ははっ、何がスーパーマンですか……」
思わず涙ぐむアツシ。6年経った今でも当時の悲しみを忘れられないのだろう。
裕真はその様子に居た堪れない気持ちになると同時に、これは他人事ではないと感じた。
チート能力を授かったからといって、無敵になったわけじゃない。増長したり油断すればアッサリと死ぬ。
死ぬのが自分だけならまだしも、大切な仲間たち……イリスやアニーが犠牲になるかもしれないのだ……。
……それはそうと、スーパーマンって結構負けてるよね、とも思った。映画1作につき1回は。
「それで戦うのが怖くなりましてね……神様に貰った力を返上して、一市民として慎ましく生きていこうとしたのです」
篤志は目を腫らしながらも語る。
チート能力を返上した後は、旅の途中でお世話になった商家に弟子入りし、この世界での商売のイロハを学び、娘たちと共に行商人として生活を送っていたのだ。
「……元の世界に戻ろうとは?」
「使命を果たしてませんし、妻子もいますからね。ですが……その妻を怒らせてしまいまして……」
“神様に力を返した!? 邪神はどうするの!! 世界がどうなってもいいの!!”
と言ったのは、篤志の妻『ハガネ』。
刃の精霊と契約した生粋の女戦士であり、パーティメンバーの1人だった。
篤志は彼女と恋愛関係となり、夫婦となったのだが……。
“もういいわ、あなたが戦わないなら、私は他の『勇者』を探して戦い続ける……子供達をよろしくね”
「などと言い残して、出て行ってしまいました……」
「他の『勇者』って、見付けるアテがあるんすか? いるかもどうか分からないのに」
「炎の神がちらっとそんな話をしてました。詳しいことは教えてくれませんでしたが」
炎の神がウッカリ洩らした話を元に、勇者、すなわち召喚された地球人を探して、ようやく見つかったのが裕真というわけだ。
ちなみに発見の決め手になったのはスマホである。裕真はこれを冥王との通信以外にも自分のMPと装備の耐久力の確認でちょくちょく使用しており、その光景を目撃されたのだ。
「もしや、七柱の神々がそれぞれ1人ずつ召喚したのでは?」
他にも『勇者』がいるというかも、という話にアニーが俄然興味を持ち、瞳を輝かせる。
「……ということは、チート能力持ちがあと5人も?」
それとは対照的にイリスは、なぜか浮かない浮かない表情をした。
「いやまぁ、きっちり7人とは限りませんが」
「そういや召喚されたのは7年前だそうですけど、娘さん達、7歳以下には――」
「ああ、はい、あの子達は養子です。その……死んだ仲間達の娘でして……」
「あ……すいません……」
死んだ仲間のことを思い出したのか、またしても篤志さんの顔色が曇る。
余計なことを聞いてしまったかな……と感じ、ばつが悪くなる裕真。
ちなみに篤志さんは26歳。実年齢より老けて……大人びているとよく言われるらしい。
「なるほど、話はだいたい分かりました。奧さんは邪神を倒す『勇者』を探してる。だからそのうちユーマの前に現れるかもしれない、と」
若干気まずい空気が流れる中、イリスが神妙な面持ちで話を切り出した。
「はい、そうです! それで……その、申し訳ないのですが……ボクをユーマさんのパーティに加えてくれませんか!?」
「なるほど、分かりました! そういう事なら、もちろん――」
「ちょっと待って、ユーマ!」
即答しかける裕真をイリスが遮る。裕真としては同郷の出身者という時点で合格なのだが……。
「あの、アツシさん……言いづらいんですけど、チート能力を無くした貴方に何が出来るんです? 私達は邪神討伐を目指してますし、無駄な人員を加えるつもりはありません」
「! ! ちょっと! そんな言い方は――」
失礼な物言いに憤慨する裕真。しかし、いつになく真剣な表情のイリスが裕真を手で制した。
これは失礼なのを承知で聞かねばならない事だからだ。
ハンターのパーティは只の仲良しグループではない、命懸けの狩りに挑む運命共同体だ。その中に足手まといがいればパーティ全体に危険が及ぶ。
しかし篤志は、このストレートな問いに動じるどころか、不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、そう言われると思ってました」
彼はそうつぶやくと、腰に吊るしたマジックバッグから2つのアイテムを取り出しテーブルに並べた。それはなにか鳥の彫刻が施された腕輪と、杖頭に銀の十字の装飾が付いた杖だ。
それを見てイリスとアニーは顔色を変える。
「あっ!? 《ホーリーライトの杖》と《ハヤブサの腕輪》!!」
「これ私達が探していたアイテムじゃないですか!」
「はい、貴方達が探していたと聞いて調達しました。……あ、料金はいりません、ほんの手土産です」
ささっどうぞ、と2点のアイテムを裕真に差し出す。勢いに気圧され、戸惑いつつも受け取ってしまった。
「お店で売ってなかったのに、どうやって!?」
「貴族、好事家、ハンター、魔導士など持ってそうな人達に聞いて回り、譲ってもらいました」
得意げに語る篤志に、裕真は素直に感心した。アイテムはお店で買うものだという固定観念に囚われていた自分に気付かされたからだ。
「どうです? ボクは役に立ちますよ? アイテム調達はもちろん、情報収集に 宿と乗り物の手配、戦利品の売却、税の支払い、地元の有力者への挨拶など、煩わしい仕事は全て引き受けます!!」
「つまりマネージャーをやってくれるわけか……それは助かります!」
裕真たちは賞金首三連戦に向かう前に、街中の魔道具屋を巡って必要なアイテムを買い集めたのだが、それが思いのほか面倒だった。最初のうちは見知らぬ商品を眺めるのが楽しかったが、次第に足取りが重くなり、憂鬱な気分になったものだった。
それを代わりにやってくれるというのだから、大助かりである。
「ええ、私も良いと思います。アイテムの調達、けっこう疲れますし」
アニーも同じ気持ちだったらしく、すぐに賛成してくれた。しかしイリスは未だに渋い顔のままだ。
「うーん……もう一つ聞かせてください。奥さんと再会できたら、なんて言うつもりです? “危険な事は他人に任せてボク達は家に帰ろう”とでも?」
「……!!」
失礼を通り越して悪意すら感じる言い草に、裕真は今度こそ抗議しようとしたが……その前に篤志が口を開いた。
「ボクは正直言って、真剣に世界を救おうなんて考えてませんでした。与えられた力に酔って、ゲーム感覚で暴れていただけで……」
篤志は目を細め、真剣な顔つきで静かに答える。
その張り詰めた空気に、裕真は手に汗を握った。
「ですから、妻がどれだけ正義感が強くて、真剣に邪神を倒そうとしてるとか考えてなかった……」
そう言うと篤志は物憂げに遠くを見つめ、妻の姿を思い浮かべた。
彼女は人の目を引き付ける美貌と豊満な胸の持ち主だった。大きな声では言えない話だが……惚れた理由の八割は外見だった。
「捨てられるのも当然です、彼女の事をまったく理解して無かったのですからね……。ですから、今度こそ彼女を理解したいのです。ボクは勇者としては失格ですが、夫として失格にはなりたくはない!!」
「……」
篤志の妻に対する熱い思いを知り、イリスは頬が熱くなるのを感じた。
この時点で彼に対する疑念はほとんど晴れたのだが、もうひとつ聞いておかねばならない事があった。
「娘さん達はどうするんです? 危険な旅になりますけど――」
「信頼できる人に預けるつもりです。それに勇者時代に貯えた財産もありますから、金銭面で不自由はさせません。……もちろん死ぬつもりはありませんよ? 念の為です」
その答えを聞いてようやく、イリスの顔から険がとれた。
「……うん、もう私に反対する理由は無いわ。よろしくね、アツシさん」
晴れやかな笑みを浮かべる彼女を見て、裕真はほっと胸を撫で下ろす。これで同郷の仲間が増える。
「よろしく! 篤志さん!!」
「はい! よろしくお願いします!」
裕真と篤志は、がっちりと堅い握手を交わした。
こうして新しい仲間、元勇者で商人の『火野篤志』さんがパーティに加わったのだった。
「あ、ボクのことは『アツシ』で良いです。『さん』付けも敬語もいりません、仲間なんですから」
「え? でも 篤志さんが一番年上ですし……」
困惑する裕真たち。
ちなみに裕真が15歳、イリスとアニーが16歳で、10歳以上年が離れている。そんな彼にタメ口を叩くのは、逆に気を使ってしまう。
「パーティの中でボクだけ『さん』付けとか、距離感あって寂しいじゃないですか。ここは日本じゃないんですから、年功序列とか無しで」
「は…はぁ……そう言うことなら。よろしくお願いしま…よろしく、アツシ!」
「はい!」
裕真はやりにくさに苦笑いした。この人、意外とひとクセあるのかも知れない。
わんおんわん♪ ふぉうふぉー♪ わーんふぉーおーる♪
その瞬間、裕真のスマホから着信のメロディーが鳴り響いた。
何事かと一瞬慌てるが、よくよく考えたらこのカンヴァスで裕真のスマホに通信できる者など1人しかいなかった。
「……あっ! 冥王様からの通信だ! そういや前回から1週間経つんだった!」
「1週間ごとに? そんな小まめに連絡くれるんですか? ボクの時はほとんど放置だったのに」
新たな仲間が加わってから、間を置かずの冥王通信。それは新たな『試練』への誘いだった。