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半導体の相棒

作者: ウナム立早


 あいつが家にやってきた時は、玄関のドアに砲弾でもぶち当たったのかと思った。


 まだ日が昇って間もないころで、まだ眠気が残っていたが、そんなものは吹っ飛んでいってしまった。ベッドから飛び起き、暖炉まで走っていく。火掻き棒を手につかんだ時に、もう一度ドアから音がした。


 どん、どん。ごく普通の、ノックの音だ。若干強いような気はするが。


「誰だ、いったい何の用だ」


 俺は火掻き棒を持つ手をゆるめず、ドアへ向かって尋ねた。


「セムシア王国魔法科学研究省の者です。本日より、トラート様のご自宅に配属される予定ですので、伺いました」


 聞きなれない言葉に少々混乱しつつも――そういえば、50日ほど前に届いていた手紙にそんなことが書いてあったな、そうか、今日だったか――覚醒しつつある俺の頭から、次々と記憶がよみがえってくる。


「入れ、ただし、ゆっくりとだ」


 そう言った間もなく、すごい勢いでドアが開き、石造りの壁に叩きつけられ、けたたましい音を立てた。反対側には、人のこぶしぐらいのヘコみがついている。


「申し訳ございません。ただいま、力の加減を調整している最中ですので」


 声の主は逆光に照らされて、姿が良く見えなかったが、輪郭はまちがいなく人の形だった。それはゆっくりとした動きで、片足を家の中に踏み入れようとしている。


「待て、お前の名前は何というんだ」


 足が床すれすれで、ピタリと止まる。


「申し遅れました。私はセムシア王国魔法科学研究省製造の試作型機械人ヒューマノイド、メタリック・アルファ・エイチ・イーといいます」


 途中から全然頭に入らなかった。ともかく、手紙に書かれていたこいつの名前も、そんなだったような気がする。俺はようやく、火掻き棒を暖炉へと戻した。


「ああ、わかった。俺の身の回りを世話してくれるっていう、機械人さんだな? どうぞ、入ってくれ」

「かしこまりました。以後、よろしくお願いいたします」


 そういって機械人はお辞儀をしてから、家の中へと入っていった。


 ギギッ、ギシッ、ミシィッ。


 一歩一歩の度に、木でできた床は大きくきしみをあげている。まるで家が、こいつは異物だと訴えているかのようだ。俺は礼儀に関しては無頓着なほうだが、家のほうはそうでもないのかもしれない。


 手が届くぐらいの間合いに機械人が来たとき、ようやくそのツラを拝むことができた。


 率直に言って、驚いた。大きな青色の瞳に、真っ白で陶器のような質感の肌、薄い金色がかかった髪の毛、そして、王国の城内にいるメイドのような服を着ていた。機械らしい箇所と言えば、耳のあたりの大きな丸い部品と、服の上から装着されている装甲アーマーが肩と腰回りにあるだけだ。


 瞬時に記憶をたぐり寄せてみても、俺の知る機械人――いや、魔王軍が使っていたのは機械兵だったか?――とは似ても似つかないものだ。そこら辺の廃品スクラップを寄せ集めたような風体で、言葉が通じるかも怪しいもんだった。こいつはまるで、女の子が遊ぶお人形さんみたいだ。


「何か、お手伝いできることはありますでしょうか?」


 黙々と観察していた俺に、機械人が切り込んできた。少年とも少女ともつかない声色だが、近くで聞くと、金属同士を叩いたような音がかすかに響いてくる。


「お手伝い、ねぇ」


 お手伝い。ぱっとは思いつかなかった。何しろここ千日の間、俺はずっと一人暮らしで、王国から家も金も与えられて、悠々自適の生活を送っているのだ。別に手伝うことなんて――


 困ってあたりを見回すと、朝日に照らされた部屋の中で、埃が舞い上がっているのに気がついた。


「そうだ、掃除をしてもらおうか。とりあえず玄関のまわりをきれいにしてくれ」

「玄関まわりの掃除、ですね、かしこまりました」


 そう言うと、機械人は首からキュイキュイと音を立てながら、何かを探し始めた。


「ああ、そうだな。ほうきならこっちにあるぞ」


 俺は部屋の隅に立てかけてあった箒を指さした。


「ありがとうございます」


 機械人は指さした方へと歩いて行ったが、途中、俺はその箒の柄に埃がかぶっているのに気がついて、あわてて走っていった。


 掃除するための道具が埃まみれなんて、みっともねえ。


 埃を手で払いながら、伏し目がちに機械人へと渡した。機械が相手なんだから、そんな恥ずかしがる必要はないんだが、どうも、姿形が人に近いとやり辛い。


「お優しいのですね」


 箒を手に持った機械人の一言に、少し寒気がした。


「研究省の方々が言っておられました。トラート様はS級英雄の中でも、お人好しで優しい性格の人だから、心配ないと」

「へえ、そっちじゃそんな噂が通ってるのかい。ありがたいね」

「ちょっとズボラで、単独行動を好むから注意すべきとの忠告も頂きましたが」

「……そっちはおおむね当たってるな」

「では、掃除はお任せください。トラート様はこれから、何をなさいますか?」

「何って、別に……ちょっと横になってるよ」

「かしこまりました」


 玄関の近くを掃きはじめた機械人を尻目に、俺はさっきまで寝ていたベッドへ横向きに倒れこんだ。そして、小さくため息をつく。


 お人好しで優しい性格か、まったく、よく言うよ。やっぱり断った方が良かったかなあ。


 魔法科学研究省から送られてきた手紙のことを思い出した。飴玉キャンディを砕いて振りかけたような、過剰な装飾の封筒にその手紙は入っていた。


『セムシア王国の魔法科学研究省より、ご挨拶申し上げます。この度、我々はついに意志を持った機械の開発に成功いたしました。つきましては、今この手紙をご覧になっている、偉大なる英雄のトラート様に、試作型第一号の試験運用をお願いしたく――』


 記憶に残っている内容は、だいたいこんなものだ。その気になれば、断ることもできただろう。しかし、特に目的もなくだらだらとした毎日を過ごしていた俺に断る理由なんてなかったし、むしろちょっとした退屈しのぎにはなるかなとさえ思っていた。


 よもや、これから機械と一緒に生活することになろうとは。


 俺はこっそり機械人のほうを見る、掃除をしている所作は人間と変わらないが、動きは若干遅い、というより、ぎこちない。さっきも力加減を間違えていたようだし、まだ体の動かし方に慣れていないのだろうか? 体格は俺より頭一つ小さい程度だが、中身は意外と幼いのかもしれん。


 いろいろと思索をしているうちに、わずかながら愛着が芽生えてきた。


「おーい、ちょっと」

「はい、なんでしょうか、トラート様」


 機械人は動かしていた箒をピタリと止め、顔だけこちらに向けて返答した。


「名前はなんていったっけ」

「名前ですか? 私は、メタリック・アルファ・エイチ・イーと申します」


 俺は少しの間、眉間をつまんで考える。


「……メタリーって呼んでもいいか?」

「メタリー?」

「いや、嫌ならいいんだ。名前が長くて呼びづらいから、ちぢめてみようかなー、なんて」

「いえ、トラート様が呼びやすいのなら、私のほうは問題ありません」

「そうか、じゃあよろしくな、メタリー」

「――はい、改めて、よろしくお願いいたします」


 小さくお辞儀をした後、メタリーはそそくさと掃除を再開した。なんだか、照れくさそうに見える。いやいやそんなはずはない、相手は機械じゃないか。


 俺は体を反転して、目をつむった。なんだか、懐かしい感じがする。そういえば、あいつと最初に会った時はどんな感じだったかな。あいつも暇な毎日を過ごしているのだろうか。……メタリーは、俺の新しい相棒になれると思うか? なぁ、メルト……。


 メタリーが箒を掃く音が、徐々に遠ざかっていった。




――……トラート、トラート! 起きてくれ!」


 暗闇の中で声が聞こえてきて、目を覚ました。この声は俺のよく知っている声だ。


「その声は、メルト! 久しぶりだな、どこにいるんだ?」

「トラート、こっちだ。速く来てくれ」


 俺は闇の中、声がする方向へ迷いなく歩いていく。進んだ先には、大きな鉄格子があった。


「トラート、私はここだ」


 鉄格子の向こうから声が響く。だが鉄格子の中も真っ暗で、メルトの姿は見えない。


「メルト、姿を見せてくれ、どうしてそんな所にいるんだ」

「ここは暗くて、冷たい、そして……何もない。寂しいんだ、トラート。早くここから出してくれ!」

「メルト! 待ってろ、今すぐ出してやる」


 俺は鉄格子を掴んでゆすってみるが、びくともしない。鍵がかけられている箇所がないか探してみたが、どこにも見当たらない。


「トラート、トラート。どこだ、早くしてくれ、意識が無くなりはじめた……。このままだと、私はもう二度と……」

「メルト! 俺はここだ! ここにいるぞ!」


 鉄格子の隙間から、必死で手を伸ばす。しかしその手は暗闇をなでるだけで、その奥にいるはずのメルトには届かない。


「トラート、私を置いていくのか。見損なったぞ……この……たわ……け……が……」

「メルトー!」




――……もし、もしもし。トラート様」


 目を開けると、大きな青い光がふたつ、目の前にあった。だんだんと目の焦点が合ってきて、それは白い肌の無機質な表情へと変わる。


「お目覚めになられましたか、トラート様」

「あ、うん、メ……メル……メタリー、か」

「ずいぶんうなされていたようですが、気分はいかがでしょうか」

「いや、問題ない。ちょっと、悪い夢を見ていただけさ」


 俺は半身起き上がり、軽く伸びをする。乱れた髪を整えている時に欠伸あくびもでた。


「精神衛生に問題は無いようですね、かしこまりました。掃除のほうは終わりましたので、私はこれからエネルギーユニットの設置作業に入りたいと思います」

「掃除終わったのか、ご苦労さん。それで、何だって? エネルギーなんとかを設置するって?」

「はい、私のような機械の体は電気的なエネルギーを多く消費するので、内蔵された魔力石だけではまかないきれないのです。先ほど、魔法科学研究省からのポータルで、設置機材が届いたところなのです」


 玄関横を見ると、大きな板が何層にも重なったものが縄でくくられており、そのほかに細々とした金属製の機材が規則正しく置かれていた。これでどうやってエネルギーを得るんだ? 俺にはまったく見当がつかなかった。


「そうか、じゃあこの機械を設置するのはメタリーに任せるよ。俺はちょっくら、外出してくる。夕方までには戻るだろうから、それまで家の中で好きにやっていいぜ」

「かしこまりました」


 外出とは言ったものの、特に予定があるわけでもない。ぶらぶらと町中を散策するつもりだ。別に一日中家にいることもできるんだが、メタリーが掃除だのなんだのやってくれてる中で、俺だけがのんびりしているというのもなんだか忍びなかった。


 俺が出かける支度をしている途中で、不意に、メタリーのほうから俺に話しかけてきた。


「すみません、トラート様。ひとつよろしいでしょうか」

「ん、なんだ?」

「トラート様がうなされていた時、なんども口にされていた言葉がありまして、……『メルト』というのですが」


 上着のボタンをかけていた手が止まる。


「なんだ、気になったのか?」

「いえ、そういうわけでは……」

「昔の相棒さ」

「相棒、昔の」

「魔王軍が暴れまわっていたころ、共に暴将カタクリーズをたおした、俺の唯一の仲間だよ。ほとんどあいつのおかげさ。カタクリーズに復讐できたのも、俺がS級英雄として名声を得ることができたのもな」

「……」

「……そいつは今、何しているのかわかんねえけどな。少なくとも、俺よりも退屈な――


 喋っている途中で、メタリーのほうを見てみると、玄関横で機材に手をかけたまま動いていなかった。


ちょっと喋り過ぎたか? それともまさか、嫉妬しているのか? 機械なのに? とにかくこの話題は切り上げたほうが良さそうだ。


「まあ、昔の話さ。今は魔王軍も壊滅して、平和な世の中だからな、あいつもそれなりに暮らしているだろう。それじゃあ、俺は出かけてくるから」

「……いってらっしゃいませ」


 反応するまで、若干間があった。やっぱり、何か思うところでも……いや、考えるだけ無駄か。


 俺は機材の縄をほどきはじめたメタリーを横目に、そそくさと家を後にした。




「やあ、トラートさん! 今日もお元気で!」

「トラートさん、新しい酒が入ったわよ。今晩どう?」

「トラート様、家具は傷んでいませんか? お取替えならいつでもご用命を!」


 町中でこんなふうに声をかけられるのは、俺の、いやS級英雄の日常だ。


「今季は根菜の出来がよくてのぉ。たくさん余ってるから、もらっといてくれ」

「いやいや親父さん、無料タダは悪いよ。きちんとお金は払っとくから」


 こんな調子で、食うものに困ることは無いと言っていい。お金だって、100日ごとに王国から支給されている。ひとりの人間が欲を出さずに過ごすには十分すぎるほどの金額だ。


 平和で、なんの不自由ない生活。できれば、こんな生活をあいつ――メルトと共に送って見たかった。


 夢にまで出てくるぐらいだ、俺の頭にはまだメルトへの未練が残っているのだろう。尊大なやつだったが、誇り高く、面倒見もよかった。


 あの時は同じ目的をもって戦っていた。俺も、メルトも、魔王軍の最高幹部である暴将カタクリーズに故郷を滅ぼされ、その中で唯一生き残った存在だった。


「軸がぶれているぞ、たわけ!」

「目線が定まっていない! 落ち着いて相手を見るのだ!」

阿呆あほう! 常に奇襲を頭に入れて動かんか!」


 平和な町中にいても、メルトの叱咤しったが頭をよぎることがある。メルト、もう戦いは終わったんだぜ。ふらふらと町を歩くぐらい許してくれよ。


 でもそのおかげで、俺はただの村人から立派な剣士に成長し、ついには俺とメルトだけで暴将カタクリーズの撃破という偉業を成し遂げたのだ。他にもいろいろと戦果は上げていたのだが、S級英雄に認定されたのはこの偉業によるところが大きい。


「やった……! ついにやったぜ! 俺たちの手で、父さんや母さん、そして村人たちのかたきを討ったんだ!」

「見事だトラート! 本当によくやった。これで、私を守護してくれた村の人々も浮かばれることだろう……」


 厳しいメルトもあの時ばかりは、手放しで俺を褒めていた。少し泣いていたようにも聞こえ――いやきっと、泣いていたのだろう。


 町の広場で腰かけながら思い出に浸っていると、町の中心にある教会の鐘の音が鳴った。


 おっと、そろそろ帰るとするか。結局食料やらなんやらいろいろ貰っちゃったな。そういえば、メタリー、あいつは料理ってできるのかな?


 新しい同居人の事を考えながら、俺は帰路についた。




 空に赤みがさしてきたころ、俺は自宅のある区画へと到着した。家に近付くと、何者かが屋根の上で動いているのが見える。


 泥棒か?


 一瞬そう思ったが、特徴的な金色の髪が揺れるのを見て、肩の力が抜ける。そしてよくよく見ると、屋根の上に長方形の黒い板が何個も並んでいる。


「おーい、メタリー、帰ってきたぞ」

「トラート様。おかえりなさいませ」

「それが、エネルギーを取り入れる装置ってやつか? なんか大掛かりだな」

「申し訳ありませんトラート様。まだ作業中でして、まもなく終わる予定です」


 しまった、一緒に手伝ってやるべきだったかと思ったが、後の祭り。仕方なく俺は荷物を家の中に置いて、メタリーの作業が終わるのを待った。


「あとひとつ、右端のエリアに設置すれば……あっ!」


 屋根の右端に移動しようとしていたメタリーが、バランスを崩す。


「危ない!」


 俺が叫ぶのと同時だった。メタリーは屋根の端から、地面に向かって転落した。


 すぐさま駆け出し、落下地点に回り込んだ俺は両手でメタリーを受け止める。


 おもっ!


 メタリーの重量は想像以上だった。おかげで地面にくっきりと尻の跡がついてしまった。


「トラート様! 大丈夫ですか!」

「だ、大丈夫だ。メタリーこそ、どこか異常はないか」


 尻をさすりながら、強がりを言ってみる。メタリーは表情こそ変わらないが、声や雰囲気から心配そうな感じが伝わってくる。


「私のほうは大丈夫です。ああ、お尻をそんなに汚してしまって……」

「心配ないさ、この程度なら洗えば落ちる。それよりも、あの……板みたいなやつの右端部分は明日にして、今日は家の中に戻ってくれ」

「トラート様……」

「気にするな、誰だって失敗はある」


 申し訳なさそうなメタリーを先に家に入らせて、俺は玄関前で尻についた泥をはらった。


 そういえば、落ちてきたメタリーをキャッチした時、重くはあったが、そんなに固い感じはしなかったな、むしろ柔らかかった。機械なのに。いったいあの体はどういう素材で――


 ちょっとした疑問が浮かんできただけだったが、途中で小恥こっぱずかしくなって、鼻をすすりながら玄関のドアを開けた。


 家の中に入ると、空気がいままでと違っていた。鼻通りが良いような気がする。メタリーが掃除してくれたからだろうか。


 そしてもう一つ違う点は、俺がほとんど使っていなかった台所に、様々な調理器具が並べられていることだった。


「メタリー、その鍋やナイフはどうしたんだ?」

「あ、トラート様。これらの調理器具も、トラート様がお出かけになっている時に、魔法科学研究省から送られてきたものでございます」


 どうも魔法や研究をやっているやつらってのは、物事を小出しにするのが好きらしい。


「そうだったのか。ということはお前、料理もできるのか?」

「はい、まだ訓練不足で、時間もかかりますし、満足のいくものができないかもしれませんが……」

「いや、作ってくれるだけでもありがたいよ。あ、それとさ、さっき町で買った食料もあるんだ、好きなだけ使ってくれ」

「ありがとうございます」


 俺はベッド横の椅子で本でも読んで待っておこうかと思ったが、メタリーがちゃんと料理できてるか気になって、本の内容が頭に入ってこない。とうとう本をベッド脇に置いて、今回もメタリーの観察を楽しむことにした。


 動きはやはりぎこちないが、それでも鍋の煮込みや、材料を切ったりするのは何とかやれているようだ。俺は料理の素人なので、ちゃんとした評価をすることなんてできないが。


 キッチンを左右に移動するときに、服がひらひらと揺れ、その隙間からわずかに白い肌が見えている。服装やボディラインからして、メタリーは女性を基準に造られているのは間違いない。なぜ女性なんだろう。胸もそれなりにあるし、もしや夜にしか発動しない機能なんてのも――


「メタリー、ちょっと聞くんだが、あの屋根に取り付けた板はどうやってエネルギーを取っているんだ?」


 よこしまな妄想に発展しそうになったので、俺は全く関係のない質問をメタリーに投げかけた。


「エネルギーユニットのことでしょうか?」


 振り返ったメタリーの、青い瞳が輝く。あまりにも透き通った瞳で、なんだか俺の心の内が見透かされそうな気さえする。


「あれは、日の光を電気のエネルギーに変える装置なのです。異世界から伝来した物品のようですよ。そこに垂れ下がっている電線ケーブルを私の腰にある受口ソケットに差し込むことで、エネルギーが得られる仕組みです」


 見ると、天井から黒いヒモのようなものが伸びており、暖炉近くの椅子に末端が結び付けられていた。いつの間に。


「ふーむ、それじゃあお前さんも、食うものに困るってことはなさそうだな。お天道てんとさんの光ってのは、未来永劫、尽きることは無いわけだし」

「でも、一日でとれるエネルギー量は限界がありますので、なるべくエネルギーを消費しないような行動を心がける必要があるのですよ」

「へー、そっちはそっちで大変なんだな」


 人間どうしみたいに、普通に会話ができるじゃないか。会話が一区切りした後で、ふとそんな思いがよぎった。メタリーの会話能力もそうだが、それ以上に、俺自身がメタリーと溶け込んでしまっていることに驚いている。


 俺の性質たちによるものだろうか。人を相手にするよりも、無機質な物に近いやつの方が、相性がいいのかもしれない。昔から、そんな感じはしていた。もしかしたらそれを見越して、研究省のやつらは俺を選んだのかもしれない。


「お待たせしました、料理が出来ましたよ」

「おお、思ってたより早いじゃないか」


 俺は椅子から立ち、湯気の立つごちそうが待つテーブルへと向かった。


 テーブルの上に並べられていたのは、パンが二つ、肉の燻製くんせいが二つ、そして大きめに切った根菜のスープが一つだ。うーん、シンプル。


「では、いただきます」

「どうぞ、お召し上がりください」


 それぞれの料理を口に運ぶ。うん、見た目通りの味だ、実にシンプル、決してまずくはない。それゆえ、どう反応リアクションしていいか悩む料理だ。だが、テーブルの向い側でじっと俺を見つめているメタリーの存在を考えると、少し演技をせざるをえないようだ。


 俺は空いた方の手で、丸のサインを作ってみせながら言う。


「いいじゃないか! 素材の味がいきている」

「お口に合うようで安心しました。嬉しいです」


 メタリーは喜びを表現したものの、顔は今まで通りの無表情だ。俺は少し、意地悪な質問をしてみたい気持ちになった。


「あのさ、メタリーは、笑ったりとか泣いたりはできないのか?」


 少しの間、テーブルの上に沈黙が漂う。


「できます」


 メタリーは表情を崩さずに言った。


「じゃあ、笑ってみてくれるか?」

「かしこまりました」


 そう言うと、メタリーから今までの仏頂面が消え去り、パッと明るい笑顔が現れた。口角は上がり、目も細く半円を作っている。誰が見たって満面の笑みだと答えるだろう。


 しかし、あまりに急な変わりようだったため、俺は逆に驚いてしまった。


「うおっ、びっくりした! そんな急に表情が変わると、かえって不気味に見えるぞ」

「……申し訳ございません。表情もまだ、訓練中ですので」


 メタリーは無表情に戻ったが、しかし俺はその顔に別のものを感じた。


 ――怒っている? 


 本当に怒りの気持ちがメタリーの中にあるかはわからないが、どちらにせよ女性に対する発言として礼を失していたかもしれない。


 俺は悔いる気持ちで、視線を下に落としてスープをすすっていると、メタリーの体から小鳥のさえずりのような音が響いた。それとともに、メタリーはテーブルから立ち上がる。


「トラート様、申し訳ございません。私のスリープの時間が近づいてまいりました」

「スリープ? もう寝るのか」

「はい、エネルギーを早くから使いすぎてしまったのかもしれません」

「そうか、初日から働かせすぎてしまったのかな」

「とんでもございません。それに、明日の夜明けにはエネルギーがフル充電チャージできる見込みですので、今日のように誠心誠意お手伝いをさせていただきます」

「頼もしいね。また明日、いろいろお願いしてみようかな」

「お任せください。それと、トラート様、今からスリープの準備をしなければなりませんので、心苦しいのですが……」


 メタリーは、視線をテーブルの上の食器に向ける。大体は食べ終わって、後は半分ぐらいのパンとスープが残ってるだけだ。


「ああ、わかった。食器の後片付けだな、それぐらいお安い御用さ。心配せずに、眠りにつく準備をしてきな」

「申し訳ございません。よろしくお願いします」


 メタリーは深く礼をした。


「それではトラート様、おやすみなさいませ」

「おやすみ」




 食器を洗いながら、俺は椅子に座っているメタリーを見つめていた。


 あれで、眠っているのか。


 目は閉じたまま、手を膝に置き、両足をくっつけた状態で座っている。肩の凝りそうな姿勢だ。腰のあたりからは、先ほど説明してくれた黒い電線が繋がっている。


 まったく無防備だな、あれじゃイタズラし放題じゃねえか。


 最後の食器を片付け終わったとき、またしても下衆ゲスな欲望がにじみ出てきたが、さすがに機械相手に一線を越えるわけにもいかない。ましてやメタリーは、俺の新しい相棒なのだ。


 俺は棚から果実酒を取り出して一口飲むと、そのままベッドのほうへと向かった。




********




「くっ、ここの村もひどい有様だ」


 俺がやってきた時には、村の中は凄惨な略奪が行われた後だった。人らしい人はなく、あるのはおびただしい数の死体と、奴らが取りこぼした戦利品の残骸ばかり。民家には漏れなく火がついており、消し炭になっているものも少なくない。


「このやり口、やはりカタクリーズ軍団の仕業か……」


 襲われた村を見るたびに、あの頃の恐怖と怒りが際限なく湧き上がってくる。奴らは奪うだけ奪い、殺すだけ殺し、最後は村中隅々まで火を放って立ち去ってしまう。俺が生き残れたのは、幸運というほかなかった。母は地下の古井戸の中に俺を隠し、必死の抵抗を続けていた。奴らが立ち去った後、俺が見たのは玄関で剣を握ったまま死んでいた父だった。


 それから月日は流れて、今の俺は傭兵として各地を転戦している。目的は一つ、村を滅ぼしたカタクリーズ軍団と、その長である暴将カタクリーズを探し出して、復讐することだ。


 だが、今回も奴らは一足先に撤収してしまったようだ。


「おーい、誰か! 生きている者はいないか!」


 現場に一番乗りしていた俺は、村を回って生存者を探した。しかし、いくら呼びかけても、帰ってくるのは残火が家や死体を焼く音ばかり。


「くそ、あいつらめ。これじゃあこの村も生存者はゼロか……うん?」


 塀がある場所まで到達したとき、村の敷地外に小さな洞窟があるのを発見した。


「あそこは奴らもほとんど手を付けてないな、もしかしたら、生存者がいるかもしれない」


 塀を飛び越え、洞窟の入り口まで行ってみた。よく見ると、入り口の周りに何個かの魔石が埋め込まれている。


「結界が張ってあるのか……?」


 慎重に入り口へ手を伸ばしてみると、確かに結界が張られていた。しかし、略奪にあってから魔力が注がれていなかったせいか、結界は非常にもろくなっており、手で押すだけで破ることができてしまった。


 とはいえ、今まで入り口の結界が破られずに残っていたのは事実だ。この洞窟の奥に、匿われた生存者がいる可能性も十分にある。


「俺は王国軍のものだ! 誰か、生存者はいないか!」


 洞窟の暗闇の中に呼びかけながら、少しずつ、奥へと進んでいった。


「王国軍だと……?」


 不意に声が聞こえてきた。これまで聞いたこともないような、不可思議な声色だった。俺は、もしかしたら軍団の一味がまだ残っているのかと思い。剣を抜いて答えた。


「そこにいるのは何者だ!」

「それはこっちの台詞だ、お前から名乗るがいい、余所者よ」


 余所者、ということは、やはりこの村の者なのか?


「失礼しました。俺は王国軍に雇われている傭兵のトラートというものです。この洞窟に人が残っていないかと思い、入らせてもらったのですが」

「王国軍がこのほこらに何の用だ」

「えっ、祠……?」

「入り口に結界が張ってあったろう、村人たちが余所者の出入りを許可するはずがない。村人たちはいったいどうしているのだ」


 こいつは一体何者なんだ、妙な威圧感がある。俺は気圧されつつも、この村で起こっていることをおごそかに伝えた。


「……村にはもう、人は残っていません。魔王軍が略奪をはたらいたのです。それも悪名高い、暴将カタクリーズが率いる軍勢です。村のあちこちに火が放たれ、もはや滅んだといってもいい状態になっています」

「なんだと……!」

「俺はいち早く村に到着したのですが、すでに手遅れでした。申し訳ありません」

「なぜだ、なぜ村人たちは私を頼らなかったのだ……」


 暗い祠の中に、沈痛な空気が立ちこめる。俺にも声の主の悲しみが伝わってきて、いたたまれなくなった。


「とにかくあなただけでも生存者がいてよかった。まもなく本部隊も到着するでしょう。それまで、この祠の中で待っていてください……」

「待て、トラートという者よ」


 踵を返し、祠を出ようとしていた俺は突然呼び止められた。


「お前もその、カタクリーズという魔物を憎んでいるのだろう」

「えっ、なぜ…?」

「話す言葉の裏に、強い恨みがあるのを感じ取った。お前の村も、彼奴らの毒牙にかかったのか?」

「……ええ、俺の村も滅ぼされたんですよ。俺は村の唯一の生き残りで、復讐を遂げるためにやつらの動向を追っているんです」

「なるほど、では私と似たような境遇というわけだ」


 威圧的な声が、心なしか、熱い口調に変わったようだ。


「私はこれまで、村人たちから大切に保護されて生きてきたのだ。その心優しき者たちを蹂躙じゅうりんした狼藉、断じて許すことはできぬ。お前がその軍団を追っているというのなら、私も力を貸そうじゃないか」

「……ありがたい申し出ですが、あいにく、俺はまだあなたの影も形も見ちゃいないんですよ。お互い相棒として、やつらに復讐できるような実力があるのかどうか。そろそろ、姿を見せてもらってもいいんじゃないですかね?」

「うむ、いいだろう。私はこの奥にいる。足元に気を付けて進むがいい」


 声に導かれるまま、祠の奥へ奥へと進んでいくと、やがて目の前に鉄格子が現れた。上部には火属性の魔石が埋め込まれており、周囲をほんのりと照らしている。


「おーい、その鉄格子の中にいるのか?」

「ああ、しばし待っておれ、これより、私の封印を解くとしよう」


 魔石が、強烈な赤い光を放ち始める。すると、鉄格子はみるみるうちに溶解し始め、あたり一面を明るく照らした。


「そ、それがあんたの姿なのか?」


 鉄格子の部屋の奥に、そいつはいた。


「さあ、ともに復讐の炎をやつらに浴びせてやろうではないか、トラートよ。おっと、私の名をまだ伝えていなかったな、私の名は――……




 ……――トラート様、トラート様。起きてください、もう日が昇ってだいぶ経っていますよ」


 徐々に俺の視界が明るくなっていく、それとともに、体を揺すられていることに気づく。ああ、メタリーの仕業か。


「メタリー、お前は相変わらず朝が早いな、俺はまだエネルギーの充電中なんだ。寝かせてくれよ」

「だめですよ、ほら、もう朝食を作ってるんですから、冷めないうちに食べてしまってください」

「あーはいはい、わかったよ」


 メタリーが家にやってきてから、かれこれ50日は経っている。もう彼女はメイドとして十分やっていけるぐらいのスキルを身に着けている。表情も、あれから猛練習でもしたのか、乏しいながらも、違和感のない表情を作れるぐらいにはなっている。


 俺はテーブルに腰を下ろして、静かに手を合わせる。食事に手をつける前に、メタリーが尋ねてきた。


「また夢を見たのですか? さっきまで、ぼそぼそと寝言を言ってましたよ」

「ああ、夢っていうか、思い出みたいなものだったな。大丈夫、悪い夢じゃないさ」

「それなら、よかったです」


 メタリーに詳細は伝えなかったが、あの夢の内容ははっきりと覚えている。俺と、前の相棒であるメルトが初めて出会った時の出来事だ。なんでそんな夢をみるのか少し疑問に思ったが、どちらにせよ、悪い夢じゃないだけずいぶんマシだ。平和な世界が続けば、そのうちメルトとも会える日が来るのだろうか……


「トラートさん、トラートさん!」


 外で、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「お客さんでしょうか?」


 メタリーがドアを開くのと同時に、ひとりの青年が息を切らしながら家になだれこんできた。


「どうしたんだ、騒々しいじゃないか」

「トラートさん、魔物モンスターが出たんです! それも俺の身長の5倍ぐらいありそうな馬鹿でかいやつが!」

「なんだって……?」

「そこで、ぜひS級英雄のトラートさんにも討伐隊に加わっていただきたく……」

「わかった、準備をしよう。メタリー、俺の装備一式を出しておいてくれ」

「かしこまりました」


 俺は玄関前で、久しぶりに皮の鎧やガントレットを身に着けた。メタリーが手入れをしてくれているおかげで、まるで新品のような輝きだ。


「じゃあ行ってくる。メタリー、家の留守を頼むぞ」

「いえ、トラート様、私も戦闘のお手伝いをいたします」

「な、なんだって? お前、戦闘能力があるのか?」


 今まで同じ家の下で暮らしてきたが、メタリーが戦闘能力を持っているなんて考えたこともなかった。


「お任せください。私にはもともと戦闘用の機能が備わっています。そろそろ、魔法科学研究省へ戦闘能力の実践データを送らないといけませんので」

「う、うむ、とにかくわかった。だが、危険を感じたらすぐに退避するんだぞ。実践において無理は絶対に禁物だ!」

「心得ております」




 広場には、すでに剣を携えた男たちが何人も集まっていた。町から雇われた傭兵に、王国から派遣された騎士団、ゴロツキみたいな連中もそこそこいる。それゆえ、お人形さんのような雰囲気を持つメタリーは明らかに浮いていた。


「お集まりいただいた勇士たち諸君。件の魔物は、ここより西にある森の中に潜んでいます。すでに、エルフの部族や商人たちの間では、人的被害も報告されているとのことです。くれぐれも気を付けて。諸君らの奮闘を期待します」


 挨拶が終わると、町長はそそくさとその場を後にした。


「よーし、俺が一番乗りで魔物をやっつけてやるぜ! そして報酬をガッポリいただいてやる!」

「どんな魔物だろうが関係ねえ、この鍛えた体でぶっ倒す!」

「騎士団の実力を広めるための貴重な機会だ。各位、全力をもって戦うべし!」


 平和な世の中でみんな戦いに飢えていたのか、集まった連中はやたらやる気に満ちていた。


「ま、俺らは軽く討伐に貢献して、少しばかり報酬をもらって帰るとしますか。な? メタリー」

「トラート様がおっしゃるなら、どのような戦法でも私は構いません」


 メタリーの言葉に反応したのか、血気盛んな連中の間でどよめきが起こる。


「おい聞いたか、トラートだってよ」

「あの恐ろしい暴将カタクリーズを()()()()()()()倒したっていう、S級英雄か」

「さすがに雰囲気が違うねえ、孤高の人って感じがするぜ」

「でもあいつ、なんかメイドみたいな娘を引き連れて歩いてねえか?」

「くーっ、羨ましい! 俺もS級英雄になりてえ!」


 俺はやつらの言葉を聞き流していたが、メタリーは横でぼそりとつぶやいた。


「大人気ですね、トラート様」

「まあ、S級英雄なんて無駄にでかい称号を持ったらこんなもんさ。それに、今回はかわいいやつもそばにいるしな」


 メタリーは顔を背けて、俺の背中を小突きだす。まったく、最初と比べてかわいくなったもんだ。




 森の中は日中でも薄暗く、じっとりと湿っぽくて、陰鬱な雰囲気をもたらしていた。広場では騒いでいた連中も、今ではほとんど無言の行進だ。


「ホントにいるのかねえ、そんな巨大な魔物が」


 隊列にいたひとりが、不意に口を開く。


「案外、最初の目撃者が何かと見間違えたのかもよ」

「なんだよそれ、身長の何倍もあるやつを見間違えるか? ふつう」


 気楽なもんだ。実際の戦場だと無駄口は命取りになるかもしれんのに。まあ、これも平和の象徴ってところかね。


「トラート様、近いです」


 メタリーが、小さな声で話しかけてきた。


「近い? 近いって何が?」


 俺も小声で返す。


「今回の標的である魔物です。私のセンサーが反応しています」

「何……!?」


「おい、酒で酔っててモノが大きく見えたって、そんなの余計ありえねーわ、危ない薬でもやってんのか……って、あれ、お前なんか浮いてね?」

「お、おい、俺さ。さっきから歩いているのに全然進まねーんだけど」

「全員、散らばれ!」


 俺は剣を抜き、宙に浮いている男の頭上を突いた。


「グゥオオオオオオォォ!」


 森の葉をことごとく揺らすような、巨大な咆哮。それとは対照的に、その場にいたほとんどの人間は足に根が生えたかのように固まっていた。


「お前ら、散れと言っているだろう!」

「うっ、うわっ、うわああああ!」


 先ほどまで浮いていた男は、今度は左右に大きく振られ、近くにいる者たちを薙ぎ払う。


「ぎゃあっ!」

「ひええええーっ!」

「くそっ、突きが浅かったか……!」


 俺はいったん距離を取り、攻撃をかわした。すると、森のわずかな木漏れ日に照らされて、魔物の姿がはっきりと確認できた。


 似ている。あの、暴将カタクリーズと。


「助けてくれーっ!」


 宙に浮いていた男は、必死に助けを求めている。男の背後には、巨大な手があった。彼は魔物に背中を掴まれて、玩具のように振り回されているのだ。


「何とかして助けるんだ!」

「でも、団長どうやって!?」

「あの様子じゃ、近づけませんよ!」


 騎士団員たちは手をこまねいている様子だった。魔物は力任せに暴れまわり、それにおののいたやつらは早くも撤退しようとしている。俺も、どうしたら奴の懐に潜り込めるのか、作戦が思い浮かばずにいた。


「エネルギーチャージ、完了しました」


 突然、メタリーの声が後ろから聞こえてきた。振り向くと、そこには今までと違う姿のメタリーがいた。


「メタリー、お前……」

「トラート様、ここは私にお任せください」


 青色の瞳が、今は真っ赤に輝いている。そして、髪の毛は橙色になって宙に浮かび、まるで全身が炎と化したように、熱を帯びていた。


 なぜだか俺は、そんなメタリーをどこかで見たような気がしてならなかった。


「ヒートブラスター、発射!」


 左手を突き出しながら、メタリーは叫んだ。次の瞬間に、大きな光の玉が左手から飛び出してきた。その光の玉は、男を振り回していた魔物の腕に直撃した。


「グガアアアアッ!」


 悲鳴と共に、掴まれていた男はようやく魔物の暴力から解放され、しばらく宙を舞った後、草むらの上に尻から着地した。


「おおっ、やったぞ!」

「すげえ! なんだあの技は!」


 感嘆の声が森中に響き、メタリーはわずかに笑みを浮かべながら、俺の方をみてひとこと言った。


「いかがです、私も役に立つでしょう?」

「ああ、そんな武器を持っていたなんて、驚いたよ。だが、さっきので奴を怒らせちまったみたいだぜ……」


 しばらくの間、被弾した腕をおさえて苦しんでいた魔物だったが、やがて、はっきりと憎悪とわかる眼光を、俺たちに向けてきた。


「やべえ……あいつまだピンピンしてるぞ!」

「俺たちだけで敵う相手じゃねえ! 逃げよう!」


 魔物はゆっくりとこちらに向かって歩きはじめる。それを見て、残っていた討伐隊のメンツは次々と反対側へ逃げていく。


「メタリー、俺たちも逃げるぞ。一度体制を立て直すんだ!」

「か、かしこまりました!」


 俺とメタリーが走り出すと、魔物もそれが合図であるかのように駆け出してきた。


 それから、俺たちと魔物の追いかけっこがはじまった。俺たちが木々の間を縫って逃げていく中、魔物は剛腕で木々をなぎ倒しながら追いかけてくる。必死に森の出口へ逃げているつもりでも、森の様子は時間を追うごとに陰鬱さを増していく、どこが出口かわからないまま、俺たちは逃げ続けるしかなかった。


「あっ!」

「メタリー、どうした!?」


 体勢を崩したメタリーの方を見ると、ぬかるんだ地面に片足を取られていた。重さが仇となったのか、足は膝のあたりまで沈み込んでいる。


「メタリー、抜けないのか?」

「私は大丈夫です、トラート様、先に行ってください!」

「馬鹿、お前を置いていけるか!」


 まごついている俺たちに、黒い影が覆いかぶさった。いつの間にか、魔物は俺たちのすぐ近くに来ていた。


「う、くっ……!」


 魔物は、メタリーを睨みつけながら、大きな腕を振りかぶっている。


「くそおっ! このままやらせるか!」


 俺は剣を抜いて、メタリーの前に立つ。その直後、巨大な拳が俺の眼前に襲いかかってきた。俺は剣で防御を試みたものの、その甲斐はなく、折れた剣ごと俺は大きく吹き飛ばされた。


「ぐあああっ!」

「トラート様!」


 宙を舞ったまま、意識が遠のいていく。目の前が暗闇に包まれる前に、何かがちぎれる音と、わずかな閃光が見えた気がした。




「どうしても、これでお別れなのか、メルト」

「仕方ないであろう、王国が決めたことなのだ」


 俺は、メルトの隣に座って、最後の会話を交わしていた。あと数分もしたら、王国からの使者がメルトを迎えにやってくるのだ。


「俺がS級英雄になれたのは、他でもない、メルトのおかげなんだ。メルトがいなければ、とっくの昔に死んでいただろう」

「そんなことはあるまい、お前は私と出会ってから目覚ましく成長していった。王国からの評価は、お前自身が勝ち取ったものだ。これからは、平穏で、何一つ不自由のない人生を謳歌するがよい」

「そんなこと言ってもよ! メルト、なんでお前が王国の宝物庫に収められなきゃならないんだよ……。お前だってたくさんの活躍をしたっていうのに」

「……私はしょせん、平和な世の中には必要ないものだ。王国は私の存在を危険と認識したのだろう。だから私の同族たちと一緒に、在るべき所に落ち着くだけだ」

「でも、でもよ、ずっと戦いが終わるまで苦楽を共にしてきた仲じゃないか……」


 俺の頬には、いつの間にかたくさんの涙がつたっていた。


「なんだ、泣いておるのか、このたわけが。弁えるのだトラートよ、私と一緒にいては、お前まで危険人物とみなされてしまうだろう。そんな事態は避けたいのだ。それに……」


 少しの間があいた後、メルトはこれまでにないほど、穏やかな口調で語りかけた。


「私は十分に満足している。これまで村の祠でずっと祀られてきた私が、お前と共に外の世界を知り、たくさんの思い出を得ることができたのだ。闘いの日々の中でも、お前と過ごした時間は、何物にも代えがたいものだった。ただ、ひとつ悔いがあるとすれば……」

「……なんだい、メルト」

「お前と一緒に、笑ったり、泣いたりできなかったことが、私は悔しいのだ。こんな体でさえなければ、もっと多くのものをお前と分かち合うことができたというのに」


 悲しみの伝わる声だった。


「そんなことねえよ。十分伝わってるさ、メルトの気持ちは。だって、俺とお前は、唯一無二の相棒なんだから」

「……そうだな、どんなに離れていても、私とお前は相棒だ」


 とん、とん。


 玄関のドアを、ノックする音が聞こえる。


「トラート、そろそろ時間のようだ」

「メルト……またお前と会える日がくるかな?」

「どうだろうな。あるいは、生まれ変わって、もう一度……――




 ――……トラート様! トラート様!」


 誰かに呼びかけられて、俺は目を少しずつ開いた。視界は薄ぼんやりとしているが、目の前に見慣れた青い光が浮かんでいる。


「よかった! 気づかれたのですね!」

「メタリー、か……?」


 段々視界がはっきりしてきて、目の前にいるのがメタリーだとはっきり認識できた。しかし、メタリーの服や体は、ボロボロに傷ついていた。そして何より、片足が膝から無くなっていた。


「どうしたんだ、メタリー……そんなにボロボロになって……」

「足の事なら心配しないでください。ぬかるみに嵌った足を自分でちぎったのです。それから閃光弾を何発か撃って、ようやくあの魔物から逃げてきたところなんです。片足でトラート様を抱えながらでしたので、かなり転んでしまいましたが」

「メタリー……ありがとう」

「このくらい、トラート様の相棒として当然のことです」


 状況が見えてきて、ようやく俺は大きく一息をついた。あたりを見回すと、巨大な木が何本も周りを囲んでいて、妖精でも出てきそうな雰囲気だ。


「なんだか変なところまで来てしまったな」

「ここはだいぶ、森の奥地のようですね。でも、安心してください。さきほど、私の耳の部分にある通信機器で、魔法科学研究省に救難信号を送っておきましたから」

「そんな機能まであるのか」

「まだまだ、他にも機能追加の予定があるので期待していてくださいよ」


 和やかな雰囲気が、俺たちの間を満たしていた。


 それを壊すかのように、大きな振動が地面から伝わってきた。振動は、どんどんと大きくなっていく。


「まさか……奴なのか?」

「センサーにも反応しています。まさか、ここまで追ってくるなんて……」


 とうとう、巨木の間に、あの魔物の姿が見え隠れするようになった。


「トラート様、隠れていてください、あなたは私が命に代えてもお守りしてみせます」

「メタリー、無茶だ。片足でどうこうできる相手じゃないだろう」

「……まだ魔法科学研究省の許可は降りていませんが、致し方ありませんね。リミッター解除!」


 そう言うと、メタリーの体が強い熱を帯び始めた。そして目の色が赤く輝きはじめる。あの時と同じだ。


「ヒート・ブレイド、オン!」


 右手を高く上げると、そこから、真っ赤な光の刀身が姿を現した。不思議だ、この光もどこかで見たことがある。懐かしいものだ。


 そのまばゆい光に、魔物も反応した。そして、すごい勢いでこちらへと向かっていく。


「あなたの相手は、こっちよ!」


 メタリーは俺から距離をとって、魔物を開けた場所へと誘導した。それから、メタリーと魔物の、一騎打ちがはじまった。


「てやああああ!」

「グオアアアア!」


 凄まじい攻防だった、俺ですら目で追うのがやっとのほどだった。しかし、やはり片足のせいか、メタリーの方が若干押されているように見えた。


「ぐっ……!」


 打ち合いの途中で、メタリーがバランスを崩す。その隙を魔物は逃さなかった。突風のごとき拳を繰り出し、メタリーの右手を吹き飛ばしてしまった。


「ああぁっ!」

「メタリー!」


 右手を抑えるメタリーを見て、魔物は勝ち誇ったかのような表情を浮かべつつ近づいていく。そして両手でメタリーを掴むと、そのまま力をこめて潰しにかかった。


「うわああああー!」


 メタリーの悲鳴が森中に響く。


 この魔物、何から何まで、あのクソったれなカタクリーズにそっくりだ。なんだか、あの頃の怒りがよみがえってきたぞ。


 魔物はどんどんと両手の力を強めていく、そのたび、メタリーの体から骨の折れるような音が聞こえてくる。


「ぐ、が……トラート様……トラート……


 何をしとるんだトラート! 早く助けんか! 阿呆あほうっー!」


「うおああああああ!」


 俺は残っていた全身の力をこめて、吹き飛ばされたメタリーの右手を拾い、魔物の背中を駆けのぼって、赤い刀身を思い切り脳天に突き刺した。


 魔物は、今度は何も声を出さなかった。やがて、両手からメタリーを落とすと、がくりと膝をつき、そのまま地面へと倒れ伏した。


 倒した……のか?


「トラート様……やりましたね。魔物の生命活動……完全に停止しております……」


 俺はすぐさま、満身創痍のメタリーに駆け寄った。


「メタリー! 大丈夫……か……!?」


 大きな石の上に、うつ伏せで倒れているメタリーの背中を見て、俺は驚いた。


 背中に、何かが埋め込まれている。それは赤い光を放っていた。そう、それは、俺の知っている、あいつが放っていた光。


「トラート様、すみません……私を、平坦な場所まで移動させてくれませんか……」

「お、おう。そうだな、すまん」


 俺はメタリーを抱きかかえ、木漏れ日の差し込む平地へと連れて行った。


「まもなく、魔法科学研究省からの救援隊がこちらへ来るようです。よかったですね、トラート様、このぶんだと、魔物を討伐した報酬は独り占めですよ」

「俺はもう十分すぎるぐらいのお金を持っているし、今さらそんなにいらないよ。今回の戦いで一番活躍したのは、他でもないお前だよ、メタリー。お前が報酬を受け取りな」

「そんなの、どっちにしたって同じじゃないですか、私はトラート様の下へ配属された身なんですよ」

「そりゃ、そうだな」


 再び、和やかな雰囲気が俺たちを包んだ。


「メタリー……ちょっといいかな」

「はい、何でしょう」

「聞いてほしいことがあるんだ。その、俺の昔の相棒の、メルトの事を」


 俺は、わずかながら緊張していた。大きめに息を吸い込んで、ゆっくりと話し出す。


「メルトってやつはな、人じゃない。あいつは、剣なんだ。知性を持った剣、インテリジェンス・ソードっていうらしい。炎属性の魔力を全身に帯びた剣で、本当は『メルティヒート』ってのが本当の名前なんだけどな、長いから、俺が勝手に縮めてメルトって呼んでたんだ」


 メタリーは、静かに、しかしどこか懐かしそうな顔で聞いていた。


「でも、カタクリーズを倒して、魔王軍との戦争が勝利に終わった後、あいつはS級武器として王国に認定されてしまったんだ。S級武器は、誰が持っても脅威となりえるほど強力な武器ってことで危険視され、王国の宝物庫におさめられて、ずっと監視付きの状態で過ごすんだってよ。ただの武器ならともかく、意志を持った武器にそんな仕打ちをするなんて、ほとんど拷問じゃねえか、なあ?」


 喋っているうちに、だんだんと、俺の眼から涙が溢れそうになっているのに気がついた。しばらく言葉に詰まっていると、今度はメタリーが口を開いた。


「……そうですね、私からも一言、伝えておきたいことがあります。私たち機械人の根源ルーツは実はこの世界のものではないのです。異世界から伝来されたロボット技術を応用して、自分たちでも意思のある機械が作れないかと、そういう目論見が機械人製造の始まりでした。異世界にはない魔力を駆使して、製造は順調に進んでいましたが、ある部品だけはどうしても作ることができなかった。それが、機械人の頭脳をつかさどるCPUしーぴーゆーという部品で、これを製造するには半導体という鉱物が必要だったのですが、この世界のどこを調べてみても、そんな物質は見つからなかったのです」


 お互いの言いたいことが一つにまとまりそうな気がしてきた。もしかしたら、本当に、信じられないという気持ちが頭の中を渦巻いている。


「ですが、魔法科学研究省の方々は、ある代替案を思いついたのです。CPUという部品の代わりに、知性を持った鉱物生命体である、インテリジェンス・ソードを代わりに装着すればいいのではないかって。でも、問題がありました。インテリジェンス・ソードという連中は、どいつもこいつもプライドの高いやつばっかりで、こんな計画に賛同するものなどいないと思われてました。ところが、インテリジェンス・ソードの中にも酔狂なやつがいましてね、ぜひ自分を組み込んでほしい、あなた方が提示する、どんな条件でもうけると、そう言ったそうですよ。極めつけに、完成したあかつきには、あるS級英雄のもとへ配属させてほしいと、願い出たんですって」

「……メルト」


 俺は、メタリーに向かってその名を口にした。


「ようやく、気付いたんですね」


 とうとう、俺はこらえきれなくなって、大粒の涙を目から溢れさせた。


「泣いているんですか? ……この、たわけが」


 木漏れ日に照らされた相棒の顔は、笑っていた。満面の笑みだった。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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