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女王の惑星(ほし)  作者: 現王園レイ
◆Secret 01◆ 自分が行き着くところへ
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007   厳(いかめ)しき城

 


 そこでは隠語として「城」と呼ばれている。

 キアラが住んでいる研究棟のことである。

 軍事施設の一つに過ぎないが、最大のセキュリティを得るためには軍の管理下に置くのが一番良い方法であり、国家としてもそれで安泰と考えているようだった。

 タウンから数十キロの丘陵地帯の奥まったところに鬱蒼とした森山があって、その麓に彼女が幽閉されているのである。

 そこから人里に向かうには、幾重にも張り巡らされた検問を通過せねばならず、民間人はおろか、一般の軍人でさえ通行に困難さ、煩雑さを伴う。

 その大の男でさえ無理と言われるようなところを、キアラは抜け出てタウンに遊びに行ったのだから、実に由々しき問題であった。

 ひとつ。彼女はどうやって警備を潜り抜けたか。

 ふたつ。彼女は何のために此処を出たのか。

 それ以上にキアラが何故、この軍事施設に閉じ込められているのか問われねばならないはずだが、ともかくとして俎上に載ったのは先の二点である。

「―――堂々と真正面突破していますので、映像も大量にあります」

 解析機械が詰め込まれた室内で、ダニロバ大尉とジョット軍曹が二人並び、繰り返し『正面突破』するキアラの動画を見ていた。

 廊下の向こうから一人で歩いてくるキアラ。

 一つ目のゲートには通常、ジョット軍曹或いは代理の者が立って待っているのだが、その人影は無い。

 そしてゲートにいる警備員の挙動が奇妙で、目の前に居るキアラが視界に入っていないような素振りである。

 アシストするアンドロイドですら反応が無い。

 二つ目のゲートも、三つ目のゲートも、屋外に出て施設の敷地を出るまで、誰も彼女に視線を向けていないのだった。

「……これではまるで透明人間ではないか」

「はい。検問に当たっている連中から聴集中ですが、今のところ誰一人として『見た』と言う者はおりません」

「それを私の不在中に連続二回もやるとはな。まるでタイミングを計ったようだ」

「それは、考えすぎではないかと」

「彼女の警備責任者、監督官としてはそうも思いたくなるよ、軍曹」

 ダニロバは口の端を歪めて笑った。

 少女一人も完璧に管理できないようなシステムだと嘲笑あざわらわれた気分なのだ。自分の存在意義まで否定された感の自嘲もするしか無い。

「あの映像を見る限り、我々は用無しと思われているようですね」

「用無しどころか、能無しである証拠を付きつけられたんだろう。しかし二回も脱走しておいて、随分と大人しく『城』に戻ったものだな?」

「それですが……それであれば、タウンでおとなしく掴まったのも戸惑うところであります」

 画像は、敷地の一番外側にあるゲートを潜って、森の道へと歩き出していくキアラの姿に変わった。

 向こうから走ってきた車両を避けて行くのを見れば、透明人間になったのでも無さそうである。

「軍曹はキアラのお気に入りだからな。私は嫌われている」

「それは、単に近くにいる時間が長いだけではないかと」

「そうか? “今回の彼女”には何人のお目付けが付いたかは知らないが、任務の長さが彼女の信頼を得ている証左ではある。今回の件については報告を上げて、仮処分を早めに下ろしてもらわねばなるまい」

 部下の管理監督責任はダニロバ大尉、現場の責任を問われたのはジョットだが、ダニロバがどちらかと言うと事務方の軍人と言う事実は、偏見を持っていえば国家機密である施設に、後方の軍人を宛がう軍の組織自体が問われねばなるまい。

 そのことも考慮して、ダニロバは自分達の仮処分を早くするよう上申するつもりなのだ。問題点には素早い対応が必要である。

「ありがたいですが、あまり軽いと逆に不安になります」

 モニターのキアラは、最初に施設の廊下を歩いている映像になった。

 解析を行っているオペレータが、そこでフウと息をつく。

「何か分かりそうか?」

 離れた席から椅子を引きずってきて、ダニロバは脇に座り構えた。ジョットはその背後から見下ろす格好になる。

「―――なんとも言えませんね。なにせこの人は普通に出て行っているだけなので、自然すぎて」

 充血した目で首を傾げ、凝った肩に手を当てた。

 雲をつかむよう、とはこの事だ。

「しかし、それではコチラも困るんだ。機械の故障もない。アンドロイドのセンサーでさえ無視されている。サイボーグ犬も嗅覚は効かない。自動攻撃システムの反応もなし。一体、彼女は何ものなんだ?」

 キアラ込みで此処を統轄している立場のものが、今更のように彼女の正体に疑問を呈する。

「過去にそういう事態はあったのかね?」

「ちょっと待って下さい……あ、いや、待たなくてもいいですね……“今回の彼女”にはそういった経歴はありません。外出はすべて保護者同伴、いずれも時間内に帰ってます。こんな問題を起こしそうに思えません」

 キアラの一日いちにちの行動がこと細かく記録されているデータベースから、外出の項目だけを抽出してみるも、全てが優等生の行動である。

 とは言っても、監視役と世話係が張り付いているからだが。

「と言うことは、映像から得られる情報は無し、か……」

「―――今のところは。ただ、これにフィルターを掛けて、視認から科学分析に移りますので、何が出てくるか分かりません」

「さて、それはどのような」

 オペレータはコンソール上に手を滑らせて、モニターの隅に幾つかのスライダーを表示させた。

「可視外光線フィルターを画像に被せるんです。このスライダーで強弱などが付けられます。そうしたら隠れてるのが出てくるかと思うのですが」

 そう言って使っていた大画面を四つに割ると、それぞれにコマンドを打ち込む。

 スライダーが自動的に、徐々にズレながら動き始めた。

「通常の動画と比較して、変化があったところを自動抽出します」

 それぞれ色の違うフィルターを掛けられた四つの画面内で、目が回りそうなほど早送りで動いていく映像を、三人は固唾を飲んで見守った。

 色は徐々に変えられていくためデータは膨大な量である。

 いま使っている画面とは別にもう一つのモニターがあり、そちらには抽出された画像がコマ送りで再生されていく。

 こうした現場に、初めて居合わせるダニロバは溜息をつく。

「難儀だな」

「自分もあまり経験がありません」

 腕組みをしたまま、ジョットも溜息をしたそうに相槌を打った。

「原動画からの抽出と同時に、ゴミデータをふるい落とす抽出作業も同時進行ですから、すぐに出てきますよ」

 掌に汗を覚えながらも、オペレータは出来る限りのコマンドを次々と入力していった。

 そこから先は三人とも無言で処理の終了を待つ。

 どれくらいの時間が過ぎたのか画面が突如として切り替わり、マルチ画面が一つに戻った。

 それにマシンが選びぬいた画像がゆっくりと映し出されたのである。

「―――」

 細かい異常を検知する設定だったので、思ったよりもゴミデータが多かった。

 労した割りに決定的なものが見当たらない。

「―――つまり、視覚的な問題ではないと言うことか?」

 ジョットが戸惑ったように訊くと、オペレータも考えあぐねていたが、コレだけではないのですけれど、と断わりを入れた。

 安易に答を求めてはいけないのである。

「じゃ、今日は収穫なしと言うことで、我々もこれ以上の時間を無駄にできない。あとは宜しく頼む」

 やれやれと重くなった腰を上げて、ダニロバは部屋を出て行った。

 敬礼で見送ったジョットは、そのまま残って様子を見守りたいところだったが、キアラの居る研究棟に戻らねばならず、名残惜しそうにモニターを振り返ってから上官とは反対側の廊下へと消えたのである。


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