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女王の惑星(ほし)  作者: 現王園レイ
◆Secret 01◆ 自分が行き着くところへ
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004   空色の空の下で


 翌日、「午後」と漠然とした時間帯でしか約束できてなかったので、(かなう)は昼食もそこそこに家を飛び出して病院の階段に立っていた。

 末広がりの幅広い階段は、今日も色んな人々が行き交う。脇のスロープにはひっきりなしにエア・モーターが滑り込んでいた。

 今日も昨日並みに蒸し暑さが続いている。

 日差しが強く感じられたので、病院の玄関付近の影に退避して待つこと数時間。

「……来ないな……」

 忘れられてしまった気がして寂しくなる。

(やっぱりなんか、不思議な子だったし……)

 そう言い訳もしたくなるのも無理はない。

 昨晩は星空も見ないで、派遣されてきた家事ロボットの食事もちゃんと食べたし、友達の悪戯な通信も相手にしなかった。思いは複雑である。

 もう五分、あと十分、或いはこの数字が並んだら。

 そう自分に言い聞かせて随分経った。それでも玄関から下に見える階段に、彼女の姿は無い。

「―――帰ろうか」

 誰に言うでもなく腰を上げ、気持ち重くなった足取りで降りていく。

 日はいつものように傾くだけである。

「―――」

 高台の病院下に広がる公園の木立の間から、何かが耳元をくすぐる。

『―――か、な、う』

 ハッとその方向を見ると、昨日と同じ格好で赤い靴を履いた少女の姿があった。

 キアラ、と名前を呼びそうになって、彼女が人差し指を口の前に立てているのに自分を押し留め、 何となく周囲を見回してから走り寄る。

「遅くなってごめんなさい」

 昨日のふんわりとしたファンタスティックな雰囲気は何処へか、とても申し訳無さそうに謝ってきた。

「いや、時間決めてなかったし……もう少しで帰っちゃうところだったけど」

 言いかけてキアラの息が少し上がってるのに気がつく。

「急いだ?」

「ちょっとだけ」

「休んでから行こうよ。まだ時間あるから」

 叶としては精一杯の気遣いではあるが、キアラはその一言で秋眉を開いた。

「休まなくても、いい」

 いこうよ。

 グッと掴んできた手には強い意思が込められていて、叶は昨日初めて会ったときも同じ感覚だったのを思い出す。

「今日は別のところを歩こうと思うんだけど、良かったら車で少し遠いところはどうかな」

(かなう)が連れて行ってくれるなら、行く」

「でも時間遅くなってるのは大丈夫? その……一応キアラの都合もあると思うし……」

 知り合ったばかりで彼女との時間の過ごし方も気にかかるが、彼女はそれも構わないと言う。

「わたしは門限無いの。気にしないで」

 その割りに昨日は走って居なくなったくせに、キアラの物言いは僅かに落ち着きを失っていて、どこか圧されるような雰囲気にそれ以上は時間について口にできなかった。

 じゃあこっちにね、とエア・モーターの市内循環車(シティー・カー)プールを目指す。

 乗ったのは交通システム内に沿って自律走行する車だが、自分でも運転できる仕様にもなっていて、システム外でも乗用できる二人乗りの浮揚する小さなモーターカーであった。

「運転、大丈夫?」

「そこそこ上手だとは思う。好きだから結構乗ってるよ」

 自尊心が傷つきそうな事を聞かれて、叶としては多少の反発心も起きてもいいのだが、どうも素直な家庭で素直に育ってしまうと人の好さが前面に出てしまうのだろう。キアラも嫌味のない聞き方をするので、すんなりと受けれるのである。

 スロープを昇ってタウン内に張り巡らされているハイウェイに進入する。

 ハイウェイのすぐ脇を並走しているレールを、磁気浮上列車(マグレブ)があっと言う間に追い抜いていった。

「あの乗り物は、速いね」

「キアラは乗ったことが無い?」

「無いわ。こういうエア・モーターも初めて。……外って楽しいね」

「ホントに何にも知らないんだね」半ばあきれたように感心する。「まるで何処かの別の世界の人みたいだ」

 アッペリウ星系のみならず、人類は宇宙のほうぼうに進出している。だからどんな人が居ても不思議ではないけれど、もしかしたらキアラのようなタイプが珍しいのかもしれない。

「そう思う? 私もそう考えてる」

「ここの惑星じゃないんだ?」

「……この星にはずっと居るわ。もうずっとね……」

 その瞬間だけだったろうか、彼女がとても遠い人のように感じたのは。

 昨日みたいなお喋りが出来ないストレスが、叶の上に圧し掛かった。

「ずっと居るのに、簡単に思い出が探せないんだ」

「―――私も、なにか変な病気なのかしら」

 道路を覆うように立っている天候シールド・バーが急に数を増してきた。海が近いのだ。

「病気って、昨日は何も無いって言ってたじゃん」

「自分ではそう思ってたけれど」

「キアラは記憶障害でも起こしてるのかもしれないよ。治療とか考えてみた?」

「私、医者なら回りにいっぱい居るの」

「―――え? じゃあ君は病院抜け出してきたんじゃ」

「病院じゃない……と思うんだ」

「えぇー、なんだか凄そうな人とお友達になったってこと?」

 車内のコンソールに格納していたハンドルを引き出しながら、叶は興奮してきた。

 海の上を渡ってすぐのタウンに下りる準備である。

「別に、そんなに凄くないわよ」

 悪戯っぽく笑った空色の瞳は、彼よりも三つは下だろうと思った年齢よりもずっと年上の女性のようだった。

 ちょっとドギマギして、慌ててモニターで行き先を確認し今日の予定を告げる。

「こっちのタウンは博物館とかのアカデミックなトコだから、資料として記憶の補完ができるかもしれないよ」

 いまいち自信はない。でも何かあると言うならば此処は最強だろう。

「ただ博物館と言っても……色んなジャンルがあるから、入り口で総合案内を見てからにしようかなって」

 キアラはコクンと頷いた。



 天気情報が伝えるよりも穏やかな海面上のハイウェイを通り過ぎ、叶が住んでいるタウンよりも圧倒的に自然が生い茂っている島へと辿り着く。

 ハイウェイを降りると多少入り組んだ道を手動運転で博物館に向かい、木陰にエア・モーターを停める。IDカードを引き抜いて下車すると自動的にロックされた。

 巨大な四角い箱が芸術的な風体で何個か積まれたような形の博物館は、いくつかのジャンルやテーマに沿って展示が分かれている。

 斜面に建造されているため、三階部分に当たるところに入り口があった。

 暗めの玄関を入ってすぐ、館内の案内ディスプレイで品定めをする。

「民俗とか宇宙開発とか、普通の歴史展示もあるよ。―――こっちは美術館っぽいなぁ」

「ここ、今日じゃ全部見れなさそう」

「軽く一巡できそうなコース設定、考えてみるよ。待ってて」

 大きなディスプレイの脇にずらりと並んだ端末の一つで、叶は博物館の目玉展示室のピックアップを始める。

 ここで設定した情報を貸し出される眼鏡(グラス)にインストールすると、館内のコースが資料と共に表示されて簡単に回れるのである。

 端末のお薦めメニューに、幾つか適当に選んだ展示室メニューを突っ込むと、眼鏡の準備中の文字が点滅し始めたところで、ちょっと手間取ったかもしれない気がした。

 何か、少しの時間も惜しいのである。

 キアラの姿を探すと、彼女は広い玄関ホールの一角にあるテーブル状の台の上に映し出されていた、アッペリウ星系のホログラムを見つめていた。

「―――何してるの、キアラ」

 ずっとそこで凝視しているせいか、彼女の体までが硬直したように感じられる。

「あ……」

 叶。

 微かに名前を呼んで、ホログラムを指差した。

「これは―――この星たちは、全部なの?」

 叶たちが居る『第二惑星 β‐ヤノ』を入れて、このアッペリウ星系には七個の惑星が恒星を回っており、第一惑星以外は植民星と化しているが、他星系とでも商業取引を始めとする交流はある。

 てっきり衛星の数でも合わないのかと思って「この星って惑星のこと?」と訊ねた。

「そうよ、惑星は七個なの?」

「増えたとも減ったとも聞いて無いし、博物館も最新の情報でもって展示してるだろうから、間違いはないと思うけど」

 ホログラムの光を受けて青白いキアラの顔を覗き込む。

「わたしの勘違いなのかしら……」

 考え込むような表情をしたあとに、彼女はテーブルを離れて叶を促したので、持っていた眼鏡(グラス)を手渡した。

「このプログラムどおりに館内を回るけど、眼鏡の画面の隅に矢印が表示されるからね、迷わないで済むよ」

 叶の嗜好で周回プログラムを組んだので、最初に入るところは宇宙関連の展示室である。

 主に開発事業に関する場所ではあるが、広大な宇宙地図が広い壁面一杯に展開されて、薄暗い室内はまるでプラネタリウムのようであった。

「宇宙旅行にようこそ―――」

 意気揚々と、まるで本当に宇宙に行く気分で足を踏み入れた―――と、首の後ろに激しい衝撃を受けたと思ったら、その瞬間に叶の意識は闇の底に転落していったのである。

「ひっ……」

 と言う、キアラの小さな悲鳴を聞きながら。

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