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女王の惑星(ほし)  作者: 現王園レイ
◆Secret 04◆ 別れの再会
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028   永劫の記憶


 ナラネは帰省してすぐに入院したので、毎日が退屈だった。

 気が紛れるのは愛する妻が見舞いに来たときだけである。

 散歩もしつくしたし、館内も探検しつくした。

 検査入院とはいえ、いつ本格的なものに切り替わるか分からない日を過ごし、今宵も時間を無駄に浪費した一日を終えようと、トイレに行って個室に戻ってきたとき、付けっぱなしにしていたテレビが騒がしいのに、ついつい傍に寄って見てしまったのだ。

 テレビと言うか、どうも宇宙が騒がしい。

 向こう側で「バトリク、バトリク」と言うので、このモヤモヤとした丸い物質が「バトリク」と言う名であるのは理解した。

 スタジオで誰かが立体画像を準備すると、コメンテータがその星の位置を指し示した。

「あっ……」

 思わずかじりつく。

「これは、この間の船で騒いでた……あの場所じゃないか……」

 ヤノに向かう客船のビュッフェで、若者達が見える見えないと言い合っていた、その場所だったのだ。

「なんだ……自分には見えなかったのに、見える人が居るなんてな」

 この世のものでないものが存在する場合は、余程の波長が合わないと見えないのだと言う。

 ただ、これは単に特殊な能力と言うよりも、キアラの遺伝子が見せた幻影なのかもしれない。

 記憶はいったい何に載って受け継がれていくのか。

 ―――風か、遺伝子か、それぞれの香りなのか、五感を超えて、その指先で……

『ナラネさん、遅いので寝て下さいね』

 見回りの看護ロボットが、灯りの点いているナラネの部屋を覗いて、注意した。

「あ、ああ、すまん。もう寝るよ」

 慌ててテレビを消し、ベッドに潜り込む。

 ゴソゴソと動いてたのが止まったのを見届けて、ロボットはマスターキーになっている手を振って、部屋の照明を消した。


 ★  ★  ★


 海底に到着したキアラと(かなう)は、トンネルを走る列車を待とうとしたが、追いつかれそうになったので線路に下りてしまった。

「こっち!」

 線路脇にある重い扉を開き、体を滑り込ませた。

 中は緑色の非常灯が付いているだけで、薄暗く湿っぽい。

「見えないね」

「大丈夫、私が先にいくから」

 キアラにはよく見えるらしい。先を行く後ろで、叶は彼女が息を切らしているのが気になった。

「キアラ、無理するなよ。歩けないなら背負っていくから」

「……」

 水溜りのある狭い坑道のような所を歩いていくと、幾重もの頑丈な扉が開いて突然広く天井高い広場に出た。

「うわぁ……」

 思わず感歎の声を上げる。

「これは……避難場所なのね」

 常時点いているらしい照明が、仄かに明るく広場の輪郭を露わにしている。

 向こう側の壁に描かれた矢印が、避難経路を指し示しているのだろう。その向こう側には、いま叶たちが入ってきたのよりも立派な階段と扉が据え付けられていた。

 壁際に沿って小走りに移動する。

 しかし、途中でキアラが壁に手をついて止まってしまった。

「キアラ……」

 ハァ……

 ハァ……

 苦しそうな呼吸が漏れ出て反響する。

「辛いなら、戻ってもいいんだよ、キアラ」

 キアラはイヤイヤと頭を振った。

「―――だって……」

 帰るんだもの。そう言う筈が、今入ってきた扉の外からの激しい靴音でかき消された。

「キアラ、歩こう。歩かないとヤツラが」

 抱き起こしてキアラの腕を首にかけ、空いた腕を胴に回す。

 しかし少年と少女の、辛くて苦い逃避行は足止めされることになってしまった。

 気味の悪い音を立てて扉が開く。

 それと同時に、「動くな」「止まれ」の叫び声。

 強烈な光が二人に当てられる。

「場合によっては、銃殺も厭わない命令を受けている。動くなよ」

 三十メートルほどの距離を三人が近づいてきたが、眩しくて何も見えない。

「かなう」

 キアラが叶の服を掴んで囁く。

「あなただけは生きて―――」

 生きるのよ―――

 ついこの間まで、叶は自分の人生がすぐに終わりそうなことを考えていたものだ。

 それがどこで貰ったのか、考えていたよりも長い人生を歩むことになったのだから、まさに人生何が起こるか分からないのである。

 これからの人生を何があっても生きてゆかねばならない叶と、命の灯が潰えそうなキアラとでは、もうどこかで重なり合うことは無いのだろう。

 彼女の子供が記憶を継承すると。叶の思い出が恒久的に残っていく。

 では叶の思い出は、どこに行くのか。

「まだ死ぬなんて言うなよ」

 死に場所を求めてきたのに、随分酷なことを言うものだと自分を責める。

 だって、こんな死に方はないだろ……

 言い訳をするしかない。

「生きてたら、また会えるかもしれないもの―――」

 そうして壁に寄りかかった。

 二人を照らす光源の向こうで、「がっ」と声が上がると、何かが地面に落ちる音がした。

「キアラ様に手出しはならん!」

 ジョットである。

 慌てて振り返り、構えかけた銃を手刀で落とす。

 そして返す手を相手の首に押し付けると、突然痺れて床に崩れた。

 同じ装備をしているのだから、ジョットも危うく触れられそうになるが、そこは身を沈めて足払いをして倒すのである。

 肉弾戦は明らかに銃を使わせないジョットが上手であった。

 羽交い絞めにされて脇腹の傷を攻められたが、それも耐えて腕を後ろにすると首を捕まえ背負い投げる。

 敏捷に動いて右手を確実に首に宛がい、五人ほどを立てないようにしてから、キアラたちの近くにいる残りの三人に近づいていく。

「これは命令でやっている。貴様も殺されていいのか」

 そんな脅しは、キアラに絶対忠実を誓うジョットに効かない。

「キアラ様を守るのが私の役目だ。これも命令だ」

 三つの銃口が自分に向いていても、構わず歩いた。

「誰の命令で動いたかは見当がついているが、私の部下を何人始末したかも含めて上申する」

 そして銃口を払い除けて睨み付けた。すぐさま彼らも床に昏倒した。

「キアラ様」

「―――」

「お迎えに上がりました」

 脇のジャックを外すと右手のグローブを脱いだ。

「ジョット」

 もう壁から離れられないような状態で、キアラが言う。

「そんな事で来るお前じゃないわ―――だって、一回目と二回目は、お前、見逃したものね?」

「……ですから、三回目からはお迎えに行きました」

「……お前も知ってるくせに。今回は私を笑いに来たのよ」

「―――ありえません。己の主を笑いものにするなど」

「私の死を見届けに来ることは、私にとって笑いものになることでしかない」

「『自然(ナチュラル)』に敬意を表しているだけです」

「―――それなら、なぜ私を連れて行ってくれなかったの」

「……何を、です」

「それも知らない振りをするのね」

「しかし―――」

「私の話を聞いてくれなかったわ」

 主に仕えてはいたが、軍の任務でもある。ジョットは押し黙った。

「でも、別にお前でなくても良かったようよ……何故なら―――」


 ジョットじゃなくても―――

 身近に居たお前じゃなくても―――


「あの街で……」


 私に気がついて

 私に手を差し伸べてくれたのは……


 悲鳴のようにキアラが訴えた。

「―――ああ……叶、私はもうダメ……生命が……生命が終わるわ……」

 例えようの無い、苦悶の表情。


「もう、行けないのは分かってるから……」

「でもキアラ、帰るって、呼んでるんだって、君の故郷バトリクが」

 叶も必死に彼女の崩れ落ちそうな体を支えるが、消え入りそうな命の灯までは手が届かない。

 細い体が重く腕の中に圧し掛かる。

 二百年も生きてきて、二百年を幽閉されて、こんな終わり方。

「ダメだって言うなよ……」

 鼻声で叶は精一杯励ます。

 だが、言葉は力にならなかった。




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