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女王の惑星(ほし)  作者: 現王園レイ
◆Secret 04◆ 別れの再会
26/30

025   重なる、ふたり


―――タウン

 相変わらずキアラは果物しか口にしない。

 立ち寄ったカフェで彼女は果物、(かなう)はアイスティーをテイクアウトした。

「―――冷たいの、飲めるのね」

「うん。お陰でね」

 その理由は、敢えて言いはしない。

 あの日の夜のことは、今の二人に関係が無いからだ。

「それでさ、どうしようか。どこを探したらあるのかな」

 行く場所を間違えても楽しいとでも言うように、叶は笑って聞いた。しかしキアラは表情が曇ってしまった。その厚意を受け容れるのは難しい、とでも言うように。

「―――叶、わたしは―――」

 そう言いかけて、一瞬で硬直する。

 キアラの鋭い感覚が異様な空気を感じ取ったのだろう。叶の腕を掴んで人ごみの中を走り出したのである。

「キアラ?」

「しぃっ。来たわ」

「軍曹が?」

 疑問を投げかける暇は無さそうだった。

 社会的に非力な二人の逃避行は心許ない。

 だがそれを感じさせない愉しさのようなものがある。

 多少なりとも、これは叶にとっては全力疾走の、青春の思い出になるのは間違いなかった。

 それが、なぜこうして逃げているのか確たる理由が無くても。

磁気浮上列車(マグレブ)に乗ろう」

 まだ追跡者の姿は見ていないが、耳元に小さく風を切る音は聞こえる。

「これ、交わせるかしら」

 指で上を指し、邪魔者の追尾を振り切れるか考えてみた。

「乗るときに、だまし討ちできればね」

 街の至る所に磁気浮上列車の駅がある。

 いま走っている場所からは、このままで五、六分と言うところだろう。

「間に合えよ……間に合うんだ」

 そのうちに複数の足音が否が応でも聞こえてきた。

 高さ十メートルほどの高さに陸橋が見える。磁気浮上列車のレールウェイだ。

「早く!」

 人影の無い駅舎の階段を駆け上がって、乗り場のドア前までたどり着く。

 磁気浮上列車の風を切る切っ先が近づいてくるのが見えた。

「来た」

「もうちょっと待って」

 さすがに焦りが襲う。下から硬い音を鳴り響かせるものが昇ってくる。

 カーキ色の軍服が姿を現し、キアラと叶を目指して真っ直ぐに距離を縮めてきた。

「キアラ様」

 押し殺したような声で、中の一人が名を呼ぶ。

「お戻り下さい。キアラ様」

 叶はその聞き覚えのある声で、初めてジョットの顔を認識した。

 生真面目そうな男だった。

 キアラが叶の前に出て言う。

「ジョット、私は戻らない」

 自分がどれだけ大事にされ、危害が加えられない人物であるかを利用して、叶の盾となる。

「どうしても」大股でジョットが歩を詰める。「戻っていただかなくてはならないのです」

 そういう彼の言葉が妙に悲痛だった。

 それに応えるキアラも、精一杯の抵抗を見せる。

「私は、戻れなくなったのよ」

 ジョットの後ろに控える数人の兵士が手を構えて退路を塞ぐ。

「キアラ様―――」

「来るな、ジョット」

「我々を見捨てるのですか。私にそう言わせるのですか」

 すがるような物言いは、何故なのだろう。

 キアラの背中が、なにか壮絶な悲哀に満ちた、感情の炎を立ち昇らせたように見えた。

 熱くて、冷たい―――

 叶はそう感じた。

「聞きなさい、私は死ぬのよ。お前は分かっているでしょう。私に恥を掻かせないで」

「死に急ぐことはありません。お願いですから、私の手を取ってください」

 ジリジリと時間も距離も縮まっていった。

 いつの間にか磁気浮上列車が叶のすぐ後ろで停まり、シューっと音を立ててドアが開く。

「キアラ。乗るよ」

 囁いてキアラの腕を強く掴んだ。

『間も無く発車いたします。ドアが閉まりますのでお気をつけ下さい』

 無機質なアナウンスが、無遠慮に響く。

 列車の中には酔っ払いが数えるほどしか乗って居なかった。

 ドアが開くときと同じ音で閉じようとした。

「それっ!」

 叶は自分の体ごとキアラを引きずり込む。

 スパイ・アイが一緒に飛び込みそこなって、一つがガツンとぶつかり車体の下に転げ落ちていった。

 入ったときの勢いのまま、なるべく広く見渡せる車両の真ん中へと駆け込んだのはいいが、はっと後ろを見るとジョットが一人立っているではないか。一つ後ろのドアから乗ったらしい。

 その本気加減を悟って、叶もようやく事態の重大さを肌身で覚えた。

「何が何でも、一緒に戻っていただかねばなりません。でなければ……」

「しつこいわ。私は死ぬだけなのよ。戻ってもね、死ぬだけよ」

 まてよ。そうしてキアラを庇おうと動く前に、ジョットが左手でキアラの手首を掴んでしまっていた。

「―――!」

「これ以上は暴れないで下さい。大人しくしてくださらないと、こちらの手を使わなければならないのです」

 右手を振りかざす。

「キアラ!」

 叶がジョットの右腕に喰らいつく。

「叶、逃げて」

 声がかすれた。

「このうっ」

 左腕でジョットの右腕にしがみ付き、右腕でキアラを掴む手を振りほどこうと必死に体を伸ばした。

「……」

 ジョットは叶を一瞥すると、右腕に力をこめて下にブンと振り下ろす。

「うっ!」

 ずるっとそのまま床に落ちて転がった。

「叶!」

 どうみても勝負はついている。

 列車はいつのまにか走り出していた。

 そういえば、行き先を決めていない。

「この方は、どうしても我々が保護せねばならない方だ。君のような少年がでしゃばるものではない」

 そしてキアラを抱え込むと、ゆっくりと後退しドアの前に行こうとする。

「離せよ。本人が死ぬときくらい自由にしろって言ってるんだろ!」

 若い感情に火がついたのだろう。いまはそれが正義だからだ。

 しかし自分で言ってから、急に不安になったのだ。

 死ぬって―――

 誰が―――?

「甚だ傲慢な事を申し上げるのだが、キアラ様の全ては我々が保護せねばならないのだ。理解しろ」

「何だよ理解って! わけの判らないことばかり言って! 最後の願いも聞いてやれないような了見の狭い保護者なんて、それじゃただの拉致監禁の犯罪者じゃないか!」

 ジョットの太い腕の中で、キアラが青白い顔のまま動けずにいた。

「いいだろう、少年。どれだけキアラ様が居なければ困るのか」

「ジョット! お前は言わなくていいわ!」

 鋭く叫ぶが、ジョットが対峙しているのは叶である。声など届かない。

「お前がいま生きてここに居るのは、キアラ様のお陰だからだ」

「?!」

「それだけではない。アッペリウ星系の人類が恩恵を受けている」

 一瞬、叶の中で情報が錯綜した。

「この私も、お前の親も、友人も、殆どの人間は、お前と同じに生かされている」

「そんな事言ったって……そんな、恩恵って……」

 思い当たる節はある。

 其れしかないのだ。

 しかし、それがどういうことか、そんな事なんて分かりようも無いだろう。

「お前は、この間の治療で完治するだろうな」

 キアラに視線を移した。

 少女が悲しそうに叶を見ている。

「……キアラ。それって……」

 それ以上の言葉が思い浮かばない。

 あの薄幸そうな少女とワクチンとが、どういう線で繋がるか見えないからだ。

「ジョット、それ以上は言わないほうがいいわ……叶を困らせないで。困ってる……」

 力なくうなだれる。

 その言い方が、先ほど抑えて隠したばかりの、叶に対する感情が疼き始める。

(この方が選んだのは、この少年だと言うか―――)

 筋肉質な腕に、感情のエネルギーが加わった。

 私は、こんなにも貴女を大切にしてきたと言うのに―――

 この今にも散りそうなほどたおやかな蒼くて美しい花を―――

 叶のグレーの瞳とのあいだに、火花がチリと飛んだ。

 その瞬間、ジョットの後ろから光線が走った。



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