019 見知らぬ星影
「謎々、どぉーしたっ」
スクールでセアドが授業の終わりと共に、後ろの一段高い席から叶の首にガッキと抱きついてきた。
「……ッ! 苦しいよっ」
振り払おうとした手がガツンとセアドの顔面にめでたくヒット、鼻を押さえて涙目に。
「あ、ごめ」
「いや、いいんでふ……なんか分かったことあるのか?」
「うん……あのさ、コレ見てよ、いいかなぁ」
キューブを置いて机のパネルをタッチすると、空間に十四インチほどのモニター画面を投影し、その中に叶が調べたデータを並べてみる。
だがそれでは小さかったので、サイズを拡大した。
「なんだよ」
叶は画面にあるアッペリウ星系の俯瞰図を指差す。
「このあいださ、ナラネさんが言ってたので引っかかってたんだ」
ツツと移動して、自分達が住む『惑星ヤノ』で指先を止めた。
「僕たちがいる星は、『β‐ヤノ』って言うのを初めて知ったんだけど、なんで誰も分からないんだろうかなってね」ちょっと寝不足で充血した目を瞬いてから続ける。「βってのはαの次だから、二番目って意味だろう?」
ウンウンと頷くセアド。
「なんでβなのかは知らないけど、単純に考えて『α』もあって良いじゃないか、って。そしたらさ、『α』の痕跡みたいなの、発見しちゃったんだよね」
叶の指先が、『惑星ヤノ』からツツと円を描くように動いて、止まったところでセアドが「へぇ~」っと間抜けに息を漏らす。
「それって本当か?」
「たぶんね。古い文献を当たれば出てくる話だった。でもあまり誰も気にしてないのな、近代で研究してる人って殆どいないようなんだけど、まさか、ね」
「ホントにまさか、だよなぁ。だってコッチから見えないんだぜ? まるっきり太陽の後ろにあればさ」
「見事な隠れようだよ」指先をグリグリと擦る。
「ヤノと同じ軌道にある惑星なんてね」
―――あろう事か、アッペリウ星を回る惑星ヤノと同じ軌道に、もう一つの惑星があると言うのだ。
それが太陽を挟んで真向かいにあるとなれば、ヤノからは見えることは無い。しかし、宇宙を自在に駆け回るこの時代、ヤノの外に出れば幾らでも見える天体である。
その惑星はいったい何処に消えたのだろうか。
「このアッペリウ星系に入植してきたのは四千年位前ってなってるけど、その頃はあったみたいだ」
「すげーな、それ何処から見つけてきたんだよ」
「これかい? 国会図書館の……そうだなー、一番下に埋もれてたって感じだった。アクセス数が数百くらいしかなくて、誰も閲覧してないだろうって雰囲気。司書の人にもモニター越しにいっぱい聞いて、結構助けてもらったお陰なんだけど」
さらにパネルを捜査すると、その惑星があったところが拡大された。
「んで」
「うん……それで一番大事なさ、この星が居なくなってしまった原因は分からなかった。たぶん何処かに転がってると思うんだけど、僕たちの惑星に『β‐ヤノ』と言う名前があるように、こっちの惑星には『α‐バトリク』と言う名前がつけられてた。これは移民前の学術調査の写しがあったからね」
人類と呼ばれる生物が住む多くの星がそうであるように、ここアッペリウ星系も移民により居住性を高めて作られた場所である。
学術調査が行われてから直ぐに移住が始まったらしく、よほど条件が良かったようだ。
その頃は『α‐バトリク』と『β‐ヤノ』は共存していたはずだった。
その記録が故意に埋もれさせられているのは、不都合な事柄によるものには違いないが、今では惑星も、あったと思われる繁栄も容易には見つからない。
「研究している人が居たとしても……」
叶はそこで口をつぐんだ。
先日の出来事を思い出したからだ。
そういう知識も、恐らくは彼らが握っていることだろう。
「知らない人が多いから、興味ももたれないんじゃないの」
セアドが別に言ってきたので、そこで相槌を打っておく。
「そうなんだよな。それなのに公文としては公開してる辺り、滑稽と思うしかないんだけど、でもこの『α‐バトリク』の記述が二千年前までは頻繁に出てきてるんだ。それから先が記述が異常に減ってるし、ええと、いつかな、今から何百年前も前からふっつりと音沙汰なしになってる」
画面は、叶が作成した年表に切り替わった。
「二千年前まで仲良かったってこと?」
「! それそれ! あのさ、気にかかる文字列があったんだよ。ここ見て」
ざーっと資料を流していくと、赤で点滅する項目がある。
セアドはブツブツ言いながらそこを読んでいたが、口を尖らして顔をしかめた。
「なんだよ、これ“税関”ってある。なんでアッペリウ星系『内』で税関って表現になるんだ? 普通ならアッペリウ星系の外とでそういう交易になるんでないの?」
それは星系が一つの国家として成り立っているはずが、実は内部分裂していることを示す。
つまり叶はこの星系に、なにかしら異質なものがあったのを嗅ぎ付けたのだろう。
「もしかして、内戦でも起きて別の国でも出来たか、とは思ったよ。ところが、他の星域での交戦記録しか見当たらないんだなぁ。しかも応援に呼ばれて遠征して、それが五回ほど。開拓に一生懸命で内戦やってる暇無かったみたいだし」
「王様とか、どっかの貴族がやってきて領土を貰ってたってのは?」
「そういう制度を採用した形跡はないよ。歴史くらいセアドだって習ってるだろ。―――あっ、お前のこと言ってらんないや……内戦、一回だけあったよ……」
しまった、と言う表情で一瞬うつむく。
「―――七百年前だ。惑星全土が『バトリク』と交戦したってあった……そうだ……それからバトリクの名前が出てこない」
そこでセアドが叶の胸元を掴む。その顔は実に真剣だ。
「おいい、いくらオレでも、そんな歴史は習ってない、ぞ」
そのまま二人は教室で暫く固まっていたのであった。
「で、それとキアラと何の関係があるんだよ」
―――今日も校舎を風邪が吹き抜ける。