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女王の惑星(ほし)  作者: 現王園レイ
◆OPENING◆
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002   君に出逢えば


「気をつけるのよ。食事は無理しないで家事ヘルプを頼んであるから。でなければお祖母ちゃんちにお世話になりなさい」

 (かなう)が病院へ行こうとしたとき、母親も出かける準備をしていたので、そう言えば彼女も出張で居なくなるんだと思い出す。

 両親不在で得る自由を期待しつつ、生返事でジャケットを着込んだ。

「薬も、だよね」

「当たり前じゃない。忘れないの」

 高層タワーの居住区画で、二人は玄関の前ですぐに分かれた。

 母はタクシーに乗り込み、(かなう)は高速エレベータで地上に降りる。

 海風に顔を撫でられながら、予約のとれた時間に遅れないよう急ぎ足で向かう。

 さして暑くもない気温でじっとりと汗がにじむような肌触り。今日の風は湿気を含んで少し強引だった。低気圧が近いのだったろうか。

 都市はシールドを張るからあまり気にはならないが、それでも海が近く波も高いならば用心せねばなるまい。

 もう少し快適なつもりで徒歩を選んだのに、叶は僅かに予定を狂わされた。

 それでも十六と言う齢は無敵である。大きな通りを一本隔てた隣のタウンには、ほんの二十分くらいで着いた。

 殆どが白い建物で構成されている都市で、辿り着いた病院は僅かにグレーの色を為している。街中(まちなか)と変わらずごった返しているのを尻目に、掛かりつけの医師の病棟へと向かった。


「―――痺れの度合いは」

「前よりも強くなった気がするんですが、体温も下がってきてるので少し動くのが辛いです」

「そうか……代謝酵素が減ってきている典型的な例だな。しかし診断しやすい病状でよかった」

「今日は薬になるんですか、ワクチンですか」

 診察と言うよりも定期的な病状の報告に近い。

 (かなう)の疾患は医師の表情からしても、そう重くも無く緊急性も要しないのが見て取れる。半ばホッとはしたが、昨夜からの逸る心が医師を急かしそうになった。

「ワクチンは血液検査をしてからになるので、今日ではないよ。君の"型"が判り次第連絡するから」

 そう言ってカルテに打ち込む。

 控えていたアンドロイドが、叶の耳たぶから痛みも無く血液を採取した。

「ワクチンって何処で作ってるんですか?」

 何しろアッペリウ星系の、全人口の四分の三が罹患している病気だ。相当量のワクチンが何処で作られているのか、透明な絆創膏を貼られた耳たぶを気にしながら訊ねると、医師は叶の顔も見ないで答えた。

「……さぁ、何処かの工場だというのは聞いているけれどね、ただ患者さんからのデータを受付窓口に送信するだけなんだよね。……それと、ワクチンを打つ前には数日間、強めの薬を飲むからね」

 少年はそうですか、と呟くように言うとジャケットを手にとって診察室を出た。

 血液検査により叶の体質が判明するのは直ぐだが、工場で生成するのに時間が掛かるという。

 個体差に対応のためと、時に失敗もあるために数本のワクチンを用意するのだ。

(通過儀礼ではあるけれど……一回で済めばいいな……)

 堪え(こらえしょう)の無い年齢なので仕方が無い。溜息をつきたくなるような気分でエレヴェータを降りた。

 用がすんだら、グズグスせずに病院は直ぐに出る。

 来た時と同様に足取りは軽やかであった。

 学校は休んでいるため自宅学習だから、今日の予定は特に無い。

 湿気を持って滲みたそうな太陽を見上げながら、今日はどうやって時間を潰そうか考え、階段に差し掛かったときである。

 降ろそうとした叶の足が、宙空に不自然に止まった。

 その視界に入る人影。

 特に何の疑念も持たない日常的な光景ではあるが、ふと目を引く一瞬の邂逅。

 二、三人で立って話をしてるのもあれば、通信機で誰かと話しこんでいる人もいて、散歩の途中のように腰を下ろしている人もいる。優雅に弧を描くスロープは、ベビーカーを押した女性が昇ってきていた。

 だから、それが何だと言うんだ。

 釘付けになりたい視線を無理矢理に(ほど)こうとして、叶は足を置く。

 蒸し暑さを孕んだ風が横から吹き込み、その後姿は、風を抑えようとして片手を挙げ、優雅に指先に髪を絡めた。

 横顔がその影に見えて、叶は再び四段ほど降りたところで止まった。

 黙ったままでいれば、その固まった視線に誰だって気がつくだろう。

 相手は少年の瞳を見つめ笑う。

 まだ季節的に強い日差しの下、クールな空色(アズール)の髪と同じ色の瞳は少し違和感があった。

「―――こんにちは」

 叶よりも年下に見える少女が声をかけてくる。彼女の後姿から挨拶までも何ら予期していない彼は、心臓の鼓動を早めることすら忘れて、「どうも」と義務的に返すしか手段が無かった。

 それから、自分が彼女の座っている所まで二段ぐらいしかなかったことに気がつく。

 あっと言う間に乾いた口の中に、定型句を押し出してみた。

「病院、終わったんですか」

 少女は何も答えずニコニコしている。

「あ……すいません、変なこと聞いて」

 どうして自分が恐縮しなければならないのか理解できなかったが、摂り合えず彼女の隣まで段を降りてみた。

「別に……変じゃないわ」

 見た目と同様に涼しい響きの声が叶を見上げる視線の下から出た。

「病院に来たわけじゃないけど、此処は色々と問題抱えてる人たちが集まるところだから」

 見た目年齢の割りに、ませた口を利くんだなと思う。

 たぶん、僕よりも三つくらい? いや、五つくらいは下に見えるんだけど。

「そういう人たちを眺めて?」

「眺めてるっていうか……でも私には何もできやしないんだけどね」

 腰まである長い髪を揺らして階段の下方に目を向けた。

「―――あなたも病気?」

「うん……」

「そう」

「君は?」

「特に無いわ」

 なんだか不思議な沈黙が二人のあいだに流れたが、彼女がふいに立って「わたし、キアラ」と叶と同じくらいの高さで名前を云うので、慌てて叶も自分の名前を名乗る。

「わたし、この街のことよく知らないの」

 ひらりと(かなう)より一段上に飛び乗った。

「よく知らないって」

「……だいぶ昔も来たような気がするんだけど、あまりに久しぶりで記憶が曖昧。だから目に付いた此処に来てみたの」

「小さいときに来たことがある?」

「……そうね……小さいときもあったわ」

 やけに意味深だとは思ったが、そこを深く考えることは無い。

 この不思議少女なら、何を言ってもファンタジーで済みそうだったからだ。

「思い出を探しに歩いてみようとしたけど、ちょっとこれじゃ行方不明になりそう。色々街も変わるでしょう? ほんの散歩なのにリセットした方がいいかな」

 大きなお世話にならなければいいが、何となく叶のなかに親切心が起きてしまった。

「僕はこの辺に住んでるから、少しは案内できると思うよ。良かったら手伝おうか」

「手伝ってもらえるの?」

 キアラの白い顔が、血の気が通ったように明るさを増したので、自分が調子に乗ってしまった微かな後悔は、心の隅に追いやった。

「いいよ、完璧にはいかないときは……なんだけど」

 言い終わるか終わらないうちに、(かなう)の左腕がキアラの手に掴まれて階段を引きずられるように下り始めたので、慌てて体勢を整えた。

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