018 由々しき事態
タウン上空の航路管理宇宙港。
港のゲートをラインKからNまで占有している駐留軍では、第一惑星の軍事基地から断続的にデータを受信し続けていた。
数ヶ月前から特定の空域に不安定な次元断層が見つかっており、航路の安全のためにも「要監視」として観測し、気象データとして一般に提供している。勿論、“慎重”に選んだものではある。
先日、緊急と称して軍の高官が、分析官と思われる数人を連れて地上から上がってきた。
非公式だという。
以前から員数外の人間が少しずつ来ていたが、いよいよだ、と言わんばかりのメンバーが乗り込んできたのだろうか。
第一惑星の基地にも誰かが行ったと噂に聞く。
ただ事ではないのはそれだけで分かるが、だからと言って杞憂に終わるものでもなさそうな雰囲気であった。
どこからか漏れる声で、既に艦隊の一部が観測船と共に出動しているのだと囁く者がいても、いずれにしろ定かではない。
大部屋を借り切って閉じこもると、搬入した機材を広げて宇宙港の基幹システムに侵入し、全ての動きを監視する厳戒態勢を取ったのである。
「……ゆらぎが可視できるようになるまで、どれくらいだと見る?」
「力場の電磁波数値がどの辺でピークになるか分かりません。試算は行っていますが、常に変動しています」
「なるほど、向こうの出力は想像を遥かに超えるものかもしれんのだな……こちらで対処できるか……」
デジレの反応が早かったお陰で、このオペレーションの展開は思ったよりも容易であった。
惑星ヤノとキアラ、赤ん坊が同じ周波数を発振し、最初は弱々しく乱れる電磁波だった次元断層が前者たちと同じであると判明したいま、これらのラインを結ぶ要因は一つである。
「―――なにしろ“久方ぶり”だからな」
緊張感満ちる空気が、事の重大さを知らせている。
久方ぶり―――
それが、何故今なのか?
「我々はこの件に関して素人です。当時の彼らが居れば助かるのですが」
「彼らが居たお陰で現在の我々が居るのは確かだが、負の遺産を残したのも彼らだよ。あの時は文字通り生死を分けた戦いだったからな……負ければ滅びていた、と人は言う」
一歩間違えれば滅亡と言う恐ろしい事件が過去にあったのだ。
座っていた技官の一人が振り返る。
「また此処の管制室から問い合わせの通信が出ています」
「こちらにか?」
「いえ、他の宇宙港にです」
「警告を出してやったばかりだろう。真知村とか言ったか、妨害してやりたいところだが管制室ではな……こちらが不味いことになる」
先日、周波数と時空の歪みについて疑念を抱いた訪問者があったばかりなのだ。
次元断層はよくある話、とばかりに体よく追い払ったが、なかなか執念深い男のようで、あの手この手で情報を集め諦めてはいないらしい。
おまけにこの宇宙港はヤノでも最大の港なので、迂闊に手を出すと双方に傷がつく。
「監視だけはするしかないだろう。いざとなったら、管制室の機能を乗っ取ってしまうしかないからな」
「了解」
「ドクター・デジレがお休みで無ければいいが?」
「確認します」
問題の空域は周回軌道上で現在位置の第一惑星から、直接見えるところにある。
次元断層が見つかったのは五ヶ月前だった。
珍しいことではないが、たまたまその辺を巡航していた宇宙艇が断層に突っ込んでしまい、不幸にも行方不明になる事件となった。
捜索を行ったが乗っていた数人が見つかることは無く、現在も続行中である―――
暗黒の空間にあれば、それはさぞかしグロテスクな光景であろう。
何も無いはずの宙空が、突然ゲル状にゴニョリと蠢くのだ。
ゲル状と言っても、得体の知れない軟体動物のように、或いは自分では見ることの無い臓物の運動のようだと言うことだ。
あらゆるエネルギーが溢れている三次元のこの物理的世界、考えられないほどの強い力が一定の方向に注がれると、その力場は安定できなくなり、何かしらの干渉力を得る。
干渉の結果がどのように顕れるのか予想は出来ても、それが何時どのように何処で起きるのかは誰も分かりはしないのだ。
異空間に入ってしまった宇宙艇は、そうして救助要請も出さずに掻き消えた。
この事実は関係者の顔色を真っ青にさせる。
立ちくらみさえ起した者もいるだろう。
何しろこれは、アッペリウ星系全土を上げての一大事だからである。
この事実を早くに認識できたのは数少ないが、たまたま上層部に動ける人材が居たために、すぐさま状況を把握すべく調査チームが派遣された。
そうできたのは、過去の戦争を忘れずに覚えていたからだろう。
でなければ、彼らは生命の存亡に直接手を下してしまうかもしれない。
「……どの船が何処に接続したかくらい、こっちでだって確認できんだぞ……」
目を皿のようにして記録を調べていた真知村は、口元に歪んだ笑いを浮かべていた。
「真知村さん、顔が恐いです」
「やかましい。あっちに軽く拒否されたくらいでは挫けんのだ」
「意気込みと矛盾してますよ」
ヤユックが楽しそうに言う。
「な? な? 見ろよこれ。この高速艇がなんで三日前とか下から来ちゃうんだよ。航路を一本止めちゃってさぁ。軍が何してるか丸見えなんだがな、オレのお手製の監視プログラムが役に立っちゃうわけですよ。侵入してきたやつの背中に乗ってるって、誰もワカンネーだろ」
「そんな事してたんですか? それって正規の宇宙港のシステムに自作入れちゃったって、法に触れますよ?」
「残念。攻撃力が全く無いうえに、摂り合えず動いてる誰かにくっついて歩くだけだから、痕跡は残らないはずになってるんだ……予定はな。それより、この次元断層の話と周波数とか、地上でも誰かが騒いでるな……」
アンドロイドが傍を通ったので、廊下に居た二人は声を潜める。
「第一惑星に軍の基地しかないってのがイタいですよね」
「それだよな。ところでさ」
瑞口はヤユックの首を腕で引き寄せ、二人で壁に向かって小声で言う。
「―――なんです」
壁が声を反射してくぐもった。
「詳しい話は割愛するんだが、あの空域はヤバイんだぞ」
「そりゃ次元断層があれば」
「いーやいーや、そうじゃなくて」
「もったいぶらないでハッキリしてくださいよ」
「聞きたいか?」
「じらす必要があるんですか」
「なんでこんなに資料が無いのかそっちが不思議だったんだがな、あそこは元々、妙な高エネルギーが妙に出力される場所だってのは有名な話だ。稲妻が一度落ちたところに落ちやすいってのと同じ意味合いで、どこにでもそういうクセはある。ところが」
そこで深呼吸をした。
「嘗て、あそこに星が一つあったんだよ」
ヤユックの丸い目が、ますます丸くなった。