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女王の惑星(ほし)  作者: 現王園レイ
◆Secret 03◆ ざわめき
16/30

015   囁かれた言葉

「チーフ! 真知村(まちむら)さん!」

 ドーンとドアを開かれて浅黒い顔が覗き込んだとき、危うく水を飲み込むところであった。

「う……ぶフっ」

「何やってんですか? その無防備な格好」

「なに、じゃねーよ! せっかく顔洗ってたのに」

「トイレ出たついでに顔なんて洗わないで下さいヨ」

「目が覚めたら、トイレいって顔洗うの当たり前だろ。で、なに?」

「ああ! えっと……キャッチしましたよ!」

「ホントか! ヤユック! でかしたな!」

 顔をろくに拭きもせず、真知村はヤユックのあとについてトイレを飛び出した。

 奥まったところから左に曲がれば、管制室が透明な壁で仕切られている。ちょうど入ろうとしたところを、男が怪訝な顔をして見やりながら入れ違いに出ていった。

 半円形ドームになっている管制室の、一階から二階のデッキへと駆け上がる。

「これです」

 小声でヤユックが指し示したテーブル・モニターの上には、彼らが求め続けていた周波数の波線が現れていた。

 ゆっくりと波打って、大きくうねったかと思うと虚しく崩れる。これを何度も繰り返す。

「どんなもんです?」

「この間、見せてもらったのとちょっと違うくないか」

「種類が違うようなのですよ、ホラ」

 キューブを更に載せると、今まで溜め込んできた波形が出力されて、いま受信している周波数の隣に並べると、明らかにズレがあるのと、まったく同調しているのとがある。

「マジメに違うなー」

「でしょう?」

「なんで?」

「えっ」

「いや、冗談」

「今のところ、航行する船艇に影響があった話は聞かないですけどね」

「だよねぇ……」

「軍では知ってると思います?」

「当たり前だろ。ここのKからNまでのゲートは軍港だぞ。ここに駐留してる連中が受信してないはずが無い。もしかしたら正体だって突き詰めてるに違いねぇな」

「えー……ずるいですよね」

「もう一本、アンテナを借りたらいいかなぁ」

 ここ数日間、真知村は宇宙港の休止しているアンテナを拝借して、独自に取材をしていたのだが、何しろ始めたばかり、正確に判断できる材料が少ない。

 なにかしら突破口があってもいいだろうが、仕事の片手間でもあり、付きっ切りもできそうになかった。

 殆ど手も足も出ない状態で考えあぐねた二人が見つめる中、いま現在、受信している波長は、ゆっくりと弱くなって暫くすると消滅した。

「消えましたね」

「時間は?」

「いまのは十六分くらいです」

「前より長くないか?」

 日別のデータを並べると、受信時間は明らかに延びてきている。これが一日に何度も起きる。

「どうにかして、分からんか」

 びしょびしょの真知村の顔は、既に乾いていた。

 ヤユックの頭に装着しているインカムに呼び出しがくる。

「―――はい、ヤユック」

 耳を押さえて話を聞く。

「―――え、そうですか、分かりました」

 短く答えて真知村に視線を送った。

 スイッチを切ると「一人、捕捉」と言う。

「誰を」

「入港したての船の船長(キャプテン)です。暇なら話を聞かせてくれと言ってあるんですよ。手回しいいでしょ!」

 真知村の手首を引っ張ると、デッキの奥にある通信モニターの前に連れて行く。

 コンソールに触れると、無精ひげを生やした品のいい壮年の男が画面に出た。

『……初めまして、観光クルーザーのキャプテンをしているヨイニオと言います。ヤユック管制官の要望に応じさせていただきました』

「わざわざありがとうございます、キャプテン・ヨイニオ―――私の隣に居るのはチーフの真知村と申します。幾つか質問宜しいですか」

 ヤユックの脇で、真知村が腰からお辞儀をし、キューブ・メモリを二つ置いた。

『可能な限りお答えしますよ』

 いつもなら荒っぽい貨物船のスタッフとか頑固な船長の相手をする事が多いのだが、高級クルーズ船を操るに相応しい物腰で応答するので、いささかこちらがぎこちない。

「聞くところによると、来る直前に例の周波数を受信したとか」

『直前と言うよりも、第四惑星で重力ターン(スイングバイ)をしたときですね』

 超高速船が近隣の星系へひとっ飛びの時代に、わざわざ重力ターン(スイングバイ)で優雅にクルージングする観光船である。同空域への滞在時間が比較的長いため、安定した正確なデータを取るには願ったりかなったりだ。

『ターンをして、第三惑星の軌道を過ぎたときです。太陽(アッペリウ)を挟んでちょうどヤノの裏側なのですが、斜めに第一惑星もありましたので、そこから出ているのかと思いました』

「なるほど、そこには色んな基地がありますからね」

『そうです。それが頭にありましたから、うっかり取得するのを忘れるところでした。メモリを置いてますね、データ送信しましょう』

 そう言ってキャプテン・ヨイニオは自分のキューブを取り出すと、ニコッと笑って送受信機のトレイに据え付ける。

「お手数お掛けしまして。―――それで、はっきりした方向はわかりますか?」

『たぶんですが、第二と第三惑星の周回軌道のあいだです。そこで第一惑星の方角としか判りません』

「そうですか……」

『ご希望に添えず申し訳ないです』

「いえ、とんでもないです。こんなに丁寧にデータまで取ってもらいまして……あと、キャプテンの動画を保存したいのですが、構いませんか?」

『結構ですよ。証言に使えるかどうかは疑問ですが』

「重ね重ねありがたいです。それでは時間も時間ですので」

 キャプテン・ヨイニオは通信を切ろうと斜めを向いたが、ふと思い出したことがあったようで、位置を戻した。

『ああ、それと、時空の歪みも発生してるそうなので、そちらも調べてみたらよいかもしれません』

「時空もですか」

『ですね。これは私の個人的な知り合いが、チラッと』

「個人的な……、あぁー……そうですか」

『ええ、ではそろそろこれで』

「ありがとうございました」

 二人揃ってヨイニオに挨拶した。

 コンソールの脇に置いていたキューブ・メモリには、周波数とヨイニオの動画が保存してある。

「これで、取っ掛かりが出来ればナァ」

 ヒョイと放り投げ、パッと空中で掴む。

「真知村さん」

「ん」

「あのキャプテンが最後に言っていた『個人的な』って、なんです? 相槌打ったの真知村さんだけですよ」

 ヤユックには理解できなかったようで、真知村はニヤリとした。

「分からんか?」

「分かりませんよ」

「あの類いのキャプテンって、もとは何処で働いてたか知ってっか」

 至極簡単なヒントで、ヤユックの目に納得の色が浮かぶ。

「それを早く言って下さいよ。……最終の階級ってどのへんだったんでしょうね」

「佐官だろ。経験無ければあれくらいの高級クルーザーのキャプテンが、僻地を飛んで歩けんしな」

「乗ってる人たちも乗ってる人ですしね」

「そういうこと」

 指を開いた掌の透明なキューブが、光を通してプリズムのように光っている。何となくその澄んだ(さま)にちょっと頭を冷やされた感じがした。

「……なんか、何やってるんだかな、俺たち」

「ええぇっ、なに言ってんですか。急にテンション下げないで下さいよ」

「いやー、そりゃ下がるさ。聞いただろ? キャプテン・ヨイニオから、時空の歪みの話まで聞かされてしまった」

 そこで声のトーンも勢い落とす。

「しかも彼が『元いた職場』の情報だということだ。なんでなんでなんでそれを俺らに漏らすんだ」

 ヤユックは急に深刻になった雰囲気にドギマギしながら、真知村を凝視する。

「……すいません。それも意味わかんないんですけど」

「その話と、この話が関連してるとなれば、とても厄介になるんじゃないのか」

「ものっすごい秘密事項(シークレット)になる?」

 真ん丸く目を見開いたヤユックの顔を暫く見つめていたが、

「あああああーっ、オレっていま凄いくだらない事考えてるんだろうか」

 と、両手で頭を抱えた。

 ヤユックは若者らしく興味津々、瞳爛々として言った。

(あっち)にお友達いません?」

 真知村は思わず目を剥いてしまう。

「ばかやろう。居ないわけがないがな。……でもそんなに親しく馴れ馴れしくも出来んだろう……」

 両手の拳を握り締め、ンンーと唸ったが、

「それよりこれを何とかしよう。軍が関わってしまうんなら、逆にファイトが沸いてきたぞ」

 コンチクショウと、真知村のボルテージが上がったり下がったり、ヤユックは付いていくのが大変である。

 取りも直さず、彼がやる気を起こしてくれたので、デッキの後ろにそびえる太い丸柱に近づいて手を触れた。

 シュッと音がして銀色の柱に穴が開いて空洞が現れる。

 そこに手を突っ込むと、中からキューブを数個取り出して、高く掲げた。

「これ、データ一つにまとめますよ」

「よぉーし、そうしましょう」

 そう手もみしたところで、「真知村さぁ~ん」っと階下から声が掛かった。

 そこで(しまった!)と言う顔をする。

「交代です! 私はアップしますから!」

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