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女王の惑星(ほし)  作者: 現王園レイ
◆Secret 03◆ ざわめき
15/30

014   β-ヤノ

 懐かしい話が母とナラネのあいだに花咲くので、(かなう)も一生懸命に薄れがちな記憶を思い出しながら、時々参加を試みていた。

 ナラネが勤めているウォーター・ファームの話は、父親から聞くよりも別の視点が面白い。

 アッペリウ星系は、住人が疾患持ちが殆どと言うところから、食材に非常に気を使うために発展した農業で経済をなしている。

 その一大産業を担っている会社の一つが『ウォーター・ファーム・カンパニー』であった。

「大々的に流通に乗せるといっても、ワクチン無しじゃ生きていけないヤノ人じゃ、あまり遠くに出たがらないものねぇ」

「ほかの星系からさらに雇うことにしています。その話を詰めるとか何とか」

「貨物船の建造も必要になるのかしら?」

「ヤノでも充分に建造能力ありますが、リースしたほうが早いと言うことで」

「自社物件はあっても悪くないわ。どちらにせよ新たな融資の話も待ったなしね」

 詳しいことは分からなくても、父親が事業拡大に向けて大きな仕事をしている様子が窺える。

 他の星の話も色々聞きたいが、ナラネ本人はアッペリウから出たことが無いらしく、あまりネタは出てこなかった。

(他の星系かぁ……一番近くて五光年くらいだったかな……)

 淡い冒険心が湧き上がってくる。

 此処を飛び立って、真上からアッペリウと、それを回る惑星達を俯瞰できたら楽しいのに!

「―――別に事業を立てるのなら、本社は何処になさるの?」

「さてー、どこになるんですかね……ヘタするとメディアの方が情報持ってたりしてますから……輸出事業となれば、やはり現地が一番良いでしょうから、本社に近い機能は持つんじゃないですか? 

 ただ、『ヤノ』の名前は冠するとか言ってますからね」

「それはただの『ヤノ』?」

「と言いますと」

「ええ、だって此処は一応の正式名称が『β‐ヤノ』じゃない? 一番を目指すなら『β』は避けたいわねーって、験担ぎ」

「あ、それですか、それについては何とも……社名からして揉めてるって話まで出てますから」

 食事を終えてカーペットの上、セアドの隣で寝転んでいた叶が質問を投げる。

「『β‐ヤノ』って? この星の正式名称なんてあったの? 学術名称じゃなくて?」

 二杯目のお茶を飲み干したナラネが答えた。

「あんまり使わないですよ。殆どの人は忘れてるんじゃないかなぁ、学校でも習わないだろうし」

 そして、そろそろ帰ろうと思いますと、母に帰宅の意思を伝える。

「あら、ごめんなさい。ついつい長話になってしまって……」

 彼女のお喋りに掴まってしまったも同然である。

 再度ねぎらいの言葉をかけてから、玄関に行くため席を離れる。

 叶はダイニングを出るナラネを、カーペットの上に立って手を振った。

 それから、

「……セアド」

「なに?」

「聞いたか?」

「ん?」

「『β‐ヤノ』って言うんだってさ」

「だからなに」

 ゴツンとゲンコツでセアドの頭を小突くと、自分の部屋に入る。

「いてーな、ワケわかんねぇよ」

 ぼやきながらセアドも入ってきた。



 ◇     ◇     ◇ 



 デジレとジョットが書いた報告書を読んだから来いと言われて、基地司令のいる部屋を訪れたダニロバは、半ば覚悟を決めてドアの外に立っていた。

 両側にスライドした扉は、口を開けてダニロバ大尉を吸い込もうと待ち受ける。

 一歩踏み入れて、足元の数段ある段差を上へと視線を昇らせた。

 そこには基地司令たるモーレル准将が気配を消すように外を見ている。

「ダニロバ大尉であります」

 彼はダニロバよりも背が低くて痩せていた。

 薄く禿げかかった髪に、油断のならない目つきを怠らない。

 だからと言って小物、と言う人物でもない。

「読んだよ」

 小男が短く感想を述べる。

 あまり好ましくない上官ではあるが、反りが合わないからと言って仕事をしないわけにもいかない。

「……裁定は下りるのでしょうか」

「―――」

 モーレルの無言に、ダニロバは掌に汗が滲み出るのを感じた。

 口を開くのを待つしかない。

 モーレルが腕を組んで暫くの後、

「原因が不明だとな」

 と、不快感を隠さずに言った。

「……と、申しますと」

「この報告書では不十分だと言っている」

「ですが」

「私がここに赴任してから大した時間は経っていないが、君らは私を素人だといいたいのかね」

「いえ、それは」

「この基地、そう、この『スタウト基地』の重要性は、一般の将兵でさえ明確に認識できるほどだ。それだけ最重要事項であると理解している。それがこの内容では、今後の調査で何年かかっても参考にすらならない」

「……」

 今にも目の前で報告書のシートを燃やしかねない語気である。

「“記憶が無い”と言ってデジレの仮説であるのは使い物になるのか? あの(キアラ)がこの基地を二度も脱走したというのに、大人しく居座っている理由が思いつかん。本人が居るのに本人から話を聞いていないではないか」

 確かにそうである。

 この騒動の元凶であるキアラに、「何をした」と聞けばそれで済むものだろうが、この程度の調査すら出来ないことは何故なのか。

「彼女には」

 一呼吸置いて、

「“答えを聞いてはいけない”、からです」

 いとも簡単に、ダニロバはモーレルの疑問に答える。

「なに?」

「正確には、聞けないのです」

「そこまで神聖不可侵だというのか? ―――いや、確かに肉体的拷問を加えることは禁じられている。何かしら薬剤の投与も出来ないのは知っている。なにしろ彼女は『自然(ナチュラル)』だからな!」

 自分で言いながらイライラしたのだろう、デスク上のデカンタからコップに注いだ水をあおる。

 ゴクリと鳴る喉の音がダニロバにも聞こえた。

「うっかりあの女を分解してしまったら、我々の生命が大変なことになるのも知っているぞ」

「仰るとおりに、神聖不可侵の扱いです」

「当然だ!」

 喉は冷えたが頭は冷えなかったらしい。

「なぜ本人の口から、直接聞き出せないのだ?」

「お言葉ですが、それが出来ていたら、このような内容にはなっていません」

 用心深くモーレルの表情を窺いながら述べた。

「何故なら、“彼女の記憶も無い”からです」素早く言ってから続ける。「記憶喪失ならば、薬剤を使うなり催眠で探るなり方法がありますが、しかし神聖不可侵ならやってはいけないことです」

 絶望的なほど手段の無さにモーレルの小さい目が見開く。

「……よかろう。記憶喪失だとな。それは自己申告でしかない事は考えないのか?」

「信じるしかありません」

「信用だと?」

「はい。問題が起きても彼女に直接関わらないのが不文律化しています。慣例です」

「では、またあの女が、基地を脱走する可能性もあると考えないのか?」

「考えてはおりません」

「そうなったらどうするのだ」

「探すしかありません」

「矛盾しているぞ」

 畳み掛けるように重ねてきた言葉には、ダニロバも断固とした意思で応えねばならなかった。

「何が起きても―――彼女が居なければ、我々は生きてはいけないのです」

 恐らく、誰も逆らえない一言であった。

 少しのあいだ、モーレルは沈黙した。いや、もしかしたら絶句のほうがニュアンスが近いかもしれない。

 それから、ダニロバから視線を外して報告書(シート)を見下ろす。

「いいだろう。ここまで聞いたし、事情も理解しているつもりだ。しかし本部が真実を欲しがっていると、非正規の要請が来ている。私ではどこまで庇いきれるか分からん。……触れてはならないものに、触れたがっている輩がおるのを忘れるな」

 不穏な空気が彼の背後に漂っているのである。

「下がっていい」

 この時間だけで少し距離が埋まったような上官に、ダニロバは敬礼すると頭を下げて退出した。


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