013 それぞれの約束
キアラと惑星と数、と言うキーワードを元に、叶はあれからずっと答えを探し続けている。
時間さえあれば自宅や学校のモニターと睨めっこをし、途切れない情報の海を泳ぎまわっていた。
叶があんまり相手にしてくれないので、セアドが自宅に入り浸るようになってしまっている。
邪魔にはならないが、殆ど手助けになってないのも事実だ。
時に睡眠不足にもなるし、頭を使いすぎて熱まで出そうな勢いだけはあっても、成果は出そうに無い。
情熱はあっても経験から得る知恵が無い、と言うのは致命的である。
なにをしたら良いか途方にくれ、一眠りすればまた突破口を求めた。
(肝心の「キアラ=軍」の構図が出てこない……これじゃどうしようもない)
同じデータを行ったり来たり、削除を忘れたり元に戻したり、焦燥と悲壮が交互にやってくることもあるのだが、たかだかイチ市民の少年に、そうそう答えなど出るわけなど無い。
「ご飯よ」
母が昼食に呼ぶ。
空腹すら忘れていたのを思い出す。
「来れそう?」
熱中する背中へ、遠慮がちにもう一度声が掛かる。
「―――今行くよ」
画面を流れる文字の羅列を読み流してからパチンとモニターを消し、ダイニングに赴くといつもより食卓のメンバーが多いことに気が付いた。
「なんでセアドが」
「いや、お腹すいてるだろうって言ってくれたんで、お勧めされようと……文句あるか?」
「調子いいな―――あれ? 母さんは」
苦笑しながら見回すと、母が「お客様がもう一人増えるのよ」と半開きになっていたダイニングのドアを全開にして入ってきた。
「あ」
「どうぞ」
新しい客は、浅黒い肌の中年の男だった。
「やあ、どうもこんにちわ」
初顔合わせにしては親しげに笑顔を寄越す。
「えっと……」
戸惑う叶。
「覚えてない? ナラネさん」
母が懐かしさを満面に、男を紹介する。
「ナラネさん?」キョトンとした。
「あ、奥さん、もう大昔だから覚えてないかも知れませんよ」
「でもほんの十年くらい前よ? ホラ、みんなでキャンプに行ったりして」
熱中していると切り替わりにくい頭が、母と男の顔を交互に見つめるうちに、次第に記憶が掘り起こされてきたのだろう、唐突にナラネのイメージが鮮明になった。
「キャンプでお酒飲み過ぎたナラネさん!」
あまり宜しくない思い出が強烈に残っていたようである。
「いやー……それを覚えていられるとは、お恥かしい」
照れて頭を掻くさまは、安定して変わらないナラネの人柄を表しているらしい。
「どうしたんですか? 急に」
「ホラ、会社が違ってたでしょう、第五惑星でお父さんの下で働くことになって、一旦こっちに戻っていらしたそうよ」
そして、思い出話の前に先に昼食にしましょうと言って促した。
家事ロボットが皿を並べて給仕の準備をし始める。
ナラネは、自分はお茶だけでいいですと席に着いたが、着ていたジャケットの内側をまさぐると、封をされた薄いカードのようなものを取り出して、叶に差し出した。
「それ、なんすか?」
目ざとく訊いてきたのはセアドである。
「なんだよ、セアド関係ないだろ……なんです? コレ」
「叶君のお父さんから預かってきたんだけど、びっくりするようなプレゼントだって」
「えぇー、驚きませんよ。ここんとこいろんな事件起きてるんですから」
鈍く銀色に光る硬くて薄い容器の蓋を開けると、中から透明なカードが半分飛び出してきた。
そのカードの端を摘まむと、窓に向けてかざす。
細かい字と金色の線が見えた。
暫くそれを目に近づけて眺める。
「これって―――」
書かれた文字は、容易に読み取れる。明らかに宇宙空間を航行する船の絵がプリントされていた。
「ホント?!」
「あ、そのような顔をされても、お父さんからの頼まれ物ってだけですから」
目を見開いて輝かせる叶に、ナラネがちょっと焦った。
「だって、これ、チケット! 母さん」
別に貰っていたお土産を片付けている母に呼びかける。「宇宙行きの乗船チケットだよ!」
「ええ? それは良かったわね」
嬉しくて何度もカードを窓側に向けてかざし、ナラネにも確認を強要した。
「これは、予約チケットじゃないですね」
「どういう仕様?」
「贈答用のプリペイドです。これで宇宙船の旅費が支払えますよ。もちろんそれで予約も」
そこでハタと気が付く。
これは母親が明らかに、叶の健康について連絡していたということだ。いわば快癒祝いと言うことなのだろう。
宇宙へ!
「約束守ってくれたんだ」
有頂天になりたい気持ちを抑えて、食事に熱中しているセアドにも見せてやった。
「セアドは何回も旅行に行ってるからなー。あんまり羨ましくないだろう」
「そんなことないさ。これからガンガン遠慮なく行けるんだぜ? そのうち一緒に行けたらいいよな」
「そうだよな、堂々と行けるんだ」
何とも感慨深い。
半ば羨ましく少年達の様子をみていたナラネの目の前に、ロボットがティーセットを順に置き始めた。熱湯の中で茶色の物体が元気よく上下運動をして踊る。
「ナラネさん、ホントに食事はよろしい? なんでしたら今からでも作りますけれど……でも、お帰りになったばかりで奥様にも会ってらっしゃらないんですものね」
「お気遣いは無用です奥さん。ゆっくりと休暇を取らせてもらいましたから、まずは病院行ってですね……」
「あら、病院」
「ええ、そうです。ワクチンを打ちに」
「まだ安定してないの?」
「それが、かれこれ五、六回は打っているんですけれど、根つきが悪いと言うか、効かない体質なんでしょうか」
叶がその会話に割り込む。
「ナラネさん、ダメだったんですか。僕は最近打ってもらってだいぶ落ち着いたんですが、ナラネさんみたいに回数増えるとこまるなぁ……」
「大丈夫だと思ったら再発を繰り返すんで、検査入院兼ねて帰ってきたんですよ」
母がそれに疑問を呈する。
「ワクチンでしたら各星に病院ありますし、病院が無ければ事業として独占している軍の基地に、駆け込んでも良かったのではありません?」
「それも考えたんですが、どうせなら本拠地のあるヤノに戻って、原因を突き止めたらよいかと思いましてね」
「そうですか……すると長丁場になりそうな」
「それを覚悟で、わがままさせてもらいました」
「叶は今回で終わればいいね」
溜息をついた母は、大事に育てた少年を愛おしそうに見つめ、逃れられない運命を嘆きそうに眉をしかめる。
「そういうのって再発するかどうか、はっきり調べられないんですか?」
「さぁ……遺伝子構造を調べてあるし、大量のデータは集積されてるはずなんですが、判明したって話は聞いたことないです。それだったら自分も既に完治していると思いますが」
まったくもって奇病である。
怠慢により放置されてきたのだろうか?
それとも本当に解明できないのか?
「伸び伸びと生きてみたいものよね」
影のようにくっつき、或いは追いかけてくる病は実に厄介である。よほど死を背負っていくより重荷が倍増しているといったところか。