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女王の惑星(ほし)  作者: 現王園レイ
◆Secret 02◆ 徴(しるし)
12/30

012   [SCENE3]宇宙のゆらぎ

 第五惑星の『ウォーター・ファーム・カンパニー』での一仕事を終わったナラネは、シャトルで帰路の途中であった。

 少しすし詰めな感じに乗客がひしめいていたから、搭乗直前にグレードの高い部屋を問合せ、たまたま空いていた幅広く寛げるボックスに居座ることが出来た。

「よっこら……せっ」

 大きなスーツケースと手荷物をドア脇のバスケットに放り込む。

 ついでにその勢いのまま、定期便にしては贅沢な部屋のソファに、尻を突っ込んで背中を(うず)めた。

 ハァーっと、それまでのストレスを含んだ呼気を吐く。

 およそ六億キロの旅を高速船で、何もなければ二日で到着する。

 それまでに眠り続けていてもいいが、眠るにも体力がいるので少し何かを食べてからにすべく、レストランかビュッフェに行こうと思いついた。

 部屋に備え付けられ、『ようこそ! ボル社の定期航路便を御利用下さいましてありがとうございます』と大げさな自社広告を待ち受けにしているマルチビジョンで、船内を探検する。

 旅に旨いものは付き物であっても、体も心も休めたいナラネは、あまり(かしこ)まったレストランは避けたかったので、アルコールも置いているビュッフェに行こうと決めた。

 たぶん、レストランのワインでは酔えないだろう。

『宇宙酔いをされる方はご遠慮下さい』

 警告が画面の中央に赤く表示される。

 なんだか自分が諭されたような気がして苦笑いすると、少しだけ身繕いをし、部屋の外を出た。

 ちょうど斜め向かいのドアも開いて客が出てきたが、ナラネとは目的が違うらしく、廊下を歩く途中で別々になる。

 螺旋階段を下りて、いくつかのレストランが並んだ通りの一角に、ビュッフェがあった。

 そこは出航前から既に込み合っている状態である。船尾に近いところで展望できる大きな窓が、より店内を暗くしているかのようである。小さな星では、視点を結ぶ(しるし)になっても照明の代わりにはならない。

「立席でもよろしいければ」

 案内の女の子が申し訳無さそうにしたので、ちょっと気が引けたが入ることにした。

 入って左側の長いカウンターにつくことにしたのだが、カウンターは思ってたよりも空いているので、無理やり体をねじ込むことをしなくて済みそうである。

「軽くつまむものと、そうだな、アルコールも軽めのを」

 いい加減な注文を出しても、そこはプロだ。

 バーテンダーの格好をしたナラネと同じくらいの中年男性が、頷いて皿とグラスを棚から取り出し始めた。

 最初に出されたコップの水が、僅かに揺れたように見え、それでシャトル便が出航したのを知る。誰も出航サインのモニターなど見ていない。

「地上から出るより簡単でいいな……揺れも少なくて」

 動いていても窓の外の風景は変わらない。

 もちろん、乗客の足の下には、球体の惑星が手をこまねいて待っているわけだが。

 つまみが最初に置かれる。

 動物性のものと植物性のもの。

 腹持ちも良さそうだから、これは好き嫌いなく食べようと思った。

「これはウォーター・ファームの材料を使ってますから、美味しいですよ」

 カウンター内に入ってきて手伝いをしていた女の子が笑顔で勧める。

「そうかい? それなら安心だね。ウォーター・ファームのは何を食べても旨いから」

 何食わぬ顔で我が社の商品を褒め称えた。

「他にもいろいろ取り扱ってますから、ご要望がありましたら、どうぞ!」

 ニコニコしながら彼女がトレイを持って通り過ぎ、なにやら芳しい残り香の中でナラネは手をひらひらと振ってみる。

 それから皿の上に乗っているものを一つ口に放り込み、カウンターに肘を付いて飲み物を待った。

「さて……この二日間をどう有意義に使ったらよいか、それを考えて終わりそうだな」

 込み合っているテーブル席は、見ているだけで疲れそうだったので、体の向きをまたカウンターに戻す。

 そこで、拍子に思い出したことがあった。

 胸のポケットのボタンを外すと、中から白っぽいケースを取り出してじっと見つめる。

「このお使いをするまで、ゆっくりできそうにないか」

 上司のミヤマから預かったものである。

 戻ったら息子にコレを、と言われて持たされたので、ヤノ星に到着次第、上司宅に向かわねばならない。

 なにやら約束だといい、サプライズだからこの機会にという事なのだそうだ。

(大きくなったかなぁ……いや、大きくはなるが)

 知らない子供ではない。あるいは忘れられても奥さんに渡せばいいのだから、大した用事ではないので自宅と上司宅のどちらを先にすべきか、帰る前から迷っている。

 色々と惑星ヤノに着いてから辿るルートを考えたが、結果、用事は先に済ますことにした。

「どうぞ」

 タイミングよく飲み物がやってくる。

 細長い円筒形のグラスに、乳白色に黄色がかった液体が入っていた。

「両方の口は行けるかと思ったんですが、甘さはあっても控えめ、酸味で疲れが取れるようにコチラに致しました」

「気が利くね、ちょうどそんな気分だったよ」

 バーテンダーはちょっとだけ会釈をして、つぎの仕事に入る。

 青い天板のカウンターに、上からのスポット照明がグラスの容姿を映し出していた。

 その光景とバーテンダーを交互に見やりながら、ナラネはちょっと出かかった腹を反省していると、

「ここ、予約入ってないよな?」

 落ち着いて呑もうと言う思惑が大いに外れる声が、ナラネの隣で響く。

「先に入った者勝ち、でございます」

「あ、ほんと? じゃここに三人ヨロシク」

 若者が彼の隣五十センチくらいの間を開けてカウンターを占領した。

「何にいたしましょう」

 一応メニューは持ってきたのだが、そんなものに目もくれずノリで注文を出すのである。

「えー、あのさ、あのアンタの後ろみたいに真っ黒なカクテルとか」

 若い男が指差したのは、バーテンダーの後ろにある幅広の大きな窓だ。

 遠目に別の宇宙船が逆の方向に行くのが見える。

「真っ黒、でございますか?」

「そうそう、宇宙みたいになんか変なの作ってよ、イカ墨とかで」

 そういう勢いって、もうないなぁ。

 下を向いてニヤニヤしながら、ついつい右耳を大きくして会話を聞いてしまうナラネ。

 だからと言って話しかけたりする事も無く、喉を潤して体に染み渡る刺激にいい気分だ。

「ところでな―――」

 一人が急にトーンを落としたので、ナラネの集中力が途切れ、店内のざわめきが流れ込んでくる。

「……まただ」

「ホンとか?」

「見えるんだなー……」

「俺には見えないぞ」

「だからさ、気のせいなんだって」

「目は酔ってない」

「ヤノに近くなれば、お前も絶対見えるって。賭けるか?」

「やめとけ、どうせお前の目玉でも借りなきゃムリだし、荒唐無稽な話なんだろ? ファンタジー」

「バカにしたな。俺は何度でも見てるんだぞ」

 カウンター越しに彼らが指差し、ナラネも横目で指の先を見てみるが、別に変わった風も無く、いつもの宇宙である。

「―――あんまり人に言うなよ?」

「言ってねぇよ」

 何が見えるのか知らないけれど、彼は勘がいいのかもしれない。

 もしかして宇宙の亡霊でもいるのかな。

 ナラネはそこで、ふと思い出したことがあった。

(誰だったかな―――)

 どこかの宴会で聞いてたら覚えてない可能性もあるが、たぶん会社でだったと思う。

(でもあれは伝説だって言ってたよな)

 そこで眠気が襲ってきたので、皿に載っている残りを口にほおばると、グラスを傾けて一気に飲み干した。

 戻ったら、もう一件の大事な用事があるのを思い出したのだ。

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