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女王の惑星(ほし)  作者: 現王園レイ
◆OPENING◆
1/30

001   ノスタルジアへの風

 

 ―――それは、郷愁の過去も憧憬の未来も、ノスタルジア。

 ―――日常に埋もれている、の「埋もれて」とは、あまり適切な言葉では無いように思う。

 むしろ偏光グラスの中に透明化しているのではないかと、目を凝らしたくなるのだ。

 それはほんの少し角度を変えるだけで良い。擬態しているだけだから。

 普遍的な事由なのか、自然の摂理なのか、私はこちらの道を歩いているし、あなたは向こうの道を走っている。

 足元の空気、石ころ、雑草、虫たち。鳥は羽ばたいて、四つ足は駆ける。

 全身の五感を剥き出しにして、自分は自分が思うままに歩いていると考える。

 その時点で、あなたは己の自由に理由を付けて満足する。

 歩けば渦巻く空気が風になる。

 風が記憶を運んでくる。

 人は風が内包する何千、何万もの匂いを脳裡に留め、ふとした事で鮮やかに思い出を手に取り出すのだ。

 それら個々の意識が集合され、幾世代も蓄積されて、こんにちの人の世があるのには否定の余地などない。

 何故ならば、たった今のあなたが、その上に生きていることに他ならないからだ。


 ―――そう

 ―――だから、私は


 ―――私は、こんなにもあなたの傍にいるというのに……




 ◇     ◇     ◇ 




 ■銀河宇宙外縁星域・アッペリウ星系第二惑星『ヤノ』。


 ―――「今度はいつ帰るの」

 まるで雑踏と化しているホワイトタワー・ステーションで、少年はいつものように同じ事を訊く。

「さて……何事も無ければ、いつも通りだ、(かなう)

 大きくてゴツい手が少年の肩に置かれ、そして彼から手荷物を受け取った。

「また荷物の行き違いが起こらないといいね、父さん」

 白くて並びの良い歯を覗かせて笑った。

 苦笑を返しながら父は手を振って背中を見せ、ゲートの奥へと遠ざかっていく。

 この遣り取りは、全くもっていつものことである。

 やがて後姿が見えなくなると、(かなう)少年はステーションの外に出るべくその方向へと足を踏み出した。

 むやみにだだっ広く、むやみに天井高い館内で、アナウンスがよく響く。

『ヤノ発、第五惑星直行便のシャトル294は、間も無く射出台(カタパルトデッキ)の上へ移動します……』

 カウントダウンの近い旨がアナウンスされた。

 (かなう)は急ぎ足だったのをもっと早めて走り出し、今にも扉を閉めそうになっていた磁気浮上列車(マグレブ)に飛び込む。

「間に合うかな……間に合え」

 誰も座っていない席を探すと、大きく開口している窓際に身を寄せて見上げた。

 磁気浮上列車(マグレブ)は、そんなに急ごうというスピードじゃないほどに、実にスマートにレールの上を滑って巨大なタワー・ステーションを抜け出る。

 その外はすぐ海だ。

 水面から十メートルほどの高さを真っ直ぐ、四十キロほど先の陸まで海鳥には目もくれず、白い光の筋のよう水平に移動する。

 下に見える海は藍の色を為しているから、水深は相当なものだと窺えた。

 その海に、ホワイトタワー・ステーションも銀色の体を深く潜り込ませて建っているために、一見、絶海の孤島である。

 深青マリンブルーの水面に映った影を歪ませながら走っている間に、(かなう)の瞳はステーションを飛び立つ四角いシャトルを捉えていた。

 離陸時の高周波音は聞こえないが、充分視覚的には満足できるものであった。

 本当の事を言えばステーションよりも、その遥か上空にある宇宙港に巨大船がドッキングしたり、出航したりするのを双眼鏡で見るのが好きなのだが、それでもまだこの惑星を離れて宇宙に行った経験が無い彼には、胸踊る光景である。

 レール途中にある海底行きの駅にも停まらず、ステーションとは対照的に平たく低い階層構造である陸の駅に到着した。

 ここで(かなう)は降りてタウンへと向かう。

「少し……痺れる気がするけど……」

 人が行き交う中で、指先を擦るように手を合わせた。

 黒っぽくて中途半端な長さの髪の毛が頬をくすぐる。

「やっぱ帰る」

 何処かへ道草をしに行こうと考えていたが、指先で体調を読んだかそれは諦め、すぐにタクシープールに行って、自宅住所コードを打ち込む。

 平たい陸の駅からは幾筋もの道路が扇状にそれぞれのタウンへと延びていて、その中の一本を(かなう)は走っていた。

 強い日差しの時間はとうに過ぎ、影を少しづつ伸ばし始めている。

 巨大な尖塔が立ち並ぶタウンの一角で走る速度を落としたかと思うと、タクシーはそのまま一つの建物の中に入って行き、建物中心を貫いている空間を上へと上昇、地上数十メートルの所で停まった。

『精算はご自宅のチェックで承ります』

 カートの端末(ターミナル)が義務的に訊いてきたが、これもいつもの事だったからOKの手を振って下車し、そのまま自宅のドアを開いて勢いよく帰宅した。

「あ……母さん、戻ってたんだ」

 丁度一人の女性が、たった今帰ってきたと言わんばかりの格好で部屋に立っていて、振り向きざまに言う。

「お帰り(かなう)。お父さんは行ったの?」

「うん。見送ってすぐに帰ってきた」

「そう、お前も行きたいでしょうけど……」

 その言葉に(かなう)はちょっと諦めた表情で首を横に傾げる。

「いや……別に構わないよ。今日もなんか具合がよくないし」

 母親は心配そうな顔で自分と同じくらいの背丈の息子を見つめた。

「このあいだ診てもらったばかりだけど、また病院行く? 第二段階ワクチンの時期も、もういいでしょうし」

「その方がいいかなぁ」

「もう十六だし、ワクチンの申請を出せるように直ぐ診てもらおう。でないと宇宙にも行けないものね。父さんみたいに他所へ行って働きたいならね」

 控えめにしても健康優良児に見えない、線の細い体の(かなう)の頭を片手で抱え、頬を寄せた。

 少年はまた、指先にピリピリした痺れを感じていた。

 夕食は母の手作りである。と言うかいつも殆どが手作りなのだが、体力の劣る少年の為を思って、食事の材料にも調理にも人一倍気を遣う。父も息子の為に大農場を経営する会社に転職した。

 (かなう)の病状は生まれる前から発症しており、長ずるにつれて丈夫になるとか治るとかいう楽観的なものではなかった。

 難産、死産ならばまだ思い切った覚悟も踏ん切りもつこうが、無事に生まれてしまうのだから始末が悪く、完治も無理だと言われている絶望的な病の治療は、少なくとも現状よりマシになるように特殊なワクチンを胎児のうちに投与するしか方法が無い。

 それもまた一時凌ぎに過ぎず、成長の段階を追って一生のあいだに数回、人によっては数十回も打たれる。そのワクチンがあれば生き延びられるし、一種の強壮剤的仕様で体力も付き宇宙にだって行けるのだ。

 そのように根本治療ができずに対症療法を行いながら、原因は随分と長いあいだ不明とされている。

 そして患者も異常に多い。

 (かなう)たちが住む惑星『ヤノ』には十五億ほどの人口があって、その四分の三もの人間に、ワクチンを必要とするなんらかの基礎疾患が見られるのだ。

 これがこの星系の惑星全土に散らばっている人間ならば、一体どれほどの罹患率だというのか皆目見当もつかない。

 (かなう)の両親は共に二回づつで済んだと言う。

「僕は……どれくらい持つんだろう……」

 いつも抱く微かな不安を胸に、超高層住宅タワーの一角から下界を見下ろしつつ食事を口に運んだ。

「あまり思い詰めないのよ。体は心が病めば、一緒に病んでしまうから」

 母親がその年齢と病気の狭間で揺れる、一人息子の心理を諭す。

「ワクチンを打って上々なら、今度家族で宇宙旅行しようと思ってるのよ。どう? 楽しみにならない?」

 そう言い終えるより、息子の瞳が大きく開くのが先だった。

「それ、かなり期待していい? 絶対だよ?」

「勿論。お父さんとも話しはしてあるの。明日の予約が取れるか確認するから……取れたら病院に行きなさい。診断の段階で副作用の可能性が出たなら、入院の準備も必要だしね」

「わかった。入院にならなきゃいいけど、予約は午前中だよ? 午後は熱が出そうだからね?」

 (かなう)は嬉しさを満面に、食事を終えた席を立つ。

 薬を飲むのよ、と背中を追いかける母の声を受けながら、大きな双眼鏡を設置してあるバルコニーに出た。

 夕食時には薄暗く、紫色の空気が都市全体を覆いつくそうとしていたのに、もう海と同じ藍色の空が緞帳(どんちょう)のごとく降りている。この時はせっかくの夕焼けを見損なったなんて残念な気分になった。

 行けるんだ―――!

 少しは格好つけて平静さを装っていたつもりだったが、親の口から具体的に宇宙旅行の話が出ると、思ったより心躍る自分が少し面映かった。

 宇宙と言っても惑星間旅行だから、あまり大きな船ではないかもしれないけれどね、と更に母が告げる。

 分かってるって。

 紅潮した頬を見られないように、愛用の双眼鏡に飛びつく。

 いつも眺めているタワー・ステーションより高く、成層圏の空港よりもっと上に行ける。

 惑星間旅行とか、そんな近場でなんて思われそうだけど、何パーセクも飛ぶような恒星間旅行は無理なんだし、まずは僕が住んでいるこの惑星『β‐ヤノ』を上から見下ろしてみたい。

 そんな想いをあれやこれやと遠く上空へ馳せるのに夢中で、双眼鏡を覗き込んでいるにも拘らず、何も見ていない自分に気がついた。

(あっ…と……落ち着け……)

 傍らの椅子を引っ張ってきて座り込むと、双眼鏡の映像をモニターに映るよう切り替えて、簡単なプログラムを打ち込む。

 そうすると双眼鏡が勝手にズームしたり、好きなところを向いたりするのだが、今夜は宇宙旅行の話で興奮したせいか、カメラモードの双眼鏡がガクッと下を向いてしまった。

「指が滑ったよ……」

 言い訳のように独り言をして、早々に道具を仕舞いこむと寝る準備を始めたのである。

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