『もと通り』
ママは大きな街のデパートにやってきました。
注文していた高価なバッグが届いたからです。
お店の人にバッグを見せてもらい、ママはうっとりしていました。
「ではお支払いを」
お店の人が差し出す機械に、ランちゃんを近づけます。
「ほら、『ピッ!』とタッチして」
「あの、電子マネーでのお支払いですよね」
「そうですわ」
ママは、ランちゃんの右手を持って、機械に押し付けます。
変化がありません。
一度離して、もう一度近づけます。
音がしません。
店員は、汚れたパンダのぬいぐるみを近づけるママを、疑うような目で見ています。
「あの、他のお支払い方法も使えますが」
「払えるんです。これで払えるんです」
ママはランちゃんの手をぎゅっと握って、何度も何度も、強く、機械に押し当てます。
しかし、機械は何も反応しません。
ランちゃんは、ママの顔が引き攣っていくのが怖くなりました。
「どうして、どうして払えないの」
とうとうママはその場に座り込み、泣き出してしまいました。
みーちゃんは、パンダのぬいぐるみのランちゃんと、また仲良く遊ぶようになりました。
お出かけする時も、ランちゃんはみーちゃんのリュックに入り、いつも一緒です。
ランちゃんは、電車に乗る時のカードを作ってもらいました。
駅の改札を通る時は、カードを『ピッ!』とタッチするだけで良いのです。
「ほら、みーちゃん、カードをタッチして」
『ピッ!』
みーちゃんは子供なので、カードをタッチしてもパパやママとは違う音がするのです。
『ピヨピヨピヨ』
みーちゃんが改札を通りすぎる時、ランちゃんはリュックから体を出し、改札の機械に右手を当ててみます。
「……」
よかった、やっぱり音がしない。
ランちゃんは安心して、リュックの中に戻るのでした。
おしまい