Dragon Hunger
「(□□……私達が気になってた事なんの躊躇もなく言いやがった)」「(日常の会話でもちょくちょくお兄ちゃん大好きな話はしてたけどさー)」「(純粋で輝いた目にそれは野暮だと思って言わずにいたのに……)」
「ねえ、今すぐ訂正して。私は気持ち悪い事なんてしていないよ」
「だから〜気持ち悪いとは言ってないよ。私にもお兄ちゃんいるけど一緒になんていられないよ」
楽しい空気が一変、危うい空気が漂う。
彼女は私の机に腰を掛け、嗤いながら持論を展開し始めた。
「だってさーあんな自分の本能と欲望のまま生きてる奴と一秒たりとも居られないから理解できないの。デリカシーの無い野郎だよ、部屋には乱入する、風呂からパンツだけで出てくる、スマホとパソコンにはエロ画像ばっか……最近私の視線もやらしくなってきたし……」
「で、でもそれとこれとは別だよ!!(やらしい視線……羨ましい)」
「えーでも考えてみてよ?私、嫌いな奴の妹ぞ。あなたも妹だから考えてることは同じだろうに。よく胸に聞いてみな」
そんなの……聞いてみなくても分かってる!!
「うるさい!!私は拓海にそんな事思うわけないよ!!……あ」
「お兄ちゃんって拓海って名前なんだ……ってそこまで言葉に熱が入ってるって……もしかしてお兄ちゃん好き?」
ここでも私はもちろんと言いたかった。でも、どう答えても彼女は私を否定する。だからせめて、これ以上拓海が好きな私を間違えていると言われないように……。
「…………うん」
消え入りそうな小さい声でそう呟いた。
「うっわきっも」
「……っ」
「本気で返しやがったよこいつ。その拓海お兄ちゃんも大変だねー私と違って愛されてて」
もうこいつに隠す気もない。間違いなく私を馬鹿にしている。ここまではっきり喧嘩を売られたのは人だけでなく竜としての人生でも初めてだ。
それでも私の悪口だけならまだ耐えられる、耐えられるんだ。それで済むならいじめでも何でもいい、私の一線はまだ先。でもそこから先は……
「この感じだとお兄ちゃんも君のこと好きな感じ?」
「……拓海が私の事嫌いな訳無いじゃん」
「まじかこいつらシスコンとブラコン同士かよ……気持ち悪い、反吐が出るってこんな感じなんだ。あ、もしかしてドラコのお兄ちゃんも変態?」
「あ?」
その超えてはならない先に彼女は簡単に入り込んだ。
ー能力発動 0:01s
ーー水分圧縮
ーー武装生成
ーーー装填開始 0:15s
ーーー照準調節
ーーー装填完了 0:20s
ーーーー発射 0:21s
私の中で何かが吹っ切れた。私の事までならまだ許せたのに、拓海の悪口を聞いた途端頭より先に体が動いた。
高水圧を射出するライフルを生成して首元の高さを薙ぎ払うように掃射。圧倒的な切れ味の線が教室の壁や床、窓ガラスを一線し細い線を描く。
極限の短時間で状況を飲み込めるはずのない私含めた5人は只そこで脳に信号が送られるまでを無防備に過ごす事を強いられた。程なくして周囲の4人の人間の首元から血が吹き出る。
「(ーーーーーーっ!?)」
かろうじて私のみこの状況を飲み込めた。無意識のうちに友達3人の首を直様水の触手で固定して切り口を水分化、即解除して首を接合後飛び出た分の血液を補填。これで罪なき彼女らはことなきことを得たはず。
そして最後の一人、彼女は………
「うっ……」
水分を使いすぎた。足に力が入らなくなり次第に意識も薄れ始める。
「がっ…………まに……間に……合って………ぅ……」
彼女も殺すわけにはいかない、彼女には……償ってもらわ……ない…………と
ーーー
「………ん……何処ここ?」
知らない所で目が覚めた。柔らかいベッドの上で白い天井に困惑する。起き上がろうと手を動かすと手に繋がれた点滴のチューブが揺れた。
「病院だよ。教室で倒れたから連れてきた」
椅子に座りスマホを弄っている先生が答えた。
倒れたって……何時間気を失っていた?先生のスマホの時計を見せてもらった。
現在時刻 午後1時
朝に倒れて午後、ざっと4、5時間というところか。この後もしばらくは病院にいる事になるだろうし今日中の学校復帰は無理だろう。
「早速で悪いけど学校で何があったの?」
「……特に、何も」
「朝ごはんは食べた?」
「はい。しっかり」
重要な事でもないので淡々と受け答えをする。
「そう。うーんだとすると……」
先生は席を立って病室の外を眺めた。今日の天気は晴れのち曇り、今にも崩れそうな天気で洗濯物が心配になった。
「今日は1日暑くも寒くもない日だよね」
「そうですね……」
「何日水を抜いてたの?この時期に熱中症、まして教室で脱水症状なんて早々起こり得ない」
痛い所を突かれる。どう受け答えすべきか分からず言葉に詰まった。
私は果たして先生に真実を伝えるべきだろうか。そもそも真実を話したところでまともに取り合ってくれるだろうか。怒りに任せて友人の首を切り捨てて、その時の水の使いすぎで倒れたなどと非現実的な事をまともな人が取り合うわけもない。
「……そうですか。お医者さんに聞けば分かると思いますが」
曖昧に答えてお茶を濁す。
「……ま、そうか。余計なことしたね。そうそう、今、お兄さん病院に来てもらってるよ」
「…………え?」
「ちょうど起きる直前でトイレに行っちゃって。しばらくしたら来ると思うよ」
「そうですか……あの」
「何?」
「暫く一人にしてもらえませんか。考える時間を下さい。それと拓海……兄が来ても5分くらい入れないでもらえませんか」
「いいけど……何かあったら呼んでね」
先生が病室から出ていき、一人取り残される。
「…………」
私は、人を殺しかけた。
拓海の為なら何でもするつもりでいた。どんな汚れ仕事も請け負うつもりで、覚悟していた。
だが、何故だろう。
あの時、あの銃を打ち込んで首が取れた時の事を思い出すと本当にこれで良かったのか分からない。
「………」
確かにあの女は拓海の悪口をはっきり言った。拓海に言ったつもりはないかもしれない、それでもきっと聞いたら傷つくであろう言葉……
「(拓海はこれで喜んで……喜ぶよね。拓海を嫌う人が減るんだし……きっと)」
でも、それと同時にまた新たな課題が私の中で生じた。結論だけまとめると私がいない間、誰が彼を守るのか。今後、拓海に悪意を持った誰かへ私ができることは……なんだろう。
……喉が乾いた。
病室の机にたくさんのリッター単位のスポーツドリンクが置かれている。先生からの書き置きも残されていて必要なら飲め、とのこと。ありがたく頂戴する。
「ん……………ぷはぁ!」
一本目を飲み干した。しかし喉の乾きは収まらず2本目に手が伸びる。
「んぐ…………………ぶはっ!!はぁ……はぁ……」
3本目
4本目
そして5本目
「ぷはっ……………………はぁ……はぁ……はは……ははは……あーー↑!!……これはもう……ある分飲んじゃおう。どうせ駄目だ」
私は無我夢中でペットボトルの蓋を開け、片っ端からそれらを飲み干した。
「そういえば……ばれないようにしてたから結構飲みたりなかったな。倒れたのにもそれもあるのか……ははは………は………」
「………やだよ……死にたくないよ……分かっているけど……離れたくもないよ……拓海………」
ーーー
それは、拓海にすら言えなかった秘密の一つ。
私はもう手遅れだ。
何もしなければ後少しで死ぬ。
問題の私の肉体について。一言で表すのであれば脱水症状である。
以前彼にラーメンの汁を吐き出したとき、内蔵を人の体に押し込んでいる、と表現した。あれをもっと厳密に言うならば「竜の体の臓器全てを物理的に圧縮して人の体に収めた」というのが正しい。
つまり、彼と初めてあった時のあの巨体の竜の内蔵全てが形を変えて体内に収まっている。事実、彼と初めてあった時の体重は10トンを超えていた。拓海は気づいていなかったが彼の実家の二階に上がったときに床がミシミシ鳴っていた。あの時銃で水分を大量消費して体重を落として、かつ圧力がかからないように水の薄い板を敷いていなければ翌日を迎えることなく家の床が抜けていただろう。
それでも現体重はトン程にはあるのだが。
そして、竜の肉体の維持の為に大量の水分が必要。それが人の体に収まって竜の代謝で動いている。詰まるところ全然水分量が足らないのだ。
更に細かいことを言えば水以外の栄養とミネラル類もそうだ。しかしそちらは日常的な濃いめの味付けと時々のキロ単位の塩分摂取すれば問題ないし飢餓もあと10ヶ月は耐えられる算段でいる。
なら飲めばいいじゃんとなるのだが自体はそう甘くない。前に一日に必要な水分量を計算したことがある。事前にかなりの量の水が必要だと予測はしていたものの実際計算してみるとかなり非現実的な値が出てきた。下水や上水を盗むことも考えてはいたがそれだと今度は断水が起こりうる可能性すら出てくる。よって自宅での水分補給は不可能。
だが解決策はある。月に一度海へ療養に行く事で解決する。海には水分と食料どちらも無尽蔵に存在する。あそこで本能の赴くまま生きれば肉体も元の状態に戻るだろう。
ただその時間が問題だ。一回の療養で肉体が元に戻るまでの時間は……今の体だと多分数十年単位になる。根拠は海から川へ移住したときに水質の違いからまともに活動ができなくなっていたことだ。
そもそも私は元々水竜、それも川ではなく海に棲息するはずの種類である。
私が幼体だった4、50年程前、巨大な台風に巻き込まれて飛ばされてきた事であそこに住み始めたのだ。魚とは違い淡水でも海水と同じように生活できた事が奇跡だということに気が付いたのは割と最近だ。それまでは一竜の幼体としてその場を受け入れて生活していた。
………そして、件の13年前が起きた……が割愛。その愛については語るまでもない。
あの時は肉体の魔改造を終えて淡水にも適応するのに約25、6年かかった。拓海と結ばれるのに人型かつ陸上での活動に調整するのは今でも続けている。これもあと50年もあれは完全に適応することも可能なのだが……御察しの通り、全く時間が足りない。生きる為には拓海と再び離れなければならないのだ。
あるいは……竜秘宝さえあれば。
「………どうしてこうも上手くいかないのかな」
いくら知識を身に着けてもそれを実行できなければ意味が無い。もう死を選ぶか彼から離れるかを選ぶ定めにある、都合の良い選択のできる期間ははじめから無かったのだ。
「……最後に頑張ってみるか」
そして、私は猛烈な乾きと飢えを抱えて病室で一人で「あるを覚悟」した。
「おいドラコ。生きてるか?」
病室に聞き慣れた声。拓海だ。
思えばもう5分経っていたか。いつもなら嬉しさで飛び掛かって抱きついている所だが気分が乗らない。
「拓海!!ここだよ!!」
「倒れたって聞いた時には何事かと思ったけど……いつも道理だな」
「ほんと、なんで倒れちゃったんだろうね」
「最近お前よく水飲んでるはずなのにな」
「……イオン成分不足?」
「ならそこに放置されてるありったけの空ボトルを見た限り今すぐ帰れそうだな」
ーーー
俺はそこから諸処理を済ませドラコと共に家に帰った。来る時には嫌な予感がしていたがどうやら杞憂だったようだ。
「で、お前は帰ってから早速家事かい」
「当たり前じゃん。洗濯物がたたみ終わってないからね」
病み上がりなら休んでおけと言ったはずなのに何故かやってる。ここまで来るとワーカホリック入っている。ナツメ、お前のドラコの小学校入学の理由の予想は間違いみたいだ。こいつ、働くぞ。
「ああそうそれじゃあ頑張っ……」
「あっ……拓海がやってくれたら嬉しいなーけど手伝わせるわけにもいかないなー……ふふふーん」
何とわざとらしい誘導なんだ。俺が何か言おうとした途端に態度を一転、手伝わせようとしてきた。
「(ネットで色々調べてるなら人を甘えさせる方法でも調べないのか)」
「(ネットで色々調べてるのにいまいち甘えさせる感覚がわからないな……)」
「じゃあ俺が全部やるよ、ドラコは宿題してこい。学校の友達から宿題が届いたぞ」
「え?友達ってどの子から?」
「三人組の女、なんかお前に聞きたいこともあったらしい。□□って奴はどこかにいるのかってよく分からん伝言も受け取ってる」
「…………誰だっけ?まあいっか!!」
「おい……てかもうPC起動してる。宿題しろよ」
「さーて!!今日も拓海の性癖を捻じ曲げるようなCG動画作るぞー!!」
「ちょ……何でそんなもん作ってんだ!?」
「嘘だよ。本気にしちゃってかわいいね!!」
「こいつ……珍しく突っかかってきたな……」
「(さて、そろそろ最後の仕込み……汚れ仕事の下準備を始めよう。これが拓海を守るための今できる最強の手段だから)」
ーーー
TO なつ☆めぐ
いつも大変お世話になっております。
滝沢ドラコです。
この度私は拓海の為の最後の仕事を行うことにしました。
その為に拓海の嫌いな人、拓海が嫌いな人の名簿と周辺地域の人目につかない所のをまとめた地図の作成をして頂けませんか?名簿の方はできれば仕事と年齢も簡単にまとめて頂けると嬉しいです。
そして、これが終わり次第彼とは暫く別れます。
至急お願いします。
FROM どらごんれでぃい!!!
ーーー
「…………ドラコちゃん、何をする気だい?」
「…………拓海にはなにか文句が来たら教えよう。今話しても彼女から怒られるだけだ。取り敢えず資料を簡単にまとめ始めるか」
「(面白そうな事には首を突っ込まずにはいられないからね。拓海君、恨まないでくれよ)」