勧誘
しばしの沈黙のあと、ボルドとサティアの叫び声が店の外にまで響き渡る。
「二人とも落ち着け……」
「ジオ! ガレーネを知らないのか!? あの精鋭揃いの!!」
ボルドの顔がジオに迫る。
「知ってる、あと近いから離れろ」
「じゃぁ何でそんなに冷静なのよ! 国に関わる者くらいしかその姿を知らないと言われる憧れのガレーネのお方よ!? しかもその代表が目の前にいるのよ!?」
「今の今までその代表にでかい態度をとってたのは誰だ……」
「はっ!! 先ほどは大変失礼しましたぁぁぁ!!」
サティアはヴィスタシアに深々と頭を下げる。
「いいえ、先ほどのような口調で構いませんよ」
「あ、あれはその…」
「皆さんも。普段通りでお願いしますね」
ネルマが頷く。
「ハイ、アッ、その、ボルドだ……」
「えっと……! サティアよ、よろしくね」
ヴィスタシアが手を差し出し、サティアは照れながらその手を取ると小声で————
「はぁ……もう一生手を洗えないわ」
「え?」
「何も言ってないわよ!?」
「そ、そうですか……ではさっそく本題に、と言いたいところですが先に私の所属する『ガレーネ』について簡単にお話してもいいですか? おそらく正確な情報はほとんど出回ってないと思いますので」
「俺が知ってることと言えば国のピンチを救う規格外に強い戦士や魔法使いが集まった少数精鋭のギルドってことくらいだな」
「私もそんなところね」
ヴィスタシアの話にボルドとサティアは興味を示す。
「世間のイメージはそれで間違ってないかと思います。では本物の情報をお話しましょう。まず私たちはどこの国民でもなく、どこの国の法にも縛られない『ガレーネ』に身を置く者だということ。拠点があるカルゲル島は私たちガレーネが管理、所有する場所であり帰る場所でもある。そして主な役割は世界を回って第三の視点で『護ること』です。国が民を傷つければ民を、民が竜を傷つければ竜を護る。逆も同じです。あとは食糧難の解決だったり辺境の村のお手伝いですね」
「戦うだけじゃなくて、国が放置してる難民も助けたりしてるってことよね?」
「そういうことです」
「それ以外にも、国からの依頼や今回のように厄災級の討伐なども引き受けています。こちらの内容しか知られていないのが原因で国に味方するイメージがついてしまっていますが、実際のところは前者のようなスタンスです」
「ほぉ……たしかにガレーネの面々の容姿を王様とその周りしか知らないんじゃそっちのイメージが付いちまうわけだ」
ボルドは腕を組んで頭の中を整理しながらそう言った。
「人々に多くの情報を明かしてしまうと特に難民たちの間では混乱が起きてしまう恐れがあるので現状のイメージを維持するほかありません」
「最後に、私たちガレーネの独自のルールについてです。最初の方でどこの国の法にも縛られないと言いましたがそれはあくまで外からの干渉を受けないというだけであり決して無責任な集団というわけではありません。例を挙げると、国同士の争いには如何なる理由があっても加担してはならない。これは私たちの理念に反します、どちらかが争いに勝てば負けた方は苦しんでしまうからです。もうひとつ、民を救う場合はその国の法に触れてはならない。法に縛られないのはあくまで自分だけ、法に触れた救済方法を取ればその民は裁かれてしまいます。ほかにも細かくルールを設けているのですがこの辺にしておきましょう。長くなってしまいました、申し訳ありません」
「かなりのスケールの話を聞いてしまったわ……私あとで消されたりしないわよね!?」
「他言しなければ心配要りませんよ」
ヴィスタシアの純粋な笑顔にサティアが恐怖感を覚える
「ひぃ……」
「ボルド、生きてるか?」
「あぁ……後半の情報量が凄まじかったとか思ってないぜ?」
引きつった顔で胸を張るボルド。
「ネルマより分かりやすいな」
「私?」
「なんでもない、それで本題はなんだ」
そう聞かれたヴィスタシアの表情が真剣なものへと変わる。
「ジオさま、ネルマさま……あなたたちの強い意志、そのちからを貸してほしい。私たちのところへ来ませんか?」
再び店の外にまで叫び声が響き渡った。
「私今すごい場面に居合わせてない!? あとで消されたりしないわよね!?」
「安心しろ! 消されるときは俺も一緒だ!」
「それは嫌よ」
「お前なんなんだよ……」
ボルドは肩を落とし場が一気に静まり返る。
「先に聞いておきたい、お前らにとっての敵ってなんだ。王不在で都市の機能が完全に停止している中どうやってラクリマ出現の情報を手に入れたのか、その辺は聞かないでおいてやる。さっきの話からすると弱者の味方とでも言いたいんだろうが、最後の最後までガレーネから回復役の一人も王都によこさずに勧誘はしますじゃ話にならない。せめて敵くらい明確に示してくれ」
「それは……」
真剣だった表情は崩れ、焦りが見え始める。
「ジオ、ちょっと言い過ぎなんじゃねぇか……? な?」
「お前が代わりに答えるか?」
「あ、いや……遠慮します」
焦りがボルド、そしてサティアにまで伝わっていく。
「ネルマちゃんは、どうなの……?」
「私もお兄ちゃんの言ったことが気になってた」
「うん、さすが兄妹ね、あはは……」
「少し出てくる、戻ってくるまでに答えを用意出来ていなければ話は終わりだ」
「分りました…………」
「私も」
重い空気の中、店の扉に取り付けられた鐘の音が独り響く。
「そう、気を付けてね」
扉が閉まる音を聴き悔しさがこみ上げるヴィスタシアの目には、じんわりと涙が浮かんでいた————
次回 『代表』