密偵
十二輪の花について詳しく探るため女魔法士を尾行していたカイロン。
傾斜のある屋根の上を慣れた足取りで進みながら女魔法士を監視していると、彼女は誰とも接触することなくただ道を進み首都から出てしまう。
「海岸沿いかー、高台を進まれると隠れながら進めないんだけど……」
首都の東門を出た女魔法士は海岸沿いへ真っすぐ続く道から左に外れ、丘の上へと登っていく。
「嫌な予感って当たるよねー……」
立ち止まったカイロンは女魔法士を目で追いながら魔法を唱える。
「隠覆」
すると、カイロンの体はみるみるうちに透明になっていき、あっという間に姿がかき消えた彼は、目にも見えず音も立たない存在と化した。
「長時間併用するのは魔力が心配だけど……まぁ仕方ないよね」
しばらく丘の上を進む女魔法士を追い続けていると、大きめの窪地に差し掛かりどんどん姿が沈んでいく。
慌てて追いかけたカイロンが窪地に顔を覗けると、そこには日当たりの悪い小さな小屋があり、女魔法士は周囲を警戒することもなく扉を開け吸い込まれるように中に入っていた。
「空からしか見たことなかったけど、この小屋使われてたんだ……」
小屋に近づいたカイロンが中を覗くと、そこに女魔法士の姿はなかった。
「居ない……」
無音で扉を開き中に入った彼は、カーペットも敷かれていない隙間だらけの床、薪も灰も無い暖炉、何も置かれていない埃の積もった棚、部屋の端に乱雑に置かれた酒樽と木箱の山、と順にその場から動かずに涼しげな顔で観察していく。
「難題だね、意外と扉になってる箇所の密閉性が良い……獣人で良かったよ」
そう言いながらカイロンは暖炉の前にしゃがみ炉床に手をつく。
中を広く取られているその暖炉の炉床は床から一段上がっており、ただただ雑な造りに見えるようで取り外しが出来るように隙間が出来ていた。
炉床を手前に引っ張ると、その下に薄っすらと明かりに照らされた掘りっぱなしの通路が姿を現す。
「当たり」
中に入って扉を閉めたカイロンは、荒く掘られた一本道を早歩きで進んでいく。
次第にガヤガヤとした話し声が通路を進むカイロンの耳に届き始める。
「潮の香り……男の声……」
通路を出ると、そこには巨大な洞窟が広がり、荒くれ者たちが大きな船から降りてすぐの場所でテーブルを囲み酒を飲んでいた。
「うわぁ~朝から飲んでる……じゃなくて……こんな大きな洞窟、首都の近くにはなかったはず……」
洞窟を見回していると、カイロンは入り口の天井に何かが撃ち込まれているのを見つける。
「……魔道具……あれで隠してたんだ」
「おい姉ちゃん、一緒に飲もうぜ!」
「そうだぜ! せっかく来たのにもったいないって!」
「慣れ合うつもりはないわ、放っておいて」
「あ、いた」
船の上を見上げて酒をがぶ飲みする男の視線を追うと、そこには先ほどの女魔法士が立っていた。
「なんだよー、もっと楽しくいこうぜ!」
「そうだぜ! 俺らは所詮賊なんだからよぉ!」
「一緒にしないで、竜人を探す気がないなら今日は帰るわ」
済ました顔で船を降りた女魔法士はそのまま隠し扉の方へと去っていった。
「なにこれ…………あのまま宮殿探った方が良かったかな……」
やる気を削がれつつその後も女魔法士の後を追うカイロン。
昼を過ぎ、『忘れられた森』に入ったところで彼は動いた。
女魔法士の頭上を覆う木の上から、静寂の魔法のみを解き彼女に話しかける。
「こんにちは、クライゼルお抱えの魔法士さん」
「……だれ」
歩みを止めてグッと杖を握る彼女は目だけでカイロンの居場所を探る。
「質問に答えてくれたら教えてあげてもいいよ」
「何も喋る気はないわ、諦めなさい」
「手荒な真似はしたくないんだけど」
「くどい! 旋風!」
女魔法士は杖を地面に突き立て、大声で魔法を詠唱し自身の周りに激しい風の渦を起こす。
木の上にいたカイロンは魔法を回避して距離を取り女魔法士の後方に着地する。
「いきなり……」
「っ……! 後ろ! 迅雷!」
振り返った女魔法士が一筋の雷を放った瞬間、杖を構える彼女の腕の下に潜り込んだカイロンが魔法を解除して姿を現す。
「なに……!?」
女魔法士が距離を取ろうと判断するよりも早く、カイロンは彼女の体に強烈な肘打ちを叩き込む。
「がはっ……!」
その場に倒れ込みうずくまった女魔法士の目の前にしゃがんだカイロン。
「なぜ竜人を探し出したいのか、教えてくれる?」
「言うもの——ゴボッ……かはっ……ケホケホッ!」
吐血してむせ込む彼女の顔を覗いたカイロンは哀れな目を向け話す。
「僕の仲間に、それはもう楽しそうな表情で拷問をする人がいてね……普段はかなり穏やかなんだけど……。拷問が終わったころには、捕まえた僕が悪いんじゃないかって思うくらい見事に捕虜の人格が崩壊してるんだよ……君もそんな目には遭いたくないよね……?」
女魔法士は一瞬うろたえたものの、すぐにカイロンへの敵意をむき出しにする。
「黙りなさい……! 旋風……!」
カイロンは魔法を避けるため再び女魔法士と距離を取った。
「治癒」
風の渦の中で自身の体を回復させた女魔法士が立ち上がる。
「どうしても教えてくれない?」
「くどいわ! 毒弾幕!」
女魔法士はカイロンに向けて、通りを埋め尽くす量の毒の玉を一斉に放った。
「頑固だね………………」
カイロンはマントで隠した腰にある二本のダガーをそっと逆手で握る。
「暗殺者」
小さな声で魔法を唱えたカイロンは再び自分の姿と音、加えて気配までもを完全に消した。
更に人間を超えた身体能力を得た彼は僅かに土煙を上げて弾幕を全て回避する。
「あなたはこれでおしまいよ!」
しかし、女魔法士の放った毒の玉はカイロンの残した残像をすり抜けた。
「幻影!?」
カイロンは既に魔法を解除し、女魔法士の背後に立っていた。
「驚くのはそこじゃないと思うよ?」
彼がそう言った瞬間、杖を構えていた女魔法士の両腕が肩からストンと落ちた。
「————え?」
何が起きたのかを認識するまで、彼女の中では時間がかかった。
「…………あ……あ……ああああああああああああああ!!!」
発狂しながら転倒した女魔法士は、肩の断面から血をまき散らしながら釣り上げられた魚のようにのたうち回る。
「さっきとは違う人だけど、僕の仲間に治癒魔法が得意な人がいてね、その腕も治してもらえるんじゃないかな?」
「ああああああ……うぅぅ……あああああぁぁぁ……!」
「目的……いや全部、話してくれる?」
過呼吸になりながら何度も頷いた女魔法士は、カイロンが満足するほどの量の情報を枯れた声で話していった。
翌日————忘れられた森を偶然通りかかった冒険者が、両腕を切断され心臓を一突きされた女の死体を発見した。
次回 『孤独』




