愚者の追悼
シルムは五十人の竜人を皆殺しにすると、暗闇を取り払い倒れたラドンの背中に顔を伏せるホワンの元へ歩み寄っていく。
「うそ……なにこれ……」
視界が戻ったケフィーは、あまりに惨い目の前の光景に口を塞ぐ。
「ケフィーちゃん、見ちゃダメ」
シルムはホワンの後ろに立つと、腰を曲げて彼女の耳元でささやく。
「私のことが憎いでしょう……無力な自分が憎いでしょう……過去の歴史が憎いでしょう……ジオさまの傍で……今を耐え続けなさい……あなたの理想郷は……その先に……」
大量の体の部位が散らばる中央で立ち尽くすジオ。
彼はまたしても深呼吸のような仕草をし、その後呆れた口調で独り言を呟く。
「ホワンや爺さんに散々デカい口を叩いたオレがこのザマか」
「言ったはずです……無力な存在を守ることは出来ないと……」
姿勢を戻しいつものように語り掛けるシルムへ、ジオは冷静に返す。
「あいにくオレは他人の価値観に興味がない、黙ってろ」
「あぁぁ……それでこそジオさま……本題を話すことは出来ませんでしたが……今回はこの辺で引き上げるとしましょう……それでは……」
シルムはそのまま姿を消し、ジオが彼女を止める様子もなかった。
砂浜は血の匂いと共に静寂を取り戻し、ジオはシルムの撤退を疑い辺りを警戒しながら大声を出す。
「ネルマ急げ!」
「分かってる。我は『通わす者』、六魂の主なる者、我が力を以って癒す者、誇り高き一族の希望を守る者……」
ネルマが詠唱を始めるとケフィーは魔法陣に囲まれて倒れるラドンの元まで駆け寄り、彼に微かな息があることを確認した。
「良かった……もう大丈夫だよ~……」
「女神の癒し!!」
ラドンの背中に開いた穴が治り始め、ケフィーが顔を伏せているホワンの肩を優しく叩く。
「ほら見てホワンちゃん、ネルマちゃんが治してくれてるよ~」
「………………お、お爺様……お爺様……!」
安心したホワンはただひたすらラドンの事を呼びながら涙を流し続けた。
その後眠ったままのラドンを集落に運び、生き残った竜人たちに事情を説明したジオたちは殺された竜人たちの埋葬を手伝った。
墓地からの帰り道、ホワンはうつむいたまま立ち止まる。
「……三人とも、手伝ってくれてありがとう。皆に、あの惨状は見せられない……」
「わたしは何の役にも立てなかったし、これくらいはね~……」
「オレたちの役目はここまでだ、あとは自分でやれ」
「まだ巡回調査も終わってないしね~。ごめんね、ホワンちゃん」
「待って……!」
ホワンの大きな声に、歩き出したジオたちは再び立ち止まって振り返る。
終始弱々しい口調のホワンだったが、この時だけは声を振り絞っていた。
「……お願い、また一緒に旅を……違う、そうじゃない。ホワンを、その……仲間にしてほしい! お爺様は自分で説得する、皆に負けないくらい強くなる、だからっ!」
「ん~……わたし的には大歓迎だけど難しいかもね~」
ホワンの頼みにケフィーは困った表情を浮かべる。
「どうして……?」
「わたしたちってただの仲間じゃなくてちょっと特殊だからポンポン仲間を増やせないというかなんというか~……」
「そんな……」
肩を落とすホワンに、組んでいた腕を解いたジオが一歩近づく。
「ここから南西にある島の屋敷を目指せ、ただし誰にも気づかれるな。そこでオレを勧誘した奴に直接頼め、事前に話は通しておいてやる」
「ほんと……!?」
「あぁ、だが仲間になれるかはお前次第だ」
「それで十分、ありがとう」
その後ジオたちは丸い夜空の下、元の姿を取り戻りた砂浜からホワンに見送られながら島を後にした。
エルキオ共和国本土に戻る途中、ケフィーは手で口元を隠しながらあくびをしたあとで嬉しそうにジオへ話しかける。
「ねむ~。ジオく~ん、なんかちょっとだけホワンちゃんに優しくなったね~」
「気のせいだ」
「私がラドンさんを守れなかった時は、お兄ちゃん私のせいじゃないって言ったのに」
「ネルマ……余計なことを言うな」
「あ~そういうことね~」
ネルマがじーっと彼を見つめながら言った台詞の意味を理解したケフィー。
彼女はジオに近づくと、ニヤニヤしながら彼の腕を何度も肘で押す。
「鬱陶しい、やめろ」
「ふふ~ん、やだ~」
ジオは浮遊魔法の速度を上げてケフィーから距離を取ると、ケフィーもまた速度を上げてそれを追いかける。
「待て~!」
「来るな」
この二人の争いは本土に着くまで続いた。
「……置いて行かれた」
数時間前、エルキオ共和国の首都にある『十二輪の花』の宮殿にて————
「では、その件はあなたの方で対応をお願いします」
「えぇ、お任せください」
返事をした小太りのその男は、軽く頭を下げながら立ち去っていく相手の男を見送った。
相手の男が見えなくなると、小太りの男は途端に顔つきが変わる。
「全く……たかが運河に掛かった橋ひとつで何故この私が動かねばならんのだ……」
ぶつぶつと呟きながら自室に戻り扉を閉めると、暗い窓際に立つ一人の女に気付く。
「ぬぉっ……! 誰だ貴様はっ……!」
「クライゼルさんですね……? 初めまして……通りすがりの魔法士です……」
中身のない自己紹介をする彼女、それはシルムだった。
彼女の独特の雰囲気に怯えつつもその男は逃げ出そうとしない。
「ふんっ……! 盲目の魔法士がこの国の未来を背負うクライゼルに何の用だっ……!」
「ポテア諸島の最も霧の濃い海域の中に……結界で隠された島があります……」
「そ、それがどうしたというのだ……」
興味を示しながらもそれを隠そうとする彼に、シルムはこう続けた。
「その島に……竜人族の存在を確認しました……」
次回 『戦う理由』




