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虹魔の調停者  作者: 岩井碧月
厄災編
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大空

「あれは……」

「あ、あ、あれが噂の奴じゃねぇか!?」

 そこには、翼がなく白い鱗に覆われたドラゴンの姿があった。

 姿を目にした途端、ジオは難しい顔で舌打ちをする。

「噂の奴で間違いはないだろうが、情報と違ったな」

「え? ドラゴンじゃないのか?」

「いや、ドラゴンなのは間違ってない。噂では魔物化したドラゴンって話だったが、実際見た限りあいつはドラゴンのアルビノ個体だろう」

「あ、あれか? 生まれつき体が白いっていう。翼のないやつもいるのか?」

「いないとも言い切れないだろうが、今回に限っては斬り落とされてるな」

「なに?」

「大方、生け捕りにしようとして魔法で斬り落としたはいいが結局取り逃がしたんだろう。狩りが向いてないにもほどがある」

 ため息交じりに説明するジオに対しボルドが苦笑いで返す。

「評価厳しいぜ、おい」

「どうせ裏のオークションなんかで売り飛ばすのが目的だろうからな」

「なっ……」

 驚きの表情を浮かべるボルドを見るも、ジオはそれ以上何も言わずに視線をドラゴンの方へと移す。

 そのドラゴンはジオたちを警戒しながらゆっくりと森の方へ足を進めていた。

 

「ジオ、どうするよ」

「考えはある。ただ、ネルマがいないと話にならない」

「今から呼びに戻るのか!?」

「あぁ、お前がな」

「………………すまねぇ、もう一回言ってくれ」

「聞こえただろ? ボルド、お前が呼びに戻るんだ」

「さっきあんな遠くの森まで飛んでいったの誰だよ!!」

 ボルドは森の方を指差したまま続ける。

「待て、冗談だよな……?」

「だったら、ここでドラゴンを二体同時に相手するか?」

「遠慮するぜ……ん? 二体?」

 ジオに背中を向け王都に戻ろうとしたボルドだがすぐに振り返る。

「オレたちよりは十分大きいが成体に比べて明らかに小さい。こいつを食い止めてる最中にこんな開けた草原で鳴かれたら親ドラゴンが飛んでくるぞ」

「おいおい、今から何する気なんだよ……」

「気になるなら早く戻ってネルマを呼んできてくれ、ドラゴンって言えば解るはずだ」

「頼むから全部終わったら皆で生きて帰らせてくれよぉぉぉ!!」

 そう叫びながらボルドは再びジオに背中を向け、王都に向かって走り出した。


 その場に残ったジオは組んでいた腕を解き、独り呟く。

「とりあえず親ドラゴンを誘き出してすぐに結界を張るか」

 そう言うと、遠くで警戒心を緩め草に鼻を埋めていたドラゴンの背中へ音もなく飛び乗る。

 ドラゴンが驚かないわけもなく、幼く高い鳴き声を上げて暴れ始める。

「悪いが、少し我慢してくれ」

 すると、彼が予想していたよりも遥かに早く、草原の曇った空を覆うほどの翼と濃紺の鱗を纏ったドラゴンが姿を現した。

 ジオは濃紺のドラゴンが滞空しながら息を吸い込んだタイミングを狙い、すかさず魔法で結界を張る。

「あとはボルドを待つだけだな」


 その瞬間、結界内でドラゴンの咆哮が重たく響き渡った————


「ネルマぁぁぁ……!!」

 疲れ果てたボルドがサティアの店の扉を開けながら倒れ込む。

「どうしたのよ、ヘトヘトじゃない……!」

「サティア……はぁ……、ネルマは……どこだ……」

「ネルマちゃんなら上で魔導書読んでるわよ?」

「どうしたの? お兄ちゃんは?」

 そこにネルマが魔導書を抱えたまま階段を降りてくる。

「おぉ……!! ジオが……ドラゴン——」

 その単語を言った瞬間ネルマは行動を始めた。

「わかった、サティアさん魔導書ありがとう。帰ったらまた読ませて」

「え!? それはいいけど、どういうこと? 私、話が全く読めないんですけど!?」

「ボルド、案内して」

「待ってくれ……!! 俺もう限界だぜ……!!」

「大丈夫、連れて行くから」

 店を出ながらネルマは振り返り、腰にある魔導書に手を当てる。

「ネルマちゃん!! 私も連れて行ってくれない!?」

「うん」

「おい……話が……全く読めない……疲れたぁ……」


 王都を出た三人は通りから外れた河原に来ていた。

「ここなら喚べそう」

「ついにネルマちゃんの魔法が拝めるのね」

「ワープでもしてくれるのか……?」

「あなたねぇ、空気を読みなさいよ」

 二人を置いたままネルマが数歩前に出る。


大狼(フェンリル)


 ネルマの目の前に白く大きな魔法陣が広がり、霧が形を成すように見上げるほどの巨大な白銀の狼が現れる。


 三人の前に現れた大狼はネルマたちを見下ろす。

「お兄ちゃんの所まで連れて行ってくれない?」

「く……喰われないよな?」

「大丈夫」

「こんな立派な狼を呼べるなんてさすがね……」

 フェンリルは吠えることもなく、静かにネルマへ背中を向けて伏せる。

「乗って良いって」

 ネルマが慣れた動きで飛び乗りサティアに手を差し出す。

「ありがとう狼さん、失礼するわね」

「おぉ……よろしく頼む……」

 サティアに続きボルドもよじ登る。

「ボルドの案内する場所にお願い」

「えぇっと、このまま草原をまっすぐ進めばジオがいるはずだ」

 二人の言葉を聞いたフェンリルは三人を乗せ軽快に走り出す。


 最初にジオとボルドがアルビノ個体を目にした丘の近くまでネルマたちが到着する。

「この辺のはず……あれ? 見当たらないぜ」

「お兄ちゃんの結界、そのまま進んで」

 ネルマに従いフェンリルが速度を落とすことなく突き進むと————


 突然耳を裂くほどの咆哮が響き渡り、ネルマたちの目の前に濃紺のドラゴンとその足元にジオと白いドラゴンの姿が現れる。


「お兄ちゃん!」

「楽しんでたところ悪いな。ボルドもよく働いたな」

「ほんとだぜ……で、大丈夫か?」

「あぁ。ネルマ、この白いドラゴンの翼を治してやりたい。親ドラゴンを説得してくれないか?」

「わかった」

 ネルマがフェンリルから降り、ボルドたちも続く。

「アルビノ個体じゃない!!」

「さすがサティアだな、誰かさんとは違う」

「俺を見るな……ていうか治せるのか?」

「普通の治癒(ヒール)だと人間の無くなった腕も治せないから、翼なんて到底無理ね……上位の治癒魔法でも難しいと思う。そのはずだけど……恐らくこの二人には可能みたいね、また頭痛くなってきたわ」

「オレは治癒(ヒール)すら使えない、できるのはネルマだ」

「ドラゴンを説得して翼まで治すと……すげぇな」

「まぁ見てろ、これから凄いものが拝める」


 ジオが目で合図すると、ネルマは濃紺のドラゴンのすぐ近くまで歩み寄るが、そのドラゴンは唸り声を上げ始める。

「ドラゴンさん、この子の翼を治させてくれない? 最初は痛いかもしれないけど、すぐに空を飛べるようになるから」

 すると、唸り声が止み大きく広がっていた翼がたたまれていく。

「約束する、私たちは敵じゃない」

 ネルマはドラゴンに頷くと、その場を離れジオと白いドラゴンの元へと向かう。

「任せてくれるって」

「そうか、じゃぁさっそく始めるぞ」

「うん」


 ジオが伏せた白いドラゴンの背中に乗り、ネルマはその正面に立つ。

「すぐ終わるからね」

「少しだけ頑張ってくれ」


 今は傷が塞がり丸みを帯びたドラゴンの翼の切り口、その至近距離にジオは手をかざす。

 ネルマも続いて魔導書を構える。

「いくぞ」

「うん」


 一瞬の沈黙のあと、ジオの両手から衝撃波が放たれ、ドラゴンは悲鳴を上げて両翼から血が噴き出し始める。

 ジオは続けて、痛みで這いずるドラゴンを雷魔法で拘束した。


 ネルマが動き始め、白いドラゴンを中心に大狼召喚の時よりもひと回り大きな魔法陣が展開された。

「我は『通わす者』、六魂の主なる者、我が力を以って癒す者、彼の竜を大空へと還す者……女神の癒し(アイグレー)!!!」


 苦しんでいたドラゴンが落ち着きを取り戻し噴き出していた血が止まると、その背中から純白の翼が花のように咲き始める。

「うぉぉぉ……! 翼が生えてきたぜ!!」

「こんな魔法が本当にあるなんて……ネルマちゃんカッコいいわ!!」


 白いドラゴンの翼は本来の姿を取り戻し、足元から魔法陣は消えていった。


「ドラゴンさん、お疲れ様」

「よく頑張ったな」

 濃紺のドラゴンがネルマの元へゆっくりと歩み寄る。

「どういたしまして。お兄ちゃんも、ドラゴンさんがありがとうって。サティアさんとボルドも」

「頑張ったのはネルマとその子だ」

「私たちは何も……治ってよかったわね」

「一件落着だぜ」

 白いドラゴンは嬉しそうに足踏みしながら自分の翼を眺めていた。

「飛びたいんだろ、行かせてやれ」

「ドラゴンさん、その子を連れて行ってあげて」

 濃紺のドラゴンは目を閉じネルマたちに頭を下げると、親子揃って空へと咆哮を上げる。

「またね」

「元気でいるのよー」

「またな~!」


 ドラゴンたちは勢いよく空に舞い上がり、草原の彼方へと去っていった。


「行ったな」

「うん」

「皆お疲れ様。特にネルマちゃん、カッコよかったわよ~」

「詠唱なんて鳥肌もんだったぜ」

「ん……忘れて」

 顔を赤くするネルマの横で結界を解こうとしたジオが違和感を覚えて動きが止まる。

「あ? どうしたジオ」

「今、この結界に魔法の残滓が当たった」

「それって、まずいのか?」

「かなりの量の波だったからな、大規模な魔法で間違いない。予兆もなかった、不自然過ぎる」

「おいおい……これ外に出るの危なくないか……?」

 危機感を感じたボルドが後退りする。

「別に結界の中が安全なわけじゃない、これは音と光を外に出さないようにする幻みたいなものだ。だからお前らもさっき普通に入ってこられた、ドラゴンたちも普通に飛んでいっただろ」

「あ~たしかに……いや、そうじゃなくてだ!」

 大声を出しながらボルドは仰け反って頭を抱える。

「ボルド、あなたとりあえず落ち着きなさいよ」

「とりあえず王都に戻る?」

「問題は残滓が王都の方から流れてきたってことだ、先にオレだけが戻って様子を見た方がいいと思うが」

「俺はサティアとネルマ次第で」

「お兄ちゃん一人は反対」

「じゃぁ私もネルマちゃんに一票、王都も心配だもの」

「仕方ない、全員で戻るか」

 後ろで静かに控えていたフェンリルがジオたちに近づき、姿勢を低くする。

「乗って、急いだほうがいいかも」

 

 ジオたちは大狼に乗り異変が起こったと思われる王都に帰還するが————


「おい……街の奴らどうなってんだよ!!」

 街中から叫び声や金切り声が門を入ってすぐのジオたちの元まで響き渡ってくる。

「魔法…………!」

「皆大丈夫!? しっかり!」

 サティアは近くで頭を抱えてうめき声を上げる女性に慌てて駆け寄る。

「お兄ちゃん、あれ……!」

「あぁ、一番想像したくなかった相手だ」


 ネルマが指差した王都の上空には、膝を抱えて漂いながら青く禍々しい光を放つ女の姿があった。


次回 『絶叫』

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